テクノロジーと油彩画のハイブリッド エマ・ウェブスターが見る双方の境界線上の風景

エマ・ウェブスター
1989年生まれ。スタンフォード大学とイェール大学を卒業し、2018年に絵画の修士号を取得。2021年に「Green, Painting, & Mourning Reality」という、デジタル化が進む世界での風景やイメージメイキングに関する考察をまとめた『Lonescape』を出版した。

ロサンゼルスを拠点に活動するエマ・ウェブスターは、VRによって構築した独自の風景世界を油彩画の手法で描き出す、ハイブリッドな表現を探求するアーティストである。今年、ペロタン東京で個展「The Dolmens」(支石墓)を開催した。一連の新作ドローイングとペインティングは、支石墓のように閉ざされ、隠れた空間というテーマを視覚的に探求し、ペロタン東京の建築をフレームとしてシンクロさせる内容だった。個展に合わせて来日したエマ・ウェブスターに話を聞いた。

古典とテクノロジーの往来から生じる境界線上の風景

キャンバス上に伝統的な油絵手法で描かれた、巨大な古代生物の骨格を思わせる滑らかなテクスチャーと湾曲したフォルムの植物が無音でそびえ立つ光景。地球上の自然光ではありえない青白い光やスポットライトがランドスケープを照らし、深い闇と共存する。スケール感や照明が作り出す陰影といった観点ではリアリティを纏っているようだが、形状、色彩、空気、そして生命の在り方は現実にリンクしない。我々がイマジネーションの指先を伸ばそうとも決して真実に到達することのない、巧妙なバランスで創り出された超現実世界。何者かの心象風景の中に迷い込んだのか、あるいは夢の中か、人類がいずれ辿り着く未来の果てか。

エマ・ウェブスターは現実世界を考察して得た多彩なインスピレーションをVRの3Dモデリングによって具現化し、油絵という方法でふたたび現実世界に召喚する。彼女のフィルターを通して描き出されたもうひとつの世界は、安寧や郷愁ではなく、不穏と警鐘の気配を感じさせ、我々に向かって言葉なき問いが投げかけられる。

美術史における風景画は、宗教画における理想化された背景、風景を描くことに魅力を見出した画家自身のプラクティスや挑戦、邸宅を飾る役割など、時代ごとに変遷していった。実在する風景は画家の目や筆先を通過し、記憶や想像力・感受性の色を宿し、パラレルな概念と化してキャンバス上に顕れる。

表現手法が無限に近しい現代において、ウェブスターは風景画が持つ意味や可能性をあらためて示唆している。

彼女はスタンフォード大学でアートプラクティスを専攻し、卒業後は舞台美術や背景の仕事に従事していた。

「スタンフォードはコンピューターサイエンスやエンジニアリング分野を専攻する学生が多い環境でしたが、私自身はコンピューターに興味がなく、キャンパスにたくさんあったロダンの彫刻をスケッチしたりして過ごしていましたね」。

その後イェール大学での美術学修士課程に在籍中、クリエイティブ・ディレクターのワイアット・ロイによりVRとの出会いがもたらされ、「Blender」というソフトウェアでのデジタルモデリングスキルを習得していった。

「VRでジオラマを作り絵画にするプロセスは、テクノロジーありきで始めたわけではありません。もともとジオラマをアナログの手作業で制作していたのですが、ある時VRを試行的に取り入れ始めたところ、独自のテクスチャー感や照明効果など、VR表現自体に興味が湧いたんです」。

「スケッチを通して集積したイメージをVR空間に描き出して可視化し、ジオラマ制作を経て徐々にひとつの作品に収束していくプロセスに長い時間を費やします。

Blenderではライティングデザインも行います。映画や舞台では、光によって暗闇に意味を持たせたり、特殊なムードを創り出して物語を展開させることができます。私自身も舞台美術に携わっていたので、照明効果が鑑賞者の感受性にもたらす作用について考察しながら作品制作に活用しています」。

ライティングデザインは現実の展示空間と作品世界の接続にも関与し、絵画がウェブスターによって穿たれた超現実への入口かのように感じられる。彼女は意識的に鑑賞者をイマジネーションの結合体験へと導く。

「各展覧会ごとにその空間でしかできないことをテーマに設定し制作しています。私の作品は具体的な『場所』に根差したものではありませんが、展覧会を通して作品・展示空間双方に意味を与え、『場所』や環境が従来有している文脈とのスピリチュアルなコネクションを目指しています」。

「いずれの作品も特定の風景や感情を描いているのではなく、異質なイメージが絵画という空間の中でどのように繋がっていくのかを探求していて、好奇心に近いですね。鑑賞者が私の表現する世界や空間に入り込み、同じイメージを共有し発展させていけることを念頭において作品を作り上げています」。

現実を跨ぐ多重構造の世界を創造するウェブスターはどこから着想を得ているのだろうか。

「あらゆるものからインスピレーションを受けており、イメージのパッチワークを作るように風景・世界観が形成されていきます。例えば今回の展覧会では、16世紀のデューラーの絵画から強いインスピレーションを得ています。西洋絵画史における最初の風景画家と言われていますが、どちらかというと静物画に近いというか、『モノ』をモチーフとして描いているように感じるんです。この感覚を軸として今回の展覧会、作品を作り上げました」。

「映画からインスピレーションを得ることも多く、特にソフィア・コッポラが好きで、東京に来ると『ロスト・イン・トランスレーション』の世界を追体験している感覚に陥ります(笑)。東京の街を歩いていると、写真だけでなく映像やCG等を駆使した広告が目に留まります。アメリカの説明的な広告と違って多種多様なイメージに溢れていておもしろいですね。目的を持たずに散策していると、平面だけでなく立体的に予想外の世界が広がっていて、ビルの中に秘密の場所を見つけたりします」。

Photography Masashi Ura
Interview Akio Kunisawa
Edit Jun Ashizawa

author:

Nami Kunisawa

フリーランスで編集・執筆を行う。主に「Whitelies Magazine」(ベルリン)や「Replica Man Magazine」「Port Magazine」(ロンドン)等で、アート、ファッション、音楽、写真、建築等に関する記事に携わる。Instagram:@nami_kunisawa

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