欧米のJビューティートレンドのキーワードは“Matcha” 五感に作用する“抹茶”の無限の可能性

欧米で人気の抹茶は今や、トレンドを超えてカフェの定番ドリンクの一つとして定着した。“Green Tea”と区別して“Matcha”の名称で認識され、日本食ブームの影響などによりこの10年で日本のお茶の輸出量は4倍に増加したという。独特の風味に加え、健康効果が人気拡大の一因と考えられている抹茶の新たな魅力を引き出したのが、美容業界である。飲むだけではなく、外側からのアプローチにも効能を発揮する抹茶が、さまざまなプロダクトに応用され始めている。

「ボシャ」
“マッチャマジック スーパーアンチオキシダント マスク”

2002年にアメリカで誕生した植物由来のスキンケアブランド「ボシャ」のベストセラー製品の1つは、“マッチャマジック スーパーアンチオキシダント マスク”という名の抗酸化作用のあるマスク。抹茶エキスを主成分とし、抹茶が持つ抗酸化力とビタミンで肌の解毒、うっ血、肌ストレスの解消や赤みと炎症の軽減を促進するという。現在「ボシャ」の共同クリエイター兼ゼネラルマネジャーを務めるのは、日本人の父を持つラン・ベリンキー。「生まれてから10代まで日本で育った私は、国産植物を使用し丁寧な技法で作られる日本の美容プロダクトと、祖母と叔母が行っていたレイヤリングのスキンケアルーティン(化粧水、セラム、乳液などをステップごとに重ねる方法。欧米では日本式スキンケアルーティンとして注目を集めている)に魅せられました。アメリカに移住してかもずっとずっと日本のルーツを大切にしてきた私が、父の夢を引き継いでいます」と語る。「BOSCIA(ボシャ)」の名前は植物(BŌ)と科学(SHA)に由来し、優れた成分を最新科学の技術と融合させて、植物が持つ効能を最大限に引き出すプロダクトづくりに取り組んでいる。2010年に打ち出した、日本の伝統的な美容成分である椿、酒、木炭を使った製品により大成長を遂げた「ボシャ」が今注目するのは、抹茶が持つ抗酸化作用。「化粧、食事、外的環境によりダメージを受ける肌を、抹茶が解毒し栄養を与え、肌の健康を促進するのに役立ちます」と説明した。

「オダシテ」
“グレーン セレモニー クレンザー”

カリフォルニア発のオーガニックスキンケアブランド「オダシテ」は、抹茶を使った洗顔料を生み出した。“グレーン セレモニー クレンザー”というアイキャッチーな名の洗顔料は、粉末状のパウダーに数滴の水を加えて立てた、クリーミーな泡が毒素や古い角質を取り除いてくれる。創設者のヴァレリー・グランデュリーは「京都の茶室で頂いた抹茶が、“グレーン セレモニー クレンザー”の原点です」と語る。「伝統的な茶道の体験で口にしたのは、最高級品質の抹茶でした。昔は、瞑想前に僧侶だけが飲むことができたというグレードの高いその抹茶は、クロロフィルの濃度が高く、感動したのを覚えています。抹茶にグレードがあることを知り、また、茶道の基本精神である“和敬静寂(調和・尊重・純粋さ・静けさ)”という日本特有の美意識にも感銘を受け、この思想は肌を豊かに導いてくれると感じたのです」。純度の高い抗酸化作用のある抹茶が、くすみ、傷ついた肌をリセットさせる。同じく抗酸化物質を含む成分、スピルリナとの調和により効能を高め、肌をケアするためにココナッツ由来のオイルを調合。ビロードのような優しい泡で肌をマッサージすることで、肌と心に静けさをもたらしてくれるという。グランデュリーは乳がんを乗り越えた経験を機にウェルビーイングに目覚め、純度の高い成分にこだわったプロダクトの制作に着手した。フランスで生まれ育ちカリフォルニアに拠点に置く彼女は、自然と異文化からのインスピレーションを得て、肌と環境に優しい美容製品の開発に精を出している。

「メゾン マルジェラ レプリカ フレグランス」
“マッチャメディテーション”

懐かしさと温かさで心に平穏をもたらす抹茶の香り。嗅覚から与えられる抹茶のリラックス効果は、日本人だけが感じるものではないのだろう。香り高い抹茶の心地よさと癒しを、フレグランスに応用するケースも増えている。「メゾン マルジェラ レプリカ フレグランス」が2021年6月に打ち出した新作は、日本での記憶を再現した“マッチャメディテーション”。抹茶の上品でふくよかな香りに、ベルガモットやオレンジフラワーの華やかでフレッシュな香りが調合された。穏やかな午後に、温かな抹茶碗でなめらかな泡を啜る、静かな時間をイメージさせる。抹茶の香りが誘発する、瞑想のひと時が再現されている。

「ル ラボ」
“マッチャ26 オード パルファム”

ニューヨーク生まれのフレグランスブランド「ル ラボ」が10月に発売を開始したのは、抹茶をイメージした香り。“マッチャ26 オード パルファム”は、抹茶のアコードがクリーミーなフィグの香りへと溶け込み、落ち着きのあるベチバーとシダーウッドや高揚感をもたらすビターオレンジをほんのり添えている。繊細で優しく、ウッディーでフレッシュな香り。公式ホームページには、「ひとたび香ると、喧騒から離れ自身の内側へと意識を向かわせます。それは自分を見つめる瞬間、優雅で、魂のこもった賛美を自分へ送る瞬間です」と説明書きを添えている。

古くから日本で育まれてきた抹茶が世界に飛び立ち、異文化に統合されることで、新たな視点から飲み物以上の価値が発掘され始めた。ますます勢いが増す欧米でのJビューティーのトレンドの相乗効果により、抹茶の未知なる可能性はさらに引き出されることになりそうだ。

author:

井上エリ

1989年大阪府出身、パリ在住ジャーナリスト。12歳の時に母親と行ったヨーロッパ旅行で海外生活に憧れを抱き、武庫川女子大学卒業後に渡米。ニューヨークでファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。ファッションに携わるほどにヨーロッパの服飾文化や歴史に強く惹かれ、2016年から拠点をパリに移す。現在は各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビューの他、ライフスタイルやカルチャー、政治に関する執筆を手掛ける。

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