世界が注目する造形作家・池内啓人、その創作への向き合い方とは

既製品のプラモデルや工業製品のパーツを組み合わせた作品で、世界からも注目を集める造形作家のIKEUCHI Hiroto(池内啓人)。「バレンシアガ」2022年春コレクションのキャンペーンビジュアルでも作品が使用されるなど、アートという枠を超えて、支持される存在となっている。

現在、その池内による自身最大規模の個展「IKEUCHI HIROTO EXHIBITION」が1月30日まで渋谷のギャラリー・SAIで開催されている。本展では、身体拡張ロボット「スケルトニクス」の開発・製造チームと共に制作されたスーツ作品を中心としたコンセプチュアルスペースをはじめ、これまで発表してきた作品および、PROTOTYPE INCと共同制作した体験可能な大型新作を展示。さらに、それらの作品の制作プロセスや、インスピレーション源などの資料も見ることができる。

今回、どのようにして、今の作風となったのか。またどのような思いで作品を制作しているのか。個展会場で話を聞いた。

——創作活動を始めたきっかけから教えてください。

池内啓人(以下、池内):「子供の頃からものを作るのが好きだった」とかではなくて、勉強もそこまで得意ではなくて、いわゆるオタク的な学生でした。高校の時に美術の先生に美大があるって教えてもらって。それで多摩美(術大学)に進学して、そこから創作を始めたっていう感じですね。大学時代はずっと模型を作っていて、それが今につながる創作の原点ですかね。

——それは意外ですね。模型だと子供の頃に作る機会もありそうですが?

池内:子供の頃はそこまで模型に興味が持てなくて。初めて模型を作ったのは高校3年生の終わり頃です。大学受験が終わって、することがなくて暇だった時に友達に勧められて、作ってみようかなっていうくらいで。

——最初に作ったプラモデルって覚えてますか?

池内:ガンプラのマスターグレードシリーズのキュベレイでした。もともと永野護さんの漫画「ファイブスター物語」が好きで、その永野さんがデザインしていたということで、このキュベレイを選びました。

——それから大学では模型を中心とした作品を作るようになったんですか?

池内:多摩美の情報デザイン学科に入学したんですが、大学の課題でアニメーションとか平面の作品も作ったことがあったんですが、あまり得意ではなくて。絵は描くのは嫌いではなかったですが、それよりも立体のほうが楽しくて、それでずっと模型ばかり作ってましたね。

——現在の既製品のプラモデルや工業製品のパーツを組み合わせた作風は大学卒業時に制作したパソコンと模型をあわせたジオラマ作品がきっかけと伺いましたが。

池内:そうですね。大学卒業して2013〜2015年くらいまではそうしたジオラマ作品を作っていて、そこから今のプラモデルや工業製品のパーツを組み合わせた作風になりました。

——その作風の変化は何かきっかけがあったんですか?

池内:僕の中では特に作風を変えたという意識はなくて、基本的には、身の回りのものに影響を受けて作ったという点では何にも変わっていないです。昔は身の回りものがパソコンだったんですけど、時代とともに、それがBluetoothのヘッドホンだったり、VRとかに変わってきて、それを作品にしているといった感じですね。

——資料によると池内さんは『スター・ウォーズ』や「ゾイド」「ガンダム」などから影響を受けているそうですね。確かに、作風からその影響は感じられます。

池内:『スター・ウォーズ』は小学生の時に「エピソード1」が始まって。その時に見始めて。あとは『マトリックス』も小学生の時に見て衝撃を受けましたね。「ゾイド」はアニメの『ゾイド -ZOIDS-』とかのタイミングでした。

——「ガンダム」はいつ頃ハマったんですか?

池内:「ガンダム」は遅くて高校生の頃ですね。ダブルオーガンダム(『機動戦士ガンダム00』)が始まったタイミングでちゃんと見て。そこから教養として「ガンダム」は見ておかないといけないなと思って、過去のシリーズも全部見てみたらおもしろくて。個人的には、ロボットアニメとしては、『メタルスキンパニック MADOX-01』とか『バブルガムクライシス』とかのほうが好きでしたけど。

——作品にはサイバーパンクの影響も感じますが? SFも好きですか。

池内:直接的にはないと思うんですが、「マトリックス」とかはサイバーパンクの文脈だと思うので、間接的には影響を受けていると思います。SFも一時勉強のために読んでました。ジェイムズ・P・ホーガンとか、ハードSFの人は好きですね。あとテッド・チャンとか、伴名練とか新しいものをどんどん取り入れている人や、女性作家ではル=グウィンとかも好きです。

フラットな立ち位置としての造形作家

——今の肩書きは「造形作家」ですが、そこに込めた思いを教えてください。

池内:あまり仰々しくなく、誰が見ても想像できて、かつ主体性を感じさせない、その上あたかも意味がないようなところがいいなと思っています。

——アーティストとは違うんですね。

池内:アーティストほどやりたいことがあるわけではないですね。だから「造形作家」はフラットでいいかなと。

——ステートメントとして、「制作の前提として、プロダクトとしての本来ある機能を失わないことを掲げている」とありますが、そこへのこだわりについて教えてください。

池内:やっぱり本来の機能が残っていないと、作品として本物にはならないなと思ったんですよね。おそらく大学の情報デザイン学科の授業で平面が好きではなかったのも、どこかに偽物らしさを感じていたからかもしれないです。

——作品を制作する際はまずはデザイン画を描いて、それに合わせた素材を集めていくのでしょうか?

池内:基本的にデザイン画はあまり描かないですね。作る上では必要ないんですが、依頼された時にこういう風に作りますっていう感じで描くくらいです。でも、描いておくと、あとで資料として使えるので、時間がある時は描くこともあります。

——デザイン画を描かないとなると、ヘッドホンならベースとなるものを決めてから作るという感じですか?

池内:アプローチはいろいろとありますね。コンセプトが先にある場合は、そのコンセプトに沿ったものを集めて、逆にものが先にあったら、そこからコンセプトとかを考えて。その順番が決まっているわけではないので、その都度っていう感じです。

——でも、希望する色のものを集めるのも大変じゃないですか?

池内:色味に関しては、なかなか見つかりにくい色を使うわけではないので、そこはあまり苦労しないですね。

——素材となるものはどこで探しているんですか?

池内:どうしても欲しいものがあったら、メルカリとかですね。あとは、比較的見つけやすいものだったりするので、パソコンショップとかで探したり。

——制作期間はどれくらいですか? 大きな作品だとかなり時間もかかりそうですが。

池内:ヘッドホンとか2週間くらいですかね。大きいものだと1ヵ月とか。「バレンシアガ」で使われた「スケルトニクス」は、もともとベースがあったので、1ヵ月ほどでした。

——「バレンシアガ」の2022年春コレクションのキャンペーンビジュアルに作品が使用されたことが話題となりましたが、あのキャンペーンに使われて、海外からの反響もすごかったんじゃないですか?

池内:そのあたりはマネージャーに任せていて、僕は全く気にしていないというか、僕のところにはそういった情報が来ないようにしているんですよね。だから、正直わからないです。

——なるほど。池内さんは制作に集中するという感じなんですね。でも今後は海外の活動も増えていきそうですが。

池内:ジオラマ作品を作っている時に何回か海外で展示をしたんですが、意外とおもしろかったので、また行けるといいなって思います。僕の作品は言語を必要としないので、海外でも楽しんでもらえると思います。

作品を見た人がそれぞれに楽しんでほしい

——今回の個展はこれまでやってきた中でも最大規模ですね。ターニングポイント的な位置付けとなるんでしょうか?

池内:ターニングポイントといえば、そうかもしれないですね。でもだからといって特別な何かを意識するわけでもなかったですが、大きな規模でやれてこれまで協力してくれた人達が喜んでくれているので、それはよかったですね。

——作品には何かしらメッセージ性を込めて作っているんですか?

池内:個人的にはあるんですけど、それよりも、見た人がそれぞれに感じてもらったほうがいいと思っています。ロールシャッハ・テストのインクの染みみたいなもので。それを見て、自分だけの答えを持ってもらえればいいし、見た人が自由に作品を楽しんでくれれば、それでいいです。

でも、僕の意図が知りたいっていう人のための今回は資料を少し展示しているので、もし気になる人がいれば見てみてください。

——最近はNFTが盛り上がっていますが、NFT作品を作る予定は?

池内:わからないですね。周りにやりたい人がいればやるかもという感じです。

——ご自身は積極的ではないと?

池内:NFT自体に意味があるようには、僕は今は思えていないんですが、絶対にやらないというわけではないですね。周りの人がやりたいのであれば、協力します。

——昨今のアートバブルについては、どう思われますか?

池内:1年くらい前に、(ジャン・)ボードリヤールの本を読んだのですが、それと同じ意見です。それは、簡単に言うと「アートには本質的な価値がないから、あとからいくらでも意味をつけられる。それが資本主義と相性がよかったから、こうして回っている」というようなことで。僕もアート作品自体には意味がないなと思っているので、すごく共感しました。意味がないからこそ、いくらでも価値がつく。ただのヘッドホンだと機能が重視されるので、そこで価値が決まってくる。アートはそのあたりが自由に設定できるからこそ、今の流れになっているんだと思います。

——最後に、今後作ってみたい作品は?

池内:個人的にこれが作りたいとかはあまりなくて、周りの人がこんなのどうって言ったものを僕がいいと思ったら作るという感じですかね。そういう意味では、今回、コックピットの作品(TYPR00R)はPROTOTYPE INCさんと作ったんですが、そのPROTOTYPE INCの社長さんはものすごく壮大なビジョンを持っていて、それをかなえたらおもしろそうだなと思います。

——具体的には?

池内:その社長が1960年代生まれで、1970年代のSFの影響を受けた人なので、その時代のSFに出てきたものを再現したいという話を聞いて僕はすごくおもしろいなと思っていて。僕だったら、それをビジュアル面で具現化できるので、一緒にやりたいなと思います。その中でも、あのコックピットみたいに、パソコンとかが搭載されていて、実際に走行できるバイクは作ってみたいですね。

IKEUCHI Hiroto(池内啓人)
1990年東京都生まれ。多摩美術大学情報デザイン学科卒業。学生時代の多くをプラモデル制作に充てる。卒業制作にあたり、自分の最も身近な存在であったコンピューターの内部が秘密基地に見えるという着想からプラモデルを組み合わせたハイブリッド・ジオラマを制作する。第17回文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門優秀賞の受賞を切っ掛けに世界最高峰のメディアアートイベント「アルスエレクトロニカ」に招待されるなど国内外から高い評価を受ける。
Twitter:@ik_products
Instagram:@_ikeuchi

■IKEUCHI HIROTO EXHIBITION
会期:2022年1月8〜30日
会場:SAI
住所:東京都渋谷区神宮前6-20-10 RAYARD MIYASHITA PARK South 3F
時間:11:00〜20:00
https://www.saiart.jp
https://www.saiart.jp/top/pdf/press.pdf

Photography Yohei Kichiraku

author:

高山敦

大阪府出身。同志社大学文学部社会学科卒業。映像制作会社を経て、編集者となる。2013年にINFASパブリケーションズに入社。2020年8月から「TOKION」編集部に所属。

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