連載「クリエイターが語る写真集とアートブックの世界」Vol.8 全国を旅する映画館 「キノ・イグルー」有坂塁 映画鑑賞に深みを持たせる3冊のアートブック

常に新鮮な創造性を発揮するクリエイターにとって、写真集やアートブックを読むことは着想を得るきっかけになるだろう。この連載ではさまざまな領域で活躍するクリエイター達に、自らのクリエイションに影響を与えた写真集や注目のアートブック等の書籍を紹介してもらう。

第8回は、「キノ・イグルー」名義で移動映画館等、体験としての映画の楽しさを伝え続けている有坂塁。19歳の時に観た映画『クール・ランニング』で人生が一変したという有坂に、映画にまつわるアートブック3冊、そして日本独自の文化である映画パンフレットの魅力を教わった。

スタンリー・キューブリック

フィルムポスター アーカイブズ

キューブリックのアートワークを余すことなく味わう

アメリカの映画監督スタンリー・キューブリックのポスター等アートワークをまとめた1冊。ボツになったポスター含め300枚以上が掲載されています。キューブリックは、超コントロールフリークで、作品内だけでなく宣伝物まで完璧にコントロールする人だったそう。日本向けポスターのフォント等も全部チェックし、気に入らなければデザインを変更させたとか。

『博士の異常な愛情』(1964)は、アメリカとソ連の東西冷戦で、いよいよ核兵器が使われるかといった時代を皮肉ったブラックコメディ。今観ると、妙なリアリティがあります。

映画プロップ・グラフィックス
スクリーンの中の小道具たち

神は小道具に宿る

著者のアニー・アトキンズは、映画の中に出てくる手紙やメニュー、看板といった作品の世界観を演出するプロップ(小道具)を作ってきたデザイナー。小道具は一瞬しか映らないこともありますし、ストーリーに直接作用することはないですが、映画の世界観をつくるためには欠かせません。「せっかく作るなら」「せっかく見てもらうなら」より良いものにという、作り手のこだわりがうかがえます。

ウェス・アンダーソン監督の『グランド・ブダペスト・ホテル』のアートワーク。この本を見ると「これはどこに出てきたかな?」等、もう一度作品を観たくなります。

LE MUSEE IMAGINAIRE D’HENRI LANGLOIS

映画遺産を守り続けた、アンリ・ラングロワ

アンリ・ラングロワという映画人のコレクションや記録をまとめたアートブックです。ラングロワは、コレクションしていた古い映画のフィルムを上映する場所として「シネマテーク・フランセーズ」を創立した人。昔のフィルムは可燃性だったので、上映後に廃棄する必要があったんですが、それを買い取って蒐集していました。その後の世界大戦の時にもドイツ軍からフィルムを守る等、彼のおかげで僕らは初期のチャップリンの作品等も観ることができています。また、フランス映画にヌーヴェルヴァーグをもたらしたゴダールやトリュフォーは「シネマテークフランセーズ」の常連でした。ラングロワがいたから、今の映画があると言っても過言ではありません。

この本は2005年にベルシーに移設オープンしたシネマテークで購入しました。フランス語なので読めませんが、アーカイブとしても貴重な1冊です。彼は仕事人としては付き合いづらい人だったらしく、一度シネマテークを解雇されましたが、当時の映画監督や俳優達が解雇反対のデモを起こし、2ヵ月後には解雇が撤回されたそう。

「映画館が、教会のように心の拠り所になる」

僕は、19歳の時に映画館で見た『クール・ランニング』で人生が一変しました。それまでに観ていた映画は、7歳の時に見た『グーニーズ』と『E.T』の2本だけ。『グーニーズ』を観て感動し、どうしてももう一度観たくなって、母親に映画館に連れて行ってもらったら、やっていたのは『E.T』だった。観たくもない映画を映画館で観るのは最高に苦痛で、双子の兄と一緒に映画館内を駆け回り、『もう二度と映画なんて観ない』と断言したのを鮮明に覚えています。

でも、19歳の時に付き合っていた彼女に無理やり連れて行かれた10数年ぶりの映画館では、上映前からすごくワクワクしている自分がいました。暗くなった瞬間に、ここが自分の居場所だとさえ感じました。当時の僕は、一卵性の双子の兄といつも比べられてストレスを感じていたのですが、映画館ではそういう周囲の目から離れ、完全に1人になれたのだと思います。

それまではサッカーに没頭していてプロを目指していたのですが、それがかなわなくなり、ワクワクを感じた映画のほうに進もうと考えました。それまで全く観てきていない分、1日1本は映画館で映画を観ようと決めて現在も続けています。

最近は配信が充実して主流になってきていますが、そうなればなるほど映画館の価値も高まると考えています。映画館ではスマホの電源を切らなければいけません。これにはすごく希望があって、「映画を観ていたから」という理由で、常に繋がっていることの無意識のストレスを解放できる。映画館は今後、教会のように心の拠り所になるのではとさえ考えています。

ちなみに僕は、映画館では前から3列目くらいの真ん中の席を選びます。せっかく行くのだから、映像や音を浴びて没入したい。後ろの席で見るという選択肢はないので、好きな席が取れなかったら「今日ではなかった」と観るのをあきらめます。上映中は水分補給程度で、食事はしない。それは、サッカーの1時間半の試合にコンディションをつくって臨む感覚に近いですね。

それから、映画のパンフレットは必ず購入します。映画のパンフレットは作品の世界観をギュッと集約したもので、映画を観終わったあとにコーヒーやビールを飲みながら、パンフレットを読んで映画の世界を反芻したり、“言葉にできない余韻”にまどろんだりするのに最適なアイテムです。よく、映画の感想をテキストで残しているのだろうと言われますが、僕は感想をまとめたりしません。映画を観終わった後は言語化できないほど感動しているし、言葉に落とし込めないからこその余韻があります。パンフレットは、すぐには現実に戻れずに余韻にひたっている時間を豊かなものにしてくれるのです。

これは一般にあまり知られていないことですが、映画パンフレットは日本独自の文化で、他の国では制作されていません。パンフレットをめくれば、「どこで誰と観た」「その後一緒にお茶したな」といった映画の記憶が何年経っても蘇りますが、そういった楽しみ方ができるのは、実は日本だけ。

大島依提亜さん、石井勇一さんといった映画愛をもつデザイナーさん達によって、アートブックのように丁寧に作られているものが多いのも魅力です。コストがかかるため、最近はパンフレットを作らない作品も増えていますが、僕は絶やしてはいけない文化だと思っています。

有坂塁
2003年に移動映画館「キノ・イグルー」を渡辺順也とともにスタート。美術館やカフェ、遊園地等さまざまな場所で映画上映界を開催。1対1のカウンセリングでその人におすすめの映画3本を導き出してくれる「あなたのために映画をえらびます」を定期的に行う等、映画の楽しみ方を広げてくれるイベントを開催し、映画の魅力を伝える。kinoiglu.com/
Instagram:@kinoiglu

Photography Kentaro Oshio
Text Akiko Yamamoto
Edit Kumpei Kuwamoto(Mo-Green)

author:

mo-green

編集力・デザイン思考をベースに、さまざまなメディアのクリエイティブディレクションを通じて「世界中の伝えたいを伝える」クリエイティブカンパニー。 mo-green Instagram

この記事を共有