連載「Books that feel Japanese -日本らしさを感じる本」Vol.5 「Flying Books」山路和広が選ぶ両極な日本の姿が見られる2冊

国内外さまざまあるジャンルの本から垣間見ることができる日本らしさとは何か? その“らしさ”を感じる1冊を、インディペンデント書店のディレクターに選んでもらい、あらゆる観点から紐解いていく本連載。今回は、渋谷駅から徒歩2分。国内外の個性的な古書を扱う「Flying Books」山路和広にインタビュー。世界的にも有名な「Flying Books」のコレクションには、雑誌から詩集まで、アートブックというより、もはやアートのような本が並ぶ。その中から写真家独自の目線で今の東京の街を切り取った写真集、そして「日本昔ばなし」の世界にタイムスリップするような写真集。現在と過去の日本が見られる2冊を紹介してもらった。

ジョン・ゴセージ
『THE CODE』

−−ジョン・ゴセージ『THE CODE』について教えてください。

山路和広(以下、山路):この本の版元で、長年の友人でもある「ハーパーズ ブックス」のハーパー・レヴィーンとジョン・ゴセージが写真集の撮影のために来日し、撮影の手伝いをすることになりました。撮影のテーマを尋ねると、1981年に500部だけ発売された牛腸重雄さんの『見慣れた街の中で』という写真集のオマージュのようなものを作りたいと。その写真集は、日本のカラー写真の歴史を変えた作品集。タイトルの通り、何気ない街の風景を撮っているのですが、この頃アートフォトは白黒があたりまえだった時代。カラーフォトは雑誌やグラビアではあるけれど、アートとしては認められてなく、これが初めてアートの域に達することができた作品集なんじゃないかと思います。ジョン・ゴセージは、何気なく街の人達を撮ったこの写真集が好きで、オマージュ的なものを作りたいと話してくれました。2週間ほどの東京滞在で、銀座、新宿、神保町、代々木公園など、さまざまな場所を一緒に回り、撮影をしました。

−−撮影時の印象的なエピソードはありますか?

山路:ジョン・ゴセージは、写真集のコレクターでもあり、特に日本の写真家の作品が好きでたくさん集めています。石内都さんの『絶唱、横須賀ストーリー』という写真集も好きな一冊で、舞台となった横須賀や横浜にも撮影に行きました。僕が運転をしていると、初めて訪れたはずなのに、急に「ここを曲がって!」と彼がナビをし始めたんです。するとドヤ街のようなところにたどり着いた。初めて通ったはずなのに、嗅覚というか感覚がすごいなと思いましたね。日雇い労働者が生活するドヤ街の切り取り方、目線も独特ですごくおもしろい。私達も日常的に見ている光景なのに、ジョン・ゴセージの目を通してみると、新しい景色に見えてくるところがこの写真集の見所だと思います。

−−ジョン・ゴセージのまなざしの先にある日本らしさ、日本人のわれわれが見てもそう感じる部分はどんなところだと思いますか?

山路:彼はいわゆる和な日本を狙っているのではなくて、東京を写している。東京の人々という感じです。何気ないサラリーマンだったり、スクランブル交差点を渡る女性だったり、子どもがいたり大人達がいたり。東京の都市生活みたいな光景をすごく感じられる写真集だなと思います。彼の作品集全般に言えることですが、何回見ても新しい魅力や発見があります。写真集によっては、すごく良いけれど一度見たら何年も開かないものもある。きれいなだけの写真集は案外そうで、初めて開いた瞬間「おーっ!」と感じても、何度も見返したりはしない。派手なアクション映画と似ているのかもしれません。この写真集のおもしろさは、すべてジョンのまなざしだということ。カメラを通しているけど、ジョンが見たもの記録するためにカメラを使っただけで、公園にいて空を見上げた時の何気ない雲や、ロッカーのサビを自分のまなざしで見ている。そのまなざしは、派手なアクション映画とは違い、心温まるヒューマンドラマのようなもの。だから、何度見てもおもしろく新しい発見ができるのだと思います。

写真もそうですけど、デザインに至るまで無駄が一切ない。JAPAN、ジョン・ゴセージの“J”と日の丸を示すような“赤丸”が一つというシンプルな表紙のデザインは、ジョン自身が考えたもの。印刷時は中国まで立ち合いに行っていました。それくらいこだわって一冊を作る人。写真集のコレクターでもあるので、何千冊と見て培われてきた彼のセンスと過去の作品へのリスペクトが込められた愛情ある1冊だなと思います。

橋本照嵩
『GOZE(瞽女)完全版』

――橋本照嵩『GOZE(瞽女)完全版』について教えてください。

山路:現在82歳の写真家・橋本照嵩さんが、1970年代初頭に盲目の女性達が村から村へ放浪しながら芸を披露する瞽女と呼ばれる人達に、2年間同行し撮影した写真集。当時の娯楽といえば、都会ではテレビがある家もあったかもしれませんが、地方はラジオが主流だったようです。彼女たちの芸は、東北地方の農家ではエンターテイメントとして定着していたそう。新潟県を中心に農家を訪ね、三味線を弾きながら唄い、弾き語りで物語を聞かせる。その対価として金銭や農作物をもらっていたそう。彼女達と自然豊かな土地の人々との関わり、そして暮らしがコントラストの強いモノクロ写真で描写され、写真1枚1枚のインパクトが力強い。同時に今は失われつつある情景や田舎の風景や昭和の生活様式、家族の結びつき――そういう風景の中の瞽女の姿が捉えられた写真集です。

−−この本のどんな部分を海外に紹介したいと思いますか?

山路:力強い橋本さんの写真の魅力はもちろん、今は見ることができない古き良き日本の風景と生活様式が見られるので、そういう部分を見てもらえたらと思います。今はポップカルチャー、アニメ、ゲーム、音楽みたいなところばかりが外から注目されがちですが、日本の民俗文化も見て知ってほしいですね。やっぱりインパクトが強いし、これは何?と聞いてくる外国のお客様も多く、瞽女を説明する時に、目の見えない日本の女性のジプシー、旅をしながら芸能を披露し、生活をしている人達と説明するんです。世界的にも盲目の、しかも女性だけで連れ立って、芸能を伝承していくって聞いたことがないので、そういった点でも日本独自の文化を記録した写真集だなと思います。

――橋本さんとのエピソードはありますか?

山路:橋本さんは新しいものへの追求、好奇心が82歳になった今でも旺盛。最近デジタルでも写真を撮っていて「50年写真を撮ってきてやっとデジタルにたどり着いたよ!」って話していました。Flying Booksの近くにある焼き鳥屋さんがお気に入りで、よく一緒に飲みながら写真の話をします。橋本さんは石巻出身で、地面と密接につながって育ってきたからと言って地面の模様をデジタルで撮影しています。その写真もどこかグラフィカルで、地面のようには見えない、不思議なコントラストとインパクトがあるもの。そのデジタルな一面と、瞽女の対極を見てほしいなと思い、お店で写真展も開催しました。

瞽女の3人が雪が降る村の森の中を歩いている写真が印象的。視力のある一人が先頭を歩き、前の人の肩に手を置いて連なって歩いている。彼女達の表情が見える写真は、その感情が鮮やかに見える。その写真は印象的で鮮烈に記憶に焼き付く光景。「日本昔ばなし」で見る世界で、どこか御伽話を聞いているような気分になる。この写真集はゆっくりとした静かな時間に、まるでタイムスリップするように情景に入り込みたい1冊です。

山路 和広
1975年東京都生まれ。古書サンエーの三代目。2003年に東京・渋谷にカフェやイベントスペースを兼ねた古書店「Flying Books」をオープン。古書のコーディネート、イベント制作を軸に新刊書店、レコード店、インテリア・ショップ、アパレル、出版社等と既存の枠に捉われないコラボレートを続けている。http://www.flying-books.com/
Instagram:@flyingbookstokyo

Photography Masashi Ura
Edit Risa Kosada(Mo-Green)

author:

奥原 麻衣

編集者・ライター。「M girl」、「QUOTATION」などを手掛けるMATOI PUBLISHINGを経て独立。現在は編集を基点に、取材執筆、ファッションブランドや企業のコンテンツ企画制作、コピーライティング、CM制作を行う他、コミュニケーションプランニングや場所づくりなども編集・メディアの1つと捉え幅広く活動中。 Instagram:@maiokuhara39

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