内なるものと、取り巻くもの。2つの世界を体現したエリック・ヘイズ個展「INSIDE OUT」——鼎談:エリック・ヘイズ × 源馬大輔 × 西本将悠希

左から、en one tokyoの西本将悠希、アーティストのエリック・ヘイズ、「サカイ」クリエイティブディレクターの源馬大輔

1970年代からアメリカを拠点に活動をするアーティスト兼デザイナー、エリック・ヘイズ(Eric Haze)が、日本初となる個展「INSIDE  OUT」を、 東京・渋谷にあるギャラリー「SAI」で開催した。エリック・ヘイズは、グラフィティやグラフィックデザイナーとして活躍しながら、アパレルブランド運営など、ストリートカルチャーとのリンクが多かったのだが、オリジナルの力強いストロークを残しながらもネクストステージに到達した新作アート作品は、コンテンポラリーアートの領域において新たなスタートを切っている。

またファッションブランド「サカイ(sacai)」との最新コラボレーションでは、エリック・ヘイズならではのメッセージ性のあるワードを打ち出し、来日中には「サカイ」青山店で開催中の「Hello sacai」のオープニングでライヴペインティングを行い、相互性の高いファッションとアートの関係を披露してくれた。

そこで数年ぶりの来日したエリック・ヘイズと、「サカイ」クリエイティブディレクターである源馬大輔と、ギャラリー「SAI」を運営するen one tokyoの西本将悠希の3者を交え、個展を起点にいろいろと語ってもらった。

エリック・ヘイズ(Eric Haze)
ニューヨークを拠点に活躍するアーティスト、デザイナー。1970 年代に“SE3”の名前でグラフィティアーティストとして活動をスタート。グラフィティ集団、The Soul Artistの創設メンバーとして、フューチュラ2000(Futura 2000)リー・キュノネス(Lee Quiñones)ドンディ(DONDI)らとともに過ごし、グラフィティ界のパイオニアとしてキャリアを積む。その後、グラフィックアートに焦点を移し、レコードレーベル「TOMMY BOYS」のロゴや、ビースティ・ボーイズ(Beastie Boys)パプリック・エナミー(Public Enemy)などのアルバムカバーなどを数多く制作。1991年には自身のアパレルブランド「ヘイズ(HAZE)」を立ち上げ、数多くの企業やブランドとコラボレーションを果たす。またアート作品の制作に本格的に取り組むようになり、2011年「Art in The Streets」、2018年「Beyond The Streets」などのストリートアートを軸としたアートの祭典ではペインティングやインスタレーションを披露。現在はファインアート、ストリートアートを網羅するアーティストとして、ブルックリンにスタジオを構え多岐にわたり活動中。
https://erichazenyc.com
Instagaram:@erichazenyc

源馬大輔(げんま・だいすけ)
1975年生まれ。1996年に渡英し、1997年にはロンドンにあるBROWNS社に入社し、バイヤーを務める。2002年に帰国後は、中目黒にセレクトショップ「ファミリー(FAMILY)」を立ち上げ、2007年に独立を果たし、源馬大輔事務所を設立。現在は、「サカイ」のクリエイティブディレクションをはじめ、ファッションを軸にさまざまな現場にてクリエイティヴディレクターとして活躍中。
Instagram:@daisukegema

西本将悠希(にしもと・まさゆき)
en one tokyo主宰。

ニューヨークでパンデミック中に描いた作品

「ISIDE  OUT」の展示風景

——個展「ISIDE  OUT」のコンセプトを教えていただけますか?

エリック・ヘイズ(以下、エリック):タイトルの「ISIDE  OUT」は、2つの異なった世界を表現しているんだ。 アブストラクトな作品は、私の内なる部分(=インサイド)……私のスピリット(魂)、頭、手から作り出されたもの。そしてポートレートの作品は、私の周辺にある世界や近しい人を題材に描いた。アブストラクションとリアリティ、その2つを混ぜたんだ。エキサイトだよ。

——人物が登場するリアリティの作品では、どんなひとびとを選んだのでしょうか?

エリック:私自身の個人的な歴史から選んだ人達を描いている。出会った人達も、私の人生の旅の一部であり、歴史へのラブレターみたいなものだね。私にはたくさんの日本の友人がいるんだけど、特に日本での個展を意識したわけではなく、描きたいと思ったのが作品にした人達だったんだ。日本は私の人生の旅の歴史の中で、大きな部分を担っているんだろうね。ニューヨークでパンデミック中に描いた作品だよ。

「ISIDE  OUT」の展示風景

——描かれた人達のことを教えていただいてもよろしいですか。

エリック:ハロシ(HAROSHI)タク(=小畑多丘)ポギー(小木“POGGY”基史)には、自分をレプレゼントできる写真を送ってくれないかと聞いて、それぞれが送ってきてくれた写真を元に描いた。ヒロシ(=藤原ヒロシ)、スケシン(=SK8thing)、ムラジュン(=村上淳)のは、このシリーズの一番最初の作品で、1990年初期の雑誌の広告を元に描いたんだよ。広告は私がまだ彼らに会う前のもの。私は日本に来て来年で30年になるんだんだけど、1990年代初頭はキャットストリートに1つだけセレクトショップがあるくらいだった。

——その頃の東京のストリートカルチャーはどのように感じましたか?

エリック:まだストリートシーンといえるものはなかったんじゃないかな。だけど1つ強く印象に残っているのは、30年前のアメリカはデザインとアートは交わることがなかったんだけど、当時、日本に来た時に感じたのは、日本のひとびとはデザインもアートも理解していたということ。それもスペシャルな方向性の中で。そのことは私をものすごく惹きつけたんだ。

1%から100%までのグレースケールにこだわる

アーティストのハロシとのコラボレーション作品。
「ISIDE  OUT」の展示風景

——ハロシさんとのコラボレーション作品もあります。こちらはどのような過程を経たのでしょうか。

エリック:私は簡単なことしかしていなくて、ハロシと彼の奥さんがハードに仕事してくれた(笑)。私がデザインをした「ハフ(HUF)」のスケートボードに、日本のスケートボーダー達が乗ってくれて、その使い切ったデッキをハロシが作品として作ってくれた。

ハロシと私は強い精神的なつながりがあるんだけど、私達はまだキース・ハフナゲル(Keith Hufnagel)が生きていた頃から「ハフ」と仕事をしていた数少ないアーティストなんだよ。それでキースが亡くなってから、追悼の意を込めた作品を制作したいと感じていたんだ。これはコミュニティのすべてのつながりを示す、またキースへの思いを込めて制作した、ものすごく愛が詰まった作品。

源馬大輔(以下、源馬):この作品は、ハロシと僕が一緒に座って、エリックがアイデアを話してくれたんだけど、「よし! 作ろう!」ってなった時、ハロシはエリックと一緒に仕事ができることにすごく嬉しそうだった。彼にとっては夢がかなったんじゃないかな。

「ISIDE  OUT」の展示風景

——作品全体を通じてブラック&ホワイトに、グレーを使用した理由はなぜでしょうか。

エリック:私はこの世界をあまりカラーで見ていないんだ。たぶんニューヨークで生まれて、グレーで汚いっていう環境で育ったからかな(笑)。それと私がデザイナー、アートディレクターとしてキャリアをスタートさせた時はすべてがローバジェッドで、コンピューターもなければ、jpgもなく、ノーデジタルワールドだった。だからアルバムカバーをデザインする時はブラック&ホワイトでデザインを作って、印刷所に行って色を指定していたんだ。その頃に学んだことが、ブラック&ホワイトと、グレーのレイヤーだったんだけど、その頃から自分のマインドは1%から100%までのグレースケールなんだよね。

多くの人に「色を使ったら?」と何度も勧められて使ったこともあるけど、「ちょっと待てよ?」と。デザインやロゴのデザインにおいての私の哲学は、「色を作るなら、色に依存してしまう」ということ。色は個人の好みだし、ブラック&ホワイトでうまくやることができたらいつでもカラーを追加できる。

——作品はブルックリンにあるスタジオで制作されたと思いますが、ニューヨークで活動をされていていかがですか。

エリック:今はウィリアムズバーグ、ネイビーヤードに近いクリントンヒルに住んでいる。ウォーターフロントだね。15年くらい同じスタジオなんだけど、スタジオのあるビルを2年前に買ったんだ。それによって心持ちも変わったし、そのスタジオで制作をしたよ。

「ISIDE  OUT」の会場風景

——では、ニューヨークのギャラリーシーンはどう変化したと感じてますか?

エリック:かつてのニューヨークには「Jeffrey Deitch」と「Jonathan Grant Gallery」くらいしかギャラリーはなかったんだけど、2010年に12年間住んでいたロサンゼルスからニューヨークに戻ってきた時には、良いギャラリーが増えていたよ。コニーアイランドも「Jeffrey Deitch」がしかけてたくさんのアートウォールがあって、アートの聖地のようになっているし。

西本将悠希(以下、西本):ニューヨークのギャラリーの話でいうと、僕は2008年に「Joshua Liner Gallery」のオープニングで、ブルックリンに行ったんですけど、その時にエレベーターでたまたまエリック(・ヘイズ)、フューチュラ2000、カウズ(KAWS)と一緒になったことがあったんです。それまで雑誌でしか見たことのなかった彼らが一緒にいるのを見て、現実にいる人達なんだって。この思い出は僕の中では、未来の道筋が作られた1つのできごとでもあります。

人生はバランスが大事

——2010年にニューヨークへ戻ってきて、エリックさんにはどのような変化がありましたか?

エリック:ロサンゼルスにいた頃は、服のトレードショーにこれでもかと参加していたけど、ビジネスが良くなるごとに、私はストレスを抱えてしまい、幸せではなくなってしまったんだ。それでニューヨークに戻ることにして、すべて自分で責任を持ってやってみることにしたんだ。それで状況は変わったけれども、最終的にはリスクを負うことはなくなった。そこから再びファッションが自分の中でおもしろくなってきて、何かやりたいなと思えるようになってきたんだ。

人生はバランスが大切だと思うんだ。幸せであるには、人との関係、仕事とバランスをキープすること。僕は10年前に結婚したんだけど、そのことも新しいバランスを与えてくれている。今回の個展の素晴らしい点は、私の中でバランスが取れているということ。プロダクト制作に関しては、アートといい関係性を持てたと思うし、「サカイ」との仕事もだけど、こういったバランスの良いことは10年前や、20年前にはできないことだった。自分を知ることと、再びパッションを見つけたことで、次に進むことができたんだと思う。

源馬:僕はかつてロンドンにいた時に、「Mo’ Wax」の商品を見て、中でもポスターのデザインが本当に素晴らしくて、それが脳裏にこびりついていたんです。僕らがいるファッションの世界ではコレクションのメッセージを印象づけるために、外部の力を借りることがありますが、エリックは音楽やカルチャーとリンクして歴史を作ってきているので、そのメッセージがいつも的確なんですよね。なのでぜひ一緒に何かをやりたいと思ったんです。

エリック:それが私にとってはすごく特別なことだったんだよ。この5年くらいは新しい世代のファッションが出てきていて、その動きがとてもおもしろい。だから私も新鮮な視線を持って戻ってこれることができたんだよね。周りを見渡したら「サカイ」や、バージル(・アブロー)などが素晴らしい内容のことをやっていることに気付いたんだ。同世代にはインスパイアを受けなくなっていたのにね。

それで私は、これまで自分が通ってきた道には戻りたくない、ファッションの市場にカルチャーがもう一度いい形で参入する機会になるんじゃないかと(源馬)大輔に話をした。それまで誰もが知っている私の歴史の一部である、グラフィティやヒップホップなどの流れからは切り離しておきたかった。だから大輔や(阿部)千登勢(「サカイ」デザイナー)と仕事をしたことは自分にとってイメージ通りで、自分の中でフィンガープリントを押せる(=間違いない)、新しいことを証明できるだろうと素晴らしい話ができたんだよ。

「ISIDE  OUT」の会場風景

源馬:僕はエリックをアーティストとして認識したかった。彼はいつも素晴らしいコンセプトを持っているんですよね。2021年のコレクションでエリックに描いてもらった「ONE KIND ONE」という言葉があるんですけど、これはパンクバンドから来ていて、僕と阿部はいつも「愛」について話していたんです。それに対してふさわしい言葉を探していた時に、エリックに「何かおもしろい言葉はないかな」と聞いたらこの言葉が出てきて、「これだ!」ってなりましたね。

エリック:「サカイ」とは、もの作りにおいて最高な信頼関係を築けている。私を信頼してくれていて、手を差し伸べて任せてくれたことは、とても美しいサプライズだよ。

源馬:本当にビューティフル・サプライズ。それ以外ないですね。

オリジナリティを持ち、新しい視点で捉える

——ギャラリー運営やアート展のキュレーションをしている西本さんから見て、エリックさんはどんなアーティストでしょうか。

西本:やはりずっとアートシーンにいるというのは、1つの大きな魅力だと感じています。例えば、過去の作品を知っている人が、今のエリックの作品を観ても、彼の作品だとわかる。これって、もちろん人柄もありますけど、作品にオリジナリティがあるからなんです。最近は作品を見せられても、似ているものが多くて「それ誰の?」ってなってしまうことも多いんですけど、エリックの作品は見ただけで彼のものだとわかるんですよね。それは強み、そうストロングポイントなのかなって思います。

源馬:それは重要ですよね。今は誰かをまねすることが多い中、エリックは自分のものを持っている。

エリック:1980年代の初めにペインティグを始めた頃は、アブストラクトな絵を描きたいなと思ったんだけど、それは自分の前の世代の手法に近かった。そこで僕達はその世代を打ち破らなければならなかったから、自分達のスタイルを見つけられたんだ。私はアート活動をする上でトレンディが何かとか気にしていないし、他で誰かがやっていることをやりたいと思ったことがない。だからトレードショーに出展していた頃も自分のブースばかりにいたんだと思う(笑)。

「ISIDE  OUT」の展示風景

——お2人は今回の個展をどう感じましたか?

源馬:実際に作品を観るとわかると思いますが、写真で見るよりも実際の作品のエネルギーは半端ないです。なので、エリックの作品は生で観てエネルギーを感じてほしいですね。

西本:僕も源馬くんと同じで、ぜひ実物を観てほしいですね。捉え方は人それぞれだと思うんですけど、それまで知らないものを観に行くことって楽しいじゃないですか。なので、これまでのエリックのことを追ってきた人だけでなく、初めてという人でも観てほしいですね。

エリック:100%そう思う。これまでの信頼できるファンに加えて、新しい目を持った人たちにも観てもらって、それが拡大していくことがとても重要だと思う。

源馬:新しい目、大事ですよ。

「ISIDE  OUT」の展示風景

エリック:「サカイ」とのコラボレーションでも、ファッションのオーディエンスをアートに取り込み、アートのオーディエンスをファッションに取り込みたいんだ。それらが交わると新しいことが生まれる。

西本:そして互いに影響し合うんだよね。

——最後にファンにメッセージをください。

エリック:人はみなユニーク。音楽であれ、ビジネスであれ、ペインターであれ、成功するアーティストになるためにはみな自分自身を理解することが必要。なので、自分にしかできない表現方法を見つけほしいよね。そうすることで、世界に1つしかない特別なものを手に入れることがができると思うから

「ISIDE  OUT」の展示風景

■INSIDE OUT
会期:~12月25日
会場:SAI
住所:東京都渋谷区神宮前 6-20-10 RAYARD MIYASHITA PARK South 3階
時間:11:00 – 20:00
入場料:無料
Webサイト:https://www.saiart.jp

Photography Teppei Hoshida

author:

Kana Yoshioka

フリーランスエディター/ライター。1990年代前半ニューヨークへの遊学を経て、帰国後クラブカルチャー系の雑誌編集者となる。2003年~2015年までは、ストリートカルチャー誌『warp』マガジンの編集者として活動。現在はストリート、クラブカルチャーを中心に、音楽、アート、ファッションの分野でさまざまなメディアにて、ライター/エディターとして活動中。

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