Mon Oncle、ロバート! コネチカットの小さな町で“フレンチ&ジャパニーズ” 連載:工藤キキのステディライフVol.5

ライター、シェフ、ミュージックプロデューサーとして活動する工藤キキ。パンデミックの最中にニューヨークシティからコネチカットのファームランドへと生活の拠点を移した記録——ステディライフを振り返りながらつづる。

パンデミック以前、私は映像プロダクションのオフィスでランチシェフやケータリング、プライベートシェフとして働いていた。ロックダウンの影響でオフィスが閉まったり、スーパーやデリバリーでは人同士の接触をなるべく避ける“コンタクトレス”というカテゴリーが登場したり。かのイージーゴーイングのニューヨーカーでさえマスク着用はもとより、不要な外出もせず感染拡大防止に取り組んでいた。そんな先行きが全く見えない中で、いくら“食”がエッセンシャルなものとはいえ、プライベートシェフやケータリングの仕事はその頃はほとんどなかった。パンデミック中は政府からのサポートもあったのでなんとか暮らせたが、2021年の秋にコネチカットに引っ越してからは、まだ車の免許もない上、超牧歌的なカントリーサイドで仕事を見つけるとういう難関にぶち当たっていた。

家から車で40分のシャロンという街にフレンチレストランがあるという話を聞いた。よくよく調べてみると、現在はブルックリンのグリーンポイントに移転したそう。ブライアンが通っていた時は、ソーホーにあった「ル・ガミン(Le Gamin)」という1990年代にはスーパーモデル達がよくハングアウトしていた正統派フレンチレストランで、オニオングラタンスープやクレープ、クロックムッシュ、クロックマダム、もちろんクリームブリュレもあり、映画『アメリ』のような世界のお店だった。コネチカットの家の周辺はデリバリー圏外で、さらに近場にお気に入りのレストランやカフェはものすごく少ない……そんなわけで、その話を聞いた翌日に私達は心躍らせながら「ル・ガミン」に向かうことにした。

シャロンはニューイングランドらしい牧草地が広がり、アーティストのジャスパー・ジョーンズが暮らしているという美しい田舎町。「ル・ガミン」はパーキングロットにあるショッピングセンターの一角にあり、一見して避暑地のフレンチカフェを思わせるキュートなお店だった。席について、ブライアンがウェイトレスに「昔ソーホーのお店によく通っていた」と話すと、その後ニコニコした笑顔でオーナーのロバートが駆け寄ってきて、私に「フレンチもいいけど、ラーメンがやりたいんだよ〜」と言う。「えー私シェフなんだよ。やろうよ、ラーメン(笑)」と話しながら、トントン拍子にコラボレーションをすることが決まった。

ロバートは陶芸家のパートナーであるタムと息子でシェフのルシアンと一緒に、私達と同じパンデミックの渦中にシャロンに引っ越してきた。その直後にショッピングセンターにあるこの物件を見つけて、お店のオープンを決めたそう。レストランがまったくない街に突如現れた正統派のフレンチレストランで、毎日焼きたてのリアルなフレンチクロワッサンが手に入るなんて、はっきり言ってシャロンの食文化を変えたといっても過言ではない。さらにロバートのニューヨークのフレンチらしいグッドテイストと気さくでフレンドリーな人柄もあって、「ル・ガミン」は瞬く間に人気スポットとなっていた。

もちろん、シャロンにはアジア料理のレストランがあるはずもなく、ラーメンをはじめとした日本食を食べたことがある人もそんなに多くなさそうだった。ラーメンといっても、私達は“フレンチ&ジャパニーズ”のコラボレーションをしたかったので、ロバートのレシピから“Soupe à l’oignon”のラーメンと、“Moules frites”をココナッツミルクベースのスープにしたラーメンの2種類を考えた。ポップアップやケータリングをやる時、どんな食器が使えるのかが重要なポイントで、プレゼンテーションの違いで料理の見え方も違ってくる。とはいえ新たにラーメンボウルをそろえるのもなんだし、リサイクルできるとはいえ使い捨ての紙皿も使いたくない……そんなことを考えていたら、カフェオーレボウルを使うことを思いついた(笑)。通常のスープボウルと比べたら少し小さいけれど、その代わりに替え玉と餃子、ピクルスを添えたラーメンプレートができあがった。実は、私は一般的なレストランの厨房で働いた経験がない。オーダーシートを読み取って、注文順に、しかも前菜とメインを作る順番を瞬時に考えるなど、気分はゲーム「Overcooked! 2」をはるかに超える緊張感(笑)。オーダーを完成させるのに、メインシェフのルシアンとロバートにたくさん助けてもらったことも。ポップアップは2日間連続で開催し、ニューヨークから友達も食べにきてくれて、両日ともテーブルはソールドアウトだった。

ロバートとのコラボは、そのあと2022年の1月にも行った。メニューは、ロバートがデザート用に作っていた砂糖漬けのオレンジ“Orangette”を使った、アメリカの定番中華のオレンジチキンを春巻きにしたものや、ロバートの料理本からの自家製マヨネーズと柚子を組み合わせた“Celery Roots Remoulade”をタルタルソースのように添えたプレートなどのメニューを考えた。当時は仕事を探していたが、結果的にコネチカットの小さな街ですてきな人達と、かなり実験的(!)な挑戦をさせてもらえて本当に感謝している。ありがとうロバート!  3回目のコラボもぜひいつか。

Edit Nana Takeuchi

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工藤キキ

横浜生まれ。ライター、シェフ、ミュージックプロデューサー。カルチャー誌でファッションやアートなどのサブカルチャーに関する寄稿や小説を執筆。著書に小説『姉妹7(セヴン)センセイション』、アート批評集『post no future』(すべて河出書房新社)などがある。2011年にニューヨークに拠点を移す。2014年にアートフードプロジェクト「CHI-SO-NYC」をスタート。レストランへのレシピのデザイン、フードを絡めたイベントなど食にまつわる活動をしている。2017年から音楽のプロデュースを始め、EPをリリース。2022年3月にはThe Trilogy TapesからEP『Profile Eterna』をリリース。6月には初のクックブック『I’m cooking for you』を<Positive Message>から出版。レシピのYOUTUBEチャンネルもスタートしている。 kikikudo.com Instagram: @keekee_kud

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