連載「ヨーロッパのJビューティ通信」Vol.9 漢方薬の力を最大限に生かす「イプサム アリイ」が、日本の美容儀式を世界へ届ける

欧米の美容業界で注目を集める“Jビューティ”。伝統に培われた美意識と、概念や習慣に由来する日本の美を象徴した美容法が、世界中の人々の日常の一部へと浸透し始めた。連載「ヨーロッパのJビューティ通信」は、欧米で知名度を上げるJビューティブランドを紹介し、日本古来の美容法を深く掘り下げていく。同連載の監修を行うのは、パリ在住20年以上で、日本の美容ブランドのヨーロッパ市場進出をコンサルティングする「デッシーニュ」の須山佳子代表。ヨーロッパのJビューティトレンドの立役者である彼女がオススメするブランドの魅力と、それぞれが捉える日本の美意識に迫る。

第9回は、漢方薬と現代科学を融合させて、スキンケア製品へと転換させたスイスに拠点を置く「イプサム アリイ」。須山氏も、その哲学的なアプローチに魅了された1人だ。創業者であるキコック・ヴェオプラセウトとノラ・カトウの2人はともに日本との関わりを持ちながら、インターナショナルな経験を重ねてきた。日本の伝統に根差した漢方薬の力を、世界へと浸透させるという使命のもと、「イプサム アリイ」を通して肌だけではなく心身の健康を導く。今回は共同創始者キコックに、漢方薬との出合いとその本質的な力について聞いた。

イプサム アリイ

イプサム アリイ
キコック・ヴェオプラセウトは、小児科医として西洋医学を東洋のハーブ療法で補う母親のもと、フランスで生まれた。フランスとアメリカで学業を修め、キャリアのために東京で8年間を過ごす中で出産、育児を経験。その頃に、妊娠には鍼治療、筋肉の凝りには指圧、睡眠や皮膚の問題には漢方の力と、日本の伝統的な医学に出合った。共同創業者のノラ・カトウは、日本出身の父とドイツ出身の母のもと、両国で生まれ育った。ドイツで学び、フランスでMBAを取得。ヨーロッパと日本の高級化粧品会社で働き、20代を過ごした日本で身につけた日本式の美容法を日常に取り入れ、現在は子どもにも伝えている。

須山佳子

須山佳子
東京生まれ、パリ在住20年。アンスティチュ・フランセ モード(INSTITUT FRANCAIS DE LA MODE)にてブランド経営学のMBAを取得。2010年に日本からのヨーロッパ市場への進出、ブランド戦略、セールス、コミュニケーション専門のコンサルティング会社「デッシーニュ」を立ち上げる。2016 年、Jビューティとライフスタイルブランドをキュレーションするコンセプトプロジェクト「Bijo;」を主宰。取引先はハロッズ、ボンマルシェ、リッツ・パリ、セフォラなど大手デパートからセレクトショップまで約20ヵ国、150店舗。

日本の漢方の哲学を基盤にした日本製のスキンケア製品をヨーロッパに届ける

−−まずは、「イプサム アリイ」について教えてください。

キコック・ヴェオプラセウト(以下、キコック):私達は、多忙な生活の中でバランスを見出し、無駄なものをそぎ落とし、循環を巡らせる、日本の漢方の哲学を基盤にした日本製のスキンケア製品をヨーロッパに届けるという使命を掲げています。厳格なEU規制に準拠するため、そしてユーザーにピュアで最高品質の製品を保証するために、可能な限り成分を取り除くことに注力しました。敏感肌にとっては、刺激が強すぎる成分もあり、製品には香料を一切加えていません。そして、現代科学と組み合わせた結果、休息とリセットをもたらし人生を輝かせる毎日の美容習慣にふさわしい製品を生み出すことができました。私達が届けるのは、アクティブなアーバンライフを送るすべての人に向けた、ホリスティックなスキンケアラインです。

−−「イプサム アリイ」を立ち上げた経緯とは?

キコック:私達が初めて出会ったのは互いに東京に住んでいた頃で、その後チューリッヒで子育てをしている時に再会しました。忙しく働く世の中の多くの母親のように、私たちは夢のような生活を送っているにもかかわらず、自分のための時間がほとんどなく、断続的に疲れを感じていて、それが肌状態に反映されているという絶え間ない対話の末に、「イプサム アリイ」が誕生しました。同時に、温泉に浸かったり、漢方薬の世界を探索したりと、日本に住んでいた頃に回復による喜びの瞬間があったことを記憶しています。それらは幸福感として、肌だけでなく全身に良い影響を与えてくれたのです。

日本の漢方の利点を、世界と共有すべきであると信じています。日本の伝統的な医療用途である漢方薬の力を、私たちのスキンケアの必須要素として、日々の美容習慣に取り込むことにしたのです。

−−「イプサム アリイ」と名付けた理由は?

キコック:日本の伝統医学である漢方薬を使用しているため、医学書で使用される言語であるラテン語で命名することは当初から念頭に置いていました。

“イプサム”はラテン語で自分自身(セルフケア)を意味し、“アリイ”はその他(環境や周りの人々)を意味します。「イプサム アリイ」は、自分自身を大切にすることが、周囲とのバランスのとれた関係への道に繋がるという私達の哲学を反映しています。

−−「イプサム アリイ」のベストセラーとシグネチャー商品は?

キコック:スキン リファイニング ジェルとナリッシング アダプトゲン クリームという2つのシグネチャー製品があり、今後新たに1つ加わる予定です。

「イプサム アリイ」は、漢方哲学に基づく3つの必須要素からなるトライアド システムを使用して、KI;とKETSU;とSUIで各製品の効用を分類します。KI;とは生き物にとって根源的なエネルギー。 KETSU;は血液、つまり一貫性と循環を表し、SUIは人体の他のすべての液体要素を表します。 漢方では人間の健康な状態とは、この3物質がバランスよく偏りのない状態を指します。

スキン リファイニング ジェルは、ハーブと科学のブレンドにより、新しい皮膚細胞を磨くウォーターベースの製品です。主な要素であるKI;により、血液循環を促進します。この配合は、ヨーロッパ市場にとって真の革新といえます。 肌のケラチンに反応し、表皮の死んだ角質を優しくこすり落とし、肌を再生させ、健康的な輝きを放つ健康的でバラ色の肌に仕上げます。主な成分は、抗炎症作用として有名で、アンチエイジング化合物として確立されているベルベリンが豊富に含まれるキハダ樹皮です。マグワの根は炎症を鎮め、肌の色合いを均一にし、シミを軽減します。

ナリッシング アダプトゲン クリームには、4つのアダプトゲン植物成分がたっぷり含まれており、肌を落ち着かせ、深層まで補給します。 その中には、皮膚のバリアを強化する抗酸化作用を持つ真菌である霊芝も含まれます。アカヤジオウの根にはビタミン (A、B、C、D) が豊富に含まれており、強力な抗酸化作用を持つ回復力のある強壮剤と考えられています。 乾燥した肌を柔らかくし、磨き、整えるハトムギシードと、抗炎症作用のあるウコン、カリウム、ビタミン、マグネシウムが豊富な野生のウコンも配合されています。 この製品のKI;、KETSU;、SUIの要素は、肌の水分補給と維持に重点を置いています。 血液細胞は、栄養豊富なアダプトゲンによって深く栄養を与えられ、肌の水分レベルを高め、保護バリアを強化し、赤みを抑える効果が期待できます。

Jビューティは、スキンケアにとどまらず、ライフスタイルにも広がる

−−各国に独自の美容文化がある中で、なぜJビューティに魅了されたのでしょうか?

キコック:私達は、Jビューティが品質と持続可能な“レス・イズ・モア”のアプローチに重点を置いていると信じています。 無限に製品を重ね合わせることではありません。肌の問題を素早く解決するというよりは、健康な肌のために非常に優れたものを選ぶことが大切ということです。

受賞歴のある大阪の小さなラボと協力した時、彼らの細部へのこだわりは本当に際立っていました。彼らと一緒にそれぞれの成分を注意深く研究し厳選しました。 敏感肌に優しく効果的な製品を作るために、天然成分よりも臨床的に証明された成分を優先する場合もあります。実際、Jビューティの本質は、伝統と革新の組み合わせです。 さらに、良いスキンケアは、強い香水やポップなパッケージなどで覆い隠されることではないと思います。テクスチャーの軽さ、滑らかさ、香りの繊細さ、顔がどのように感じているかに注意を向けて体感してほしいですね。 それを念頭に置くと、Jビューティはルーティンというよりも儀式的なものとなり、それぞれの行いが美への意識的な一歩となります。

−−Jビューティをどんな言葉で定義しますか?

キコック:Jビューティは何よりも予防を大切にします。 肌のクレンジングから保湿、そして日差しからの保護に至るまで。 Jビューティは製品の数が多すぎず、必需品を最高の成分で提供するという意味で、量よりも質を優先しています。

そして、Jビューティは力強いです。誰かに向かって説得しようとするものではなく、むしろ密かに背景に存在するようなものを意味します。そのため、何が本当にどれほど優れているかを知るには、2度見る必要があるかもしれません。Jビューティは特別な香りでユーザーを魅了しながら“主張”することはなく、ただ静かにそこにあるのです。 伝統と革新をシームレスに融合させたJビューティは、スキンケアにとどまらず、ライフスタイルにも広がります。

−−昨今Jビューティがこれほど人気になっている理由は何だと思いますか?

キコック:日本のデザイン(ヨーロッパにおけるジャパンディ等)、ファッション(「ケンゾー」のクリエイティヴ・ディレクターNIGOの任命等)、そして美しさ(ヨーロッパ市場で冒険する小規模な日本のブランド)の人気の復活に続くものだと考えています。 多忙なライフスタイルと敏感肌の認識の増加(成人の71%が敏感肌であると認識しており、20年前と比較して50%増加)により、人々はより数は少なく、より良い品質、つまり本質的なものを求めています。

日本では多くの場合、過剰ではなく節度が重要です。 これはスキンケアにも当てはまります。 少数の質の高い製品を使用した一貫したルーティンは、環境にとって持続可能であり、皮膚細菌叢に優しく、健康な肌というゴールに向けてより効果的です。

−−ユーザーからどのようなフィードバックを受け取っていますか?

キコック:オンラインユーザーの1人は、「イプサム アリイ」のクリームは「夫に盗まれる必需品」と表現しています。 彼女のお気に入りになっただけでなく、彼女の夫の日課にも取り入れられたようです。オイリー肌の別のユーザーは、夜のルーティンでこれを塗布した後、「朝起きた時に顔がテカテカしていないのは初めて」と言ってくれました。メイクアップ アーティストのカリン・ウェスターランドさんは、もともと「ビジョ(Bijo;)」で恋人のために「イプサム アリイ」のクリームを購入したのですが、現在はファッションショーや撮影の前にモデルの肌を整えるために使用してくれています。彼女はこのクリームの大ファンで、「濃厚だけどベタつかず、マイルドで香料も入っていない。 敏感肌のモデルが多いので素晴らしい」と教えてくれました。

−−美容以外で、あなたが日本からインスピレーションを得る要素とは何ですか?

キコック:芸術、デザイン、ファッション、そして料理から多くのインスピレーションを得ます。 私達はデザイナーの川久保玲、アーティストの草間彌生、森万里子が大好きです。 フランスの作家であり冒険家でもあるアントワーヌ・ド・サンテグジュペリはかつてこう言いました。「完璧とは、これ以上付け加えるものがなくなったときではなく、取り除くものが何もなくなった時に達成される」。 これが私達が日本の美学、製品、サービスに対して感じていることであり、それ以上削ぎ落とすものが何もない状態を意味します。

−−最後に、今後のビジョンについて教えてください。

キコック:私達は、インドのアーユルヴェーダや中国伝統医学と同様に、ヨーロッパにおける漢方を古代アジア医学の第3の柱として発展させることを強く信じています。漢方には、肌を美しくするだけではない素晴らしい効果がたくさんあるからです。 漢方薬は、実際的な症状指向(湿疹の治癒など)に作用しますが、複雑で多様な症状(月経の問題、更年期障害、ストレス関連の問題など)にも使用できます。 西洋の人々にもその恩恵をもっと実感してもらえたら素晴らしいですね!

これを念頭に置いて、私達は漢方ベースのライフスタイル製品全体を開発して、日本の美容儀式とウェルネスを日本国外の人々にも取り入れてもらえるようにしたいと考えています。

author:

井上エリ

1989年大阪府出身、パリ在住ジャーナリスト。12歳の時に母親と行ったヨーロッパ旅行で海外生活に憧れを抱き、武庫川女子大学卒業後に渡米。ニューヨークでファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。ファッションに携わるほどにヨーロッパの服飾文化や歴史に強く惹かれ、2016年から拠点をパリに移す。現在は各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビューの他、ライフスタイルやカルチャー、政治に関する執筆を手掛ける。

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