DJ KRUSHソロ活動30周年 たどってきた道と記憶―MCの存在と、今思うこの先のこと―後編

DJ KRUSHがソロ活動30周年を2022年に迎えた。ジャパニーズヒップホップの夜明けから東京アンダーグラウンドで活躍し、そこから世界へ。DJ界の日本代表で、世界から見たらDJ界の東洋の魔術師。今やコアなDJ KRUSHヘッズは世界中に存在する。

そのDJ KRUSHの今を記録しておきたい。後編では、2010年前後から現在まで。そしてここから先、未来への思いについて。

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何かを置いていかないと、次はない

――これまで世界を回られた中で、どんなことを感じましたか?

DJ KRUSH:この人にしかできないDJだったり、制作で言えばこの人にしか出せない音だったり、そういうのを持っている人は、途中で印象が薄くなっても、結果的には残っていくと思うんだよね。

個性が大事だっていうことは、海外を回って強く感じたし、それがないときっと毎年呼んでくれないだろうなって思う。観に来てくれる人達は、KRUSHの音を聴きたくて来てくれるんだろうから、それに対してこっちも何度やっても毎回、命懸けだし勝負だよね。何かを置いていかないと、絶対に次はないから。だからやり続けるには、どう現実的なDJセットを持っていけて、どう個性を吐き出していくか。そういうことを考えることが、大切だなと思っているよ。

――海外でKRUSHさんのDJを実際に観て感じたことは、お客さんの期待感がものすごいってことでした。しかもその熱量が半端ないと言いますか。

DJ KRUSH:それが時にはプレッシャーになることもあるけどね。だけどステージに立ったら、やるしかないじゃない。そこに立つまでにどの音を出そうかって考えてきているから、ステージに立ったらどれだけ出せるかだけに集中しているよ。

――世界へ出ていきたいと考えているDJには何が必要だと思いますか? 日本だけでなく、世界でプレイしてみたいと思う若い人達にアドバイスなどありましたら。

DJ KRUSH:今の若いDJ達って世界に出たいと思っているのかな。だって、ネットですぐにつながることができるし、そういった夢を持ったりしないのかなって。俺の場合は、自分とは違う文化で育った人達が、自分のDJや作品を聴いた時に、頭の中にどういう景色が生まれるのかってことに興味があったから、だから世界の人達に自分のDJを聴かせたい、どんな反応をするのか観たいんだよね。だけど今の若い人は、そんな欲がないのかなってずっと思っているんだけど(笑)。

日本人MCは、すごく進化した

――これまでにリリースされたアルバムの話に戻ります。2015年、11年ぶりにリリースされた9thアルバム『Butterfly Effect』 ですが、また次の舞台に行こうとするKRUSHさんを感じることができました。

2015年にリリースされたアルバム『Butterfly Effect』

DJ KRUSH:あの頃はなるようになれって感じだったのかな。『Butterfly Effect』 は、「今はこの感じかな」って素直に思って作ったアルバムなんだ。だけど前作から何年もたっていたから、プレッシャーを感じたことは正直あったし、でもそれを気にしちゃうのはよくないなとか、少しふらふらしながら作ったところはあるかな。

――ピアニストの新垣隆さんをフィーチャーした曲も入っています。

DJ KRUSH:新垣さんはおもしろい音をやる人だなってずっと思っていたんだけど、ちょうどあの時期に新垣さんはいろいろあったし、今やってみたいなとお誘いしたんだよね。一緒にライヴもやったよ。

2015年に新垣隆とともにプレイするDJ KRUSH

――それから10thアルバム『軌跡』では、若手の日本人ラッパー(MC)を起用して制作されていました。振り返るとこの30年間でさまざまな日本人ラッパーと共演されていますが、日本人ラッパーはどのように進化したと思いますか?

2017年にリリースされたアルバム『軌跡』

DJ KRUSH:すごく進化したと思うよ。一緒にやり始めた当時から、自分の回りにいたMC達はフレッシュだったけど、格段に今の子達はうまくなっている。逆にうまい子達がたくさんいるから、その中で個性を出すのも、生き残っていくのも大変だろうなって思いますね。

俺がMUROとやっている頃は、まだMCが少なかったから、個性が際立ったし、他にもMAJOUR  FORCEとかにもいいMCがいたけど、今は時代もまったく違って本当にたくさんのMC達がいるよね。『軌跡』に関しては、たくさんいるMCの中でも個性があって独自の世界観を持っている俺好みの人を見つけ出して、それで声をかけて曲を作った。

――KRUSHさんはMCを選ぶことに関して、目利きだなと思います。BOSSさん(THA BLUE HERB)に関しても初期の頃から一緒にやられていますが、BOSSさんの最初の印象はどうでしたか?

DJ KRUSH:THA BLUE HERBに関しては、単純に彼らのレコードを聴いていいなと思ったんだよね。「知恵の輪」を聴いて、音は良かったし、ラップしている世界観もおもしろかった。BOSSのラップを聴いていると、いろいろ想像できるんだよね。それで必然的に俺はDJでトラックメイカーだから、「こいつの世界観に乗れるトラックを作ってみたい!」と思ったんだけど、実際にやってみてやっぱり強烈だったよ。彼との曲はかっこいいから、海外でもかけることが多いんだ。

――「Living in the Future feat. tha BOSS」(『Butterfly Effect』収録曲)は、BOSSさんのリリックがすでにあって、あとからトラックを制作されたとのことですが、トラックが先ではなかったんですね。

DJ KRUSH:あの時は、BOSSは自分の手元に2曲分のリリックがあって、どちらかを俺のトラックでやりたいと言っていた。それに対して俺は自分なりに考えたトラックを送って、それがハマるかハマらないかはBOSSに決めてもらったんだ。それから返事がきて、出口が見えてからは早かったね。

そして『軌跡』の制作は、自分からそれぞれのMCに何曲かトラックを渡して、そこから選んでもらったんだよね。トラックは重ならないように送ったんだけど、MCが選ぶトラックって、DJが考えるものとは違うものを選んできたりするんだ。だけど、ラップする本人が選んできたトラックは、最終的に必ず格好良くなる。俺のトラックで、こういう泳ぎ方するんだって、みんな個性があっておもしろい。でもこれからは、「このトラックの上でやってくれ!」っていうのもいいかなと思ったりしてる。例えば、「この難解なビートに、どんなリリックを乗せてくるのか聴かせてくれよ」ってね。

『Butterfly Effect』収録曲「Living in the Future feat. tha BOSS」

――ちなみに『軌跡』で、印象に残っていることはありますか?

DJ KRUSH:各自色が違うからどれも印象的だったんだけど、志人とやった「結-YUI- feat. 志人」っていう曲は強烈だったかな。たいていMCにはイントロがあってフックがあってと、俗に言う形式みたいなものがある。だけど志人の場合は、ラップし始めたら最後までラップしているというか、覚悟はしていたけどここまでくるかと、俺にはかなり衝撃的だった。だから志人へのトラックに関しては、最初のトラックから袖をもう1回まくり直して作った感じだったかな。

――KRUSHさんと志人さんの曲は、一度聴いてしまうと受け流すことはできませんでした。何度も聴いてしまうと言いますか。

DJ KRUSH:志人の曲はいろいろ聴いてはいたけど、いざ一緒にやってみると、彼のアルバムとは違うスタイルを出してくる。全部言葉で埋めてくるし、ちゃんと聴くと全部つながっているんだけど、1回聴いただけでは何を言っているのかわからない。タイミングもすごいし、だから何回も聴いてもらわないとっていう。いろんな目線で声を変えていて、一方の目線では「こうだよ、人間ども!」と神的な目線で言っているのに、今度はその人間目線で神に向かって言葉を発していたりと、1曲の中でさまざまな視点があるんだよね。まるで物語のような構成をしているから、俺はその物語の景色にトラックをつけていく作業が必要になった。それにはすごく刺激されたよね。もしかすると志人の場合は、ビートがなくてもいけるんじゃないかな。ノイズ音だけがずっと鳴っているとか。機会があれば今度リズムなしにトライしてみたいね。

『軌跡』収録曲「結-YUI- feat. 志人」

言葉がなくても、曲から物語を伝える

――トラックメイカーであり、DJであるKRUSHさんにとって、MCとはどんな存在ですか? 

 DJ KRUSH:彼らは言葉を選び抜いて、その言葉で彼らの世界観を作っているよね。それは1つの表現だし、人にもすごく伝わりやすい。それで、俺が作るインストのトラックに関しても、俺が喋っているつもりなの。俺にとってのインストは、自分がラッパーになったつもりだし、音に自分の物語を書いているつもりなんだよね。ラップには言葉の強さがあるけど、インストには自由さがある。それは国境なんかも飛び越える。言葉はわからなくても、世界の人がそれをどうにか感じることができるかってことに、俺は興味がある。

――なるほど。次は、11thアルバム『Cosmic Yard』です。このアルバムでは、演奏家を招いて制作されていましたが、KRUSHさんのトラックに、演奏家達が奏でるメロディが ボーカルのように乗ってきているなと感じました。

左、2018年にリリースされたアルバム『Cosmic Yard』
右、2020年にリリースされたアルバム『TRICKSTER』

DJ KRUSH:『軌跡』を作り終わった後に、自分のインストに戻って、生の音でミュージシャンとやってみようって純粋に思ったのかな。ここでまた近藤(等則)さんや、森田(柊山)さんとも一緒にやっている。ギターでは、渥美幸裕さんに参加してもらった。周期がぐるぐると回っているよね。だから続く12th『TRICKSTER』では、ついに1人でやりたくなったのかもしれない(笑)。

先を行くと思うね――DJ KRUSHが描く未来

――ソロ活動30年を経た“現在”はいかがですか?

DJ KRUSH:ずっとやってきたけど、終点はないよね。やればやるほど、やることが増えていくというか。だけど始めた頃は、こんなに続くとは思っていなかったよ。結局、自分の子ども達と同じくらいの年齢のやつらと仕事をするようになってるし、あっという間に時間が過ぎていった感じかな。

――この先、新しく見えているものはありますか?

DJ KRUSH:そうだね……最終的な域には、たどり着かないほうがいいんだろうなって気はしているよね。終点はなくて、前に進んでいく状態がいいだろうし、俺はケツを押されないとやらないタイプ。音楽ってやり切ったっていうのがないと思うんだよね。だからもっとみんなにいい音楽を聴かせたいし、驚かせたい。それには年は関係ないと思っている。みんなと同じ機材を使って、音楽を通じてどう驚かせるかっていうことはすごく大切なこと。だから終点はないほうがいいなって。

――日本から世界へ出て、その先はどのような未来を描いていきたいですか? 『TRICKSTER』では、映画『ブレード・ランナー』的な未来を意識されたようですが。

DJ KRUSH:『TRICKSTER』では、近未来の先のさらに近未来みたいなことをやった感じはある。だから、この先自分は戻るのか、それとももっと先に行くのか、というのも現段階ではわからないけど……俺は先行くと思う。というか、先を行くようにしたいね。

――今回、KRUSHさんの作品を改めて振り返りながら感じたのは、どの時代も先を行っているということでした。KRUSHさんの後ろには、道ができている。1990年代に、これから日本のヒップホップが盛り上がるぞ! という時も、その場所にいないで、わが道を行っていたなあと。

DJ KRUSH:だけどあの頃(1990年代)は、俺の音が海外から日本へ逆輸入されて、国内では「一体なんなの?」って感じだったと思うんだよね。物事を判断する定規がまだ当時はそういう感じだったから、理解されていなかった。「Kemuri」(2ndアルバム『Strictly Turntablized』収録曲)とか、「何これ? ヒップホップじゃない!」ってさ。イギリスではアメリカのものをそのままコピーしないで、ドラム&ベースのように独自の音が生まれていて、それが世界に広がっていったけど、日本にはそれが足りない。だから定規を変えて、なんか生まないとなってずっと思っていたけど、日本のヒップホップも独自に進化していって、俺も日本や海外で活動をして成長していってって、時代の流れもあるけど、ようやく“現在”交わることができてるかなと思う。

――そういえば、昨年末のイベントにご家族が来られたとお聞きしました。しかもお孫さんまで。

DJ KRUSH:そうそう(笑)。こないだ、「クラブ エイジア」であったイベントに来たんだよね。下の孫が小学6年生の女の子なんだけど、その時期の女の子ってちょっと微妙な時期じゃないですか。しかも楽屋来ても男ばっかりだし。でも俺がやっている時に、お客さんが声を出しているところを経験してもらえたから、俺は良かったな。「KRUSHってこんななんだ!」って感じられたはず。

――ちなみにお孫さんからは、どう呼ばれているんですか?

DJ KRUSH:「クラッシュ!」って呼ばれてるよ(笑)。

DJ KRUSH
1962年、東京生まれ。DJ/サウンドクリエイター。1980年代後半よりDJをスタート。1987年にKRUSH POSSEを結成。1992年に解散後、ソロに転向。1994年1stアルバム『KRUSH』をリリース。1998年には、DJ HIDE、DJ SAKを率い、流-RYU-を結成し、21世紀に向けて発足したJAG PROJECTに参加。6thアルバム『漸-ZEN-』は、インディーズの「グラミー賞」ともいわれるアメリカのAFIMアワードにおいてベスト エレクトロニカ アルバム 2001最優秀賞を受賞。プロデューサー、リミキサー、DJとして日本を拠点に国際的な活動を展開しながら、映画、ドラマ、CM音楽制作などの分野でも幅広く活躍する。DJプレイにおいては大型フェスからクラブツアーまで、世界各国にてこれまで200以上もの公演に出演。
http://www.sus81.jp/djkrush
Instagram:@djkrushofficial 

DJ KRUSH『道 -STORY- 』
(Es・U・Es Corporation)
DJ KRUSHのソロ活動30周年となる2022年、「STORY/道」をコンセプトに国内外のアーティストを招いて音を紡ぐ作品をリリース。そのシリーズ第1弾となる12インチには、ralph、JUMADIBA、志人がラップで共演

Photography Shiori Ikeno

author:

Kana Yoshioka

フリーランスエディター/ライター。1990年代前半ニューヨークへの遊学を経て、帰国後クラブカルチャー系の雑誌編集者となる。2003年~2015年までは、ストリートカルチャー誌『warp』マガジンの編集者として活動。現在はストリート、クラブカルチャーを中心に、音楽、アート、ファッションの分野でさまざまなメディアにて、ライター/エディターとして活動中。

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