米ブルックリンから日本カルチャーをレヴューする「Spoon & Tamago」 編集長ジョニー・ウォルドマンに尋ねる、その背景とまなざし

2007年に現在の内容で本格的にスタートした「Spoon & Tamago」は、日本のカルチャーをレヴューする米ブルックリンのwebメディア。アートやデザインを中心としながら、ファッションや音楽などモダンなポップカルチャーまで広く扱い、日本の「今」を、その外部性に根差した独自の視点を交えながら、英語で世界に向けて発信している。その指揮をとるジョニー・ウォルドマンは、ニューヨークで生まれ、1歳から18歳まで東京で過ごし、大学進学を機にアメリカに帰国したという経歴を持つ自分。同氏はいかにしてブルックリンの地を拠点とする日本カルチャーの紹介者となったのか、その目には日本のカルチャーはどのように映っているのか。東京の地から、ZOOMでインタビューを行った。

高校時代に出会った陶芸に大きな影響を受けた

――あなたは1歳から18年間、日本に住んでいたそうですね。

ジョニー・ウォルドマン(以下、ジョニー):私の両親はブルックリンで私を産み、私が1歳になった頃に日本に引っ越すことを決めました。当時のニューヨークは景気があまり良くなかったこともあり、子どもを育てるのに適した場所ではないと考えたんです。両親はアジアの文化や宗教に関心を抱いていて、生活面も考慮すると当時は日本が一番良い選択肢でした。そこで、両親はアメリカでの教師の仕事を辞めて、高円寺のアパートに移り住んだんです。ですので、私の記憶は日本から始まっています。

――日本にいた頃は、アメリカと日本のどちらのカルチャーを好み親しんでいましたか?

ジョニー:母親の方針で家にはテレビがなく、MTVやアメリカのミュージックビデオを観る機会もほとんどなかったので、アメリカのポップカルチャーの影響を受けることはありませんでした。父が音楽好きで、よく家でボブ・ディランやレナード・コーエンといったアメリカのシンガーソングライター作品、ジャズやクラシックなどを流していたので自然に耳にしてはいましたが、自主的に聴くのはほとんど日本の音楽でしたね。また、「ドラゴンボール」や「スラムダンク」など、日本の漫画やアニメにも親しんでいました。

だけど、「文化的に影響を受けた」という意味では、高校の頃の陶芸との出会いが自分にとってはとても重要です。当時通っていたアメリカンスクールにいらっしゃった森先生が、私が日本の工芸品に興味を抱くきっかけを作ってくださったんです。先生は、私をプロの陶芸家に会わせるために、わざわざ週末に千葉まで連れていってくださったりもしたんです。この日本の伝統文化との出会いは、その後の私の価値観に大きな影響を及ぼすことになりました。

――日本で18年間生活した後、美術の学士号を取得するためにアメリカに渡りました。その時のお気持ちなど教えてください。

ジョニー:1歳から18歳まで東京に住んでいた間、私はアメリカには親戚や家族を訪ねるために数回しか行ったことがありませんでした。ですので、当時、アメリカは私にとっては全くの異国の地という感じだったんです。だけど、私の両親は、私がアメリカの大学に行くことを強制しました。彼らは共にアメリカで教職者だったこともあり、アメリカの大学システムの方が私にとって好ましいものであると強く信じていたんです。今振り返ってみればその決断は正しいものだったと感謝していますが、当時はカルチャーショックもたくさん経験して、本当に大変でしたね。

日本のアートやデザインに惹かれた理由とは

――それでは、あなたのwebメディア「Spoon & Tamago」について教えてください。ローンチは2007年でしょうか?

ジョニー:実際のところ、「Spoon & Tamago」は もっと前から存在していました。恐らく、私が初めてこの言葉を使い始めたのは、2003年か2004年頃だったと思います。この言葉は、インターネットで当時流行っていた「プリン占い」という遊びに由来しているんです。それは、名前と誕生日を入力すると、プリンの食材などにたとえて占ってくれるというもので、私の結果は「タマゴ」、当時のガールフレンド、今の妻です、の結果は「スプーン」でした。その言葉の並びがかわいらしくてとても気に入ったので、私たちはそれをブログのタイトルに使い始めたんです。そのブログは、私たちの結婚式についてのアイデアを共有するためのものでした。2005年に結婚して、その後に子どもができてからは、赤ちゃんの写真を投稿したりと、とてもパーソナルな場所だったんです。

――個人的なブログとしてスタートしたのですね。それがいつから、どのように、現在の内容に変化していったのでしょうか?

ジョニー:2007年頃から、おもしろいアイデアや好きなもの、主に世界中のアートやデザインにまつわる投稿をし始めました。それは、日々の中でのたくさんの発見を「どこかにカタログ化しておきたい」という思いからでした。それが今の「Spoon & Tamago」につながっていくのですが、その頃はまだ日本にフォーカスしているわけではなかったんです。

――では、どのようなきっかけでコンテンツが日本に集中していったのでしょうか?

ジョニー:日本のカルチャーについて情報をシェアする際に、私は自分の経歴に由来する独特の「声」、考え方を持っていたのだと思います。それが記事にも反映されていたのでしょう、日本についての記事には、他の国にトピックを扱った記事よりも、多くの読者からの反応がありました。それがとても嬉しくて、「よし、もっとやってみよう」と思い、だんだんと日本にフォーカスするようになったんです。それは本当に自然な進化でした。

――「Spoon & Tamago」では、伝統的な手工芸品から、現代アートやモダンなポップカルチャーまでさまざまな日本文化を紹介しています。トピックを選ぶ基準について教えてください。

ジョニー:最初に基準としていたのは、「自分が好きなものでなければならない」ということですね。「Spoon & Tamago」は、私がやってきたことが自然に進化したものなんです。その後、より大局的な視点や文脈というものを重要視するようになりました。私は、ただ見栄えがいいだけの作品やプロダクトには興味がないんです。私を惹きつけるのは、背景にストーリーや文脈を持ったものであり、それらを社会や時代の中に位置付けること、日本のアートやデザインのシーン全体の流れを記録することに、関心を持っているんです。また、それとは別に、注目されるべきなのに、現状そうなってはいないと感じられるアーティストやデザイナーに光を当てることも重要だと考えています。

――現在、日本のどのような文化や社会的トピックに興味を持っていますか?

ジョニー:日本のクリエイターたちの、パンデミックに対するクリエイティブな対応には驚かされました。フェイスシールドを簡単に無料で作る方法を再現したプロダクト・デザイナー(吉岡徳仁:「Spoon & Tamago」での記事)や、ソーシャル・ディスタンスを取るための手助けをしたグラフィック・デザイナー(NOSIGNER:「Spoon & Tamago」での記事)など、さまざまな素晴らしいアイデアを提示した、クリエイターたちがいました。多くの人がパンデミックやCOVID-19について聞き飽きているのは承知しています。しかし、社会に変化をもたらすアートやデザインの力にはいつも驚かされ、勇気づけられますし、このような時代にこそ本当に輝くのです。未来に向けて、よりエコロジカルで環境に優しいものに焦点を当てる潮流にも注目しています。デザインの力で包装材や廃棄物を減らしたり、気候変動などに対するクリエイティブな対応を実践している人たちを見るのは、とても心が躍る経験です。

――漠然とした質問で恐れ入りますが、アメリカのものと比べて、日本のデザインやプロダクト、アートにはどのような傾向があると感じていますか? 

ジョニー:日本のものには、アメリカのものと比べて、素材や質感、ディティールへのこだわりを感じることが多いですね。日本が島国であり、自然とのつながりが強いことも関係しているのかもしれません。また、日本にはアメリカにはない多くの歴史があり、そこからインスピレーションを得ている作品やプロダクトが多く見られるとも感じます。

――2017年に「Spoon & Tamago」であなたがCHAIについて書いた記事を、その数年後のCHAIのシアトル公演を担当したプロモーターが読んでいたそうですね。CHAIをどのように知り、どんなところに魅力を感じたのでしょうか?

ジョニー:彼女たちは2017年のサウス・バイ・サウス・ウエストの「Japan Night」というイベントで演奏していました。たちまち、彼女たちの持つ非常に純粋なエネルギーに感動したのを覚えています。ジャンルやスタイルを超えたさまざまな要素が含まれている音楽性や、ガールズバンドであることも魅力的だと感じました。日本の音楽グループでは珍しいものですよね。だから、彼女たちのことをブログに記事を書いたんです。そして数年後のある日、その記事を読んでくれていたシアトルのプロモーターが、彼女たちのその日の夜にライブを行うこと、チケットがソールドアウトになっていることを、私にメールで知らせてくれたんです。

このように、「Spoon & Tamago」で書いたものを読んだ人たちが、数ヶ月後、あるいは数年後に、私のところに戻ってきて、ある記事やトピックが彼らや彼らの周囲にどのような影響を与えたかを語ってくれることがあります。それは、意図したものではなく、予想外の結果なんです。

メディアの現在地と、これからの展望

――「Spoon & Tamago」の読者やコミュニティについて教えてください。もともと日本のことをとても好きな人たちが多いのでしょうか? 

ジョニー:既に日本に深く入り込んでいる人もいますが、一度は訪れたことがあるというくらいの人や、いつか行ってみたいと夢見ている人もいて、そんな人たちが「spoon and Tamago」を読んで、旅行のヒントや、見ておきたい場所、行っておきたい美術館などを探しているんです。私は多くの読者から、10年に渡り「Spoon & Tamago」を読んでいて、ついに初めて日本に行くことになったというような話を聞いてきました。また、日本にいる日本人の方から、「Spoon & Tamago」はユニークでおもしろいから、英語の勉強に利用しているという話を聞いたこともあります。 国の分布で言うと、アクセスの約60%はアメリカからで、残りは日本やヨーロッパ、オーストラリア、カナダなどからですね。

――「Spoon & Tamago」のユニークさはどこに起因しているのでしょうか?

ジョニー:私は日本について書いていますが、「外」から日本を見ているのです。日本にいないからこそ、多くの雑音を消し去ることができ、真にユニークな要素を見極めることができるのだと思います。また、私は日本語の読み書きと会話ができるので、情報が英語に翻訳されるのを待つ必要がありません。そういった理由により、私たちはユニークな記事を作ることができ、日本の読者も含めた多くの人たちが注目してくれているのだと思います。

――「Spoon & Tamago」は、アーティストや独立したメーカーのユニークなアイテムを販売するEコマースサイトも運営しています。

ジョニー:2013年にローンチしたeコマースは、ブログの延長線上にあるものだと思っています。私たちは、ブログで日本のプロダクトをたくさん紹介してきましたが、それらは米国では簡単には買えないようなものばかりでした。そのことに読者はとてもフラストレーションを感じていて、「なんで買えないんですか?」とか「買いたいです!」とかいう内容のメールがどんどん届くようになったんです。そこで私たちは何か手を打たなければならないと考えて、eコマースを立ち上げたんです。

――仕入れ先はどのように開拓したのでしょうか? また、販売するアイテムを選ぶ基準は何ですか?

ジョニー:サプライヤーについては、ブログの過去のアーカイブを元にしています。つまり、ブログは私が過去に気に入って書いたものを集めた膨大なリソースです。そして、 eコマースサイトで販売しているアイテムについては、重要なルールがあるんです。それは、そこで扱っているものはすべて、私自身が実際に使ったことがあるもの、愛しているものでなければならないということです。なぜなら、私はあらゆる種類のガラクタを売る店を作りたくなかったのです。取り扱う商品は厳選しています。

――メディアとしての取り組みで言うと、eコマースに加えて、会員制プログラムも導入していますね。

ジョニー:会員制プログラムは最近始めた取り組みです。このプログラムの導入の背景には、収益の多様化という狙いがありました。広告を売ることも重要ですが、私たちにとって広告は最適な方法ではなく、ビジネスモデルの大きな部分を占めるものではありませんでした。2013年にEコマースを立ち上げた時、そこには広告からの脱却という狙いがありました。先のパンデミックが発生した時、皆が家にいたため、オンラインでの販売は非常に好調でした。しかし、すぐに在庫がなくなってしまったんです。日本からの航空便もない中で日本からの供給を増やすこともできず、多くの商品の販売がストップしてしまっているんです。そのような中で、会員制プログラムを導入したことで、収益を多様化するという意味では次のステップに進むことができました。

また、会員制プログラムの導入は、ビジネスを維持するためでもありますが、読者が日本の情報にダイレクトに触れ続けられるようにするためでもあります。金継ぎについての小さなクラスを設けたり、落語家の方にパフォーマンスをしてもらったりと、さまざまなコンテンツを展開しています。今年の3月には、日本にいる知人に協力してもらって「バーチャル花見」をしてもらったんです。私たちは世界中のコンピューターの前で、目黒川の桜を見ていました。とてもすてきな場所でしたね。

――日本のお気に入りのスポットやお店はありますか?

ジョニー:北海道は日本で最も好きな場所の1つです。とても美しい自然があり食べ物もおいしく、そして見るべきもの、探索すべきものがたくさんあります。イサム・ノグチが設計した「モエレ沼公園」は、本当に素晴らしいスポットです。

東京では育った街である高円寺や吉祥寺、三鷹辺りに親しみを覚えますが、東京を訪れると、まだ探索していないさまざまな街、エリアがあることに、いつも驚かされます。そして何より、東京の素晴らしいところは、歩きやすい街であるということです。自転車もいいのですが、私は歩く方が好きですね。日本に出張する際には、1日を選んでその日のうちに近所のすべての通りを歩いてみます。そうすると、バスや車、電車では決して見ることのできないような小さなお店やギャラリーが、たくさん見つかるんです。東京では、特にお気に入りのスポットがあるというよりは、そういった新しい発見や出会いがあることが好きなんです。

――最後に、これからのプランについて教えてください。

ジョニー:先ほど言ったように、私たちは大規模な成長や拡大をあまり信じていないんです。幸いにも私たちには投資家がいません。なので、今やっていること、私たちが愛してやまないアーティストやモノ、そして文化や伝統にスポットライトを当てていくことを、続けていくだけです。その延長線上で、自分たちのカフェやギャラリースペースを持つことができたらいいなと思っています。ニューヨークの不動産はとても高いので、今の時点ではまだ夢物語ですけどね。でも、いつかやってみたいんです。

ジョニー・ウォルドマン

ジョニー・ウォルドマン
ブルックリンで生まれ、1年後に家族で東京へ移住。英語の教師を務める両親のもと最初の18年間を東京で過ごし、その後、アメリカに帰国。大学で美術教育学の学士号と美術・視覚技術学の学士号を取得した。また、美術史の集中講義も修了。現在はブルックリンを拠点に、頻繁に東京を訪れている。
Twitter: @Johnny_suputama
Spoon & Tamago: https://www.spoon-tamago.com/

author:

藤川貴弘

1980年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、出版社やCS放送局、広告制作会社などを経て、2017年に独立。各種コンテンツの企画、編集・執筆、制作などを行う。2020年8月から「TOKION」編集部にコントリビューティング・エディターとして参加。

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