記憶から香りを創造するベン・ゴーラムが魅せる「バイレード」の世界

幼少期の遠い記憶、愛しい誰かと過ごした時間、異国の地を旅した日々、そこにはいつも「香り」が寄り添う。人生の記憶の断片に残る香りは、思い出すたびにエモーショナルな感情を呼び起こす。

誰もが持つ記憶から香りを生み出すのが、ヨーロッパ発のコンテンポラリー・ラグジュアリーブランド「バイレード」のデザイナーのベン・ゴーラムだ。無駄を削ぎ落としたミニマルなボトルに込められたエキゾチックでメモラブルな香りは「バイレード」の代名詞として人気を博す。

バスケットボールプレイヤーから転身した異色の経歴を持ち、フレグランスだけにとどまらず、メイクアップコスメ、アイウェアと次々と手掛けていく。そんな異才・ベン・ゴーラムがクリエイトする「バイレード」の世界をインタビューとともに紐解く。

「自分の見たものや経験をメモし、そこからどうやって⾹りに変えられるか」

−−フレグランス業界へ進出したきっかけは、調師のピエール・ウルフ氏と出会い、りと記憶の関係に魅了されたからとお聞きしました。⾃⾝の体験の中で思い出深いりはありますか? 


ベン・ゴーラム(以下、B.G):確かに、ピエール・ウルフとの出会いは、それまでの私の思考になかった部分を開いてくれました。自分の中で⾹りづくりをビジネスとして意識したことがなかったのですが、実家で嗅いだインドのスパイスの⾹りや祖⽗が使っていたコロンの⾹り、そして、娘たちのことを思い出させる⾚ちゃんの⾹りまで、幼少期の記憶は⾹りで溢れていることに気付いたのです。

−−「バイレード」には、あなたのルーツでもあるインドの原料を使ったエキゾチックで独特の⾹りが多いと感じます。そういった香りはどんな風にアイデアが浮かぶのでしょうか? また、どこからインスピレーションを得ているのでしょうか? 

B.G:私はいつもメモすることが習慣なのですが、自分が⾒たものや経験したものをメモし、そこからどうやって⾹りに変えられるかを考えています。スマートフォンや⽇記帳のどこかにいつも何百ものアイデアをメモして残し、それらを思い浮かべます。そこからフィルターにかけ、強く感じるものや確かな何かを感じたら、それが⾹⽔になる可能性を秘めているのです。その後に調⾹師に出す指⽰を書きますが、この作業は多くの時間を要することがあります。ユニークな⾹りのアイデアからそれがどんどん膨らんで形を変えていき、ある時点に達すると明確な指⽰ができあがるのです。そういった私自身の感情をできるだけ調香師に伝えて、理解してもらうようにしています。  例えば、「Mister Marvelous」の香りは、私が幼少期に嗅いだクラシックなメンズのコロンからインスパイアされていますが、そこに現代的なひねりを加えています。ベルガモットからラベンダー、バンブーからシダーウッドまで、予期されるものと予想外のものが出会っているのです。

−−⽇本⽂化の哲学にインスピレーションを受けているとお聞きしましたが、具体的にはどういったことでしょうか? 

B.G:⽇本の最先端技術と伝統との対⽐にとても感化されています。日本の様式哲学は、とても遊び⼼があり、⾃⼰表現に満ちていると思います。私の⽇常⽣活の中で⾒られる事象とは全く異なる多くのことが⽇本では起きており、日本を訪れるたびに影響を受け続けています。

「どの製品においても最⾼峰のアーティストや職⼈とタッグを組む」

−−1月28日から12ヵ月限定で、渋⾕パルコでポップアップを開催していますが、反響はいかがですか? ⽇本とヨーロッパでは気候も違いますが、好まれる⾹りにも違いがあるのでしょうか? 

B.G:渋谷パルコのポップアップに対しては、信じられないほど熱狂的な反応をもらっています。⽇本に進出し、お客さんやスタッフと話ができることをとても嬉しく思っています。世界的に⾒て各国で⾹りの好みに違いがあるかについては確証を持てません。だからこそ、⾹りに対する私のアプローチはとても流動的なのです。多くの⼈がそれぞれの⾹りを⾃分なりに解釈していると思いますし、それがすべての「バイレード」におけるポイントだと思っています。

−−フレグランスと聞くと⼥性らしさやリュクスなイメージが先⾏し、ボトルデザインなどにも影響していると感じます。そういった中で「バイレード」のデザインはミニマルであり、アート作品のような存在感がありますが、特に意識した点はありますか? 

B.G:ボトルデザインは私が住んでいる場所、つまりスウェーデンから強くインスピレーションを得ています。スウェーデン社会は⽐較的シンプルですが、その考え⽅が、私が作る⾹⽔とデザインにも反映されていると思います。デザインにおいては感情やアイデアの伝達⼿段であり、とても重要な要素だと思いますが、あくまでボトルの中⾝にフォーカスすべきだと思っています。「バイレード」のボトルデザインがシンプルなのはそういった背景があるからです。

−−ヴィヴィッドカラーやメタリックカラー、彫刻のようなデザインが印象的だったメイクアップラインに関してはどうですか? 

B.G:メイクアップラインは、⼈々が⾃信を持って飾れるようなトーテムのようなものを作ることに重点を置きました。

−−伝統的なクラフツマンシップで⽣産されているとのことですが、具体的にはどういった製法なのでしょうか?

B.G:どの製品においても最⾼峰のアーティストや職⼈のみと仕事をするように⼼掛けています。最近では、 ⽇本のラグジュアリーアイウェアの発祥の地として知られる福井の職⼈が手掛けた新しいスタイルのアイウェアを発表しました。彼らは伝統的な製法とディテールへのこだわりで最⾼品質のフレームを作り上げています。

−−世界的に見てどの分野においてもサステナビリティが重要視され、ものづくりも変化してきましたが、フレグランスにおいてもそうあるべきだと思いますか?

B.G:そうですね。フレグランス業界においてもサステナビリティへの取り組みに遅れをとってはならないと考えています。「バイレード」では、パッケージと製造⽅法に変更を加え、常にさらなる変化を探究しています。⾃然の中で過ごす時間ほど有意義なものはありません。そのため、サステナビリティは私にとって⾮常に⾝近な問題なのです。

ベン・ゴーラム
「バイレード」創業者でディレクター。インド人の母とカナダ人の父のもと、スウェーデンに生まれる。トロントやNY、ストックホルムなどさまざまな土地で育ち、ストックホルム美術大学でファインアートの修士号を取得。その後、調香師のピエール・ウルフとの出会いをきっかけに香水の世界に進む。2006年に「バイレード」を設立。以来、私的な記憶や歴史、イマジネーションを香りに表現。「オフ-ホワイト c/o ヴァージル アブロー」等、ファッションブランドとのコラボも積極的に行っている。日本では、2022年1月から12ヵ月限定で、渋⾕パルコでポップアップを開催している。

author:

宮沢香奈

2012年からライターとして執筆活動を開始し、ヨーロッパの音楽フェスティバルやローカルカルチャーを取材するなど活動の幅を海外へと広げる。2014年に東京からベルリンへと活動拠点を移し、現在、Qetic,VOGUE,繊研新聞,WWD Beauty,ELEMINIST, mixmagといった多くのファッション誌やカルチャー誌にて執筆中。また、2019年よりPR業を完全復帰させ、国内外のファッションブランドや音楽レーベルなどを手掛けている。その他、J-WAVEの番組『SONAR MUSIC』にも不定期にて出演している。 Blog   Instagram:@kanamiyazawa

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