アートディレクターとして活躍する傍ら、居酒屋探訪をライフワークとし、多数の著作、映像番組をもつ太田和彦。2022年に発行した『日本居酒屋遺産 東日本編』では、長い歴史をもつ名居酒屋を「居酒屋遺産」と名付け、綿密な取材をもとにその価値を記している。そんな彼が、居酒屋に魅了されたきっかけとは? 東京の居酒屋ならではの特徴も含めて、その魅力について語ってもらった。
![太田和彦](https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2022/10/IMG_3392-scaled.jpg)
アートディレクター、作家。1946年、北京生まれ。長野県松本市出身。1968年、資生堂宣伝部制作室入社。1989 年、アマゾンデザイン設立。2000〜2007年、東北芸術工科大学教授。本業のかたわら居酒屋探訪をライフワークとし、多数の著作、テレビ番組がある。主な著書に『ニッポン居酒屋放浪記』『居酒屋百名山』『居酒屋おくのほそ道』『居酒屋かもめ唄』『東京居酒屋十二景』『居酒屋道楽』『月の下のカウンター』『居酒屋を極める』『ひとり旅ひとり酒』『飲むぞ今夜も、旅の空』『居酒屋と県民性』『酒と人生の一人作法』等。テレビ番組「太田和彦のふらり旅 新・居酒屋百選」(BS11)が放送中
https://www.bs11.jp/education/furari-sin-izakayahyakusen/
Photography Kentaro Oshio
![古き良き日本にタイムスリップ 太田和彦が考える居酒屋の伝統とモダン Photography Junsuke Obi](https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2022/10/MG_6419%E3%81%AE%E3%82%B3%E3%83%92%E3%82%9A%E3%83%BC-scaled.jpg)
![東京都千代田区「みますや」。広い店内には小座敷と広間がある Photography Junsuke Obi](https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2022/10/39A0460_s%E3%81%AE%E3%82%B3%E3%83%92%E3%82%9A%E3%83%BC.jpg)
Photography Junsuke Obi
古きに宿る独特の落ち着き、ノスタルジーの価値に気付いた40歳
――太田さんは、若い頃から居酒屋がお好きだったんですか?
太田和彦(以下、太田):いやいや、全然。資生堂で広告の仕事をしていたこともあって、飲むといえばもっぱら銀座、青山、六本木、麻布。酒を飲むこと自体が目的じゃなくて、人と会ったり、最先端の街の流行を見たり。バブルに向かう右肩上がりの時代だったし、居酒屋なんて“哀愁おやじのたまり場”でしかないって、半分バカにしていた節があった。今となっては、失礼な話です。
![Photography Kentaro Oshio](https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2022/10/IMG_3341-scaled.jpg)
――では、居酒屋の魅力に気付いたのは、いつ頃?
太田:40歳くらいだったから、1980年代後半かな。仕事でたまたま月島界隈に行った時に、「岸田屋」という店を見つけて。当時の月島は、町自体が“戦後そのまま”みたいな雰囲気だったんだけど、その中に馴染む古い店だった。それで、冷やかし半分に入ってみたんです。
先客達の視線を感じながらも、注文。1人静かに飲み始めた。そうしたら、なんともいえない独特の感慨が湧いてきたんです。今思えばそれが、ノスタルジーというものの価値を初めて感じた瞬間だったように思います。
![東京都中央区「岸田屋」のカウンターで Photography Junsuke Obi](https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2022/10/39A2098_s%E3%81%AE%E3%82%B3%E3%83%92%E3%82%9A%E3%83%BC.jpg)
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――ノスタルジーの価値、ですか?
太田:そう。トレンドだ、ファッションだって、それまで20年近くデザインの仕事をしてきて、それなりの達成感も感じていたんだけど。ほら、40歳くらいって、ちょうどそういう年頃じゃない? そんなタイミングで、これまでと真逆の世界にふいに出会ったことによって、ある種ショックを受けたというか。
いかに新しい流行をつくり出すかだけじゃなくて、古きものに宿る特別な落ち着き。それこそが、今後は武器になっていくんじゃないかって思ったんだよね。デザイン表現も含めて、ノスタルジーが1周回ってトレンディに感じられる時代がくるであろう確信、とでもいうかな。
すぐに友達と「居酒屋研究会」というグループをつくって、定期的に飲み歩くようになりました。思えばこれが、僕の転落人生の始まりでしたね(笑)。
![Photography Kentaro Oshio](https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2022/10/IMG_3173-2-scaled.jpg)
![Photography Kentaro Oshio](https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2022/10/Unknown-1-scaled.jpeg)
初めての人と仲良くなるように、居心地を手に入れるのが居酒屋
――居酒屋の1番の魅力は何ですか?
太田:居心地の良さ、だね。もちろん居酒屋に行き始めた若い頃は特に、ちょっとした緊張感がありましたよ。常連さんとおぼしき人にじろりと見られて、うむむ……と思ったり(笑)。でもそこはもう開き直って飲み始めれば、みんな僕への興味なんか失せて、視線をテレビに戻すから。そんなもん。慣れです。それで3度も行けば、店に覚えてもらえる。そうしたらどんどん居心地が良くなっていく。初めての人と仲良くなる過程と同じですよ。
今や行きつけの何軒かは、“自分の部屋”みたいに思っています。勝手にね(笑)。行って、黙って飲んで、帰る。それだけなんですけど、これが最高なんです。
![東京都台東区「鍵屋」。ここの外観イラストが『日本居酒屋遺産』の表紙にも使用された Photography Junsuke Obi](https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2022/10/39A3173%E3%81%AE%E3%82%B3%E3%83%92%E3%82%9A%E3%83%BC_s%E3%81%AE%E3%82%B3%E3%83%92%E3%82%9A%E3%83%BC-scaled.jpg)
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――アートディレクターという仕事柄、つい注目してしまう点はありますか?
太田:僕の専門はグラフィックだから、強いていえば暖簾のデザインくらいかな。でも、デザインがらみで言うと、1つエピソードがあって。
僕が1968年に資生堂宣伝部制作室に入社してから、デザイナーの仲條正義さんと親しくさせてもらっていたんです。仲條さんが資生堂にいたのは1956年から1959年のわずかな期間ですが、その後も含めて40年にわたり資生堂発行の雑誌『花椿』のアートディレクターを務めたり。資生堂デザインの礎を築いた方です。
彼に初めて連れて行ってもらったお店に、「シンスケ」という湯島の居酒屋があった。当時僕はまだ20代後半。居酒屋の魅力に目覚める前だったけど、店内の凛とした雰囲気から、「これが“江戸の粋”というものか……」と、しみじみ感じたのを覚えています。
しばらく経ってご主人から、「実は、店のデザインは仲條さんにお願いしたものなんです」と聞かされてびっくり。仲條さんはその当時まだ芸大の学生だったというから、さらにびっくり。仲條デザインの奥深さを思い知りましたね。
![資生堂のデザイナーとして、異色の広告を作り続け衝撃を与えた Photography Kentaro Oshio](https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2022/10/IMG_3257-scaled.jpg)
![資生堂のデザイナーとして、異色の広告を作り続け衝撃を与えた Photography Kentaro Oshio](https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2022/10/IMG_3248-scaled.jpg)
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![東京都文京区「シンスケ」の玄関には杉玉と縄のれんが構える Photography Junsuke Obi](https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2022/10/39A0683_s%E3%81%AE%E3%82%B3%E3%83%92%E3%82%9A%E3%83%BC.jpg)
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![東京都中央区「岸田屋」には定番の青暖簾がかけられている Photography Junsuke Obi](https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2022/10/39A2307_s%E3%81%AE%E3%82%B3%E3%83%92%E3%82%9A%E3%83%BC.jpg)
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![北海道旭川市「独酌 三四郎」の行灯看板。その明かりで遠くからでも居酒屋だとひと目で分かるようになっているのは、東京の居酒屋にはない工夫だ Photography Junsuke Obi](https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2022/10/39A4747_s%E3%81%AE%E3%82%B3%E3%83%92%E3%82%9A%E3%83%BC.jpg)
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女将の威厳があればこそ。東京の居酒屋ならではの凛とした空気
――日本全国の居酒屋を飲み歩いた太田さんが考える、東京の居酒屋ならではの特徴って、何ですか?
太田:そうだなぁ……まず言えるのは、粋を尊ぶ心、かな。粋っていうのは、ちょっと格好つける、っていうことだね。そして、古さを尊ぶ。格式を尊ぶ。店側も、あからさまに口には出さないけど、「うちは格があるんでね…わかりますよね?」って感じだし。客も顔を覚えてもらって、「いつものあれ」で通じるようになるのが誇りなんだよね。
注文する内容も、食べたいものを手当たり次第に注文するのは無粋。その代わり、季節の走りものなんかが出ているとすぐ、「お、それもらおうか」ってな具合。たとえ、食べたくなくても注文する(笑)。それが江戸っ子の粋、そんなふうに感じるね。
![](https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2022/10/39A3730%E3%81%AE%E3%82%B3%E3%83%92%E3%82%9A%E3%83%BC-scaled.jpg)
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――女将と客の、絶妙な間合いにしびれます……。
太田:そう、東京の居酒屋においては女将の威厳、存在感も特徴ですね。それが、店全体をビシッと引き締めているような。例えば、客の前にお銚子が5本くらい並んだりすると、女将がふっとやってきて、もう帰んなさい、って。もっと飲みたくても、しょうがないなぁって、皿を重ねてお銚子も端に寄せて、ご丁寧にふきんで自らカウンターも拭いちゃったりして。お勘定するわけさ(笑)。
他にも、女性の1人客が来たりすると、わざと女将の近くの席に案内する。それで隣の男がぶしつけに話しかけたりしようもんなら、余計なことしちゃだめよ、ってたしなめる。ペラペラおしゃべりはしないし、お世辞も言わないんだけど、それがいい。そんな女将を慕って、皆さん通うようになるんだよね。
![『日本居酒屋遺産』を手にそれぞれの居酒屋のエピソードや特徴を紹介していただいた Photography Kentaro Oshio](https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2022/10/IMG_3183-scaled.jpg)
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![Photography Kentaro Oshio](https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2022/10/IMG_3412-2-scaled.jpg)
――太田さんが初心者におすすめする居酒屋はどこですか?
太田:神田の「みますや」だね。創業1905年、東京で最古ともいわれる大衆居酒屋だけど、店内が広いから初めてでも緊張感が少ないと思います。カウンターがないから、主人や女将と静かにやりとりするっていう店ではないけど、入門編にはぴったりなんじゃないかな。僕の行きつけの中でも、3本の指に入るくらいよく訪ねます。
![東京都千代田区「みますや」。カウンターはなく、相席小上がりとテーブル席で構成されており、店内は広々としている
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![](https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2022/10/%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%83%E3%83%88-2022-10-30-18.48.12.png)
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――居酒屋での振る舞い方のコツはありますか?
太田:必要以上に緊張する必要はないし、逆に見栄を張る必要もないけど……なんていうのかな。要は、おとなしくしてろ、ってことだね(笑)。そこで何を学んでほしいかっていうと、“おとなの行儀”。これなんです。もちろん、楽しく飲むのはいいんだけど、周りにはひとり静かに飲んでいる客もいる。居酒屋に通ううちに、自然とそういう空気感に合った行儀が身につくと思うんですよね。そんな飲み方ができるようになってきたら、こっちのもの。これからの人生、もっとおもしろくなっていくんじゃないかな。そんなふうに思います。
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太田が訪ね歩いた日本全国の居酒屋の中から「創業が古く昔のままの建物であること」「代々変わらずに居酒屋を続けていること」「老舗であっても庶民の店を守っていること」という3つの条件を満たした店を「日本居酒屋遺産」として選出。東日本編では東京を中心に、北海道、山形、宮城、神奈川、静岡の居酒屋遺産15軒を紹介 価格:¥2,200
Photography Kentaro Oshio
Text Maki Nakamura