ニコラ・クルース初のDJミックスが「fabric」からリリース 世界ツアー中に作られた楽曲をコンパイルした新作について語る

エクアドルを拠点にするトラックメーカー・DJのニコラ・クルース。欧州を中心とするエレクトロダンスミュージックシーンに自身のルーツである南米の民族的なサウンドを取り込み、さまざまな要素が溶け込んだ音像が魅力である彼。 既にキャリアの中で5枚のEPと4枚のフルアルバムをリリースしており、精力的に日本でもパフォーマンスを行っている。そんなニコラが次に仕掛けたのは、ロンドンの名門クラブ兼レーベル「fabric」の人気DJミックスシリーズ「fabric presents」だ。2001年からほぼ毎月リリースされている同シリーズには、マインド・アゲインスト、レオン・ヴァインホール、ティーシャ等といった多彩な顔ぶれが揃っている。

ニコラ曰く「アートや音楽に対すコスモロジー(宇宙論)の力を意識し、ルーツであるラテンアメリカから生まれたダンスミュージックの影響をもとにキュレーションした」という今作は、全26トラックをコンパイルした大作であり、ベースミュージックやテクノ、そしてアナログでグリッチーな音像までを網羅した快作となった。彼がコンピレーションアルバム全体を通じて描き出そうとする世界とは。意外にもキャリア初となる「fabric presents Nicola Cruz」について真意を探った。

ニコラ・クルース
DJ・プロデューサー。現在は南米エクアドルを拠点にしている。パーカッショニストとして活動を始め、エレクトロニック・ミュージックや南米の儀式、音楽を探求する。コンピレーション作品への参加や楽曲提供を続けた後、2015年に『プレンデール・エル・アルマ』でアルバム・デビュー。以来、アンデス山脈でつながる南米のフォルクローレ〜ルーツ・ミュージック、クンビア、アフロ、ラテン、モダン・エレクトロニック等を融合した“アンデスステップ”を提唱。2018年の「MUTEK」に招聘され、同年のフジロックに出演。2019年に『シク』をリリース。2022年には「fabric」のミックス・シリーズ、「fabric presents」に登場した。

エレクトロニック・ミュージックはそれ自体が実験の場

ーー「fabric」からリリースされた今回のミックスアルバムについて、改めてご自身で紹介して頂けますか?

ニコラ・クルース(以下、ニコラ):基本的にはエレクトロニックなダンスミュージックのミックスアルバムです。最近の自分のDJセットのラインアップに、ローカルにある実験的な新しいシーンの楽曲を織り交ぜたものになりました。世界ツアー中にこのミックスを同時並行で制作していたから、ツアーでのギグの反応や手応えによって、次にどの曲を配置するべきかが自ずとわかるようになりました。旅の道中で感じたインスピレーションを手掛かりにつくられたコンピレーションです。

「fabric presents Nicola Cruz」

ーー意外にも初となるDJミックスアルバムになります。ご自身の楽曲とミックスアルバムを出すこととの間にはどのような違いがあるといえますか?

ニコラ:完全に違う行為です。楽曲制作では、深いところまで潜って1つ1つ自分の個人的な心情やそこで生まれたアイデアをつぶさに検証しながら音像をデザインします。一方ミックスの作業は、DJ としてのアイデアと経験の両軸が必要です。つまり、曲の流れの中でのストーリーテリングとレコードを深くディグる両方の能力が求められます。

ーーエレクトロニック・ミュージックシーンと自身のルーツであるエクアドルというバックグラウンドをどのように結びつけていますか?

ニコラ:私はエクアドルの首都・キトに帰っている時は音楽イベントを主催しています。エクアドルで過ごす時間は断続的なので、機会があればいつも友達を招いたイベントを開催しています。

ーーアナログな技術や楽器とデジタルなビートをつなぐために大切なことは何だと思いますか?

ニコラ:余白を残す、ということ。 音楽は静寂とそれぞれの音と音の間も重要。 それこそがリズムになるからです。

ーー今回さまざまなローカルのアーティストとのコラボレーションをミックスを通して果たしました。その中で印象的なものがあれば、いくつかシェアしてもらえると嬉しいです。

ニコラ:5曲目の「Contato」で起用したマルセラ・ディアス (ピアニスト兼チェロ奏者というバックグラウンドを持つ)は「Fixed Rhythms」以前の作品から追っていました。今作のために楽曲のラフスケッチがあったので、連絡しました。エレクトロのモードとマッチしている時の彼女の声が本当に好きで。 

18曲目の「Reer」で起用したスイスのバーゼルを拠点に置くコレクティブのヴァルナは僕もよく知っている仲間達。 重厚感のある雰囲気や質感を作り出す名手だと思います。 どの曲を使うか相談したところ、この曲を採用することなりました。

20曲目の「Glue」に起用したマキーナと私達は長い間一緒に演奏しており、本当に尊敬しています。マキーナにこの作品を依頼するのは必然でした。

ーーエレクトロニックな音楽シーンのフィーリングに民族的でトライバルなビートや楽器を加える手腕がニコラの音楽の1つの特徴だと思います。その背景について教えてください。

一言で言えば「うまくいけば、最高だから」。丁寧に説明するならば、エレクトロニック・ミュージックはそれ自体が「実験」の場であり、それをさらに推し進めるものだから。従来の古い楽器を実験的に録音して重ねてみると、とてもおもしろい発見があります。

ーー最近のシーンで興味深く感じるものは何かありますか?

ニコラ:ブリストルのオム・ユニットやオランダの「Nous’klaer Audio」がやってるシーンが好きです。来年はブラジルに戻る予定なので、またそのシーンに入り込んで探検できたら嬉しいですね。

ーー日本のエレクトロニック・ミュージックシーンについてどう思われますか?

ニコラ:信頼できると思います。DJや現場に関わる人それぞれがプロフェッショナルな意識を持っていて、自分達が何をすべきなのかを正しく理解し、真剣に取り組む印象があります。サウンドシステムの素晴らしい箱がいくつもありますが、それにだけでなく、例えば、ライヴの数日前にもかかわらずオーディオ・エンジニアは音のチェックをしていたりして、この姿勢を本当にリスペクトしています。他の国のシーンではなかなか見ないものです。

Direction Kana Miyazawa
Cooperation Studio De Meyer 

author:

冨手公嘉

1988年生まれ。編集者、ライター。2015年からフリーランスで、企画・編集ディレクションや文筆業に従事。2020年2月よりドイツ・ベルリン在住。東京とベルリンの2拠点で活動する。WIRED JAPANでベルリンの連載「ベルリンへの誘惑」を担当。その他「Them」「i-D Japan」「Rolling Stone Japan」「Forbes Japan」などで執筆するほか、2020年末より文芸誌を標榜する『New Mondo』を創刊から携わる。 Instagram:@hiroyoshitomite HP:http://hiroyoshitomite.net/

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