連載「クリエイターが語る写真集とアートブックの世界」Vol.6 サブカル系YouTuber おませちゃんブラザーズ・わるい本田 無意識の出会いで自分の世界を広げる

常に新鮮な創造性を発揮するクリエイターにとって、写真集やアートブックを読むことは着想を得るきっかけになるだろう。この連載ではさまざまな領域で活躍するクリエイター達に、自らのクリエイションに影響を与えた写真集や注目のアートブックなどの書籍を紹介してもらう。

第6回はサブカル系YouTuber「おませちゃんブラザーズ」のわるい本田が登場。仲間とともにYouTubeで映画や音楽、漫画などのサブカルチャーを解説していて「教える」というより「ここが好き!」という作品愛にあふれた作品解説に定評がある。本田は動画編集を一手に引き受けている。動画づくりにもインスピレーションを与えているという本田のアートブックコレクションから、お気に入りの3冊を教えてもらった。

『100』
松本大洋

想いを寄せるあの人の気持ちが知りたくて

中学生の時に買った画集。当時、好きだった女の子が松本大洋が大好きで、その子に近づきたくて『ピンポン』の漫画を読み始めたんですが、最初は絵が苦手でした。ストーリーはすごく好きで、そのうち友人にも広めたいと思うようになったんですが、自分のように絵が苦手な人がいるかもと思って、『ピンポン』のストーリーをそのまま文字に起こして、小説にして読んでもらっていました。そのうち、絵のことも理解したいと思うようになって、一度『ピンポン』の漫画を全部模写したこともあります。その経験から、かっこよさも自分なりにわかって絵も大好きになり、この画集を買ったのを記憶しています。

僕はこの「むしろ苦手なところから、好きな子が好きだからという理由で自分なりに研究して自分の好きにした」という経験から、「背伸びして知る」楽しさを知りました。僕の場合、第一印象で“生理的に無理”と思ったものは、あとで大好きに化ける可能性がある。それもあって、YouTubeでサブカルチャーの解説をする時は、「もしかしたら今はすごくその作品を苦手な人がいるかもしれない」ことを考慮したり、知識でマウントをとるよりも“好き”の気持ちを伝える解説をするよう意識したりするようになりました。そのきっかけになったのが、松本大洋です。

『鉄コン筋クリート』のシロとクロ。これは書き下ろしで細かな部分も描き込まれていて、漫画の中で描かれていた2人とは少し違う。漫画の本編には描かれていない、こんな一面もあるんだと思って驚いて強く印象に残っているページ。

『エゴン・シーレ ―ドローイング 水彩画作品集―』
ジェーン・カリアー

アメリカ留学中に出会ったアーティスト

高校3年の時に、アメリカのミシガンに1年間留学していました。行くまでは英語がペラペラになって帰ってこようと思っていたのですが、言葉の壁にぶつかってしまって。人と話ができなくなったので、諦めて絵を描いていました。絵なら言葉が必要ないというか、フラットな感じなのが良かった。自分の手をずっとデッサンしていたら、周りからほめてもらえたりして、コミュニケーションを少しとれるようになりました。だから留学中は1日10時間とか、とにかくずっと手を描いていたんです。

エゴン・シーレは、その留学中の美術の授業で知りました。美しいけど退廃的な感じというか、死に近い感じがする。どこか松本大洋の線とも似ているなと思いました。ナイーヴさと力強さがあり、細かいところまで描いているけど写実的かというとそうでもなくて。女性のヌードをたくさん描いていますが、少女の誘拐容疑で逮捕されたり、妻の姉と不倫したり。まあ、めちゃくちゃなところが好きです。

シーレのミューズだったヴァリと自身を描いている「死と乙女」。シーレは絵を描き続けるために別の中産階級の女性と結婚することが決まっていて、ヴァリとの別れのシーンを描いていると言われています。よく見ると、自分が決めたことなのに被害者みたいな表情をしているし、左手で優しく抱き寄せているのに、右手で突き放そうとしているような。矛盾と葛藤が見えて、人間らしさにぐっとくるものがあります。

『Let’s Go Downtown まちがいさがし』
町田ヒロチカ

バンドサークルの友人が手掛けた1冊

町田くんは大学のバンドサークルの後輩で、当時は絵を描いているなんて全く知らなかった。大学4年生の時に突然「絵を描く」といってびっくりしたんですが、作品を見せてもらったらめちゃくちゃいい。当時から雰囲気があって、後輩だけど会うと緊張してあまり喋れなかった思い出がありますが、社会人になってから、町田くんの絵がスカパラのジャケットに採用されるなど名前を聞くようにもなりました。僕はその時、放送作家として奴隷のように働いていて、好きなことで生きている彼をうらやましく思ってムズムズしていたのを覚えています。そういった思いは、僕がYouTubeを始める力にもなっていて、間接的にですが僕に今の生き方を教えてくれた友人です。

この画集は1冊まるごと間違い探しになっています。とにかく好みのタイプの絵で、LINEスタンプも全部持っています。色使いも最高。僕は色盲で、赤と茶色とか、青と紫の差がわかりにくいんですが、そんな僕が見ても町田くんの色使いはすごくいい。

「アートブックには無意識の出会いがある」

僕はアートに詳しいわけではありませんが、アートブックはパラパラめくって無意識に目に入れたいと思うものがあった時に購入して、動画編集などで行き詰まった時に何気なく見ています。今って、自分の選択したものしか目に入ってこない世の中になっていると思うんです。YouTubeでもGoogle検索でも、おすすめされるものは過去に検索したものに紐づいていて、何かを深めることはできるかもしれないけど、意識しないと自分の世界を広げることは難しい。

そういう意味では、アートブックには無意識の出会いがあります。自分が選択していないところから思いがけない情報が入ってくることがあるので、気になるページがあったら購入して手元に置いておいて、いつでもパラパラできる状態にしておくと、自分が予測していなかった意外な方向へ世界が広がるのではないでしょうか?

わるい本田
1989年生まれ、千葉県出身。早稲田大学中退。ラジオやテレビの放送作家として活躍後、学生時代の友人とともにYouTuberに。「おませちゃんブラザーズ」のチャンネルで、映画や音楽、漫画などのサブカルチャーを解説する動画が人気。
Twitter:@omasehonda

Photography Kentaro Oshio
Text Akiko Yamamoto
Edit Kumpei Kuwamoto(Mo-Green)

author:

mo-green

編集力・デザイン思考をベースに、さまざまなメディアのクリエイティブディレクションを通じて「世界中の伝えたいを伝える」クリエイティブカンパニー。 mo-green Instagram

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