ポートランドのフィールグッドなヴィーガン・ジャパニーズ「Obon Shokudo」の日常

ポートランドの各地で開催されているファーマーズマーケットは、生活と地元食材がダイレクトに結びついていることで知られる。ランチタイムは学生やビジネスピープル、旅行者達でにぎわい、地元のシェフがオーガニック野菜を仕入れるために訪れるところでもある。そんなファーマーズマーケットで、7年以上をかけて存在感を増してきたヴィーガンのジャパニーズレストラン「Obon Shokudo(オボン食堂)」が、実店舗をオープンしたのは2021年の夏。現地ではすでに根付いているヴィーガンと日本食というジャンルの中で、他にはない特別なメニューを模索した。そこで、目をつけたのが日本の家庭料理。日本人なら誰もがなじみのある、おにぎりやけんちん汁といった家庭料理にポートランドの季節の食材を使用している。味付けはオーナーが親しんだ母の味を彷彿とさせる。そんな「Obon Shokudo」にポートランドで昔ながらの製法でみそ作りをしている「Jorinji Miso」のオーナー夫妻と訪れた。

Obon Shokudo
オーナー夫妻、フミコ・ホズミとジェイソン・ダファニーが経営するオレゴン州ポートランドの日本の家庭料理を提供するヴィーガン・レストラン。全メニューはプラントベースで、食事と農場を結びつける「ファームトゥテーブル」及び有機栽培、サステナブルな食材を使用。野菜を無駄なく使うなど食品ロス削減を徹底した環境に優しいレシピを考案し、所得水準に関係なく多くの人がオーガニック食品を味わえるように価格にも配慮している。
https://www.obonpdx.com/

誰もが満足する体と心を喜ばせる日本食

店内に入ると、「Obon Shokudo」のオーナーであるジェイソン・ダファニーは、友人である「JorinjiMiso」のオーナー夫妻に笑顔で手を上げた。キッチンでは、忙しそうにジェイソンの妻フミコ・ホズミが揚げ物に使う粉を試していて「いろんな粉を試しているけど、かき揚げの衣が安定しない」と話した。野菜はそれぞれの水分量やコンディションが違い、グルテンフリーの粉を使うと粘り気がでないため、揚げ物の調理は難しい。

その後も健康意識の高いグルテンフリーの常連客のために小麦粉の代用を探し続けたが、納得のいくものとは出合えなかったために、11月頃には思い切って小麦粉に変えたという。一番の気がかりだった顧客にもこのかき揚げはスムーズに受け入れられた。以降はできる限りヴィーガンにこだわりながらもグルテンの機能性を柔軟に取り入れている。

ローカルからは「『Obon Shokudo』は、ポートランドの他の日本食レストランにはない料理が味わえる」という評判を聞く。その理由は、定番メニューにも趣向を凝らしたアイデアが詰まっているからだ。看板メニューである発芽玄米のおにぎりの具には、豆腐の味噌漬けや生姜とピスタチオの味噌、柚子とパンプキンシードの味噌など、日本人になじみ深い家庭料理にも「Obon Shokudo」らしさが加わる。

そもそも、フミコは「精進料理ではなく、体と心を喜ばせられる料理を提供する」ためにヴィーガンレストランを始め、「『Obon Shokudo』の料理で快適な生活を送ってほしい」という考えを持っている。そのため、「Obon Shokudo」は肉料理と遜色のない「おからを使ったコロッケ」や「豆腐を使ったカツ」等、ジューシーなメニューも豊富で、ヴィーガン以外の顧客にも人気がある。揚げ物のカロリーや栄養価を懸念する顧客には、植物性タンパク質のメリットと、油を抑えた調理法で体への負担が少ないことを丁寧に説明する。価格が良心的でありながらも満足のいくヴォリュームなのは、「ぜいたく品となっているオーガニック食品を所得水準に関係なく1人でも多く提供したいから」だという。

3つの“フィールグッド”

「Obon Shokudo 」は“フィールグッドな日本食”をコンセプトに掲げ、食材の仕入れから、顧客が入店してから退店後までを視野に入れ、誰もが気分よく食事ができる仕組みを作っている。1つ目の“フィールグッド”は素材への意識。食材は会いに行ける距離のローカルの農家や業者から、できるだけ旬のものを仕入れている。2つ目は食品ロス削減への意識を徹底していること。「Obon Shokudo 」ではスタッフが食材を捨てる前に必ずフミコのチェックが必要で「物を粗末にしないで大切に使う。スタッフには、うちは他のレストランと違うから、食材を捨てないでと言い続けています。そこまでやってもまだ食べられる“山盛りの食材”を持ったシェフ達が『これ捨てていい?』って聞きにくる」。食材の無駄を出さずに飲食店を続けていくことの難しさを痛感するエピソードだ。最後の“フィールグッド”は、健全な胃のサイクルを作ること。「満腹まで食べたとしても胃もたれせずに、翌日も自然な空腹で、快適に目覚められるような食事のリズムを作りたい」という。そしてフミコは「長い時間をかけて完璧に仕上げられたおいしいものがあるなら、自分達で作るよりもその商品を『Obon Shokudo』でも提供したい」というように、自社生産にこだわりながらも、他社で丹念に作られた至極の逸品にも敬意を払い、「Obon Shokudo」では「JorinjiMiso」の甘酒を置いている。「Obon Shokudo」は味噌や麹等も作っているため甘酒の生産もできるが、フミコは「JorinjiMiso」の甘酒を絶賛する。

さらに、注目なのが「本日のメニュー」だ。フミコとジェイソン自らが、休日に山で採ってきたキノコを使用するのだが、最近では舞茸のような味わいのキノコを使用した餃子がふるまわれたという。昨年は松茸が豊作だったため、たけのこと合わせた炊き込みご飯やソテーが登場したのだとか。日替わりメニューはどの店にもあるが、キノコ専門家が作る日替わりメニューには特別感がある。

小さな活動で社会に変化を起こし、ローカルの生産者と共創する

2人はもともと、多様なフードカルチャーが混在していることと、街のスローガン「Keep Portland Weird(ポートランドは異端であり続けよう)」という個性を尊重する地域性に惹かれてサンフランシスコから移住してきた。

「Obon Shokudo」は最初にケータリング店としてオープン。その後、地元のヴィーガン、グルテンフリーのディストリビューターに日本食の販売を提案されたことをきっかけに2014 年からファーマーズマーケットに参加し、けんちん汁やおにぎり、コロッケ等の販売を始めた。当時のポートランドでは寿司やラーメン以外の日本食の知名度は低く、試食の提供を繰り返しながら少しずつ顧客を増やしていった。日本食になじみのない人でも想像しやすいようにけんちん汁は“野菜のたくさん入った汁、コロッケは“日本風ファラフェル”と説明することもできたがそれに甘んじず、各料理本来の名前を使い、成り立ちや使われている食材までを説明したが、すぐには受け入れられなかったという。地元民に未知の異国料理を根付かせるまでにはひたすら継続させることが重要だ。フミコは「自分が心安らぐ、埼玉県の実家の母や祖母が作ってくれた日本の家庭料理を作りたかった」と言い、これまでの数年間を「現在も変わらないことですが、『絶対にうまくいくよ』と背中を押してくれるジェイソンの存在が大きいですね。彼の行動力と思い入れは本当にすごい」と微笑みながら振り返った。家族というテーマは、店名とロゴにも落とし込まれている。店名は先祖の霊を祭る“お盆”と、配膳用の木製の漆塗りの“おぼん”から、モノクロのロゴは、ホズミ家の家紋がインスピレーション源だ。

また、取引先を選ぶ重要な決め手は、食品の質だけでなく、食品ロス、環境への配慮、地域活性への貢献等の価値観を共有できるかどうか。現在は、レストランの運営の他に、新しいブランド「Obon kojo」を立ち上げ、かんずりの店頭販売と味噌や麹の小売り販売と卸を行っている。“フィールグッド”を創造力として、多くの人達にシェアされていく「Obon Shokudo」の活動について、フミコは「私達の活動が社会に与えられる影響はまだ小さいですが、食品ロス削減や食生活で健康を意識する人が増えるといいですね」と締めくくった。

author:

NAO

スタイリスト、ライター、コーディネーター。スタイリスト・アシスタントを経て、独立。雑誌、広告、ミュージックビデオなどのスタイリング、コスチュームデザインを手掛ける。2006年にニューヨークに拠点を移し、翌年より米カルチャー誌FutureClawのコントリビューティング・エディター。2015年より企業のコーディネーター、リサーチャーとして東京とニューヨークを行き来しながら活動中。東京のクリエイティブ・エージェンシーS14所属。ライフワークは、縄文、江戸時代の研究。公式サイト

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