千原徹也
1975年京都府生まれ。アートディレクターとして、「H&M」や「日清カップヌードル × ラフォーレ原宿」などの広告、 ウンナナクールなどの企業ブランディング、CDジャケットやドラマ、CMの制作など、さまざまなジャンルのデザインを手掛ける。またプロデューサーとして「勝手にサザンDAY」主催、東京応援ロゴ「KISS,TOKYO」発起人、富士吉田市の活性化コミュニティ「喫茶檸檬」運営など、活動は多岐に渡る。『アイスクリームフィーバー』で初の映画監督を務める。
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デザイン事務所「れもんらいふ」の代表兼アートディレクターの千原徹也の初監督作品、映画『アイスクリームフィーバー』が7月14日から公開される。同作の原案となったのは芥川賞作家・川上未映子の短編集『愛の夢とか』(講談社文庫)内に収録されている短編「アイスクリーム熱」で、言葉と戯れるように繊細でリリカルな川上の世界観を受け継ぎながら、千原監督ならではの色彩感覚とビジョンを加えていった。
主演の吉岡里帆やモトーラ世理奈、「水曜日のカンパネラ」のボーカル・詩羽、松本まりかに加え、本作が映画初出演となる俳優の南琴奈をはじめ、後藤淳平(ジャルジャル)、はっとり(マカロニえんぴつ)、MEGUMI、コムアイ、片桐はいり、安達祐実といった個性豊かなメンバーがそろう。
また主題歌「氷菓子」を吉澤嘉代子が書き下ろし、エンディングテーマには小沢健二が1998年に発表した名曲「春にして君を想う」を起用。オープニングテーマなど劇中の音楽は、田中知之(FPM)が担当するなど、映画、音楽、ファッションなど日本のカルチャーを形成するクリエイターが参加する。
千原監督が映画『アイスクリームフィーバー』に込めた想いとは? 大室正志、枝優花、Bose、3人との対談から探っていく。
※本記事は劇場で販売されるパンフレットの対談の一部を再編集し、加筆したものです。
映画館だけで完結しない「映画体験」を求めて——千原徹也 × 大室正志
大室正志
産業医。産業医科大学医学部医学科卒業。専門は産業医学実務。ジョンソン・ エンド・ジョンソン株式会社統括産業医、医療法人社団同友会産業 医室を経て現職。現在日系大手企業、約30社の産業医業務に従事。 著書『産業医が見る過労自殺企業の内側』(集英社新書)。
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千原徹也監督と、産業医として勤務し、経済番組などでコメンテーターを務める大室正志。2人は普段からカルチャー談義をする仲。今回、1990年代カルチャーをよく知る大室が本作をどう観たのか。
大室正志(以下、大室):『アイスクリームフィーバー』は1990年代のサブカルチャーに影響を受けた人が作った令和の映画っていう感じでしたね。なぜかというと、まず1つは街の映画だからです。1980年はドライヴやリゾートと音楽がセットになっていた。それが1990年代に入ると渋谷とか下北沢とか東京の街が曲の題材になって、「渋谷系」と呼ばれるシーンが生まれる。この映画は、そういった1990年代の空気を感じさせるんですよ。街単位で物語を描いているというか。猿田彦珈琲とか僕が知ってる場所がいっぱい出ていましたね。松本まりかさんが演じている優の家は千原さんの家でしょ?(笑)。
千原徹也(以下、千原):そうです(笑)。映画で「109」とか渋谷駅前のスクランブル交差点を映して「渋谷です」って説明することが多いじゃないですか。そういうのはしたくなかった。僕が知っている東京のほうが、この映画には合ってると思ったんです。
大室:街を舞台にしているところは、ジャン=リュック・ゴダールなどヌーヴェルヴァーグの作品にも通じるところがありますね。そして、1990年代に街の感覚を出していた映画監督の1人がウォン・カーウァイですが、この映画には(カーウァイが監督した)『恋する惑星』(1994年)へのオマージュも感じました。
千原:カーウァイもゴダールも好きだけど、彼らの画作りを追求するというより、大切にしたのは「気分」です。何かを深く調べて、それを自分のものにするというより、可愛いところや素敵なところだけ集めて映画にしました。この作品の企画がスタートした時、原案の川上未映子さんと最初にやったのは、「こういうシーン好き」とか「こういうグラフィックが途中で入ったらいいよね」とか、2人で思いついたものを組み立てて物語を作っていったんですよね。
大室:だからリアルさは追求していませんよね。最近の映画はそういうところを突っ込まれがちですけど。
千原:この映画はちょっとファンタジーなところがあって。登場人物が全員オシャレだったり、可愛かったりするのが重要なんです。こんな街があったらいいな。こんな女の子達が住んでたらいいなっていう、日々の妄想を映像化したというか。でも、映画ってそういう他愛のないもののほうが記憶に残りやすいと思うんです。『恋する惑星』もたいした話じゃないし。映画と日常がつながっている感じがいいんですよ。
大室:そうですね。映画の世界に浸った体験が後々まで残る。あと、この映画に出てくる女の子達はそれぞれ悩みを抱えているけれど、そんな彼女達を否定も肯定もせずにそのまま描いている。いい話に持っていこうとはしない。それもこの映画の特徴だと思っていて。
千原:僕の周りにいる女性達って、みんな未来に対するモヤモヤした不安を抱えているんです。その悩みに明確な答えを出してあげるのは難しい。逆に結論づけずに話を聞いてあげることが、ささやかな救いになるんじゃないかと思っていて。だからこの映画でも、言い切らない、ということは意識しました。
大室:そういう女性達に対する向き合い方が千原さんらしいですよね。産業医の立場から見て、この映画にはカウンセリング効果があるかも、と思いました(笑)。
千原:映画が終わってから、カフェでお茶しながら映画のファッションや音楽について話をして、映画館から出ても映画の世界を楽しんでもらえると嬉しいですね。僕自身、そんな風に映画を楽しむのが好きなので。
Text Yasuo Murao
映画のセオリーにしばられない、2人の創作——千原徹也 × 枝優花
枝優花
映画監督、脚本家、写真家。1994年生まれ。群馬県出身。2017年初長編作品『少女邂逅』を監督。主演に穂志もえかとモトーラ世理奈を迎え MOOSICLAB2017では観客賞を受賞、劇場公開し高い評価を得る。 2019年、日本映画批評家大賞の新人監督賞受賞。写真家としても活動している。
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千原監督が「映画監督として共感する部分が多い」と語るのが、 初長編作品『少女邂逅』以来活躍を続ける枝優花。この2人に映画監督について語ってもらった。
千原徹也(以下、千原):おそらく枝さんと僕は、好みが近いですよね。キャスティングも似ているし、共通の知り合いがいっぱいいると思います。
枝優花(以下、枝):今作の出演者は、安達祐実さんと詩羽さん以外は全員会ったことがありました!
千原:やっぱり。なので、枝さんの作品にはすごく魅了されるし、うらやましい気持ちにもなります。映画はどうでしたか?
枝:私は自分が映画を作る時には「どうやって世の中に出力するか」というところまで、セットで考えるようにしています。中身も大事だけれど、観たいと思ってもらうきっかけはビジュアルが肝だと思います。ですが、日本映画の多くはヒット作にならったデザインばかりなので、まず本作のポスターの素敵さに心が奪われました。そこから本編を拝見して、タイトルロゴの入れ方、タイミング、画角など……私の発想にはないギミックの連続に、次々と新しさを追い掛けているような感覚になりました。一方で、手持ちカメラで必死にいい画を抑えている感じもあり、考え尽くされたビジュアルと撮った映像をそのまま手渡される生っぽさと、そのバランスが不思議で魅力的でした。
千原:映画好きとして、日本映画のビジュアル作りに対する歯がゆさや怒りみたいなものが根底にあって、今回はすべてセオリーの逆をいきました。ポスターなんて目をつぶっていて、横顔で、英語タイトルだけ。文字が顔に被っているなんてもっての外でしょうね。でも、映画のセオリー的にNGなことにも挑戦したい気持ちがあったんです。
——千原さんは初めて映画監督をやってみてどうでしたか?
千原:楽しかったですね。でも、映画監督の仕事って作品作って終わりじゃなくて、公開してどれだけ観てもらえるかが大事なので、まだまだ不安な気持ちもたくさんあって。眠れなかったり、お客さんが全然入ってない夢を見たりして。楽しさと苦しさを交互に感じています(笑)。でも、公開の日がすごく楽しみ。日々、生きているってすごく感じますね。
枝:私も最初の『少女邂逅』の時は同じような気持ちでした。監督って全部に責任を持つし、逃げられないじゃないですか。「これは私の作品です」って言いながらも超不安みたいな。でも、それが楽しくて、映画監督をやって、やっと自由になれた気がしました。
千原:やっぱり人の意見を取り入れたりすると、言い逃れができてしまう。お客さんが入らなかった時に、「あの人がああ言ったから」とか思いたくないし、自分で責任を持ってやるしかないですよね。
枝:公開してからも「映画館に何人お客さんが来た」とか、日々報告があって。動員が少ないと「作るのもつらかったのに、公開してからもこんなにつらいの」って最初は思いましたね。だから公開後もトークショーをやろうとか、みんなで本気で話しあったりして。大変だったんですけど、いい経験ができたと思います。
若い人から「どうやったら映画監督になれますか」って質問されることも多いんですけど、よくよく聞くと失敗せずに映画監督になりたいっていう人が多い。でも、私も表面上はうまくいったところだけが見えるわけで、その裏ではかなり失敗しているし、そうやって失敗しながら苦しみながらやるのが楽しいとも思います。
千原:確かに。苦しんでいるから楽しいっていうのもあるかもね。僕がデザインを始めた20代の頃って、苦しいし、将来に対しての不安だらけで、「なんでこんなにしんどいのかな」と思ってたんですけど、いざアートディレクターになってみても、しんどいんですよね(笑)。でも、今はしんどいことを経験したからこそ、それを乗り越えて感じられる喜びや楽しさもあるというのがわかってきて。映画監督をやって、それはより実感できるようになりましたね。
Text Yoko Hasada、Atsushi Takayama(TOKION)
答えがないほうがおもしろいこともある——千原徹也 × Bose
Bose
ヒップホップ・グループ、スチャダラパーのMC。小沢健二と共演した「今夜はブギー・バック」のヒットをはじめ、ラップやヒップホップをメジャー・フィールドに浸透させる契機を作る。
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1990 年代の音楽に大きな影響を受けた千原監督と 90 年代の音楽シーンをリアルに経験してきたスチャダラパーの Bose が、 映画『アイスクリームフィーバー』について語りあう。
Bose:音楽がすごくよかったです。田中知之さんのダンス・ミュージックっぽいサントラもピッタリあってたし、途中で流れる吉澤嘉代子さんの歌も若さが感じられてかっこよかったです。
千原徹也(以下、千原):吉澤さんには「カセットテープが合う感じの歌」というキーワードだけ伝えて、曲が完成するまで1年くらい待ったんです。そういえば、最初、田中さんが「歌が強烈だから流すんだったらエンドロールにしよう」って言ってました。
Bose:わかる。映画を観てて、この後に小沢(健二)くんの「春にして君を想う」が流れるのかあ。どんな風に使うんだろうって気になっちゃった(笑)。
千原:流れることはご存知だったんですか?
Bose:うん。この映画が動き出した頃から小沢くんに聞いてて。毎日なんやかんやと連絡してるんです。お互いに友達が少ないから(笑)。
「春にして君を想う」って不思議な曲だよね。当時、初めてこの曲を聴いた時も、いきなりこんな曲なんだ?って思ったのを覚えてます。
千原:1998年にリリースされたんですけど、渋谷系が終わっていく空気を感じさせるんですよね。だから、自分なりに90年代のカルチャーにオマージュを捧げた映画のエンディングに、この曲を使えてよかったと思います。90年代の音楽って、スチャダラパーもそうですけど、遊びながら作っているような感じがあったじゃないですか。それがかっこよくて、そういうところには影響を受けているんです。
Bose:90年代を過ごした20代の頃って、毎日誰かの家に集まって遊んでばかりいました。でも、そういう時間がすごく神聖に思えたんです。こういう場所からしか面白いものは生まれないと本気で思ってた。どんなことをしたら友達が面白がるか、ビックリするかだけを一生懸命考えて(笑)。その他の人の意見や評価は関係ない。当時はそう思ってましたね。
千原:この映画もそういうところがあって。ストーリーをじっくり考えるというより、自分が面白いと思ったり、素敵だと思った要素をサンプリング的に繋げて物語を作っていったんです。
Bose:最近の映画ってちゃんとつじつまを合わせてくるじゃないですか? 「実は~だった」とか説明的に伏線を回収したり。そういうキッチリし過ぎてるのはあまり好みじゃないんです。
千原:YouTubeとかでも、あそこはおかしい、とか細かいことに突っ込む人が多いですよね。
Bose:ふわっとさせているのが面白いことだってあるじゃないですか? いま観るとウォン・カーウァイの映画だってツッコミどころが多いけど、当時は「カッコいいなあ」と思ってたし。
千原:やっぱり、映像と音の組み合わせ方だったり、雰囲気の作り方が大切なんですよね。ストーリーより、映画の空気感を楽しんでほしい。
Bose:それって新しいレコードを初めて聴く時の感じに近いかもね。歌詞とかを気にしたりするんじゃなくて、全体のイメージを楽しむ、みたいな。
千原:今の時代って、みんなすぐ答えを知りたがるじゃないですか。あのシーンにはこういう意味があった、とか。でも、明確な答えがないほうが楽しめることもあるんですよね。
Text Yasuo Murao
『アイスクリームフィーバー』
アートディレクターとして活躍してきた千原徹也が初監督作品として「映画制作をデザインする」というコンセプ トの下、 川上未映子の短編小説「 アイスクリーム熱」を実写化した映画『アイスクリームフィーバー』。7月14日からTOHOシネマズ日比谷、渋谷シネクイント 他にて全国公開。
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