連載「ぼくの東京」vol.3 「私を繋げてくれた場所へ」 フードディレクターKAORUを飛躍させてくれた町を歩く

ぼく・わたしにとっての「東京」を紹介する本連載。第3回は、吉祥寺で生まれ、幼少期をアメリカで過ごしたKAORUと活動の1つの原点ともいえるコーヒーショップを訪れる。

「東京」という存在を感じることがなかった青春期

心地よい秋の風を感じる朝、渋谷・道玄坂にKAORUは現れた。渋谷といえば、古くからファッションやカルチャーの発信基地であり、おしゃれな人が多く集う場所。以前OLだったKAORUには、ずいぶんと遠い存在だった。

「東京生まれといっても吉祥寺育ちなので、最近まで都心に来ることはあまりなかったですね。厳しい家庭だったので、大学時代でも門限は19時。学生時代にバイトをすることもなかったので、10代に東京の町で遊んだという記憶がないです。吉祥寺という町が自分にとってのホームだったので、『今、自分は東京にいる』と実感したことは正直なかったかな」

幼稚園の時、家族の都合でアメリカに移り住み、4年半を過ごした。小学校3年の時に日本へ戻ってきたが、生活や文化の違いに違和感を感じた。いわゆる“東京”を訪れても、まるで他人事のように景色を見ているような感覚。アメリカ暮らしを経験したKAORUの10代は、どこかふわふわとしていた。

「中学生の時に初めて原宿に遊びに行きました。ちょっと気合いを入れて行く場所というか、何か理由がないと行ってはいけない場所。私にとって原宿も渋谷もそんなイメージでした」

突然の転機と新たな一歩の始まり

そんな気持ちのまま学生時代を終え、大企業に就職したKAORU。OLとして順調に働いていたが、ある日大きな病気を患ってしまった。半年ほど自宅療養を続ける日々のなか、これからの自分について考えてみた。

「回復後は再び会社に戻ることもできたんです。でも、これは本当に自分がやりたいことなのだろうかと考えて。病が発覚した当初は命の危険もあったので、幸いにも助かった私は、もしかしたら生き直す機会を頂いたのかもしれないと。それなら好きなことを命いっぱいやろうと思って。最初はごく自然に、ずっと好きだった食に関する仕事を始めたんです」

現在の仕事を始めたのは6年ほど前。幼少期から食に関することが大好きだった彼女は、自宅療養の期間に頻繁に料理を作って友人をもてなしていた。毎回季節や会う相手に合わせたテーマで料理と空間作りをし、セッティングされたテーブルは不思議な世界観で、多くの来客に好評だった。

「料理専用のフェイスブックページを作って写真を投稿し始めたら、それを見た編集の方が『フードスタイリストをやってみない?』と声をかけてくれて。突然新しい人生が始まりました。当時の私はその仕事すら知らなかったんです」

コロナ前は年に2回ほどニューヨークを訪れていたKOARU。毎朝いろんなコーヒーショップを訪れて、現地の空気を感じるのが好きだった。ある時、兄と訪れたソーホーの有名コーヒー店「cafe integral」を兄がSNSで投稿したところ、彼の友人がそこのオーナーと友達だから挨拶しておいて、とメッセージをくれて、それをきっかけにオーナーとすぐに仲よくなった。その方が当時働いていたのが渋谷・道玄坂にある「ABOUT LIFE COFFEE BREWERS」だ。

「彼のおかげで現地のコーヒーショップの人とも仲良くなれました。そのお礼を伝えるためにコーヒーショップを訪れた時、『この店で個展をやるといいよ』と声をかけていただいて……」

食に関する仕事を始めてからも、東京にはあまり馴染みのなかったKAORU。日本で多くの時間を過ごすのは変わらず吉祥寺で、都心に来ることも少なかった。そんな彼女にとって、初めて個展をした「ABOUT LIFE COFFEE BREWERS」は、多くの人との繋がりが生まれた場所。初めて他のアーティストや作家などと接することができたという。

「比較的フレンドリーなタイプだとは思うんですが、何かモノづくりをしている方に気軽に声をかけていいとまでは思えてなくて。でも、この場所で個展をさせていただいたことで、人と繋がることが楽しいという気持ちになりました。東京を歩いていればどこかに知り合いがいる。そんな気持ちにもなれたんです。東京が私にとって、関係のある場所になった瞬間ですね」

東京と繋がる。そのおもしろさを知り、これからの未来に想いを馳せる

OL時代には、特別な場所だと思っていた表参道も、食器のリースや食材の買出しで訪れることが増えた。何度も信号待ちをした表参道の交差点に立つと、さまざまな想いが駆け巡る。

「以前は『ああ表参道か』と思ってました。目的がないと来ることはない場所だったし、おしゃれな人が多い町で、みんなどんな仕事をしている人なのかも想像できなかった。でも今は、目にする広告が友人が関わっているものだったり、平日にカフェで打ち合わせしている人の感覚がわかったり。表参道が自分にとって関係のある場所で、仕事の通過点になっている。ここに立つとそれを実感するんです」

コンスタントに訪れていたニューヨークでは、フードスタイリストの仕事をすることもあった。クリエイターの集まりに参加し、いろんな人とフラットに交流を楽しんでいた。世界中の人が集まるこの場所では常に情報が更新し、次々と新しい風が入ってくる。そのフレキシブルな感じが心地よく、いろんなことが積極的にできた。しかし東京に戻ってくるとそれができなかった。

「自分の中で勝手な先入観があるんだと思うんです。またここに来るかもしれないから下手なことはできないとか、知り合いの知り合いだしとか。いろんなことを考えてしまって、思い切った行動ができませんでした。でも今はニューヨークに行けなくなってしまった。やっとこの1、2年で『東京でも自分らしくやろう』という気持ちで動けるようになりましたね」

多くの人が行き交う交差点の前で、KAORUは振り返り笑顔を見せた。

「まだ親しみやすいとまではいってないけど、何かを一緒にやりたいと思える人がいる。東京がそんな町になりました。渋谷での展示がなかったら、モノを作って誰かと繋がったり、誰かとモノを作る楽しみを知らなかったかもしれないですね」

KAORU
CM、広告、雑誌のフードディレクションとスタイリング、企業や飲食店のレシピ考案他、ファッションブランドとのコラボレーション、「The fashion post」での連載など幅広く活躍するフードディレクター。 写真の上に直接食べ物や料理を乗せ、再度撮影する作品シリーズ“Food On A Photograph”が業界内外から評価され、2018年、2019年には東京とニューヨークの2都市で展示を開催。食材の魅力を引き出す表現を得意とする。

Photography Shiori Ikeno
Text Akemi Kan
Edit Kana Mizoguchi(Mo-Green)

author:

mo-green

編集力・デザイン思考をベースに、さまざまなメディアのクリエイティブディレクションを通じて「世界中の伝えたいを伝える」クリエイティブカンパニー。 mo-green Instagram

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