現代美術家アオフ・スミスが生み出す霊妙なキャラクター 市民社会に対する皮肉的なユーモアとメッセージ

聖と俗、美と醜、新と旧が交差するタイの首都バンコク。この混沌とした街が放つ怪しいエネルギーは、訪れた人達をもれなく魅了する。2010年を過ぎた頃からプラス成長を続ける国の経済の後押しもあり、2018年、このアジアの魔都は世界中で最も観光客を招き入れた都市となった。地元の人間は世界一長いといわれるこの街の正式名称の最初の文字から『クルンテープ』と呼ぶ。その意味は“天使の街”だ。

そんな天上世界を中心に据えたタイの現代アートシーンが今、世界的に注目を集めている。近年数多くの大規模な展覧会が開催され、その相乗効果もあるのだろう、国際的な活躍をする作家達が出現し続けている。生まれも育ちもバンコク、そして今も地元を活動拠点としているアオフ・スミスも、巻き起こるムーブメントの先頭に立つ作家の1人である。

日本における彼の初個展「HERITAGE」が、銀座のメグミオギタギャラリーで4月28日まで開催されている。彼はモンクット王工科大学在学時から精力的にグループ展に参加しており、その存在は国境を越えて広く知られていたようだ。昨年アメリカにて開催された個展「Irrepressible Summer Melody」は、グローバルな彼の活動の最たる例だろう。アメリカのポップシュルレアリスムやローブローアートを、彼独自に解釈した作品群。その中に描かれた『ファーリー』と呼ばれる霊妙なキャラクターのことを、会場に足を運んだ観客はきっと忘れられないはずだ。漫画やアニメから飛び出してきたかのように、躍動感ある描写が特徴のファーリー。CGによって作成されたかと見間違うほどの精巧さは、彼の技術の高さを雄弁に物語っている。その臨場感を味わっていただくためにも、会期中に直に見ることをお勧めしたい。

キャンバスの中のファーリーは火のついた導火線や赤色灯、ダイナマイトやミサイルといった不穏な人工物と共に描かれ、人智を超えた生き物の可愛らしい出で立ちや楽しげな表情と相まって怪しげな混沌を成している。これらがアオフの作品において重要な構図を生み出し、それを理解することで作品の中に込められた市民社会に対する彼なりの皮肉的なユーモアとメッセージが浮かび上がってくるのである。インタビューでは優しい眼差しと語り口、そしてアーティストとしての真摯な姿勢が印象的であった。

アオフ・スミス
タイ・バンコクを拠点に活動。漫画やアニメ、 サイエンス・フィクション等から着想を得て、オリジナルの生物を描く作風と独自の配色で支持を集める。今回の「HERITAGE」が日本初の個展となる。

代名詞でもあるファーリー誕生の背景

――今回日本で展示することになったいきさつを教えてください。

アオフ・スミス(以下、アオフ):2019年に旅行がてら東京を訪れていて、その時に東京で展示をするためにギャラリーをいろいろ探していました。ここのギャラリーのオーナーのめぐみさんに出会ってポートフォリオを見せたところ気に入ってくださって、めぐみさんがタイにいらっしゃった時に2020年に東京で展示を行おうと約束したのですが、コロナ禍によって延期し今になった、という感じです。

――ギャラリーを探す以外にも来日の目的があるのですか?

アオフ:趣味でヴィンテージのシャツを集めていて、東京は古着屋が多いので古着屋巡りをしています。それともう1つ集めているものがあって「KUSAKABE」という日本の油絵具を買いに来ています。すごくいい品質でいつも使っていて、普段は日本から取り寄せています。今回の作品にも使用しています。

――アーティストとしてのバックグラウンドをお聞かせください。

アオフ:父親が美術の教師だったので、生まれた時から美術に触れていました。その後に大学でファインアートの学位と修士を取得し、そこからはフルタイムのアーティストとして活動しています。

――今回の作品のインスピレーションはどんなところから来ていますか?

アオフ:主に環境問題からインスピレーションを受けています。日本はゴミの収集に関してオーガナイズされていて街はとてもきれいです。しかし多くの国ではまだそういったレベルにないのが現実です。この消費社会の中で私達は毎日消費し、その私達がいなくなった後には何が残り、何がなくなってしまうのか、そして何を残すべきなのか、ということを考えています。またメディアやインターネットで流れている戦争や暴力が我々を通して環境にどういった影響を与えているのか、等。そういった環境への意識みたいなものが今回の展示のインスピレーションとなっています。

――ファーリーはいつ誕生したんですか?

アオフ:もともと学生時代に描いていたペインティングの中に今のキャラクターの原型があったのですが、その当時は自分自身でも気づいていなくて彼らも絵の中に隠れていました。2013年に来年の展示に向けてどんな作品にしようか考えていて、過去の自分の作品をいろいろ見直していた時にペインティングの中に隠れていたこのキャラクターが自分に似ているような表情を持っているな、ということに気付いたのです。そこにウサギのようなふわふわの耳をくっつけることで作品に相応しいキャラクターとなってくれました。2014年に発表して以降こういう感じのものを描いていますね。

――今回描かれているキャラクターはすべてファーリーですか?

アオフ:そうですね、最初のファーリーから始まって、時間が経ちどんどんと派生していきました。その時に自分が見ていたものを表現するためにファーリーにも多少の違いがありますが、これらのキャラクターが持っている共通の血や血縁みたいなものの集合としてファーリーという名前があるのです。

俯瞰でタイのアートシーンを眺める

――1つの作品を仕上げるのにどのくらいかかりますか?

アオフ:ペインティングのプロセスとしてはまず背景を真っ黒に塗ってからキャラクターのレイアウトを決めて個々のキャラクターを描いていき、最後に表面に透けるような色味を使って仕上げる、という感じです。すべての作品が同じではありませんがだいたい3週間ぐらいかかりますね。今回の展示でも下地を黒くしているものとしていないものの2種類があります。

――日本では多くの世界的な漫画やアニメでアオフさんの作品のような独自のキャラクターを生み出してきました。そういった日本のキャラクター文化に触れたことはありますか?

アオフ:はい、間違いなく日本のキャラクターからいくつかの影響を受けています。特に1980年代から90年代に生まれた『ドラゴンボール』、『スラムダンク』、『幽遊白書』などのアニメはタイでも人気で毎朝テレビで放送されています。日本のアニメは細かい描写が素晴らしく、キャラクターの表情やユーモアの描写みたいなものにはすごく影響を受けていて、それが私の作品の中にも表れていると思います。

――好きなキャラクターはいますか?

アオフ:『ドラゴンボール』に登場する魔神ブウが個人的にお気に入りです。

――タイのバンコクはあなたにとってどんな街・場所ですか?

アオフ:バンコクは僕にとっては灰色の街です。他の国や街からいろんな人が来て簡単に適応することができる街だと思います。多くの人がバンコクのいいところを見つけて快適に過ごしている反面良くないところもあります。同時に私の地元でもあるので、私にとってはすごく快適に制作に集中できる場所でもあります。だから白でもなく黒でもなく灰色の街なのです。

――タイのアートシーンは盛り上がっているとお聞きしましたが、当事者の1人としてはいかがですか?

アオフ:アーティストである以上、私には2つの重要な目的があります。まず私が作品を作るのは自己の欲求に従って作っているということ、そしてもう1つはそれをオーディエンスに見て認識してもらいたいということです。今は世界中がインターネットで繋がっているので、タイのアートシーンを個別に見るよりかは、世界中のアートに関わる人達がインターネット上で繋がっている1つのユニティ、1つの塊、1つの共同体として存在していると私は思っています。

――アーティスト同士の横の繋がりのようなものはないのですか?

アオフ:もちろんタイにもギャラリーを中心としたコミュニティというのは存在します。そういった成長著しいコミュニティから何かサポートを受けて展示をする機会が増えるのは良いことです。しかし私は今回の日本での展示のきっかけとなったような、歌手であるなら自分の音源をラジオ局に配って回るなど、そういった昔からのやり方があっていますし好きですね。孤高のアーティストとして売っていますので(笑)……でも友達はいます(笑)。

――今後の目標を教えてください。

アオフ:2027年までに4~5つの展示を計画しているので、そのために健康に気を付けて制作を続けていくというのが当面の目標です。

■HERITAGE
会期: 4月28日まで
会場:メグミオギタギャラリー
住所:東京都中央区銀座2-16-12 B1
時間:12:00〜18:00
休日:日曜、月曜、祝日

Photography Masashi Ura
Translation Shinichiro Sato

author:

間宮恒治

「Libertin DUNE」で編集者として活動。「THE LAST GALLERY」「ANARCHY BOOK CENTER」の運営にも関わる。

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