連載「Books that feel Japanese -日本らしさを感じる本」Vol.3 「タコシェ」中山亜弓が選ぶ、オリジナルの解釈で新しい漫画様式を作る2冊

国内外さまざまあるジャンルの本から垣間見ることができる日本らしさとは何か? その“らしさ”を感じる1冊を、インディペンデント書店のディレクターに選んでもらい、あらゆる観点から紐解いていく本連載。今回は、日本を代表するサブカルの殿堂、中野ブロードウェイの中にある書店「タコシェ」オーナーの中山亜弓さんにインタビュー。日本をはじめ、時に持ち込まれることもあるという世界中のアーティストたちのアートブックやコミック、ZINEが所狭しと並ぶ店内から、漫画という1つのカテゴリを独自の解釈で表現し、日本と相互的な影響を受けていると感じるフランスと台湾の本を紹介してもらった。

LAGON/Various artists

フランス発、新しい漫画様式を追究するアートブック

−−この本について教えてください

中山亜弓(以下、中山)作画だけでなくプリントや製本も一連の作品として捉えるアーティストがいる。「Lagon」はフランスで、まさにそういう活動を行うアーティスト集団が作るアートマガジン。版画や印刷に精通したサミー・ステイン、アレクシス・ボークレール、ベティナ・ヘンニ、セヴリーヌ・バスクエ―によって創刊された、年刊コミックアンソロジーです。

−−どんなところに日本の影響を受け、オリジナルの表現をしていると感じますか?

中山:彼らは漫画の中のグラフィックな要素を抽出したような作風で、漫画家や美術家、イラストレーターとして活躍する横山裕一さんに通じるものがあって、実際に横山さんも寄稿されています。一方でオリジナリティという意味では、日本では漫画は漫画用の原稿用紙に描くなど、統一ルールの中で本を作るけれど、彼らの創作方法はもう少しゆるくて発想がワイルド。印刷する素材もフィルムだったり、表面を手作業でザラザラに加工した紙とか、印刷紙に印刷するという先入観に縛られない。リソグラフも普通は純正インクを使うし、違うものを使うと機械が……と思うけど、保守点検が難しい海外だと自分たちで勝手にメンテナンスしたり、改造して刷ったり、インクをオリジナルで作る人もいる。アカデミックなところで、正統な方法で制作をする人もいれば、古い工房に出入りして、新しいものを熟練の職人さんの技術で制作する人もいたり、新旧の技法のいいところを取り入れて楽しむというのが上手な人たちだなと感じます。

−−本や作者にまつわるエピソードはありますか?

中山:メンバーの1人サミー・ステインさんは、幾何学的な感じの作風が特徴。アートブックフェアのため、東京に来ていました。彼の作品集に、マルセルさんというホームレスのアーティストへのオマージュ作品があるのですが、それがとても印象に残っています。マルセルさんは、17歳の時にお母さんがお父さんを撃ち殺す場面を目撃してしまい衝撃を受け、ホームレスとして生活しながら絵を描き、しかも女装趣味があったという風変わりな人。最後は犯罪に巻き込まれて、亡くなってしまったそうですが、まるでフィクションのような、衝撃的な人生を生きたホームレスアーティスト。サミーさんの作品の中には、幾何学的だけれども、人間世界とか不思議なもの、不条理なものとかが図像として入っているものがある。人のそういう部分に興味を持ちつつ、表現方法はグラフィックでクールというところがおもしろいなと思っています。

熱帯季風 Monsoon/黄佩珊(慢工文化出版/Slowork Publishing)

いわゆる漫画的な文法で作られていないコミック誌

−−この本について教えてください。

中山:あえて日本的な漫画じゃない漫画を集めたアジアのコミック。台湾人の黄佩珊によるSlowork Publishingが発行する、4巻完結のドキュメンタリーコミック雑誌です。アジアにフォーカスした漫画を編集・発行する黄佩珊が、シルクスクリーンで少部数のドキュメンタリーコミックを出版した背景には、1990年代から続くフランスの小出版の影響があります。BDなどを経由して発見した漫画とは異なるアジアの漫画表現—ペンでなく筆での作画がうまい中華圏作家を紹介したりーを掘り下げ、台湾の新星、高妍にも、本人の叙情的な持ち味とはちょっと違ったテーマを提案したりしています。

−−どんなところにオリジナリティやおもしろさを感じますか?

中山:台湾でも日本の漫画は多く紹介されてきましたが、あえて「じゃない」ものの多様性を掘り下げています。日本の漫画的なものから離れて漫画の豊かさを探るという感じ。キャラクターの作り方や漫画的な文法の影響があまりないのがこの本のおもしろさ。モンスーン地帯に注目して、ドキュメンタリーという切り口で自然、社会問題、日常的なものまでいろいろなモチーフが描かれいます。いわゆるマンガとも違う、広い意味での漫画表現をアジアから集めたようなアンソロジーです。マンガ的でないものの豊さや各地域の持ち味、可能性を発掘しようとした感じがします。風景描写とかではそれぞれの国らしさを感じられたり、表現としてはグラフィックノベル的だったり、図解みたいだったり。日本の作品が入っていないんだけど、アジア的な表現を拡張するコミックを提示する志を尊敬します。

フランスもアジアも、日本と比べて見た時に、どっちがどっちの影響を受けてという境界線は曖昧になっている。相互的になっていると感じています。いろんなものを見るうちに、何々っぽいねとか、出尽くした感を受けたり、感動も薄れ始めている一方で、時々こんなのがまだあったのかと驚かされたり、基本的だけど誰もやろうとしなかったなという手法で作られたものがあったり、本やアート作品が、そうやっていろんな形となって独自の進化をして、世界中からまだまだ出てくるかなと期待しています。

中山亜弓
東京・中野の書店「タコシェ」店主。日本のインディーカルチャーの発信地。海外のzineの取り扱いも多く、フランス、台湾の書店や作家との交流をもつ。「タコシェ」は自費出版物をはじめ、少部数・限定出版物、品切本など通常の流通に乗りにくい書籍や雑誌のバックナンバーなどを中心にいろいろな本を新旧関係なく取りそろえているほか、インディーズのCD、カセット、映像、衣類、楽器、雑貨などを取り扱う。
http://tacoche.com

Photography Masashi Ura
Text Mai Okuhara
Edit Masaya Ishizuka(Mo-Green)

author:

mo-green

編集力・デザイン思考をベースに、さまざまなメディアのクリエイティブディレクションを通じて「世界中の伝えたいを伝える」クリエイティブカンパニー。 mo-green Instagram

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