連載「ヨーロッパのJビューティ通信」Vol.8  スペインで浸透し始めたJビューティの底力。コスメティックストア「月」

欧米の美容業界で注目を集める“Jビューティ”。伝統的に培われた美意識と、概念や習慣に由来する日本の美を象徴した美容法が、世界中の人々の日常の一部へと浸透し始めた。連載「ヨーロッパのJビューティ通信」は、欧米で知名度を上げるJビューティブランドを紹介し、日本古来の美容法を深く掘り下げていく。同連載の監修を行うのは、パリ在住20年以上で、日本の美容ブランドのヨーロッパ市場進出をコンサルティングする「デッシーニュ」の須山佳子代表。ヨーロッパのJビューティトレンドの立役者である彼女がオススメするブランドの魅力と、それぞれが捉える日本の美意識に迫る。

第8回は、スペイン・マドリードに実店舗を構えるコスメティックストア「月」にフォーカス。須山が「スペインでのJビューティの発展の一翼を担う」という同店では、日本製の美容製品のみを取り扱い、ワークショップやSNSを通して美容法と文化について発信している。共同創始者のルイス・サストレは、「日本の美容だけでなく、その背景にある文化と敬意の姿勢に魅了された」と話す。スペインで未開拓だったJビューティの分野を探求し人々へ届ける彼女に、その魅力について存分に語ってもらった。

ルイス・サストレ

ルイス・サストレ
スペイン生まれ。コミュニケーションおよびビジネス分野で10年以上の経験を持ち、かねてから構想していた起業への思いを実現するために「月」を始動。コロナ禍に出会ったエドゥルネ、シルヴィアと日本への愛とJビューティに対する情熱を共有し、スペイン・マドリードにコスメティックストア「月」をオープン。

須山佳子

須山佳子
東京生まれ、パリ在住20年。アンスティチュ・フランセ モード(INSTITUT FRANCAIS DE LA MODE)にてブランド経営学のMBAを取得。2010年に日本からのヨーロッパ市場への進出、ブランド戦略、セールス、コミュニケーション専門のコンサルティング会社「デッシーニュ」を立ち上げる。2016 年、Jビューティとライフスタイルブランドをキュレーションするコンセプトプロジェクト「Bijo;」を主宰。取引先はハロッズ、ボンマルシェ、リッツ・パリ、セフォラなど大手デパートからセレクトショップまで約20ヵ国、150店舗。

スペインと日本の伝統と儀式を深く尊重するという共通点

−−まずは、「月」について教えてください。

ルイス・サストレ(以下、ルイス):「月」の背景にいるのは、エドゥルネ、シルヴィアと私の魔法のようなチームです。エドゥルネはスペイン北部で生まれ育ち、自身のビジネスやレストランを手掛ける幅広い経験を持っていて、日本に何度も旅行した後、日本文化に対するユニークなビジョンと情熱を持つようになりました。シルヴィアは最年少のメンバーで、5年近くラグジュアリーブランドの広告関係に携わっており、6年前に日本語を学び始め、文化についての知識を身につけました。 私は、コミュニケーションおよびビジネス分野で10年以上の経験を持ち、物流とWeb管理を行っています。共通の友人を通して、パンデミックの最中にイビサで出会い、「月」のプロジェクトを始動させました。

「月」は日本文化と独自の美容法への理解と深い敬意を基盤に、美しく健康的な外見を磨くための方法を提供します。スペインには消費者のニーズに応える大手企業が陣取る美容市場がありますが、ニッチなブランドを取り扱う場所はなかなか見つけられませんでした。Jビューティの哲学を持つブランドが存在しなかったので、私達が立ち上がることにしたのです。

−−「月」と名付けた理由は?

ルイス:私達が目指すのは、すべてのライフステージにおいて肌への愛を示すことであるという結論に、非常に長い時間をかけたブレーンストーミングの後に至ったのです。その頃に知った、「月がきれいですね」という日本語の謙虚でロマンチックな愛の告白が美しいと思いました。私達には「月」と「好き」の音が似ているとも感じ、この愛の告白が由来となっています。

−−「月」のベストセラーとシグネチャー商品は?

ルイス:マドリードのブティックで、カッサを使ったセルフマッサージのワークショップを開始して以来、急激な成果を上げています。日本のフェイスマッサージとその製品について学びたいと思う人々で、ブティックはいつもいっぱいになるんです。佳子がキュレーションする「Bijo;」で取り扱う中から、「シゲタ」のアイセラム、「EN」オレンジバームとライスオイルがお客様から特に愛されている商品です。全体を通して、日本製品の天然成分が高く評価されています。使用後に、視覚的にも感触的にも効果を感じられるため、同じ製品をリピートするお客様が大変多いです。

−−各国に独自の美容文化がある中で、なぜJビューティに魅了されたのでしょうか?

ルイス:スペインと日本は文化的には異なりますが、伝統と儀式を深く尊重するという共通点があると感じています。また、スペインでは、日本人の女性と男性の肌はとても透明感があり、輝き、美しいというイメージが共通認識としてあるのも、多くの人がJビューティに心惹かれる理由の1つです。

日本の伝統文化やサブカルチャーがスペインで発展し続けている背景

−−Jビューティをどんな言葉で定義しますか?

ルイス:“レス・イズ・モア”の精神性と“すべてのステップの背後に理由がある”と定義します。シンプル、クリア、無駄なアイテムを省く。伝統と現代性が最高の肌へと導いてくれると、Jビューティから学ぶことができます。

−−昨今Jビューティがこれほど人気になっている理由は何だと思いますか?

ルイス:スペインに限らず世界中で、日本の製品は最高品質であると認識されています。大手日本ブランドの美容製品はラグジュアリーで価格帯が高く、大衆向けではないと考えられていましたが、私達はそうではないと思っています。日本の伝統文化や日本食、さらに映画、マンガ、アニメのようなサブカルチャーがスペインで発展し続けていると同時に、比類なきJビューティの魅力を全ての人に伝えたいと思っています。

−−美容以外で、あなたが日本からインスピレーションを得る要素とは何ですか?

ルイス:伝統や革新、日常で感じられる身近な美学に対する視点なしでは、日本の美しさは理解できないと考えており、日本文化のあらゆる側面からインスピレーションを得てきました。沖縄の歴史とその海を語らずして「ルハク」を知ることはできませんし、金沢と金職人なしに「マカナイコスメ」の本質を捉えることができないように。「Bijo;」を通して、美しく伝統的でありながらモダンな美容機器をたくさん体験し、その背景にある文化にも共鳴しました。

−−最後に、今後のビジョンについて教えてください。

ルイス:Jビューティへの情熱をスペイン全土に届けるために、マドリードだけではなく他都市でもイベントなどの開催を予定しています。観光立国で知られるスペインなので、もちろん海外から訪れる人々とこの情熱を共有したいと考え、インターナショナルなワークショップを提供していきます。

author:

井上エリ

1989年大阪府出身、パリ在住ジャーナリスト。12歳の時に母親と行ったヨーロッパ旅行で海外生活に憧れを抱き、武庫川女子大学卒業後に渡米。ニューヨークでファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。ファッションに携わるほどにヨーロッパの服飾文化や歴史に強く惹かれ、2016年から拠点をパリに移す。現在は各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビューの他、ライフスタイルやカルチャー、政治に関する執筆を手掛ける。

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