タナダユキ監督が映画『マイ・ブロークン・マリコ』で表現する“残された側の折り合いのつけ方”

平庫ワカによる漫画『マイ・ブロークン・マリコ』は、斬新なキャラクター設定と疾走感あふれるストーリーで、2019年にウェブコミック誌「COMIC BRIDGE」で連載されるやいなやSNSで毎話トレンド入りし、大きな反響を呼んだ。

ストーリーは、ブラック企業に勤め、鬱屈した日々を送るシイノトモヨが、ある日テレビのニュースで親友のイカガワマリコが亡くなったことを知る。マリコの実家に行き、小学生時代からマリコを虐待していた父親から遺骨を奪い、かつてマリコが行ってみたかったという「まりがおか岬」まで“ふたり”で旅することに——。

今回、その原作に惚れ込んだタナダユキ監督が実写映画化。やさぐれたシイノトモヨ役を永野芽郁が、包容力と儚さをあわせ持つイカガワマリコ役を奈緒が演じるなど、キャストティングも話題となっている。突然親友を失った喪失にどう向き合い、どう決着をつけるのか。タナダ監督にこの作品にこめた想いを聞いた。

※文中には物語の内容に触れる箇所がありますのでご注意ください。

——『マイ・ブロークン・マリコ』の映画化にあたり、「原作を読み終えた瞬間、突き動かされるように映画化に向けて動き出した」とコメントされていました。タナダさんは原作のどういった部分に魅力を感じたのでしょうか?

タナダユキ(以下、タナダ):まずシイノ(トモヨ)のキャラクターがすごく魅力的で、そこに惹かれたというのが一番です。あと、この作品は重いテーマを扱っているのに、軽やかに描かれています。そこは常に自分が映画を作る時に目指したいところではあって、それを見事に表現していてすごい漫画だなと感じました。ぜひ映画化したいと思って、すぐにプロデューサーに連絡して、読んだ当日にはもう映画化に向けて動いていました。

——同じくコメントからなんですが、「自分自身漫画というものが大好きで、漫画の実写化には懐疑的な分、突き進むことでまた地獄を見ることもわかっていた」とおっしゃっていました。それはこれまで漫画を実写化した作品に満足いかないものが多かったからですか?

タナダ:そういうわけではないんです。あくまで私個人のことで。これは漫画原作のファンだったら皆さん感じると思うんですけど、理想とするものと、実際に映像で再現できることの乖離がどうしてもあるなと感じていたので、なんでも実写化すればいいってものではない、というのは常々思っています。でも、『マイ・ブロークン・マリコ』に関しては非常に映画的な漫画だなと感じたので、これはむしろ映画化したいと思えたんです。

だけど、漫画を実写でやる難しさはありますし、あと、原作のファンの方からガッカリされることもあるかもしれないわけで。自分が原作の大ファンだからこそ壊したくないというプレッシャーがありました。それでも、あらゆる恐怖を全て覚悟しようと思えるほどの原作だったから突き進めたのだと思います。

——脚本は向井康介さんと共同で担当されています。これまでも何度かタッグを組まれていますが、今回一緒にやろうと思ったのはなぜですか?

タナダ:私が原作を好き過ぎるので、冷静に考えられる人がいてくれるといいなと思ったのと、向井さんは原作ものの脚本も多く手掛けられているので、力になってもらえるんじゃないかと思ってお願いしました。

——実際、どのように脚本は作っていったんですか? 

タナダ:まずはプロットを向井さんに書いてもらって、それをもとに私が第1稿を書いて、その後に向井さんが第2稿を書いて、また向井さんが第3稿を、という流れで、最終的には第7稿で着地しました。

——映画化に関して、原作と意識して変えた部分はありますか?

タナダ:原作自体が映画のような内容だったので、特に変えようというのは考えていなかったんです。ただ、原作の通りに作るだけだと、時間が60〜70分になってしまうという悩みがありました。興業映画としては最低でも90分近くは必要だったので、原作の邪魔をせずに映画オリジナルでプラスできるエピソードを試行錯誤しながら加えていきました。

——追加された部分でいうと、後半の漫画だとさらっと終わっていた部分が、かなり時間をかけて描写されていました。

タナダ:そうですね。漫画の読後感の雰囲気は残しつつ、映画としての終着の仕方を探っていた感じです。

——『マイ・ブロークン・マリコ』は、親しい人を亡くした人がどうその喪失を乗り越えていくのか、というのがテーマのように感じます。タナダさんは公式インタビューで、「これまでの作品のいくつかでも、残された側はどう折り合いをつけてその先を生きていけばいいのか、というのを試行錯誤していて」と語っています。こうしたテーマはタナダさんの中では常にあったのでしょうか?

タナダ:それはありました。だから漫画の『マイ・ブロークン・マリコ』は読んだ時に、もし原作権が取れて映画化できることになったら、シイノがなんとかこの先も生きていけるような作品にすると決めていました。

——実際にタナダさん自身もそうした「喪失」の経験をされたことはありますか?

タナダ:それは私に限らず、多くの人が経験していることだと思います。

——タナダさんはそれをどう乗り越えてきたんでしょうか?

タナダ:どうだろう……。日々を生きるしかないですよね。

——確かに。映画のセリフでもありましたが、「生き続けるしかない」ですよね。その中で、少しずつ受け入れていく。

タナダ:そうだと思います。

監督も俳優も言葉にせずともお互いに同じ方向を見ている

タナダユキ監督が映画『マイ・ブロークン・マリコ』で表現する“残された側の折り合いのつけ方”

——キャストについて。永野芽郁がシイノ役を演じるのが意外というか、これまでの永野さんのイメージにはなかった役なので、発表された時は驚きました。

タナダ:キャスティングはプロデューサーと相談しながらでした。原作だとシイノは26歳だったんですけど、永野さんは(撮影時)22歳と少し若かったんです。でも、永野さんが演じてくれたらすごくおもしろいものになる予感がしたし、その年齢差なんて全く気にならない演技力があると思ってオファーしました。

あと永野さんはもともと“陽”の雰囲気を持っている方なので、目標とする「重いテーマを軽やかに」の、その軽やかさを担える人だと思って。そういう人がこの作品を背負ってくれると、原作からは外れないだろうなと思ったのも大きな理由です。

——マリコ役の奈緒さんはどのように決まったんでしょうか?

タナダ:永野さんが決まった後に、誰がいいかプロデューサーと相談している中で、奈緒さんの名前があがって。それで永野さんと奈緒さんの組み合わせは非常にいいなと思ってお願いしました。決まってから知ったんですけど、もともと2人はすごく仲が良くて。その関係性も映画にはうまく反映されているのかなと思います。

——お2人に演技をする上で伝えたことはありますか?

タナダ:前提として脚本を読んで「やる」と言ってくれた人達なので、監督と俳優ではありますが、事細かく言葉にせずともお互いに同じ方向を見ているというか、目指してやっている心強さがありました。だから演じる前には細かく演技を指導することはなく、やりながら何かあれば修正するというような感じでした。

永野さんには早い段階で「ドクターマーチン」のブーツを渡して履き潰してもらいました。奈緒さんからは「(映画に出てくる)手紙を書いてもいいですか」と言ってくれて。私もできたら書いてほしいなと思っていたので、それはお願いしました。

——永野さんのタバコを吸うシーンも話題となっていますが。

タナダ:この映画は、シイノのキャラクターも大きな魅力なので、タバコを吸うシーンがさまにならないと成立しないなって思ってたんですけど、永野さんが事前に治療薬として使われるもので練習してくれて。おかげで原作のシイノの感じがすごく出ていました。

——マキオ役の窪田正孝さんもいい雰囲気でした。マキオはこの物語で唯一と言っていいくらいの救いの存在です。

タナダ:マキオの背負ってきたものって原作では詳しく描かれていなくて。もちろん映画でもそこは書くつもりがなかったんです。だからこそスクリーンに出てきた時に、説明せずともそうした救いの存在、ちゃんと傷ついてきた人だからこその説得力のある言葉を言える人として、窪田くんに演じてもらえてよかったなと思っています。

——あと、シイノとマリコの子供時代を演じた2人も良かったですね。

タナダ:2人はオーディションで決まりました。2人ともオーディションの時からうまくて。特にシイノの子供時代を演じた佐々木告(つぐ)ちゃんは天才だなと思ったくらいです。マリコの子供時代を演じた横山芽生ちゃんもかわいらしいぴったりな雰囲気を持っていて。2人とも本当にいいお芝居をしてくれました。

「まりがおか岬」が見つかったからこそできた作品

——撮影中に印象に残ったエピソードは?

タナダ:うーん……。漁港がすごく寒かったことですね(笑)。撮影は 2021 年 11 月中旬に青森で行ったんですが、私もかなり防寒していったので、最初はそこまで寒くなかったんです。でも、漁港は海風がすごくて、めちゃくちゃ寒かったのを覚えています。

それと、撮影ではないですが、そもそもこの作品で何が一番大変だったかというと、原作で重要な場所となっていた「まりがおか岬」がなかなか見つからなかったことなんです。「まりがおか岬」は、海と崖とススキがあるんですけど、1年以上探してもらっていたんですが、本当にどこにもなくて。「このままじゃ撮影できないかも」と原作権を返上かというくらい切羽詰まった頃、「青森にあるかもしれない」という情報が入って、そこでロケハンに行ったら、ぴったりの場所が見つかって。それがクランクインの1ヵ月前くらいでした。見つかった時はようやく撮影できるって、すごく安心しました。後半の電車の中のシーンも青森の鉄道で。あの岬と鉄道があったからこそできた作品なので、本当に助かりました。他にも南部バスさんの協力もあり、そういった地元の方々の協力には感謝しかありません。

——撮影は滞りなくっていう感じでしたか?

タナダ:撮影が1日でも延びると経費もかなりかかってしまうので、そこはスケジュールを遵守しながらみんな集中力高くできました。でも、10月に青森にロケハンで行った時はススキが生えていたんですけど、11月になったら結構枯れてしまっていて(笑)。それで急遽、地元のシルバー人材センターの方達とウチの美術の井上さんが頑張ってくれて、別の場所にあるススキを移植してくれたんです。1万本ほど植えてくれました。足を向けて寝られないです。 

——原作の平庫さんとはお話されたんですか?

タナダ:初号試写を見てもらった時に、平庫さんが「映画っていいな」とおっしゃってたんですけど、私は「漫画っていいな」と思っていて(笑)。漫画は絵を描く力があれば、極論ペンと紙だけで宇宙にも行けるロマンがありますけど、映画はイメージを実現させるための時間と労力が非常にかかって。お互いに「いいな」って思ったのが、おもしろいなと思いました。

あと、平庫さんは現場にも来てくれたんですけど、ちょうどマリコがカッターで手首を切るシーンで。それを見た平庫さんが「マリコかわいそう……」とおっしゃっていて、ご自分が描いたからもちろん知っているシーンなのに、それくらい奈緒さんの芝居が良かったそうです。ただ、あのシーンって場面としてはすごくシリアスなんですけど、もちろん本当に手首を切るわけじゃないので、リアルな感じに見えるように試行錯誤しました。

——映画を観た人達からの反応はありましたか?

タナダ:知り合いの方は興奮してLINEでメッセージをくれたりして。私が、原作を読んで受けた興奮を映画で味わってくれているなと感じています。原作をちゃんと引き継いで渡せたかなと思っています。

——最後の手紙のシーンについて。原作でもどんな内容だったかわからないまま終わっています。映画でも特に内容には触れていませんが、永野さんには手紙についてどんな話をしたんですか?

タナダ:映画で出てきた手紙には実際に内容が書いてあるんです。解釈を間違ったらいけないので平庫さんにもどういった内容だったか聞いてみたんですけど、「なんでしょうね」と(笑)。なので、こちらの解釈で文面は考えて、それを奈緒さんに書いてもらいました。永野さんには本番で初めてそれを読んでもらって。それであのラストシーンになりました。

——最後に、エンディングテーマのThe ピーズの「生きのばし」が書き下ろしかと思うほどピッタリでした。

タナダ:エンディングをどうしようか悩んでいた時に、パッと頭の中に流れてきて、そうするともうこの曲以外は考えられなくて。もともと私がThe ピーズのファンだったこともあって、この曲が使えるとなった時はめちゃくちゃ嬉しかったです。The ピーズの担当の方も協力的で。この曲ってわざとアナログ的に作っているらしくて、それを映画館でも再現できるように録音部の小川さんと相談しながら調整して、その最終のチェックを担当の方にしてもらいました。個人的にThe ピーズが一番好きなバンドなので、この映画をきっかけに、若い人達にもこんなにすごいバンドがいるんだって知ってもらえたら嬉しいです。

タナダユキ

タナダユキ
福岡県出身。『モル』(2002 / 脚本・監督・出演)で第23回PFF アワードグランプリ及びブリリアント賞を受賞。『月とチェリー』(2004 / 脚本・監督)が英国映画協会の「21世紀の称賛に値する日本映画 10本」に選出。『百万円と苦虫女』(2008 / 脚本・監督)で日本映画監督協会新人賞を受賞。配信ドラマ「東京女子図鑑」で第33回ATP賞テレビドラマグランプリ特別賞。映画『ロマンスドール』(2020 / 脚本・監督)は自身の小説を原作に映画化。最新映画は『浜の朝日の嘘つきどもと』(2021 / 脚本・監督)。 同名のテレビ版は第58回ギャラクシー賞で選奨及び2021年民放連ドラマ部門最優秀賞を受賞した。

映画『マイ・ブロークン・マリコ』

■映画『マイ・ブロークン・マリコ』
9月30日からTOHOシネマズ 日比谷ほか全国で公開中
出演:永野芽郁、奈緒、窪田正孝、尾美としのり、吉田羊ほか
監督:タナダユキ 
脚本:向井康介、タナダユキ 
原作:平庫ワカ『マイ・ブロークン・マリコ』(BRIDGE COMICS/KADOKAWA)
音楽:加藤久貴 
エンディングテーマ:「生きのばし」The ピーズ
配給:ハピネットファントム・スタジオ / KADOKAWA
https://happinet-phantom.com/mariko/

Photography Yuri Manabe

author:

高山敦

大阪府出身。同志社大学文学部社会学科卒業。映像制作会社を経て、編集者となる。2013年にINFASパブリケーションズに入社。2020年8月から「TOKION」編集部に所属。

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