ゲームの畑からの“In Real Life” 連載:工藤キキのステディライフVol.4

ライター、シェフ、ミュージックプロデューサーとして活動する工藤キキ。パンデミック の最中にニューヨークからコネチカットのファームランドへと生活の拠点を移した記録――ステディライフを振り返りながらつづる。

ゲームの畑からの“In Real Life” 連載:工藤キキのステディライフ

パンデミックの最中のソーホーでは、自分もビデオゲームにハマっていた1人だった。最初はカントリーライフRPGの「スターデューバレー」、その後は「アニマルクロッシング(どうぶつの森)」で何十年かぶりにゲームの世界で遊んでいた。ロックダウンで突如いろんなものが目の前から消えたこともあり、自給自足ができたらいいなと考え始めて、家にあったものをかき集めてプランターを作って種をまいてみたり、バジルやシソ等のハーブを育てたり、菌床を手に入れてオイスターマッシュルームやライオンズメインマッシュルームを育てたりもした。その延長もあって、「アニマルクロッシング」の中でもパンプキン農場を拡大していて、ログインするたびにパンプキンを育てて、売って、売れたお金で家をアップグレードしていくという、ゲームの畑では安定した収入も得られていた(笑)。

コネチカットに引っ越す際に、ガーデンができるのが必須条件だった。大家のジムがスペースを作ると言っていたけれど、少しずつ冬が終わろうとしている春分の日の頃になっても特に音沙汰はなかった。とはいえ、ガーデン作りに関しての知識はゼロだったので、はやる心で土や種の発芽等のガーデニンのプロセスに関するYouTubeを見たり、本気でやるなら一度は通過する「オールドファーマーズアルマナック」という農事暦からスケジュールを読んだり…調べ始めたらキリがないほど知らないことばかり。

ニューヨークでは、ユニオンスクエアのファーマーズマーケットによく通っていた。当時はアップステートから運ばれた採れたての1パウンド6ドルのエアルームトマト(中玉1つで6ドルぐらい)を買うのに、どれを持ち帰るか店先で考え込むことが多かったが(笑)、今思うとそのぐらいの値段をつけたくなるほどの労働力を経て育てていたのだと納得する。 だから、エアルームトマトは絶対に育てたかった。あとは日本のきゅうり、シソ、万願寺とうがらしをグリルで焼いて、かつお節をふりかけておしょうゆをチョロっとたらすやつも食べたくて、たくさん育てた。日本の野菜の種は、ユタ州にあるパッケージのイラストもすてきなキタザワ シード カンパニーから取り寄せることに。まずは3月の終わり頃から発芽用の小分けされたプランターを使って、5月末頃のラストフロスト(地域によって違う)が終わるまで、室内で苗になるまで育てる。1つの穴に一粒の種をまくと言われているが、種も小さいし、当たり外れもあるのかもしれないと思い、1つの穴に3つも4つもまいてみると、意外にもすべて発芽してしまい、苗になる頃には根が絡まりすぎてほどくのが大変だった。

一粒説は正しかったのだ。あんな小さな種からみずみずしい野菜に育つという自然の神秘、大げさに聞こえるかもしれないけれど“ミクロコスモス(小宇宙)とマクロコスモス(大宇宙)”に生きていることを実体験した。 家のサンルームを埋め尽くすほどの苗を育ててしまったが、5 月に入ると、近所のスーパーの店頭でいろんな苗が売られていて「なんだよ、苗を買えば良かったじゃん」とも思ったけれど、手前はかかるが種からのほうが断然コストパフォーマンスも良いし、ここでは手に入らないオーガニックの日本の野菜を育てることができたのは最高だった。 水やりをしたり、苗を大きくするために途中で大きいプランターに植え替えたり、手入れをしながら成長の過程を目の当たりにするのは、ゲームとシンクロする部分が多い。そう思っていると、「アニマルクロッシング」の村長トム・ヌーク(たぬきち)から声を掛けられるかのごとく、大家のジムから見せたいものがあると言われた。家の裏の広大な敷地を少し歩くと、なんとそこには何十年も使ってないガーデンスペースがあり、そこを使って良いと言われたのだ。しかもフェンスも新しくするし、マシンを持ってきて土を耕してくれるという信じられない展開となった。アップグレード!

その日からまずは石拾い、古い根っ子やプラスチック、ビニールの破片等、土の中の不純物を取り除くところから始まった。その頃に泊まりに来ていた友達のグレイヴやニカ、ネイザン、マリアにも無限の石拾いを手伝ってもらったのは本当に感謝している。ジムはすべての支柱も新しくしてくれて、さすがのファーマーらしく力強く、そしてバランスの整った美しい作業を経て、ラストフロストの直前に“クドウ ガーデン”は完成した。スペースに比べて苗が大量にあったので、間隔も計らず植えてしまい、翌日やり直すという行き当たりばったりのスタートだった。でも夏にポートランドから元ファーマーでDJ&グラ フィックデザイナーであり、ジョージアの音楽ファンとして知り合ったマグワートが1週間、うちにステイしてガーデンを手伝ってくれたのもすごく助かった。きゅうりの支柱を作ったり、万願寺とうがらしにはオイスターの肥料が良いと教えてくれたり、なにかとアドバイスをくれるスーパーバイザーだ。

幸い、虫や動物にガーデンを荒らされることもなく、すくすく育ってくれた。結果、あのエアルームトマトを一口かじってポイっと捨てられるぐらい(捨てないけれど!)たくさんの収穫量で、友達にも分けることができた。ブライアンのお気に入りの夏のブレックファーストは、毎朝採れたてのきゅうりにみそをつけてボリボリ食べること。日本のクリスピーなきゅうりとアメリカのものとは別物で、もう夏が待ち遠しい。そんなわけで今年はもっと収穫量が増えますように…そしてゲーム音楽も作ってみたい!

Edit Nana Takeuchi

author:

工藤キキ

横浜生まれ。ライター、シェフ、ミュージックプロデューサー。カルチャー誌でファッションやアートなどのサブカルチャーに関する寄稿や小説を執筆。著書に小説『姉妹7(セヴン)センセイション』、アート批評集『post no future』(すべて河出書房新社)などがある。2011年にニューヨークに拠点を移す。2014年にアートフードプロジェクト「CHI-SO-NYC」をスタート。レストランへのレシピのデザイン、フードを絡めたイベントなど食にまつわる活動をしている。2017年から音楽のプロデュースを始め、EPをリリース。2022年3月にはThe Trilogy TapesからEP『Profile Eterna』をリリース。6月には初のクックブック『I’m cooking for you』を<Positive Message>から出版。レシピのYOUTUBEチャンネルもスタートしている。 kikikudo.com Instagram: @keekee_kud

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