連載「Books that feel Japanese -日本らしさを感じる本」Vol.10 中村秀一が選ぶ「ダジャレと無自覚性から見る日本らしさ」を感じる2冊

国内外さまざまあるジャンルの本から垣間見ることができる日本らしさとは何か? その“らしさ”を感じる本を、インディペンデント書店のディレクターに選んでもらい、あらゆる観点から紐解いていく本連載。

今回は、2012年9月より東京都駒沢にて営業を続ける本屋「SNOW SHOVELLING」の店主・中村秀一が登場する。村上春樹による小説『ダンス・ダンス・ダンス』に出てくる一節、“文化的雪かき” をもとに名付けたというユニークな店名にふさわしい、味わい深いユニークネスの香りが漂う店だ。

そんな彼が、自身の趣味・嗜好・思想でもある「現代アート」と「文化的無自覚性」をテーマに、2冊の本を紹介してくれた。

中村秀一
東京・駒沢にあるブックストア兼ギャラリー・スノウショベリングの店主。世界中を旅し、グラフィックデザイナーとしての仕事を経たあと、2012年にブックストアを駒沢に開業。

『作品図鑑 69』

日本ならではの現代美術

−−まずは、『作品図鑑 69』について、教えてください。

中村秀一(以下、中村):こちらは、現代美術家・岡本光博さんが2016年に開催した展覧会のいわば “図録” です。一見、少年漫画の付録のようなカバーなんですが、開いてみると彼が手掛けた作品の図録になっていて。作品集、アーカイブですね。

−−この本から感じる「日本らしさ」とは、どんなものだと感じますか?

中村:例えば、日本を代表する現代美術作家として頭に浮かんでくるような人って、杉本博司氏のような方だと思っていて。割と “世界文脈” というか。世界中の誰が見ても、きっと美しいと思えるような。ただ、この作家・岡本さんは、全然違うんですよ。“日本でしか通じない現代美術” を作っているんですよね。

−−それは、どういったものですか?

中村:ダジャレなんです。1つ例を挙げると、「UFO」なんかが有名ですね。きっとスーパーマーケットやコンビニエンスストアなどで見たことのあるカップ焼きそば、それをものすごく大きいサイズで作ってデザインが反転されているものが、地面に突き刺さっている作品。『未確認墜落物体 その後』という題目で開催された展覧会で発表された作品なのですが、その名前がそもそもダジャレなんですよね。あのUFOが、墜落物体(Unidentified Falling Object)としてなぞらえられている。小学生レベルのダジャレを、全力で表現するんです。

−−「ダジャレ」に「日本らしさ」を感じるということですか

中村:彼の作品を見ていると、ただただファニーなダジャレを垂れ流すだけではなく、どこかシニカルかつラディカルな表現をしているなぁ、と感じてしまうんですよね。ただの「同音異義語」としてダジャレを捉えて表現するのではなく。後に、ふと、深刻なことを考えさせられてしまうような。世界的に有名な、とあるラグジュアリーブランドのモノグラム柄バッグを解体して、バッタの形につなぎ合わせた作品『バッタもん』なども有名ですね。コピー品を使っていることによって、ブランド側からはすごく怒られたのだそうです。ただ、じっくり考えると「コピー品(いわゆる “バッタもん”)への警笛」として捉えることができる。そういったように、ただのダジャレでは終わらないような作風に、どこか日本的なニュアンスを感じるんですよね。とてもかっこいいと感じますし、日本的だなぁとも思っています。

『サラリーマンはなぜサーフボードを抱えるのか?』

日本的な違和感を読み解く

−−次は、『サラリーマンはなぜサーフボードを抱えるのか?』について、教えてください。

中村:こちらの本は、グラフィックデザイナー・真崎嶺氏によって書かれた1冊です。彼は日系アメリカ人で、もともとニューヨークにてグラフィックデザインの仕事に携わっていた方なのですが、とあるタイミングで自らの母国である日本にて仕事をしたいと思い、帰国されたんです。その時に、ものすごい違和感をおぼえたそうで。

−−それはどういった違和感だったのでしょうか?

中村:こと日本において、大多数の人のアイデンティティーは日本にあるにもかかわらず、例えばテレビ番組で重宝されているのはミックスのタレントだったり。また、ハイファッションのブランドが東洋人のモデルを起用するよりも、はるかに多くの西洋人のモデルを起用していたり。もちろんそれは “人種差別” の文脈ではなく、マーケットを意識した動きなのですが、なんだかすごく違和感を覚えたそうです。良くも悪くも、“日本的” というか。

ーー“良くも悪くも” とおっしゃいましたが、それはどういうことでしょうか?

中村:人種差別的な意図を持ってそういった行動をしていれば、当然それは悪だと思うんです。でも、この本では特にこの国の人達がやっている「無意識的な事柄」について語られていて。小さくて、かつ多様性の少ない島国で暮らしている僕らが気付いてない「無自覚性」を批判していて。一方で「浅く広く」さまざまな文化を取り入れられる、といった日本人の独特のおもしろさも浮き彫りになったりして。例え話ですが、「フレンチ・イタリアン」のレストランなんて、まさにそう。「どっちなんだ……?」と思ってしまうじゃないですか(笑)。フレンチとイタリアンがそれぞれ持っている良さを、無自覚ながらも良いものとして扱う。それが成立する、できちゃう日本っておもしろいですよね。

ーー中村さんご自身が、そういった “無自覚性” を思わされるようなことはありますか?

中村:僕は、昔から旅が好きでした。ニューヨークが特に好きなんですよね。現地の風土やムード、文化から影響を受けた部分はとても多いと自覚しているのですが、例えばこの店に来てくれたお客さんが「なんか海外みたい!」と言ってくれたりするシーン等。真崎さんの本を読んでからは、簡単に喜んではいられなくなりましたね。良いお店を作りたい、素敵なお店にしたい、という気持ちは強いですが、それが何かのコピー(盗用)になっていたならばそれは改めないといけない。かといって、今さらこのお店に突然、畳を敷くわけにはいかないし、ニューヨークの街に影響を受けた自分を否定することもできない。なので今後はそこに対してなるべくアンテナを立てて、良き方向、正しい改善に努めています。

この本を読むことによって、見過ごせない現実を突きつけられましたが、それでも読んでよかったと。読んでいなかったらマズいことになってたなと、むしろ感謝しかない。素晴らしい本です。

Photography Masashi Ura
Text Nozomu Miura
Edit Dai Watarai(Mo-Green)

author:

mo-green

編集力・デザイン思考をベースに、さまざまなメディアのクリエイティブディレクションを通じて「世界中の伝えたいを伝える」クリエイティブカンパニー。 mo-green Instagram

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