2021年の4月から6月まで、テレビ東京で放送されたアニメーション作品『オッドタクシー』は、従来のアニメファンのみならず、多くの視聴者を巻き込んだ熱狂を生み、完璧とも思えるエンディングで幕を閉じた。登場するキャラクターは一様に動物をモチーフにしたフィクショナルな造形(便宜上このように書いておく)でありながら、描かれるエピソードはYouTuberによる炎上、アイドルビジネスや芸人の舞台裏、警察官の汚職に強盗事件といった現代社会を如実に反映したリアリティ路線。また、キャラクター達の言動から小道具に至るまで、劇中に張り巡らされたミステリー要素は、放送中から数々の考察がネット上に溢れ、クライムサスペンスとしても見事な出来だった。
さまざまなコントラストが見事に溶け合った本作が、放送からおよそ1年を経て、このたび映画化が決定。あのエンディングの“その後”を描き、“本当の結末”が用意されているとのこと。一体どのようにして『オッドタクシー』は生まれたのか。『映画 オッドタクシー イン・ザ・ウッズ』の公開にあわせて、脚本の此元和津也(このもと・かづや)、監督の木下麦(きのした・ばく)、プロデューサーの平賀大介(ひらが・だいすけ)の3人に話を聞いた。
伏線を意識して作ったわけではない
——まずはテレビシリーズについて。監督の木下さんは、制作中どのような感触を持っていましたか?
木下麦(以下、木下):これまでのテレビアニメとは毛色が全然違うなと感じていました。素晴らしい脚本があり、自分の世界観も出せているし、今までになかったようなおもしろい作品になるんじゃないかという感触もありました。ただ一方では、絵柄も含め、いわゆる売れ筋の路線とは全く違う方向性ではあったので、どれだけ多くの人に届くのか、本当に伝わるのか、そういう不安というか、未知数の部分も多かったです。放送が始まる頃には、それまで監督という立場で長い期間ずっと作品と向き合ってきたので、客観的な判断をするのも難しくなっていましたし。
——「いわゆる売れ筋の路線」というのは、どういった作品を想定していますか?
木下:かっこいいイケメンがいたりとか、かわいい女性キャラクターがいたりとか、勇敢で多くの人を魅了する主人公がいたりとか。そういった要素が『オッドタクシー』には全くなかったので。
——脚本の此元さんは?
此元和津也(以下、此元):僕はともかくアニメーションの脚本を書くということが初めての経験でしたので、作品のために自分が力になれるのかっていうのがそもそもわからなかったですね。もはや自分で書いていても、おもしろいかどうかも判断できないような感覚でした。
——ところが実際は、放送中から大きな話題となり、視聴者による反響の中では「伏線」という言葉が多く使われていました。
此元:テレビは毎週放送されるという仕組みなので、とりあえず各話に“引き”がほしいと言われていて、何を縦軸にしていくかっていうのを考えながら、ミステリーの要素を強めに入れるようには意識しました。1話でも見たら続きが気になって、次週も見たくなるような構成にはしようと。ただ「伏線」という言葉は打ち合わせなどでも出てきてなかったです。
木下:もちろん脚本を読むと、細かい部分に至るまで伏線と呼ばれるものが散りばめられていて、終盤でパズルのピースがどんどんハマっていくカタルシスのある脚本にはなっていました。かと言って、そこを強く意識したことは僕もなかったです。ただ、演出として視覚的なトリックも多用しているので、そこはおもしろがってもらえたのかなとは思います。
此元:脚本を書いている立場からすると、伏線って結局は自作自演なんですよね。なので、終盤で物語が繋がっていく気持ちよさは、視聴者に喜んでもらうためというよりも、自分が書いていて気持ちよかったから、というのが正直なところです。
動物という設定に最初は納得できなかった
——此元さんは、これまで漫画家として『セトウツミ』をはじめとした作品を描いていますが、今回の脚本執筆にあたって、アニメーションという表現を研究したりしたのでしょうか?
此元:いや、研究とかもしてないですし、普段から熱心にアニメを見ているわけでもないので、アニメのことは全くわからないまま書きました。そこはもう自分とスタッフを信じるしかないというか。『セトウツミ』の場合は、物語の構成を会話劇に全振りしているので、それと比べると『オッドタクシー』のほうが難しかったです。でも、1人で描く漫画と違って、アニメは監督の演出や声優さんの演技といった要素が加わって、脚本のクオリティだけではない部分も多いですから。
——とはいえ、木下さんも長編アニメーションの監督は初めてのことですよね?
木下:全くの初めてです。声優さんの演出も初めてでした。ただ、副監督として長年アニメーションの現場に携わっている新田典生さんという方がいて、その方にだいぶ支えてもらいながら、ほかにも音響監督の吉田光平さんにアドバイスをいただいたり、自分に足りない部分はアニメのプロの方々に補ってもらいました。
——キャラクターデザインも木下さんが手掛けていますよね。
木下:キャラクターは、とにかく先にいっぱい描いて、よくできたものに簡単な設定(職業・年齢など)をつけて此元さんにお渡ししました。そこから脚本上で性格を作っていく、というやり方でした。
——動物というモチーフは最初から?
木下:動物のデザインありきでスタートしています。個人的に動物が好きっていうのと、人間ではないキャラクターで作劇をしてみたいっていうので、動物をモチーフにすることは決まった状態で、脚本の執筆をお願いしました。
——此元さんは、そのキャラクターデザインを受け取って、動物であることはどう受け止めたのでしょうか?
此元:僕自身アニメをあんまり見てこなかったせいもあって、動物が服を着て普通に生活しているという設定が自分の引き出しにはなくて、最初は納得できなかったです。
平賀大介(以下、平賀):此元さんに最初キャラクターのデザインと簡単な性格が書いてあるリストを渡した時に、動物に引っ張られず、リアルな人間ドラマを書きたいという話はしていたんですけど、その前にまず「なんで動物なんですか」っていうのは気にしてましたよね。動物が人間の格好をして普通に生活しているのなら、その理由がないと納得できないって。
此元:なので、最終的に作品の中で明かすかどうかは別としても、キャラクターが動物であることの理由は自分で作りました。
——動物であることの理由は、作品の根幹に関わる超重要な問題ですが、そうやってあとから定義されたと聞くと驚きですね。
木下:アニメの世界では動物のキャラクター自体は珍しいものではなく、どう差別化したらいいのかっていうのは課題としてずっとあったので、そこを此元さんの画期的なアイデアと脚本で見事にクリアしてくれたことで、作品が広がり、強度が一気に高まりました。
放送されるかわからないまま書き下ろした13話
——そもそも、作品の企画はどのように立ち上がったのでしょうか。
平賀:もともとは私が所属する P.I.C.S.という会社の中で、木下監督がアニメの企画を持ち込んだところからはじまったもので、どこかから依頼があって立ち上げた企画ではないです。最初の構想では、動物の大学生3人が主人公の日常系アニメみたいなイメージの企画書でしたね。ストーリーをどうするか、という段階で此元さんに脚本をお願いしました。この時点では放送局どころか、放送するかどうかも決まってなかった。でも、それで書いていただいた脚本がすごくおもしろくて、そこから手当たり次第で出資者や放送局を探しました。
木下:もとの企画書では、樺沢(カバ)と長嶋(キリン)と田中(ピューマ)の3人が主人公で、タクシー運転手の小戸川(セイウチ)は脇役だったんです。でもタクシー運転手を主人公にすると、車内というワンシチュエーションで会話劇が描けるなっていう合理性もあって、そっちを採用しました。
——ということは、此元さんは放送されるかどうかもわからない状態で、13話分の脚本を書き下ろしたと?
此元:そうですね。なんなら P.I.C.S.の社内だけで流すアニメかと思っていたくらいです。だから今でもあんまり実感がなくて、チームの中でも他人事感が強いのかもしれません。
——脚本家も監督もアニメーション作品を手掛けるのは初めてという、それまでの関係性などがない中で、花江夏樹さんをはじめとした豪華声優陣が参加することになったのは、どういった経緯があったのでしょう。
平賀:先にキャラクターデザインも完成していて、さらに全話の脚本もでき上がっていて、かつ、その脚本が素晴らしかったというのが大きいですね。声優さん達に関しては、スタッフ皆で夢プランを出したら、ほぼ第一希望で決まったので、運も味方してくれました。PUNPEEさん、VaVaさん、OMSBさんらSUMMITの皆さんに参加いただけたのも、付き合いがあったからとかではなく、企画と脚本をおもしろがってくれたからだと思います。
——作品にはYouTuberやオンラインゲーム、アイドルビジネスやお笑い芸人の舞台裏など、現代社会を象徴する事象が多く盛り込まれていますが、そのあたりはどのくらい意図的だったのでしょうか。
此元:それは木下監督が作った設定資料の中に、そういうキャラクターが多かったから、というだけですね。大学生とか、アイドルとか芸人とか。そのキャラクター達の群像劇を描くのであれば、ネット社会のことや現代的なエピソードは必然的に出てくるので、何か意図的に現代社会を描く作品にしようとかは思ってなかったです。ツールは現代的であっても、それを使う人間の心理や行動は普遍的ですから。
木下:アイドルや芸人のキャラクターは、身近なモチーフを採用したかったので、僕と平賀さんとで「こういうキャラを出したいよね」って話し合いながらできたものですが、ヤノ(ヤマアラシ)とか関口(シロクマ)、三矢(黒猫)は、此元さんからのオーダーがあって追加で作りました。
平賀:僕らは本当にアニメのことが何もわからなかったので、先にキャラクターデザインと設定があって、そこから脚本を作っていくやり方でしたけど、一般的ではないと思います。途中で此元さんに「キャラクターが先にあると書きづらくないですか?」って聞いたら「そんなことないです」とおっしゃったので、じゃあ大丈夫かと(笑)。
脚本の巧みな構造とディテールにこだわった映像表現
——本作を作るにあたって、この作品の影響下にあるかもな、というような作品は何かありますか?
木下:いろいろあるとは思うのですが、1つは奥田英朗の『最悪』という小説ですかね。ばらばらに登場する3人の主人公達が最後に交錯していくクライム系の群像劇で、参考にしたとまでは言えませんが、別軸の話が一点に集中する気持ちよさとか冷淡な温度感などは通じるところがあるかもしれません。
此元:具体的な作品というよりも、僕は物語の“構造”が好きで。自分が書く仕事をするようになってからは特に、小説でも映画でも、構造を解体しながら読むようになりました。その構造好きが、今回の脚本にも反映されていると思います。
——木下さんも構造好きなのでしょうか。
木下:いや、僕は『オッドタクシー』をやるまでは、そこまで深く構造について考えたことはなかったです。これまでは数十秒のクライアントワークの仕事がほとんどだったので、長い物語の構造を考えることはなくて、映像表現のほうが専門です。映像としてのディテールだったり、カット割りとかのほうに興味があって、このカットにどういう意味を与えるのか、という。なので、おもしろい構造をしっかりと組み立てる此元さんの脚本があって、僕が映像表現の部分を担うという、そのバランスがうまくいったのかもしれません。
——本作はアニメーション作品でありながら、リアリティに根ざしたドキュメンタリータッチの表現も随所に見られます。
木下:なるべくリアルな映像にしようとは思っていました。スタッフの間で実写ドラマを作るつもりで構成や描写を作っていこうという共通認識を持っていました。説明しすぎないように、最低限のセリフと行動だけで展開していこう、と。
——劇伴を担当したPUNPEEとスカートの限定ユニットによるオープニングテーマをはじめ、芸人を声優に起用するなど、さまざまなカルチャーが交差しているのも魅力的でした。
平賀:僕達自身がアニメカルチャーに詳しいわけではなかったので、従来のアニメファンだけではなく、音楽やお笑いが好きな人達にも楽しんでもらえたらいいなとは思っていました。劇伴の座組みも、声優に芸人さんを起用したのも、特別な戦略があったわけではなく、自分達が普段から好きな人達に参加してもらいたいと思ってオファーをしたら、ありがたいことにみなさん引き受けてくれたという感じです。
——映画化にあたって、タイトルに「イン・ザ・ウッズ」という言葉が追加されましたが、これは芥川龍之介の『藪の中』から生まれた慣用句ですよね。
平賀:芥川龍之介を意識したというより、関係者の証言を集めていく構成になったので、タイトルとしては「真相は藪の中」という意味合いで使っています。映画化にあたっては、テレビシリーズの13話をまとめた、ただの総集編になってしまうとつまらないし、何か構造上の工夫で上手く全体を繋ぐアイデアはないですかねって、此元さんに相談したところ、17人のキャラクターが証言者として登場して、物語を振り返るインタビュー形式の見せ方に着地しました。
——では最後に。テレビシリーズが評判になり、このたびの映画化まで至ったことについて、プロデューサーとしての総括をお願いします。
平賀:こういう作品が受けるだろうっていうマーケティング発の企画ではなく、作り手が面白いと思うものを存分に詰め込んだ作品が、視聴者に受け入れられて、ちゃんとヒットしたことが何より一番うれしいですね。その姿勢は映画でも変わっていないので、アニメが好きな方も、ミステリーが好きな方も、お笑いが好きな方も、音楽が好きな方も、とにかくいろんな方に観てほしいです。