連載「Books that feel Japanese -日本らしさを感じる本」Vol.13 草野象が選ぶ、「日本らしさ」を感じる2冊

国内外さまざまあるジャンルの本から垣間見ることができる日本らしさとは何か? その“らしさ”を感じる1冊を、インディペンデント書店のディレクターに選んでもらい、あらゆる観点から紐解いていく本連載。

今回は、青山・外苑西通り(通称キラー通り)沿いの「ワタリウム美術館」に併設されたミュージアムショップ、「オン・サンデーズ」の店主・草野象にインタヴュー。

洋書やステーショナリー、アートにギフト等、実にさまざまな商品を扱う同店。1980年にオープンして以来、アート愛好家のみならず、たくさんの本好きからも愛されてきたという。草野が「民藝」や「芸術」の側面から見た日本らしさについて、選んだ2冊とは。

『日本絵日記』

日本文化への尊敬の念と、批判的なまなざし

−−まずは、選んでいただいた『日本絵日記』について、教えてください。

草野象(以下、草野):こちらの本は、1887年に香港で生まれ、直後に日本にて育った経験もある英国人陶芸家・画家・デザイナーのバーナード・リーチ氏によるものです。彼は、3歳まで日本で育ち、その後22歳の時に再度来日、また、その後にも5年ほどの期間を日本で過ごしたこともある人物。日本の伝統文化に対して強い関心を持っていたことから、5年間というとても長い期間を日本で過ごしていたのだそうです。こちらの本は、その間にできた友人であったり、彼が経験した出来事であったりがまとめられた「絵日記」ですね。20代の頃、特に感受性の強い時期を日本で過ごしていたことから、やはり日本について、肌で理解している部分も多かったのでしょう。世界的な戦争が始まったことから、彼は、母国であるイギリスへ一度帰ってしまうのですが、終戦後には再度日本にて仕事をするようになったようで。全国各地の陶芸の工房を巡ったり、講演会を開催したり、はたまた、この本のように、執筆活動を行ったり。そういうふうにして、日本にて暮らしていたそうです。

−−この本に思う「日本らしさ」は、どんな部分なのでしょうか?

草野:日本文化への尊敬の念と、批判的なまなざしの、どちらも持っている点で、非常におもしろい本だと感じますし、彼が思う「日本らしさ」に触れられるという点でもとても興味深い1冊になっています。観光客的な一過性だけを持った視点でなく、自らの中にある「日本的な要素」と「イギリス的な要素」の両方を使って日本を捉えようとする姿が、非常にユニークだなぁ、と。柳宗悦や白樺派といったような、芸術や文藝の世界を通じて生まれたフレンドシップの様についても描かれており、奥行きのある1冊として楽しんでいただけると思います。

例えば、イギリス発祥の陶芸手法である「スリップウェア」を現代に生かそうとし、バーナード・リーチが柳宗悦と手を組んでいたこと。また、そこに陶芸家の濱田庄司が参画し、スリップウェアの手法を復活させるに至ったこと。リーチが日本とイギリスとを往来していなければ、そこにこのような交友関係が生まれていなければ、きっとそのような結果にはならなかったと思うんですよね。そんな、史実的な内容も含んだ1冊です。ちなみにプチ情報ですが、この本『日本絵日記』を執筆していた際、リーチはものすごく忙しかったのだそう。それでも書き切ることができた理由は、リーチの真面目な性格にあったのだとか。朝起きた際には、まず、その日に終わらせたいことをすべてメモに書き出して、それらを終えた際には漏れなくチェックしていく、といったような。タイトなスケジュールながらも、空き時間を使って完成させたのだそうです。なんともすごい話だなぁ、と感じますよね。

『本歌取り 東下り(松濤美術館展覧会図録)』

実に日本的なサンプリング

−−『本歌取り 東下り(松濤美術館展覧会図録)』について、教えてください。

草野:こちらは、2023年9月16日(土)から2023年11月12日(日)まで松濤美術館にて開催されている、現代美術作家・杉本博司さんの展覧会『本歌取り 東下り』の図録です。ニューヨークにて骨董商として活動され、1980年代後期に現代美術家としてデビューした彼は、『海景』という題の作品(世界各地の海の水平線をセンターに捉えた構図で撮り続けた、モノクロームプラチナプリントの写真作品)で世界的な評価を得た作家。そんな彼は、初期にはわりと西洋的な印象の作品を作っていたのですが、名前が知られるようになり、活動拠点を日本に移してからは、古典美術を題材にした作品を作るようになりました。ここ数年は『本歌取り』というテーマのもと、伝統的な作品を据えつつ、自らのクリエイティブとして成立させるような作品が多いんです。

−−この本から、どんな「日本らしさ」を感じるのでしょうか?

草野:そもそも『本歌取り』という手法は、和歌の世界におけるもの。『古歌を素材にして新しく作歌すること』を意味するのですが、彼がその手法を現代美術に取り入れたことが、そもそもすごくユニークであると考えています。とても日本らしいなぁ、と。時にそれは「サンプリング」とも呼ばれるものですね。松濤美術館にて開催されている展覧会において、それはすごく多彩な方法で表現されています。特に「洒落」のような軽妙さが感じられる作品が、とっても印象的で。国宝級のオリジナル作品の隣に、杉本氏が新たに作った作品を並べているのですが、それがなんとも、比重の部分にユニークネスが見られるものなんです。本歌を下げるような「洒落」でなく、そこにしっかりとしたリスペクトが感じられるんですよね。そんな姿に、ものすごく感動してしまって。

さらに言えば、この図録は、彼がご自身で作られているんです。そのタフな感覚も素晴らしいですし、何よりやはり、収録されている作品のパワーに圧倒されるような、そんな体験をくれる1冊です。こちらを読んでから展覧会に行くもよし、展覧会に行ってからこちらの本を読むもよし、どちらにしても、すこぶる楽しんでいただけるはずです。

1つ話すと、江戸時代の鎖国を経て、日本オリジナルな文化が醸成されていったという考えがありますが、ただ、それまでの日本(戦国時代等)はむしろ海外の文化を積極的に取り入れていましたよね。それが、鎖国の時代を経て、熟成されていった。杉本さんが今回展示している『海景』についても、同じことが言えるんです。ご自身が以前作ったオリジナルの作品が、大きな嵐によって、水浸しになってしまったことがあって。オリジナルの作品と、水浸しになった(ように作ったもの)を、並列で展示していたりするんです。そんな作品を見た際、例えば、嵐とその後の期間を経て、作品自体が「熟成・発酵」してしまった、と捉えることもできる。そんなおもしろさが感じられるんです。ぜひ、この本も展覧会も楽しんでいただけたらと感じています。

Photography Kentaro Oshio
Text Nozomu Miura
Edit Dai Watarai(Mo-Green)

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TOKION EDITORIAL TEAM

2020年7月東京都生まれ。“日本のカッティングエッジなカルチャーを世界へ発信する”をテーマに音楽やアート、写真、ファッション、ビューティ、フードなどあらゆるジャンルのカルチャーに加え、社会性を持ったスタンスで読者とのコミュニケーションを拡張する。そして、デジタルメディア「TOKION」、雑誌、E-STOREで、カルチャーの中心地である東京から世界へ向けてメッセージを発信する。

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