連載「ヨーロッパのJビューティ通信」Vol.4 “和”の心とイタリアの伝統美容の折衷「ウェイト」

欧米の美容業界で注目を集める“Jビューティ”。伝統的に培われた美意識と、概念や習慣に由来する日本の美を象徴した美容法が、世界中の人々の日常の一部へと浸透し始めた。連載「ヨーロッパのJビューティ通信」は、欧米で知名度を上げるJビューティブランドを紹介し、日本古来の美容法を深く掘り下げていく。同連載の監修を行うのは、パリ在住20年以上で、日本の美容ブランドのヨーロッパ市場進出をコンサルティングする「デッシーニュ」の須山佳子代表。ヨーロッパのJビューティトレンドの立役者である彼女がオススメするブランドの魅力と、各々が捉える日本の美意識に迫る。

第4回は、イタリアで日本美容ブランドのディストリービューターを務めるラファエラ・グリーサが手掛けるオリジナルブランド「ウェイト」。須山は「日本の美学に触発された、真正なクリーンビューティブランド」と紹介する。50歳の頃に大きなキャリアチェンジを決意し、「ウェイト」を通じて“和”の哲学を伝えるラファエラ。そのきっかけとなった明治神宮でのスピリチュアルな体験や、Jビューティの美学、世界中を旅した経験で磨いた彼女の審美眼を語ってもらった。

「日本とイタリアの2つの文化の融合であり、美の折衷を具現化したもの」

−−まずは、「ウェイト」について教えてください。

ラファエラ・グリーサ(以下、ラファエラ):「ウェイト」は日本とイタリアの2つの文化の融合であり、美の折衷を具現化したものです。イタリアの視点で捉える美しさとは、まるで夏に咲き誇り繁栄する花のような、生命力と温かさを兼ね備えたもの。息をのむ美しいイタリアの海辺に座り、思考し、内省し、感じ、創造のプロセスのための新しいエネルギーを得る時、喜びの波で満たされます。

一方で日本は、物事の儚さを大切にします。季節が変わり、何かが目覚め、何かが眠りに落ちる自然界と同じように。日本の神聖な神社の中でじっと座り、待ち、匂いを嗅いで感じると、世界とそこにあるすべてのものに心がときめき、予期せぬ喜びがもたらされます。地中海の広大なブルーオシャンを目の前にして、ブランド名「ウェイト(WA:IT)」が明確に浮かびました。それは、WA(日本語で平和や調和)とIT(イタリアと接頭辞に由来)の2つのフレーズを繋げることで、待って、中を見て、減速して、時間をかけるというブランドの哲学を示しています。中間にあるコロンは、スローダウンする時間を強調しています。「ウェイト」は日本人の“和”のように内側と外側を融合させ、バランスを取り、感覚を刺激することで心を落ち着かせる香りとスキンケア製品を表しています。

−−Jビューティに着想を得た「ウェイト」を立ち上げた経緯とは?

ラファエラ:和を感じた旅がきっかけです。当時、環境に配慮した持続可能なゆったりとした生活を送りたいと思う反面、仕事では常に飛行機に乗り、ますますペースが速くなり、プライベートと仕事の間で衝突が起こっていました。変化を起こす必要があることを長い間知りながら、実際に気付きを与えられたのは、2018年に東京へ旅した時です。

緑に囲まれた明治神宮の庭園で天蓋を眺めていた時、身の回りにあるものすべてとつながりを感じました。やがてある種の深い瞑想状態に陥り、心を研ぎ澄まし、新らしい力と目的意識が芽生であり、私の前半の人生に区切りをつける時だと認識しました。「ウェイト」は萌芽として、私にとって新たな人生のスタート。日本では、美へのホリスティックなアプローチと、西洋ではほとんど知られていないユニークな成分についての知識も得ることができました。

−−各国に独自の美容文化がある中で、なぜJビューティにそれほど惹きつけられたのでしょうか?

ラファエラ:私は、Jビューティとは“儀式”だと思っています。今この瞬間ここにいることができ、何かを愛しているなら、惰性的な行動としてではなく、すべてが儀式に変わっていくのです。生き急ぐ現代社会の流れ、特に西洋文化では、次のステップのために今何をすべきかと考える傾向にあります。“次のステップ”に焦点を当てることの問題は、その瞬間に取り組んでいる行為そのものが意味を失うことにあると思うのです。これは、日本文化から得た最も重要な教えの一つでもあります。

−−では、Jビューティをどんな言葉で定義しますか?

ラファエラ:ミニマルでホリスティックな美へのアプローチ。“レス・イズ・モア”の思想が、伝統とテクノロジーによって完璧に美容に適用されています。

「日本からは、食べ物、薬品、美容を含む、美へのホリスティックなアプローチの意味を学びました」

−−Jビューティとイタリアの美容文化の違いは何ですか?

ラファエラ:イタリア人は美容に対してより“貪欲”なアプローチをとっているところです。結果がすぐに得られない場合は、美容ルーティーンを突然変更したりします。Jビューティのキーワードは予防であるのに対し、イタリアでは修復にあります。また、日本のスキンケアはクレンジングのステップに注力しますが、イタリアは保湿のステップにすぐさま取り掛かるような場合もあります。

−−昨今Jビューティがこれほど人気になっている理由は何だと思いますか?

ラファエラ:Jビューティならではの方法は、努力を必要とせず、心身のウェルビーイングに直結するからでしょう。さらに、ミニマリズムな精神は、より意識高く持続可能な生活へと導いてくれるからだと思います。

−−「ウェイト」のユーザーから、どのようなフィードバックを受け取っていますか?

ラファエラ:私の顧客は製品自体だけでなく、「ウェイト」の哲学と信頼性、コネクションを感じ取ってくれているようです。このプロジェクトが商業的ではないと理解してくれています。50歳近くで人生を変える決断を下すには、それを行う深い理由と強い意志が必要です。他の人がそれを理解し、感謝し、ブランドに共鳴してくれることは、本当に幸せなことです。重要なのは美しさだけではありません。同じ人生観と哲学を共有できる人々と、非常に強固なコミュニティを作りたいのです。

−−美容以外で、あなたが日本からインスピレーションを得る要素とは何ですか?

ラファエラ:日本からは、食べ物、薬品、美容を含む、美へのホリスティックなアプローチの意味を学びました。以前のキャリアで、頻繁に日本を訪れていました。ひどい頭痛に悩まされていたある日、日本人の仕事仲間が痛みを和らげるために、錠剤ではなく食べ物をくれたのです。それをきっかけに、古代中医学に基づいた伝統的な日本医学について学び始めました。身体と心は切り離せない関係にあり、肉体的および精神的な癒やしは人間の健康に不可欠なもの。私達はホリスティックに、心身の完璧なバランスを保つべきなのです。

そのため、「ウェイト」では、イタリアで古くから伝わる香水とアロマテラピーを融合させて考案した、天然の香りである“HITO”で心を癒やすことをファーストステップとして提案しています。その後、日本の伝統医学のスーパーフードに基づいたスキンケアで、心の中の神社をケアしていくような流れです。

−−最後に、今後のヴィジョンについて教えてください。

ラファエラ:持続可能性、ミニマリズム、マインドフルネス、効能、そして価値観と精神を包括する「ウェイト」の旅は進行中です。6月にミラノで開催されるエクスペリエンス・ラボ(国際美容展示会)で、墨絵アーティストのフィリッポ・マナセロによるペイントをモチーフにし限定版のトラベルキットとセラムオイルの新製品を発表予定です!

ラファエラ・グリーサ

ラファエラ・グリーサ
「ウェイト」創立者。1971年イタリアで生まれ、幼少期から家族とともに世界中を旅した。トリノ工科大学で経営工学を専攻。主にアジアに商品を輸出するイタリア企業のエンジニアリングのバックグラウンドを持つコンサルタントとしてキャリアを築き、世界中を横断。
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須山佳子

須山佳子
東京都生まれ、パリ在住20年。INSTITUT FRANCAIS DE LA MODE でブランド経営学のMBAを取得。2010年に日本からヨーロッパ市場へ進出、ブランド戦略、セールス、コミュニケーション専門のコンサルティング会社「デッシーニュ」を立ち上げる。2016 年、Jビューティとライフスタイルブランドをキュレーションするコンセプトプロジェクト「Bijo;」を主催。取引先はハロッズ、ボンマルシェ、リッツ・パリ、セフォラなど大手デパートからセレクトショップまで約20ヵ国、150店舗。

Direction Keiko Suyama

author:

井上エリ

1989年大阪府出身、パリ在住ジャーナリスト。12歳の時に母親と行ったヨーロッパ旅行で海外生活に憧れを抱き、武庫川女子大学卒業後に渡米。ニューヨークでファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。ファッションに携わるほどにヨーロッパの服飾文化や歴史に強く惹かれ、2016年から拠点をパリに移す。現在は各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビューの他、ライフスタイルやカルチャー、政治に関する執筆を手掛ける。

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