冥丁の新作『古風 II』――日本でアーティストとしてアイデンティティーを確立するための思想

冥丁は現在この列島で活動する音楽家の中でも特別な人物の1人である。彼が現行エレクトロニック・ミュージックの領域で活動する音楽家であることは間違いないが、小唄や純邦楽の音源や日本の伝統楽器を用いてノスタルジックな情緒を描き出すスタイルは唯一無二。そこには凡百の和風アンビエントとは異なるディープな感覚が宿っている。

一方で、冥丁はどこか謎めいたところのある音楽家でもある。ネット上にも限られた本数のインタビュー記事がアップされている程度であり、彼自身、SNSで自身の思想を積極的に発信しているわけでもない。そのため、彼の音楽世界の背景にあるものの多くはいまだ語られていない。

そんなこともあって、いつか冥丁にインタビューしてみたいと考えていた。このたびリリースされた新作『古風 II』は、2020年9月発売のアルバム『古風』の第2弾作品。今回念願かなって取材が実現するということでいくつかの質問を投げかけたところ、冥丁からは1万字を大幅に超える長文が返ってきた。それはいわゆる新作インタビューの類いを超えるもので、日本でアーティストとしてアイデンティティーを確立するための思想が丁寧につづられていた。ここからはその発言をもとに冥丁の音楽世界に迫っていきたい。

『古風II』に漂う、前作では語られなかった非言語的なムード

“LOST JAPANESE MOOD”をテーマとする冥丁の近作『怪談』『小町』『古風』は、国外でも高い評価を獲得した。そのことに関して冥丁はこのように話す。

「このテーマを思いついた時に、可能性を感じたことを覚えています。母国でもある日本について、日本人による新たな視点を世界に向けて表現できるというワクワクも感じました」

“LOST JAPANESE MOOD”3部作は本来、前作の『古風』で完結する予定だったという。だが、『古風』では60曲以上の楽曲が制作され、47曲もの未リリース楽曲が残っていた。そのため、そうした音源を土台とする『古風』の第2弾の制作が始まった。それだけ聞くと『古風 II』は前作のアウトテイク集という印象を持ちかねないが、冥丁によるとどうもそういうことではないらしい。

「冥丁としての活動では基本的にアルバムの物語性を重視しています。いくら楽曲として質が高くても、物語性に不一致な場合は収録を断念してきました。『古風』の方向性とは異なるので収録できなかったものがたくさん存在していて、その一部が『古風II』として表現されることになりました」

第2弾でありながら、『古風II』では前作とも異なる物語が紡がれている。音楽的にいえば、抒情的なメロディーはそのままに、より抽象的な空間性や響きが大切にされている印象だ。

「この作品では『古風』で語られなかった非言語的なムードがさらに強調されていると思います。例えば日本の環境をさまざまなシーンに置き換えて、それをトラックに写し込みました。その結果として、日本のパノラマを音楽的に感じることができる作品になったと思います」

依存せず独立した視点で音楽シーンと向き合う

冒頭で僕は冥丁について“謎めいたところのある音楽家”と書いたが、前作のリリースに際して「TOKION」に掲載された冥丁の取材記事(インタビュアーは柴崎祐二さん)では、彼に関する謎が1つひとつ解き明かされている。そこで冥丁は「“日本の音楽”でありながら、そのほとんどがおそらく無自覚に“東京の音楽”になってしまっている」現状に対する違和感を表明している。現在の冥丁は広島を活動の拠点としているが、そのことにおいても東京を中心とする“シーン”に対する何らかの意識が反映されているのだろうか?

「広島には制作環境である家もありますし、自分の作曲における優雅な生活とぜいたくな時間を育むことができます。自分にとって優雅であることはとても大切で、そのぜいたくで暇な時間が物事を客観的に見せてくれるんです。
シーンに対する意識は、以前京都に暮らしていた時から強くあり、その時期に日本の音楽がシーンに依存した傾向があることに気がつきました。そして日本のシーンは東京に軸を持ち、その軸はさらに欧米にある。日本に日本らしき“和風の概念”が現代的な過程で共有されていなかったんですよね。例えば、日本の食文化において和食は現在も中心にあって、その文化は国際社会でも広く知られていますが、音楽はそうではない。海外の音楽を参考にし、まねてきたんです。それを“日本風の表現”と現代の日本人は分類してきました。それが集合する場所が“シーン”です。そして、そこに含まれない日本の音楽も存在できるはずなんです」

この発言の中には重要なことが示唆されている。明治以降、この国は欧米を手本とする音楽教育を進め、それが僕らの音楽観の土台となってきた。日本のポピュラーミュージックの多くもその土台の上で成り立っており、そういった音楽の集合体が“シーン”を形成している。冥丁はそんなこの国の音楽のあり方から極力自由であろうとしているのだ。彼は「依存せず、独立した視点で音楽シーンと関係できるような環境と状況を想像すること」を理想としてきたとも話している(そのスタンスは1990年代にハウス/テクノのシーンで存在感を発揮しながら、やがてシーンから距離を置いて仙人のような創作活動に入った横田進を想起させる)。
冥丁の作品とは、シーンや現代の傾向から離れた彼個人の表現であり、ストーリーである。そこには広島の風土からの影響もあるが、もっとも大きな影響を与えたのが彼の祖母の存在だという。

「僕の祖母はお堂を管理していて、いつもお経を唱えて手を合わせていました。その祖母が『手を合わせれば、この世の雑音の中であっても心が静まる』と教えてくれました。今でもその教えは僕の心の中に生きています」

正解のない日本的なイメージを探る

以前から気になっていたのが、冥丁の作品で描かれる“LOST JAPANESE MOOD”が多くの場合、江戸的なイメージをまとっているということだ。「八百八町」や「め組」という楽曲が表すように、特に『古風』の2作品は江戸の町に関するあらゆるイメージを音で表現したものとも捉えられるだろう。冥丁はこう話す。

「日本に関する象徴的なイメージを音楽の力で強調したいと考えていました。何が日本的で、国際的にも強い印象を残しているのか。江戸的なイメージもその1つにありますし、それを期待する人々が世界中に存在しているとも以前から感じていました」

こうした冥丁の発想は、いわゆるセルフ・オリエンタリズム的な表現に陥りかねない。つまり、欧米が期待する日本を演じ、欧米からの視線を内面化してしまうということだ。だが、冥丁が表現する“日本的イメージ”には、異国の地からありし日の日本を想像するかのようなはかない美しさがある。個人的な感覚でいえば、以前ブラジルのサンパウロを訪れた際、現地に住む年配の日系人がまるで冷凍保存されたかのような昔ながらの日本語を話していて驚かされたことがあったが、それに近い。冥丁もまた、高校時代にオーストラリアで短期留学した際の体験を話す。

「当時はやっていた日本の音楽を現地のホストファミリー宅で再生したところ、洋風の日本音楽にすぎなかったんですよね。ここからあえて鋭い言葉を使って、高校生の頃の僕に発言をさせてみます。その時の僕にとって日本の音楽は、国内メディアや広告が作り上げた文脈の中にあったんです。当時、国内では「誰が一番最初に海外の熱いシーンを輸入したか」というような競いやマウントの取り合いが起こっていたように思います。それは広大な世界の中では小競り合いにすぎない。大人になってもそんな分断を生むような振る舞いをやっている方々に、僕は幼くて未熟な印象を覚えました」

冥丁の日本的イメージの創造においては、シンガポールに拠点を置くインディーレーベル、KITCHEN. LABELというパートナーの存在も大きい。

「基本的に冥丁は国際的なチームと働くことでこの3年間の軸が構築されてきました。イギリス、シンガポール、アメリカという多国籍なセンスのもと、僕らは日本について考えを共有してきました。これはとてもぜいたくなことです。僕が肯定できない日本の印象に彼らの関心が向くこともあります。それがおもしろいんですよね。つまり、日本の見せ方に正解はないということです。自分の思っている日本像と海外の日本像は違うので、そこに新たな日本像が生まれるチャンスがあると思っています」

“日本らしさ”をどのように捉えるか?

現代のこの列島において “日本らしさ”や“日本情緒”として表現されるものの中には、ロマンチックなフィクションを含むものも少なくない。また、 “日本らしさ”という主語の大きな言葉を乱用することによって、この列島の多様性や地域性が見えにくくなることもある。冥丁は “日本らしさ”という概念が持つそうした暴力性に対してどのように考えているのだろうか?

「テンプレート化された“日本らしさ”というフレーズが無意識的に使われることもありますよね。完璧ではないですが、ある程度、僕の思う“日本らしさ”を表現してきました。ただし、作り手ではない場合は、“日本らしさ”とは伝えられてくるものです。作られたものを受け取り、それを味わう。つまり、消費者としての感覚もあると思うんです。その人なりの“日本らしさ”を選び、個々人の観念が育っていく。そこには正解も間違いもなく、必然的な過程だと感じます。
それは、日本人が“誇り”を持っていないということに問題があるかもしれません。誇りはある種の意地のような、強い感情の癖とも言えるものです。こうしたものを失ってしまうと、物事を自由に解釈できる代わりに、何でもいいという状態になってしまう。つまり“日本らしさ”も個人の自由な決定がなせるものです」

“誇り”という言葉が出てくるとぎくっとしてしまうが、彼がここで言いたいのはレイシズムに転びかねない愛国心とも違うはず。この列島で生きる人間としての尊厳に関わるものと僕は解釈した。冥丁はこう続ける。

「日本はこれまで技術力をセールスポイントにしてきましたが、実はそれが国民の幸せにリンクしなかったように思います。日本は情熱的な精神よりも、私達の効率性、論理性、整合性で国際的な戦いの中で成功を勝ち取ってしまった。正面からぶつかろうとせず、和という選択を自身のオプションから省いてしまった。音楽で言い換えると、僕の思う“日本らしさ”を表現した時、初めて自分自身の責任を背負うことができる。この分野において、今後も自分の考える“日本の音楽”を作らない限り、僕らは責任を自分に課すことはできないでしょう。日本にすてきな音楽はたくさんありますし、それを僕は疑いません。でも今までのやり方では、成功の一例として大多数の日本人の共感を得ても、誇りを感じることはできないでしょう。結局、最も大切な人間らしさがそこに見えてこないからです」

“LOST JAPANESE MOOD”をテーマとする作品は今回で終了することになる。では、今後の冥丁はどのような道を進んでいくのだろうか?

「世界の食文化の中で和食のポジションは確立されていますが、音楽には寿司のような存在がありません。やはり和物がメインでない日本の音楽文化は頼りないですよね。応戦型の日本から挑戦型の日本へ、僕の場合は音という分野から進化させていきたい。そう思っています」

Photography Yuri Nanasaki

冥丁
広島在住のアーティスト。これまでに妖怪をテーマにした『怪談』(2018)や、夜をテーマにした『小町』(2019)、そして『古風』と『古風 II』の4枚のアルバムをリリース。2020年にはスペインの「Sonar festival 2020」の公式 PR 動画に楽曲が採用され、同年3月にはバルセロナで開催された「MUTEK ES」に出演。演劇や映画、ファッションなどのさまざまな分野への楽曲提供・選曲なども行っている。

■『古風 Ⅱ』RELEASE TOUR 2022 前橋公演
会期:3月19日(「赤城SUN do」内に出演)
会場:三夜沢赤城神社
住所:群馬県前橋市三夜沢町 114
時間:OPEN/START 14:00 / CLOSE 21:00
入場料:¥3,000(中学生以上、前売りのみ)
Webサイト:http://www.inpartmaint.com/site/34306

■京都公演 Day1
会期:3月21日
会場:メトロ
住所:京都市左京区川端丸太町下ル下堤町82 恵美須ビルB1F
時間:OPEN / START 17:00(新型コロナの状況次第で時間変更の可能性あり)
入場料:前売 ¥3,000 / 当日 ¥3,500(1ドリンク別途)

■京都公演 Day2
会期:3月22日
会場 : ふくや 京都
住所:京都府京都市中京区菱屋町39
時間:OPEN 19:00 / START 20:00
入場料:¥4,000(要ドリンクオーダー、20名先着限定)

■東京公演(ゲスト:環ROY+角銅真実 / SUGAI KEN)
会期:3月24日
会場:WWWX
住所:東京都渋谷区宇田川町13-17 ライズビル2F
時間:OPEN 17:30 / START 18:30
入場料:前売 ¥3,500 / 当日 ¥4,000(1ドリンク別途)

■豊田公演(オープニングアクト:猫町)
会期:3月28日
会場:ヴィンセント
住所:愛知県豊田市上野町3−27-3
時間:OPEN 17:00 / START 18:00
入場料:前売 ¥4,000 / 当日 ¥4,500(1ドリンク代込み)

■和歌山公演
会期:3月29日
会場:あしべ屋妹背別荘
住所:和歌山県和歌山市和歌浦中3丁目4-28
時間:OPEN 18:30 / START 19:00 / CLOSE 21:00
入場料:前売 ¥3,000 / 当日 ¥3,500 / ライブ配信 ¥2,500(2週間アーカイブ)

■札幌公演(ゲストDJ:彩人、MITAYO / LIQUID LIGHTING:かとう たつひこ)
会期:2022年4月9日
会場:プロボ
住所:北海道札幌市中央区南6条東1丁目2 KIビル3F
時間:OPEN 19:00
入場料:前売 ¥3,000

author:

大石始

世界各地の音楽・地域文化を追いかけるライター。著書・編著書に『奥東京人に会いに行く』(晶文社)、『ニッポンのマツリズム』(アルテスパプリッシング)、『ニッポン大音頭時代』(河出書房新社)、『大韓ロック探訪記』(DU BOOKS)、『GLOCAL BEATS』(音楽出版社)他。最新刊は2020年12月の『盆踊りの戦後史~「ふるさと」の喪失と創造』(筑摩書房)。旅と祭りの編集プロダクション「B.O.N」主宰。 http://bonproduction.net

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