連載「クリエイターが語る写真集とアートブックの世界」Vol.5 漫画家・川勝徳重が古き日本の姿に魅せられたこと

常に新鮮な創造性を発揮するクリエイターにとって、写真集やアートブックを読むことは着想を得るきっかけになるだろう。この連載ではさまざまな領域で活躍するクリエイター達に、自らのクリエイションに影響を与えた写真集や注目のアートブックなどの書籍を紹介してもらう。

第5回は、漫画家であり『セミ書房』の編集にも携わる川勝徳重。自宅にあった西洋絵画の画集の影響もあり、小学生時代、自宅にあった複製画や画集から西洋絵画に親しんでいたという。中学になると、クラシック音楽マニアだった美術の先生に感化されて美術部に入部し、本人も古典的な音楽や美術を鑑賞し始める。漫画を描き始めたのは中学3年の頃で、同級生が漫研をつくり「美術部だから漫画も描けるだろう」と勧誘されたのがきっかけ。そこから『ガロ』に掲載されるような劇画をはじめ漫画を「真面目に」読むようになったという。漫画に限らず活字本、写真集、画集など古本コレクターとしても知られ、とにかく読書量の多い川勝徳重が「アートブック」というお題で選書した3冊とは?

『私的昭和史』(上巻/下巻)
桑原甲子雄

戦前、戦後の匂いを写真から嗅ぎ取る

アマチュア写真家であり編集者の桑原甲子雄(1913〜2007)が撮影した写真をまとめた写真集。桑原は『アルス』というカメラ雑誌を手掛ける出版社で編集長を務めていた人で、土門拳や荒木経惟も見出しています。

この本は、上巻『東京 戦前篇』、下巻『満州紀行 東京戦後篇』に分かれていて、昭和の東京がそこに暮らす人々とともに収められています。桑原が編集者ということもあり写真にはキャプションもつけられていて、それを順に読むだけで、桑原とその時代を生きているような気分になれます。当時の何気ない日常やよそ行きではないラフな表情が垣間見られます。彼は当時の人々の何気ない日常やラフな表情を写すのが本当に上手いです。彼の撮る写真には、被写体への親しみと、少し離れて観察しているような目線が共存しています。東京の下町育ちの坊ちゃんならではの写真ですし、要するにシティボーイなんです。

生涯アマチュアカメラマンに徹した、桑原が撮る写真には、作品として以上にその時代の魅力が感じられます。例えば土門拳の写真を見たとき「土門拳の写真だな」という感想を抱きますが、桑原の写真は「こういう時代だったんだな」と。上巻『東京 戦前篇』が良いのはもちろん、下巻も素晴らしい。特に締め括りの未発表のカラーフィルムのページ。雨上がりの虹を撮影した写真があるのですが、上巻から通して見ていくと桑原の人生に想いを馳せてしまい、泣けるんです。これは桑原の死後に編まれた写真集ですが、素晴らしい編集だと思いますよ。

『温泉芸者』
平地勲

温泉芸者の着物姿に魅せられて

平地勲が信州別府温泉に働く温泉芸者を記録した写真集です。学生運動の記録写真を撮っていた北井一夫が主宰する「のら社」が、昭和50年に刊行したもの。

こちらは桑原の写真集とは違い、コントラストがバキバキの写真ですが、古い映画のワンシーンのような非日常感と郷愁が同居しています。1970年代の温泉街にいた芸者達の姿をたくましく捉えており、生活臭の強いリアリズム写真でありながら、コントラストが強いので“あの世感”も漂っています。同時代に『ガロ』に掲載されていた、つげ義春や菅野修に通じる質感があるので好きなのかもしれません。

図集『幕末・明治の生活風景 外国人の見たニッポン』

幕末から明治の日本の姿を収めた画集

幕末・明治に来日した外国人が残したスケッチをまとめた画集です。この時代の写真は、露出時間も長く、スナップ撮影ができないので、当時の様子を知るためにはスケッチの方がわかりやすい。その上で外国人によるスケッチが多いので、日本人であれば見過ごすようなあたりまえにある風物、場面が丁寧に描かれているんです。火葬の絵も収録されていますが、これは外国人でなければ描けなかったと思いますよ。J.M.Wシルヴァーの著作『日本の儀礼と風習の素描』からの転載だと思うのですが、切腹、死者の頭髪を剃る、送り火を焚くなどの絵も収められています。

あくまで記録として描かれた絵なので、絵画としての魅力はありません。でも、だからこそ当時の空気が伝わってくる側面があるんですね。版元の農文協は『現代農業』や『季刊地域』を発行していて、この画集の編者の須藤功先生の著作も『大絵馬ものがたり』、『写真ものがたり昭和の暮らし』など多数発行しています。写真も編集の腕前も見事ですし、まだご存命です。

写真集もアートブックも漫画も活字もそれほど区別がない」

私は漫画家なので、絵を描くのに資料が必要で、昔の時代の写真集を集めている側面もあります。また特に昭和が好きなので、この手の本を集めていました。古い漫画本は趣味で集めていますが、写真集や画集などは区別して収集しているわけではありません。今回はアートブックという言葉を画集や写真集と解釈し、選書しました。有名な画家や写真家の作品は私よりも語れる方がいると思うので、今回はこのような本を挙げました。桑原甲子雄も須藤功の編著も、昭和や江戸を描く漫画家は目を通しているのではないでしょうか。今回紹介した本と、昭和や江戸を描くのが得意とされている漫画家の作品を刮目すると何か発見があるかもしれませんよ。

川勝徳重
1992年、東京生まれ。漫画家。2011『幻燈』(北冬書房)にてデビュー。漫画雑誌『架空』の編集、執筆に関わる。戦後に流行し、のちの劇がブームを先行した『貸本漫画』にも詳しく、コレクションも多数。著書に『電話・睡眠・音楽』(リイド社)、『現代マンガ選集【恐怖と奇想】』(ちくま文庫)、『アントロポセンの犬泥棒』(リイド社)がある
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Photography Kentaro Oshio
Text Akiko Yamamoto
Edit Kumpei Kuwamoto(Mo-Green)

author:

mo-green

編集力・デザイン思考をベースに、さまざまなメディアのクリエイティブディレクションを通じて「世界中の伝えたいを伝える」クリエイティブカンパニー。 mo-green Instagram

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