目は口ほどにものをいう。写真は言語ほどに伝達する――寝ても覚めてもストリートボール、すべてをそのカルチャーと写真にささげたボーラー、TANA

今回は、日本のストリートボール界にとって初となる写真集『Ballaholic』をリリースしたTANAにフォーカスしたい。汗まみれ、汚れだらけ、さらには解釈やルールもいろいろなプレイグラウンドにある魅力。ボーラーであり続け、なおかつ撮り続ける者が捉える美しさとは。

フォトグラファーのTANA

ああ、なんて楽しそうにバスケする人なんだろう。

それが第一印象だった。ストリートボールブランド「ボーラホリック(ballaholic)」のディレクターであり、フォトグラファーの棚町義一。

僕が初めて出会った時、彼が手にしていたのはカメラではなく、バスケットボールとストリートボーラー、TANAとしてのプロップスだった。てのひらに吸いつくようなドリブル、ユニークで創造性あふれるパス、相手をあざ笑うようなトリックプレイ、そして、とびっきりの笑顔。“WIZARD”のa.k.a.を持つ彼にボールが渡ると、「次はどんなプレイを見せてくれるんだろう」という期待が込み上げて、ついドキドキ、ニヤニヤしてしまう。ストリートボールシーンきっての人気者TANAのプレイは、観る者を笑顔にする不思議な魅力にあふれていたのだ。

その彼に2013年、ターニングポイントが訪れる。ストリートボーラーとして、病魔に侵されて満足にプレイできなくなっていた彼は、とうとうゲームシャツを脱ぐことに決めた。当時、私は「バスケをやめてほしくない」「体調が戻ったら復帰してほしい」など、実に自分勝手なファン目線の意見を遠慮なくぶつけていた。今、思い返しても我ながら最悪だと思う。そして、ここから先の話は、ストリートかいわいでは周知の通り。ボーラーとしての第一線を退いた彼は、10周年を迎えた「ボーラホリック」のブランドディレクションと同時に、カメラを始めた。

美大出身でボーラーというバックボーンとかアドバンテージとかがあったにせよ、「本当にカメラを始めたばかりの素人が撮ったのか……?」と、その仕上がりに度肝を抜かれたものだ。それは、時に実験的な画角・構図で切り撮られていたり、ゲーム中の張り詰めた空気を捉えていて、子どもの頃に夢中になったカードダスみたくキラキラと輝いて見えた……。何より、シンプルにかっこよかった。彼が撮る写真は、ボーラーとしてのプレイさながら、観る者の心をドキドキさせ、ニヤニヤさせる。人を笑顔にする不思議な魅力にあふれていた。

カメラを手にしてから、およそ8年の月日が流れた。「SOMECITY」、TOKYO STREETBALL CLASSIC、ローカルピックアップゲーム、BALL ON JOURNEY……。今日も彼は、カメラを持って世界中のプレイグラウンドへと出掛けていく。そして、飽きることなく、大好きなバスケットボールを撮り続ける。出会った頃と同じ、とびっきりの笑顔を浮かべながら。 by Jose Ishii

TANA/タナマチ・ヨシカズ
フォトグラファー。自身初にしてまた日本のストリートボール界にとっても初となる写真集『Ballaholic』をリリース。ボーラー、「ボーラホリック」ブランドディレクターとしても活躍。ストリートボールカルチャーに寄与し、長年にわたってリーグやピックアップゲーム、イベントを手掛けている。2022年10月には写真集のアートディレクションを担当したデザイナー、加藤芳宏とともにリノベーションされた代々木公園のバスケットコートをデザインした。
Instagram:@tana_wizard

東京都新宿区にある大久保公園のアートコートでの写真集お披露目ピックアップイベントのひとコマ。ここは、アメリカ2K財団とNBAスーパースターのケビン・デュラントのチャリティ基金(KDCF)の両者によるコミュニティ支援プログラムの初のアジアプロジェクトとして、アートコートへと改修された場所。それを手掛けたのはアーティストのFATEと一般社団法人「go parkey」。代表のABとは、TANAはストリートボールを通じて、数多くのボール・オン・ジャーニーをともにしてきた

ストリートボールの写真

これまで私は、本連載で「スケートボードと東京、そして自分と何かしら作品をつくったことがある」という最大公約数をフックにしてフォトグラファーを紹介してきた。今回紹介するのは棚町義一、通称というかほぼこれが本名なTANAというフォトグラファー。彼はスケーターではない。スケートフォトグラファーでもない。そう、ストリートボーラーである。

ストリートボールとは、バスケットボールの一種という簡素な説明では終わらせたくないが、東京近辺だったら、例えば、田町や小山公園、新横浜公園や吉川のアクアパークなどでスケボーしてたら隣でよく見かけるプレイシーンがそれだと言えなくもない。街のスケボーに近いかいわいにあるもの。まあ、スケボーと同じで、定義づけが難しいものだということだ(定義づけがそもそもいらないものだということか)。ストリートスケートと公園スケートのストリートセクションとか。そこらへんにカゴつけてプレイするのと公園バスケと体育館バスケとか。果たして場所だけの問題か。というのもあるし、そこはどうだっていいじゃないか。

まねしたいけどまねできないようなムーブ。ハンドルしてるとハマってくる音楽。どこで使うのか知らないけれどメモしまくっているリリック。ボール1つあれば遊べてしまう想像力とルックス。キープフレッシュなスニーカーに丈感を実はめちゃ気にしてますなソックスの履きこなし。ブレずにキレイに撮れてたら良い写真というわけじゃない構図と、撮る時からトリミングしとけよな写真。金あるやつも金ないやつも有名なやつも無名なやつも年齢も関係ないピックアップゲーム……。とにかく、TANAが撮影してきたものはバスケットに夢中で、プロリーグからスクールまでカテゴリー関係なく、バスケで自己表現し続けるような世界。

街中のプレイグラウンドで被写体達とピックアップゲームをして、その被写体達とギャラリー達と写真をシェアしていく。その美しい光景までを含めて写真集『Ballaholic』は着想されている。それは、アリ・マルコポロスの写真集『CONRAD MCRAE Youth League Tournament』にも通じるかのようなアプローチである

黄色い写真、SOMECITY

TANAがストリートボーラーでフォトグラファーとして活躍してきた中で、「SOMECITY」というストリートボールリーグは欠かせないパート。今から10年以上も前、ストリートボール黎明期の日本。エネルギーを持て余しまくっていたボーラー達に、(東京を発信源に)最高のステージでありプレイグラウンドとなったのがこのリーグ。TANAはその首謀者の1人だった。

その「SOMECITY」でやりちらかし、魅了し、躍動したボーラーは数知れず。今はもうシーンから姿を消した者もいれば、今なお活躍している者もいる。これという引退の線引きがないのもスケボーと似ているところ。やりたきゃやり続ければいい。それだけ。リーグを象徴する美しい黄色のコートとともに、それは今も変わらない。TANAはリーグに関わりながら、プレーヤーとしても活躍、それから黄色のコートの上でひたすら写真を撮るようになった。バスケットと同じくらいに写真に夢中になっていくのは、「SOMECITY」の存在も大きかった。スタジオで背景紙を使って撮影しているわけではない。ストロボやレンズにイエローマジックな仕掛けをしているわけではない。ただ、毎年毎年、彼が撮った膨大な写真における数十パーセント、それは良い意味で黄色い絵がつきまとう。そして、ストリートボールならではの美しい黄色だと認識されるようになっていった。それは、写真集『Ballaholic』のページからも伝わってくる。

東京都新宿区大久保公園。アメリカ2K財団とNBAスーパースターのケビン・デュラントのチャリティ基金(KDCF)の両者によるコミュニティ支援プログラムの初のアジアプロジェクトによるアートコート。そこに貼りめぐらされたTANAの写真

プレイグラウンドの美しい写真

美しい瞬間。それは、風景だったらわかりやすいだろうか。例えば、果てしない水平線と青空の遠い境目に立ち込める真っ白な入道雲。目の前は美しいサンゴが積もってできた白い小島。海底が見えるほど澄んだ海は、太陽の高度で表情をキラキラと変える。そんな真夏の離島は、誰もが納得する美しい瞬間だろう。ストリートボールにおけるそれは、スケボーのかっこいいというものがいろいろあるように、具体的に挙げるのが難しい。ただ、彼が、まるでそれもまたボーラーという人物かのように撮るプレイグラウンドそのもの。それはとても美しい。バスケに興味がなくてストリートボールを知らない人が見ても、美しい瞬間(写真)だろう。

TANAは世界中のさまざまなプレイグラウンドを旅してきた。スケーターが必ず旅先でスポットをシークするように、旅先でプレイグラウンドを回り、ピックアップゲームでハイファイブし、ローカルとハングアウトし、撮影してきた。そういうプレイグラウンドには、レジェンダリーなグラフィックもあれば、TANAだからこそとグッと来て思わずシャッターをきったようなクラックもあった。そこに差す光や影が、彼がいた時間や情景を教えてくれた。ストリートボールにおける、わかりやすい美しさとわかりにくい美しさのどちらもできるかぎり捉えようとして、目を離さない。TANAはそういうフォトグラファーだ。

ピックアップイベントのひとコマ。被写体は、KOSUKERYOKKといったストリートボーラー達

作品は記録になる

スケボーもそうだったが、プレイしている(滑っている)のが一番楽しいし、自分を表現する上でダイレクトでわかりやすい。だから、プレイヤー側にいることがすべてのように思える時もある。しかし、これもまたスケボーがそうだったが、そのプレイしている事実(かっこよさやすごさ)を誰かが撮っていなければ、都市伝説感をたぶんに含んだ回想録だけになってしまう。しかも、プレイする美学と同じくらいちゃんとした美意識を持ち、それを伝えきるだけの写真(もしくは映像)でなければ、湾曲したものになってしまう。これもまたスケボーがそうだった。素晴らしいスケートのメイクは素晴らしいグラビアでなければ台なしになる。それくらいプレイ(滑る)する側はこだわりと覚悟を持っているからだ。

TANAが、ボーラーに要求するほとばしったものとか、何カット撮っても気が済まないところなどは、撮られることに慣れていないこのシーンの人間からしたら、いぶかしかったに違いない。1990年代のスケボーの撮影を思い出す。スポットや状況によってレンズを変えたり、露出計を出したり、ラジオスレイブでストロボをいくつか立てたり、Tシャツを着替えてもらったり。セキュリティがタイトなストリートなのに、チャッチャと撮影しない部分に、疑問符だったスケーター達のイカした顔が浮かぶ。

それと同じで、ユニフォームの着こなしや色使いなどにもリクエストがあったり、指先や足の使い方まで完璧なスタイルを要求されたりする。ただ上手ければいいわけじゃないし、ダンクできればOKってわけでもない。得点シーンを撮ったとしても、そもそも何十点も入れ合うものだから、それだけでは伝わらない。どういったシュートなのか。普通だったら写らないような感情やストーリーまでも写し出したい。それがTANAの撮影だ。そして、ストリートボールの世界でそんな撮影をずっと貫いてきたのもTANAだ。そこからえりすぐりのグラビアをページにした。心かきむしられるほど膨大な良い写真を、なんとか1冊の作品にした。

ストリートの偉大なるフォトグラファー達が、1990年代につくりあげてきたスケボー写真が、2022年の今、大切な記録として見応えがあり、さらには資料的な価値もあり、今のシーンがあるための決定的な要素を含んだ行為だったということを実感させてくれる。それと同じように、TANAが撮ってきた写真と写真集『Ballaholic』が、日本のストリートボールシーンにおいて、プレイ以外でも大切な美意識やこだわり、さらにはカルチャーとしての決定的な行為をしでかしている真っ最中なのだ。

2018年ニューヨーク、お気に入りのフォトジェニックの1人、KOSUKE。写真集『Ballaholic』収録

ピックアップゲーム、あとがき

映画を観ていると、誰にでもいくつか心に残る場面というのはあるだろう。新旧問わずテンプレートのように使い古されたセリフやシーンというのもある。「愛してる」の名シーンとかね。個人的な話になる。そもそもコラムというのは主語がはっきりしている私的なものがほとんどなのだけれども、「その日は本当に完璧な日だった(we  were in a perfect dayとかit was in a perfect momentとか?)」というセリフとシーンが出てくると、グッとくる。

例えば、大人になった娘が、なかば憎み、疎遠になっていた父に会いに行き、人生最大の危機を前にして、仲が良かった昔のとある日のことをポツリと話す。何があったわけではないが、素晴らしい天気と静かなビーチで娘を肩車した父を母が撮影した写真。娘も父もまぶしい太陽に目を細めながら微笑んでいた。おそらくカメラのファインダーをのぞき込みながら母も笑っていただろう。そんな日の光景を娘と父がともにまぶたに思い浮かべながら、「あの日はパーフェクトデーだった」とつぶやく。個人的にグッとくるのは、そういう場面だ。

そして、2022年12月10日、東京都新宿区にある大久保公園のアートコート。素晴らしい天気と輝く高層ビル群。澄んだひやんりとした空気と陽だまりの暖かさのコントラスト。アーティストのFATEと「go parkey」がリノベーションした美しいコートとストリートボールの美しさを収録したTANAの写真集と貼り出された全写真。TANAの被写体となったボーラー達とそのボーラー達と同じくらいバスケを愛するギャラリー達。写真集に収録された被写体であり、コートをペイントしたボーラーでもあるABがいて、ペイントをはだしになって手伝ってくれたボーラーのタカクワがピックアップゲームで躍動している。ストリートボール黎明期から「SOMECITY」や「ボーラホリック」を通してボーラー達のための環境や文化をつくってきたTANA達がいて、その背中を見てバスケに夢中になったキッズがいる。TANAに影響を与え、逆に影響を受けたフォトグラファーやライターもいて、そしてこの記事を作るチャンスをくれたエディターも来て楽しんでいる。ストリートボールを好き(ラブ)っていうエネルギーが、この日のプレイグラウンドに充満していた。そして大事なことは、そのエネルギーが素晴らしいかたちとなって、絵となって、この場面をつくりだしていたことだ。

イッツ・ア・パーフェクト・デー。好き過ぎて何度も観た映画の1シーンのような素晴らしい日、完璧な日だったと思う。

2018年、新木場で開催された「SOMECITY」プレイグラウンド、ゲームのクライマックス、ビッグショットを決めたKING HANDLES(キングハンドル)と彼に駆け寄るボーラー達。写真集『Ballaholic』収録

■『Ballaholic 2014-2019』
2022年12月10日、アウトナンバーより刊行。パンデミック前にしぼった2014年から2019年のストリートボールにおける美しい瞬間をTANAが撮影した写真集。リリース当日は、新宿大久保公園のアートコートで写真集のお披露目と、被写体のボーラー達へ収録写真の展示・プレゼントをするという、“らしさ”全開のピックアップ・ゲームを開催。オールカラー、190ページ、1stエディション版ハードカバー ¥8,800
Instagram:@ballaholic_jpn

Photography Yoshikazu Tanamachi, Jose Ishii(title)
Text Jose Ishii(intro)

author:

小澤千一朗

エディター、ライター、ディレクター。2002年に創刊した雑誌『Sb Skateboard Journal』のディレクターを務める。その他、フリーランスとして2018年より『FAT magazine』ディレクターやパンダ本『HELLO PANDA』シリーズの著作など、執筆・制作活動は多岐にわたる。 https://senichiroozawa.com/

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