ポップアートを解体する ペインター、マット・ゴンデックとは何者か

Matt Gondek(マット・ゴンデック)
1982年、アメリカ出身。ロサンゼルスを中心に活動。シンプソンズやミッキーマウスなど、おなじみのポップアイコンが爆破して飛び散るように表現された「Deconstructed」シリーズが人気。時にはハローキティ、鉄腕アトムやドラゴンボールなど日本のキャラクターを描くことも。ロサンゼルス、香港、ロンドンなど、世界中で個展を開催している。日本での個展は本展が初めて。
https://mattgondek.com
Instagram:@gondekdraws
Twitter:@Mattgondek

アメリカ・ペンシルベニア州ピッツバーグ——アンディ・ウォーホルの故郷で生まれ育ったマット・ゴンデック(Matt Gondek)は、近年「Deconstruction Pop Artist(解体する、脱構築するポップアーティスト)」と注目を集めている美術家だ。この十数年でアートシーンのスターダムを駆け上ったKAWSの名を引き合いに出し、「ネクストKAWS」と評したメディアもある。

脚光をあびたきっかけは、2014年頃に彼が手掛けた、漫画のキャラクターの頭が爆発し、吹っ飛んでいる瞬間を描いたペインティング作品。ミッキーマウスにはじまり、ハローキティ、バックス・バニー、シンプソンズなど、大衆に親しまれたポップなアイコンを、彼は作品の中で「解体」し、ユニークなビジュアルアートに仕立てあげてきた。

現在、「THE ANZAI GALLERY」で開かれている彼の個展では、真骨頂たるキャラクターをモチーフにした新作が並んでいるが、そこには、これまでとは異なる絵画的な新しい試みも見られる。例えば、過去に描いた絵画を「画中画」として画面の中に組み入れた作品。彼がこれまで基調としてきた3色のみを使った作品。ミッキーマウスと彼自身がお互いを描き合うような、自己言及的ともいえる作品もある。そもそも、彼が描くキャラクターとはどういった存在なのか、また今回の新作における試みついて、本人に話を聞いた。

「キャラクターは現代の神々」

——ゴンデックさんのキャリアの転機になったものとも言える、ミッキーマウスなどのキャラクターの頭が爆発し、飛び散るペインティング作品。まず、こういった作品を描き始めたきっかけを教えてください。

マット・ゴンデック(以下、ゴンデック):当時、僕はフリーランスのグラフィックデザイナーとして、いろいろなポーズ、アクションをしたミッキーマウスの絵を大量に描くというプロジェクトに関わっていました。何百枚という数のミッキーマウスを、何十時間も机に向かって描き続けていたわけです。その気晴らしに、プロジェクトとは関係のないちょっと変わったポーズのミッキーマウスをピックアップして、なんとなくスケッチしてみました。その1つが、頭が爆発したミッキーマウスでした。

子どもの頃から絵を描くのが好きで、ペインターになることは昔からの夢。だた何を描くべきかが定まらず、ずっと模索し続けてきたところがありました。そんな中、頭が爆発したミッキーマウスをスケッチした時に、ピンときたんです。みんなが知っているミッキーマウスが、いつもと違う見慣れない姿をしている。そこに何か新しい魅力と閃きを感じたのです。

——以降、バックス・バニーやシンプソンズなどのキャラクターもモチーフにしていきます。その中には、頭が吹っ飛んでいたり、目が飛び出していたり。少し暴力的ともいえる表現もあります。とはいえ、描かれているキャラクターは、死んでいるわけではなく、どこかポジティブな活き活きとしたものも感じられます。ご自身では、彼等をどういった存在として描いているのでしょうか?

ゴンデック:僕が描くキャラクター達は、いわば神のような存在です。美術館などに置かれている古いアート作品の多くは、宗教や神話、貴族や王族、特権階級の人の姿が主題になっていますよね? ピラミッドに刻まれた絵もそう。長い歴史において芸術は、権威的な力のシンボル、また宗教や階級といったテーマを議論するプラットフォームとして利用されてきたわけです。しかし、僕が住んでいるアメリカには貴族や王族はいません。僕の周りにいる多くの人は宗教を信じていないし、もはやその教えに従って生活していません。では、現代において、絵画のテーマになってきた神々や宗教に代わるものとは何なのか? その、誰もが知っていて、ある意味で崇拝される存在とは誰なのか? 僕にとってその答えが、ミッキーマウスであったり、バックス・バニーであったり、シンプソンズだったりするわけです。少なくとも僕はそう考えて、彼等を現代の神々のようなものとして描いています。

また、漫画やアートだけでなく音楽からも大きな影響を受けました。特に、パンクロックの根底にある、権威を打ち壊していくような強い態度は僕の価値観を形成した大きな要素です。確かにキャラクター達は作品の中で暴れまわっていますが、僕としては、権威を打ち壊していく態度や哲学をキャラクターに託している感じです。

——今回の個展についてお伺いします。展示作品は、すべて新作だと聞きました。新たにトライしたことがあれば教えてください。

ゴンデックぞれぞれの作品に新しい試みがあります。例えば、今回、展示している作品の中で一番大きい《Love is a Battlefield》は、「絵画の中の絵画」というスタイルを取り入れています。絵の中に描かれている、パンキッシュなドナルドダックが絵筆を持って前に立っている絵画は、実は、パンデミック中の2020年に、僕自身が実際に描いた実在している作品です。僕が拠点としているロサンゼルスではコロナもひどく、また、当時、アメリカでは「ブラック・ライブズ・マター」のきっかけになった暴力的な事件もありました。描いているのは、警官に市民が抵抗している様子で、絵画の中に描かれた絵画にも、物語が展開されているわけです 。

また、シンプソンズをモチーフにした10ピースの作品も、新しくチャレンジしたものです。1つひとつを絵画作品として完成させていますが、10ピースを通して1つの物語が感じられるように構成しています。またこのシリーズは、僕がよく使うピンク、黄色、青の3色を基調にして描いています。この3色は、既成品の絵の具ではなく、自分で調合して作っているものです。

——他にもミッキーとキャンバスの中のゴンデックさんが、お互いを描きあっているような「画中画」の作品もありますね。ところで今回の展示作品のうち、『鉄腕アトム』や『ドラゴンボール』など、日本の漫画のキャラクターをモチーフにした作品も印象的ですが、日本のカルチャーから特に影響を受けたことはありますか?

ゴンデック確かに、これまでの作品でも日本のキャラクターが登場することはありましたが、僕が子どもの頃から大人になる過程で影響を受けたのは、1980年から1990年代のアメリカのカルチャー。正直に言えば、僕にとって日本のキャラクターはそこまでメインのモチーフではありません。ただ、『鉄腕アトム』は、19歳の頃に、白黒の漫画を図書館で見つけて読んでいました。アトムというシンプルな線で描かれた、かわいらしいキャラクターの造形、そして、アトムが巨大なロボットなどと戦うクレイジーなストーリーラインに惹かれました。

「細部まで完璧に描いた時、そこに人間性は保たれるのか」

——今回の『鉄腕アトム』をモチーフにした作品は、まさに漫画の形式、昔の『鉄腕アトム』風のタッチで描かれています。漫画のように物語を読ませる絵画です。

ゴンデック:タイトルは《CORONA》。2020年のロックダウン中に描いた作品です。アトムが巨大なモンスターと戦うストーリーで、モンスターは正体のわからないウイルス、アトムはわれわれ人間。当時のコロナ禍にあった社会に対するポジティブなメッセージとして描きました。実は、この作品は、他の大きなペインティングよりも完成までに時間がかかっています。3週間くらい。それほど細部まで完璧に描くこと。それは、近年の制作における僕の目標です。

——今回の展覧会のタイトルは『Missing Person(ミッシング・パーソン)』。「行方不明者」あるいは「人間性の欠落」のような意味を暗示させる言葉です。タイトルに選んだ真意を教えてください。

ゴンデック:このタイトルには、2つの問いを重ねました。僕のペインティング作品はすべて手描きなのですが、背景にある(印刷された漫画などに見られる)ドットなども一筆一筆、手で表現しています。そうやって、細部まで機械が描いたように表現した時、人間性のようなものは作品の中に失われずに存在し続けるのか、モチーフに対する愛のようなものを作家自身が保てるのか、という自問自答が1つです。そして、もう1つはミッキーマウスなど、多くの人が愛着を感じているアイコンを解体するという行為についての問いです。それは、アーティストが誰もが持っているキャラクターへの愛情を剥奪しているとも取れるわけです。そうした時、アーティスト、すなわち僕はどのような存在になるのか、と。

——その問いに対する、ゴンデックさんとしての今の答えは?

ゴンデック:正直、まだ答えは見つかっていません。今回の個展で発表した作品のように、新しいことを続けることで、自分の中に見つかるのだと思っています。だからこそ、常に描き続けることが大事なんだと思います。

Matt Gondek 『Missing Person』

■Matt Gondek 『Missing Person』
会期:2022年11月12日~12月3日
会場:THE ANZAI GALLERY
住所:東京都品川区東品川1-32-8  TERRADA  ART COMPLEX II 3階
時間:12:30~18:00
休日:日曜、月曜、祝日 
入場料:無料
https://www.theanzaigallery.com

Photography Kohei Omachi

author:

松本 雅延

1981年生まれ。2004年東京藝術大学美術学部卒業、2006年同大学院修士課程修了。INFASパブリケーションズ流行通信編集部に在籍後、フリーランスに。アートやファッションを中心に、雑誌やカタログなどの編集・ライティングを行う。

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