フォーク・ミュージックをベースにしながら、オルタナティヴな音楽性で注目を集めるバンド、ROTH BART BARON(ロットバルトバロン、以下ロット)の中心人物、三船雅也。ダンサーとして国内外で活動しながら、米津玄師、RADWIMPS、Siaなどさまざまなアーティストの振り付けもこなす辻本知彦。それぞれ独自のスタイルで新しい表現を切り開いてきた2人が、初めて顔を合わせて語り合う対談の後編をお届けする。
前編では辻本のロットとの出会いから創作への向き合い方などが語られたが、後編は表現とは何か、という大きなテーマに広がっていく。「人間じゃないもの」に向けて、歌い、踊る、2人。その開かれた感性がジャンルを超えて交差する。
三船雅也(以下、三船):辻本さんはシルク・ドゥ・ソレイユにいたんでしたっけ?
辻本知彦(以下、辻本):はい。3年半いてワールドツアーにも出ていました。27ヵ国、120ヵ所ぐらい行ったかな。
三船:すごい! 辻本さんのダンスを見ていると、頭からつま先まで動きを全部把握しているように見えますね。
辻本:それはバレエをやっていたおかげなんです。
三船:バレエもやっていたんですか?
辻本:もともと好きだったのがブレイキンとコップだったんですけど、バレエの素晴らしい人に会って、その人に「一流になりたかったらバレエをやれ」って言われたんです。その人はバレエとブレイキンの両方をやってたんですよ。それって当時は珍しくて。もう何十年も前ですけどね。じゃあ、僕もやってみようかなってバレエを始めたんですけど、バレエをやったおかげで「美しい」ということを学びました。それまで自分の中で「美しい」なんて言葉はなかったんです。でも、この風貌で「美しい」ものをやっていたら、すごいことになるんじゃないのかなと思って(笑)。
——「美しい」という新しい価値観が生まれたわけですね。
辻本:だから僕の最初の頃のダンスはアートっぽいんですよね。体の鍛え方はバレエで思想はコンテンポラリー。僕は舞台で踊るのが好きだったんですけど、今の時代はそれでは広がりが見えない。だから、ダンスを「美しい」から「かっこいい」に変えていったんです。土屋太鳳さんにSiaの曲の振り付けをしたあたりから変えていきました。「かっこいい」の中に「美しい」を入れるようにすれば良いんじゃないかと思って。
三船:確かに今の時代って、「美しい」より「かっこいい」ものの方がもてはやされていますよね。時間をかけて味わう美しさより、一瞬で伝わるかっこよさの方がわかりやすいというか。でも、辻本さんみたいなバックグラウンドを持ったダンサーって珍しいんじゃないですか?
辻本:当時はそうでしたね。今はバレエとストリートダンスの両方をやる人は増えてきたけど、僕が20代の頃はバレエをやるって言ったらバカにされましたから。でも、それでよかったんです。そういう時代でバレエをやっていたから先駆者になれた気がする。
三船:僕も似たようなところがあって。J-POPとは違うサウンドの音楽を日本語で歌っている人があまりいなくて。デビューした頃にインタビューを受けると「こういう音楽なのに、なんで英語で歌わないんですか?」って、結構聞かれたんですよ。なぜそんなことを言うんだろう、ととても傷ついたけれど、そこに自分なりの反骨心が芽生えたのは確かですね。今はそういう気持ちでやり続けてきてよかったと思います。そのおかげで、今はロットのサウンドを信頼してくれる人達が助けてくれている。
「見えている」か「見えていない」か
——オリジナリティを評価してもらえるようになるまでが大変なんでしょうね。
三船:そうなんですよね。ちょっと素朴な質問があるんですけど、ダンスを見ていると辻本さんみたいに体の隅々までコントロールできている人と、そうでない人がいるような気がするんです。その違いがなんだろうと思って。
辻本:なんだろうな。まず経験値の問題なのと、それとは別に経験値があってもわからない人がいるんですよね。センスの問題というか、自分の状態が見えてない。例えば僕が振り付けを教える時に、パッとポージングをやって、そこで少しズラしたとしても勘のいい子はついて来るんですよ。けど、わからない人は角度を変えたこととかが見えていない。
三船:なるほど。「見えてない」っていう感じはわかります。やっぱり最後はセンスだと思うんですよ。それは歌でも同じ現象が起こっていて、ライブを見ていてもよくわかる。歌い方や演奏の仕方でそういうことが伝わってくるんです。
辻本:表現方法が違っても通じるものはありますからね。そこでは同じことが起きていると思うんですよ。だから僕はすべてのことをダンスに置き換えて考えるようにしているんです。そうすると物事がわかりやすくなる。そう言えば、僕は絵を描くのも好きで、なぜ好きかっていうと自分が見たいからなんです。どこまで描けるのかを。だから公開するつもりはなかったんですけど、今日は絵を1枚持って来たんです。三船さんにプレゼントしようと思って。
三船:まじですか!
辻本:ロットが好きだっていう証拠を示そうと思って。
三船:(プレゼントされた絵を見ながら)うわあ、すごいですね。宝石のようでもあり、鳥のようでもあり、タツノオトシゴのようでもあり。素敵です。
辻本:ずっと部屋に飾っていたので画鋲の跡があるんですけど。今日、「三船さんにプレゼントしよう」と突然思いついて。
三船:僕はよく写真を撮っているんですけど、今度プリントして差し上げます。
辻本:ありがとうございます。ダンスでよく言ってるんですけど、集中した体はいつでも美しい。だから絵も集中して描く。集中の連続なんです。
三船:これは集中しないと描けない絵ですね。この細かさ。絵に辻本さんのダンスの感覚があるような気がする。自分が集中したものに誰かが喜んでくれる、というのは音楽も同じだと思う。
「人間じゃないもの」へのメッセージ
——辻本さんはロットの音楽にどんな印象を持たれていますか?
辻本:ロットってアルバム1枚で1つの世界があるような気がして、アルバム1枚をずっと流しているんです。ロットの場合は曲単位で聞いてないんですよ。そうすると、聴くたびに踊りたい曲が変わる。「今だったら、この曲で踊れるんじゃないかな」っていう曲が出てくるんです。それが昔だったら選んでいなかった曲だったりするんですよね。そういうことは初めてです。
——おもしろいですね。ロットの曲で辻本さんが踊っている映像を見て、辻本さんが音楽を体にまとっているようにも見えました。
辻本:音楽って空気の振動で目に見えないじゃないですか。でも、素敵な音楽が流れた時に、ここ(体の周辺)に振動があるんだろうなって想像するんです。そして、その振動に体を当てる感覚が好きというか。絶対、音楽が体に当たってるはずなんですよ。それを(ダンスで)表すだけでいいんです。でも、それは素敵な音楽限定なんですけど(笑)。
——リズムやメロディーに合わせるのではなく振動に体を当てる。
辻本:音の中にいれば必ず体が響く。ダンスってアメーバみたいに生まれるものだと思います。細胞を伸ばしたり縮めたりする動きがダンスになっていく。
——歌も身体表現ですよね。
三船:そうですね。のどだけじゃなくて全身を使わないと歌えないし、体のどこかが悪いとのどもダメだし。キャリアを重ねるごとに表現の解像度が高くなってきた気がしていて、自分に課す要求も高くなってきた。ヴォーカルを録るのにも随分時間がかかるようになりました。
辻本:ロットのアルバムを聴くようになった時に、最初に「これなんだろう?」って思ったのが歌声だったんです。天国という場所があるのなら、この声で行けるんじゃないかって(笑)。ゴスペルとか讃美歌に近いものを感じたんです。
三船:自分が歌うとそういう風になっちゃうんですよね。声を重ねてハーモニーにすると浮遊感が生まれる。でも、もっと地に足着いた、歌い方をしたかったんですけど、最初からできなかったんです。だからこの声を受け入れるしかないなって。ゴスペルも讃美歌もクラシックも好きだけど、自分は「人間じゃないもののために歌う」っていうイメージが好きなんです。
——人間じゃないもののために歌う?
三船:人間のことしか意識していないものってあまり好きじゃなくて。人間以外の全部をインクルードして、そこからまた人間に降り注いで、最終的に人間のことは好きだったり嫌いだったり、不安を感じさせたり慈愛に満ちていたりする。そういう音楽やアートが好きなんです。人間だけを描いている作品はあまり心に響かない。
辻本:僕はダンスをするようになってから、素敵な木を見ると踊るようになりました。なんでもない木には反応しないんです。大自然の中に立派な木があったりすると、まず触りたくなる。で、生きているのを感じると、僕が踊ったら喜ぶだろうなって思っちゃうんですよ。
三船:へえ、おもしろいなあ。
辻本:そういうことをやりだしてから、ダンスは人間のためだけにあるものじゃないと思うようになって。景色が良いから踊ったり、動物の前で踊ったりするようになったんです。インドネシアで野良犬の前でこういう(犬が威嚇するような)ジェスチャーをやったら、野良犬がすごい勢いで走ってきたので逃げました(笑)。
三船:あはは、最高!
辻本:動物が殺気立った瞬間の動きって絶対きれいだし、それはダンスに使えると思うんですよ。
三船:辻本さんの動きを動物が見れば反応しますよ。最近、ロケ先に牛とか鹿とか動物がいることが多くて、よく会話していますね。雪山で歌った時は、山の中にいるキツツキの存在を感じながら歌っていました。動物達に話しかけたり歌ったりすると、じっとこっちを見て聞いてるんです。言語は違っても同じ動物だから伝わるものがあるんでしょうね。
——歌も踊りも神様に奉納する芸能という側面があるじゃないですか。お祭りで歌や踊りは欠かせない。だから「人間じゃないもの」へのメッセージでもあるんでしょうね。
辻本:神様の前で踊るのも好きなんです。僕は神様は見えないけど存在すると思っていて。だから、神様に自分の心をのぞかれているように思えて、神社に行く時は清い気持ちでいるようにしているんです。そして、自分の心を表すように神様の前で踊る。
「インターネットでわかることより、その向こう側にある情報の方が圧倒的に膨大」
——神様といえば、辻本さんは舞台版『千と千尋の物語』で「カオナシ」を演じられますね。
辻本:今は体を作ってる状態ですね。あとは演出家がどう言うか。この前、1回だけ演出家のワークショップを受けて、そこでハッとしたのは、「(カオナシは)すごく『悲しみ』を背負っている」って言われたんです。それは僕の頭になかったんですよね。そこは忘れないでおこうと思って、ずっと気に留めてます。踊りとかじゃなく、立ち姿で悲しみを表現できたら良い感じになるんじゃないかなと思って。
三船:何にもなれなくて、夢がなくて、金をバラまいたら好きな子が振り向いてくれるんじゃないかって思っている。そんなカオナシは現代の若者の象徴みたいなやつじゃないですか。自信がなくて、自分が何者か見つけられてない。そんな辻本さんと真逆なやつを辻本さんが体だけでどう表現するのか楽しみですね。本番前までは何も情報を入れずに舞台を見に行こうと思っています。この対談の時も辻本さんのことはネットで調べたりしなかったんです。ネットの情報では何も見えてこないし、5秒で誤解させられるんで。
辻本:僕もロットのことは知りたいけど知りたくないというか。若い頃は「知りたい!」と思ったらガッと調べたけど、今だったらゆっくりと時間をかけて知る過程を楽しみたい。ネットで情報を仕入れるより、直接会って話をしたい。
三船:インターネットでわかることより、その向こう側にある情報の方が圧倒的に膨大なんです。こうして話をしていることの方が、ネットでわかることよりはるかに情報量は多い。この瞬間に自分が体を通じて受け取ったことを大切にしたいんです。クリエイターやアーティストの人達とは、時間を一緒に共有することが重要だと思っていて。辻本さんと何かを生み出していく、ということは、もうこの対談から始まっているような気がします。
辻本:僕の目標はロットのライヴで踊ることなんですけど、それも僕にとっては会話なんです。会話を積み重ねていきながら、そこにたどり着きたいと思っています。
——これから2人の「会話」が始まるわけですね
三船:末長く見守ってください(笑)。