マックス・クーパーが新作の音と映像で表現する言葉の臨界点

マックス・クーパーはエレクトロミュージック界を牽引する存在であるのみならず、計算生物学​​の博士課程を修了している。音楽だけでなく表現における探究心は留まるところを知らず、卓越した映像表現にも高い評価を得ているオーディオヴィジュアル・アーティストだ。日本での支持も高く、幾度となく来日公演を実現している。今年3月に発売したアルバム『Unspoken Words』は、ドイツの哲学者であるルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』にある一節「わたくしの言語の限界が、わたくしの世界の限界を意味する(The limits of my language means the limits of my world)」​​に影響を受けながら制作したという。

サウンドと映像という“言葉”以外の表現を探求してきた彼が、今作であえて一節の“言葉”に着目し制作したアルバムを通じて聴こえてくるのは、単にアンビエントな音世界に浸れるだけでなく、ダンサブルかつアグレッシヴな身体的な感覚も内包した躍動的な世界だ。

新たにコンセプチュアルでありながらシンプルな傑作を生み出したマックスの心象を探るべく、TOKION限定でインタビューを試みた。聡明な彼が紡いだ音と最先端の表現を求めるアーティストとコラボした映像世界を通じて伝えようとするものとは?

言葉の限界と自身の心情に向き合い表現された新作

−−今作はどのようなプロセスで作られたのでしょうか?

マックス・クーパー(以下、クーパー):これまで制作したアルバムは、視覚的・科学的なアイデアから構築され、そこからフィーリングが生まれました。一方今作では、純粋に内面化した感情、言葉にできないけれども音楽的に表現できるアイデア、そしてそれに対する視覚的アナロジーを作り出すことから始めました。各トラックごとに異なる映像表現とコラボレーションしています。(すべての楽曲の映像は unspokenwords.net に収録)

−−今回のアルバムでのチャレンジはどの点ですか?

クーパー:「いかに自分自身に正直になれるか」でした。プロジェクト全体が“表現への葛藤”をテーマにしています。映像の中で表現そのものが成長し、最終的にポストヒューマン化する物語を描いたことにもつながっています。私はエレクトロミュージックと言われる特定のジャンルや型の中で仕事をしているので、音楽的な言語が常に必要とされるのです。その標準的な言語にとらわれすぎてしまうと、個人的な表現そのものが損なわれてしまう。

そういう意味で今作の課題は「自分の心理状態や心情を特定して、個人的な音にして伝えること」でした。だからこそそれぞれの選択が「本当に自分の物語を語っているのか」あるいは「それとも単に音楽的な型にはまったものなのか」を常に見極める必要がありました。それはつまり、自分自身に正直になる必要があったということです。

−−アルバム・タイトルの「Unspoken Words」の背景にもつながると思いますが、音楽は言語の壁の問題を克服することができると思いますか?

クーパー:少なくとも私にとっては、音楽は言語よりも豊かに自分の内面世界を伝えられる手段です。科学や日常生活のような客観的な考え方は簡単に伝えられますが、自分という存在がどういうものかを伝えようとすると、言葉では伝えられないんです。でも音楽ならその体験を直接的な形として表現できますし、その体験の本質とは「自分がどう感じるか」ということです。音楽は、私にとって物事をどのように感じたかを捉えるのに優れています。

−−“Exotic Contents “のミュージックビデオはどのように作られたのですか?Xander Steenbruggeと一緒にVQGANとCLIPのシステムを使っていますね。楽曲の世界をより探求するのに役立ったのでしょうか?

クーパー:仕上がった作品を見て驚くばかりでした。ウィトゲンシュタインの著作には興味があったのですが、原典を掘り下げて理解しようとしたことは今までありませんでした。今回著作に向き合った上でできあがったミュージックビデオを見てみると「私達の世界そのものと自己言及の世界とのるつぼ」のようなもので、見るたびに新しい発見があります。機械学習システムは難しい原作に取り組む等、私達に新しい光を与えてくれる。つまり使いようによっては、私達の教師にも新しいクリエイションにもなりうるのだという考えを持つようになりました。

−−ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインにインスパイアされたのはなぜですか?

クーパー:ウィトゲンシュタインは言葉がいかに曖昧で誤解を生みやすく、哲学的な問いへとつながっていくかを探求していました。彼の著作は、専門用語や前提として参照すべき文献が詰まっていて、本当に理解するには猛烈な勉強が必要です。それでもウィトゲンシュタインの著作に目を向けたのは、『Unspoken Words』というアルバムのアイデアを視覚的に表現できるものを探していた時で、今の自分が向き合うべきテーマと合致しました。『Symphony in Acid』でもKsawery Komputeryが彼の文章をサンプリングして私の音楽構造と同期したMVを構成し、表出させることに成功しました。

映像と音楽は相互に干渉し合うものである

−−毎作毎作チャレンジングな視覚的なアプローチを行っていますが、音楽的な価値にどのような影響を与えるのでしょうか?

クーパー:ヴィジュアル表現と音楽の世界は、私にとって切っても切り離せない関係性です。相互に干渉しあう情報の性質を持っているのでしょう。私が音楽を聴くたびに視覚的なイメージが浮かびます。もし私がビジュアル表現を見たら、同じように自然と楽曲のアイデアを思いつきます。だからこそそれを伝えるために私は多くの素晴らしいヴィジュアルアーティストとコラボし、楽曲やアルバムに映像という情報を与えることで「言語」を創造しているのです。

−−アルバムを通してリスナーに伝えたいことは何ですか?

クーパー:一番の望みは考えや感情を相互に伝え合うことです。私達は皆、共通の内的状態(集合的無意識)を共有していると思います。人間であることは、時に素晴らしく、時に困難を伴います。だからこそその状態を共有し、私達が生きている表面的でナンセンスな展示のような現実世界から離れて、本質的に大切なことを伝えられれば、価値のあることだと思います。

私は、人々を日常世界から離れてより良い場所に連れて行こうとしているのです。レコードという情報や技術の中には3D的にエスケーピズムを推し進めることができるような超現実的な空間が満載なんです。

−−新しいアルバムを作るにあたって、何か思い出に残っていることはありますか?

クーパー:「Ascent」という曲は、もともとベルギーにあるルーヴェンという美しい教会で、Salvador BreedとMartin Krzywinskiと一緒に触覚的サラウンド音響映像体験のために書いたものです。観客は低音を直接体に伝えるベースシェイカーベッドに横たわり、マーティンによって5次元空間にマッピングされ、建築物の中に投影された教会の大天井を眺めるのです。これは強烈な体験でした。このシステムによってもたらされる無重力の直接的な触覚体験とともに、宗教的かつ科学的な激しさを捉えようとしました。このインスタレーション・プロジェクトは「トランセンデンス(超越)」と呼ばれ、音楽は同じアイデア、つまり上昇を表現するために作られました。その感覚自体が言葉にできないものだったので、アルバムとの相性もよく、プロジェクトに参加することができました。結果的に、今まで書いた曲の中で最も激しい曲の1つになりました。

−−欧米を中心としたアルバム・ツアーの真っ最中ですが、パンデミック後に久しぶりに大勢の観客の前でアルバムを演奏することについて、どのようなことを感じていますか?

クーパー:巨大な空間で、ヴィジュアル・プロジェクトの効果を最大限に発揮させることができるのは、とても楽しいことです。半透明のガーゼを重ねることで3D効果を出し、複数の面に投影することで、観客を包み込むような視覚体験ができるんです。音楽で求めていた、現実逃避や別世界のような感覚を生み出すことが目的です。今まで行ったことのない場所に連れて行かれ、ポジティブなインパクトを残すような、アイデアと感情に満ちた場所に連れていってあげたいのです。

日本でのパフォーマンスはいつも素晴らしいもので、お気に入りの場所。美しい山々の中で行われるフジロックや、最も好きなフェスティバルの1つであるMUTEKの日本版、素晴らしいサウンドシステムのVENTでプレイしました。​​毎回とても楽しくて、次回来日できる機会をずっと心待ちにしています。

マックス・クーパー
イギリス出身のサウンドアーティスト、プロデューサー兼DJ。2000年より本格的に音楽活動をスタートする。ソロ・ライヴアクトを中心に活動を行い、代表曲「HarmonischSerie」で世界的な成功を収める。2014年に自身初となる、デビューアルバム『Human』をリリース。ミニマルテクノの他にダブステップやグリッチ、ビートといったオーガニックな生楽器を変幻自在に操り、シネマティックなエレクトロニック・ミュージック作品に仕上げた。2015年にはFuji Rock Festival に、2016年にはMUTEK.JPに出演。今年3月にアルバム『Unspoken Words』を発売した。

Direction Kana Miyazawa
PR Studio De Meyer

author:

冨手公嘉

1988年生まれ。編集者、ライター。2015年からフリーランスで、企画・編集ディレクションや文筆業に従事。2020年2月よりドイツ・ベルリン在住。東京とベルリンの2拠点で活動する。WIRED JAPANでベルリンの連載「ベルリンへの誘惑」を担当。その他「Them」「i-D Japan」「Rolling Stone Japan」「Forbes Japan」などで執筆するほか、2020年末より文芸誌を標榜する『New Mondo』を創刊から携わる。 Instagram:@hiroyoshitomite HP:http://hiroyoshitomite.net/

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