連載「Books that feel Japanese -日本らしさを感じる本」Vol.8 古書 往来座が選ぶ東京に深く根付く日本の文化を感じる2冊

国内外さまざまあるジャンルの本から垣間見ることができる日本らしさとは何か? その“らしさ”を感じる1冊を、インディペンデント書店のディレクターに選んでもらい、あらゆる観点から紐解いていく本連載。今回は、文芸、映画、美術等、多くの本を扱う『古書往来座』の代表瀬戸雄史と店員のむみちにインタヴュー。東京を舞台に常に移り変わる現実と現象の中に生きる若者達を捉えた写真集と、根強いファンを持つ名画座という日本特有の文化をコンテンツにしたフリーペーパーと手帳。写真と映画、2つの軸からディープな日本文化を感じる本を紹介してもらった。

「名画座かんぺ」
「名画座手帳」

書店員・のむみちが形にする名画座の魅力

−−『名画座かんぺ』『名画座手帳』について教えてください。

のむみち(以下、のむ):2012年から「名画座かんぺ」を作り始め、その派生版が「名画座手帳」。「名画座かんぺ」は、主要名画座5館の1ヵ月の上映スケジュールがメインコンテンツ。裏面には、トークショーなどのイベント情報や新刊本、ソフト化を紹介する“推し”らせコーナー、CS衛星劇場の“幻の蔵出し映画館”で放送されるレア作をいち早くレビューするコーナーなど、旧作邦画にちなんだコンテンツを網羅しています。名画座ファンにとって、こういうのがあったら便利なんじゃないかということで「名画座かんぺ」が生まれたように、旧作邦画の情報が満載の名画座ファンのための手帳があったらおもしろいんじゃないかという発想で生まれたのが「名画座手帳」。ウィークリーの部分には、旧作邦画に関わる俳優、監督の誕生日や命日が記されているほか、その日公開された作品も掲載。巻末には歴代の監督がどの時代に活躍されていたかがわかるチャート、都内の名画座の座席表付きの劇場情報、「男はつらいよ」などシリーズもののチェックリスト、常連作家の映画化作品一覧などが載っています。今の時代にこれ? ってくらいアナログなツール。手帳としての機能はもちろん、本として楽しめるくらい資料も充実している1冊です。

−−名画座の魅力とは?

のむ:もともと名画座には全く興味がなかったのですが、古本好きと古い映画好きは重なる部分があって、古い映画好きのお客様が勧めてくれたのがきっかけでした。作品にハマるというよりは、それがきっかけで名画座に行ってみようと思って、お店からも程近い新文芸坐を訪れたことが始まりです。名画座というと、古くて暗いとか、年齢層が高いとか、そういうイメージがありましたが、新文芸坐は2000年にオープンしていて、すごくきれいで。スクリーンも大きいし、なんて素晴らしい空間なんだろうと惹かれて通い始めました。一時期は仕事のシフトに合わせて、遅番のときは映画館に行ってから出勤。早番の時は仕事が終わってから映画館に。休日は、都内の名画座をはしごしていました。各館とも特集ごとにチラシを作っているのですが、名画座ファンはそのチラシを集めて、今月はどの映画を見に行くかというスケジュールを立てるのが楽しいんです。

−−来年度版の『名画座手帳』はよりアップデートされるとか?

のむ:来年版は現在絶賛編集中なのですが、全国の映画館リストをさらに拡大させます。これまでは、名画座と二番館という縛りをしてきたので、取り上げられない映画館も多かったのですが、コロナ禍で映画館にも影響があり、クラウドファウンディングなどでミニシアターを救おうというムーブメントがありました。それもあって縛りを緩めて、地方でも大手シネコンじゃない、独立資本で頑張っている映画館も入れることに。かなり今年の版よりも充実した内容になる予定です。

100%旧作で特集が組まれ、毎回チラシまで作られ、さらにそれらの上映スケジュールで月刊のフリーペーパーが成り立ち、旧作邦画のコンテンツで手帳まで作ることができてしまう。それくらい名画座文化が充実しているのは日本だけなのでは。 折りたたみ式のフリーペーパーの表紙は、1号目から代表の瀬戸雄史さんが版画で仕上げています。

倉田精二
「FLASH UP」

ストリートとアウトロー達への愛を写した写真集

−−倉田精二『FLASH UP』との出会いについて教えてください。

瀬戸雄史(以下、瀬戸):1983年に放送された山田太一さん脚本の「早春スケッチブック」というドラマです。母と息子、父と娘、それぞれが血が繋がっている、連れ子がある者同士が結婚して築かれた家庭、そこに母の元恋人で、息子の実の父親が現れる。破天荒なその男の登場により平和な家庭に亀裂が入り始めるというストーリーです。「ありきたりなことを言うな! おまえら骨の髄までありきたりだ!」というセリフは名言として印象に残っています。山崎努さんが演じる、破天荒な実の父親は写真家という設定で、息子が隠し持ってこっそり眺めていた写真集がこの「FLASH UP」。劇中にこの写真集を登場させることで父親の人柄や作風を表しています。このドラマがきっかけで、倉田精二さんの「FLASH UP」という写真集を知りました。

−−この本のどんな部分に日本らしさを感じますか?

瀬戸:山田太一脚本の日本的なホームドラマの劇中で使われていたというバックストーリーはもちろんのこと、高度成長の裏に隠されていた若者達がリアルに写されているところに一番日本らしさを感じます。被写体となっている若者達の熱量とか気迫、暴走族、ヤクザ、夜の女達、喧嘩、バイク等、東京の暗部ともいえる裏社会のリアルを捉えた、劇的で暴力的でもある臨場感あふれる写真の数々。古い車、足立ナンバー、カメラ目線の人、視線を逸らす人、サンダルの人がいたり、ブーツの人がいたり、あれこれ想像しながら写真を1枚1枚じっくり細部まで読み込めば読み込むほどおもしろい。以前、倉田精二さんに会ったことがあるという写真家さんから聞いた話ですが、倉田さん自身はとても優しい人である一方で、被写体の彼等と同じように迫力があり怖さも感じる人だったそう。彼等の仲間に近い存在となって、常にストリートにいたそうです。だからこそこの距離で撮れた。この本に収められた190点の作品のうち約120点が池袋を舞台に撮影されたものというところもまた見ていておもしろい一面です。

大部分が池袋で撮られているので、駅近くにある通称びっくりガードと呼ばれている場所でのバイク事故の様子やサンシャインシティ等、馴染みのある景色も多い。雪の日のサンシャインシティの写真は同じ画角で撮影しに行きました。建て替わっているところがほとんどですが、未だに残っているビルもあり、見つけた時は嬉しかったです。

Photography Masashi Ura
Text Mai Okuhara
Edit Dai Watarai(Mo-Green)

author:

奥原 麻衣

編集者・ライター。「M girl」、「QUOTATION」などを手掛けるMATOI PUBLISHINGを経て独立。現在は編集を基点に、取材執筆、ファッションブランドや企業のコンテンツ企画制作、コピーライティング、CM制作を行う他、コミュニケーションプランニングや場所づくりなども編集・メディアの1つと捉え幅広く活動中。 Instagram:@maiokuhara39

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