連載「Books that feel Japanese -日本らしさを感じる本」Vol.12 「twililight」店主・熊谷充紘が選ぶ「日本らしさ」を感じる2冊

熊谷充紘
10年ほどフリーランスとして編集や企画を行い、トークイベントやライブなどを企画。その後、友人から声がかかったことをきっかけに三軒茶屋で書店「twililight(トワイライライト)」を開店。店舗では本の販売の他、カフェ、ギャラリー、イベントを展開している。

国内外さまざまにあるジャンルの本から垣間見ることができる日本らしさとは何か? その“らしさ”を感じる1冊を、インディペンデント書店のディレクターに選んでもらい、あらゆる観点から紐解いていく本連載。

今回は、世田谷区三軒茶屋にある書店「twililight」の店主・熊谷充紘氏にインタビュー。2022年3月にオープンして以来、多くの “本好き” から愛されている書店だ。

「店名である『twililight(トワイライライト)』 もそうですが、余計なものがある暮らしって、豊かだと思うんです。正しい言葉としては『トワイライト』になるのだろうけれど、そこにあえて余計な『ライ』を付けたんですよね。暮らしの中で余計な時間を過ごしてほしい、時にはサボりに来てほしい、そんな気持ちでお店の営業を続けています」と、語る熊谷。彼が選ぶ「日本らしさを感じる本」を紹介する。

『献灯使』

現代日本のメタファーを感じる1冊

−−まずは、『献灯使』について、教えてください。

熊谷充紘(以下、熊谷):こちらは、小説家・詩人の多和田葉子さんが手がけた、近未来小説です。物語の背景は、いわば、“鎖国状態” の日本。大災厄に見舞われ、「ジョギング」や「インターネット」といったような、外来語がすべて禁止されてしまった状態の日本ですね。そんな「外来語禁止」に加えて、現在の日本ではインフラとして認識されているようなもの、自動車やインターネットなどがすべてなくなってしまっている状態。この本の主人公は老人なのですが、100歳を過ぎても十分に健康で、死ぬことができなくなってしまっているんです。ただ、一方、若い人々や子ども達は、体が弱ってしまい、自分で学校にも行けないようになってしまっている。なんとなく、メタファーを感じるんですよ。これって現代の日本だよな、って。

−−それは、どういうことでしょうか?

熊谷:この本の中に出てくる大災厄は、きっと、2011年3月の東日本大震災だと思うんです。「100歳を超えても死ぬことができない」というのは、まさしく長寿化が顕著な現代。子ども達に元気がなくなっていく、その命の数がどんどん減っていってしまうというのは、少子化問題を表しているように思えるんです。現代の日本が直面している “ディストピア的” な状況が、メタファーをもって表現されているんですよね。「これは現代の日本だ」と感じるような表現がたくさん使われているんです。

−−数々のメタファー、シチュエーション設定以外に、「日本らしさ」を感じるところはありますか?

熊谷:少しだけ話を「設定」に戻しますね。大災厄以前は普通に使われていた外来語が禁止された中で、例えば「ジョギング」が「駆け落ち」と呼ばれるようになったりするんです。その理由はただのファニーな冗談で、「駆ければ(血圧が)落ちるから」といったようなもので。

また、日本からインターネットがなくなった日を祝日にするシーンがあるのですが、その名前として「御婦裸淫の日」というものを採用していたり。とてつもなく辛辣で、シリアスなシーンの中に、こういった「ファニーな日本語」が出てくるんですよ。いわば、“脱力的な日本語” が。底知れない閉塞感をスッキリ打破するような力が、日本語には、きっとあるんだな、と。そう思わせてくれるんです。そもそも日本には「ひらがな、カタカナ、漢字」という3つの表現方法があるんだよな、って。当たり前だけれど、そんなことを改めて思わせてくれるような本ですね。

−−著者の多和田葉子さんについても、教えていただけますか?

熊谷:彼女は、東京の大学を卒業してすぐに、西ドイツ・ハンブルクの書籍取次会社に入社しました。「母語の外側に出て、そこで感じるものから創作をしたい」という思いをもって、ドイツに移住されたんです。40年以上もの期間、ドイツに住み続け、その間は日本語とドイツ語の両方を使って創作を続けてきた方。母国・日本のことを、外(ドイツ)から見つめることができるからこそ、こういった本を書くことができるのだろうなぁと感じています。日本の問題点を、そして、日本のおもしろさを。

そんな彼女が、5月に、このお店でトークイベントを開催してくれたんですよ。とっても嬉しかったのを覚えていますし、1つの夢が叶ったような気がしました。実は、僕、自分が本のお店を開くだなんて全然考えていなかったんです。ただ、そんな中でも「やるからには多和田さんに来ていただきたい」と思っていたんですよね。なんだか、今も夢の中にいるような感覚です。嬉しかったです、本当に。

『花と夜盗』

日本らしい、遊び心を感じる1冊

−−次は、『花と夜盗』について、教えてください。

熊谷:こちらは、俳人・小津夜景さんが手がけた句集です。『フラワーズ・カンフー』という作品に続く第2集ですね。彼女は漢詩の日本語訳をしつつ、エッセイなども書かれる方で。エッセイ作品もものすごくおもしろく、僕自身、すごく影響を受けている部分があります。

−−この本の、どこに「日本らしさ」を感じますか?

熊谷:「日本らしさ」や「日本人らしさ」について考える時、いつも頭に浮かぶのは「協調性」であったり「勤勉」であったりすると思うんです。よく世の中でいわれていることだと思いますし、それはきっと間違いではないと思うのですが、事実として、そうでない部分も多くあると思うんですよね。例えば短歌に関して言えば、いわゆる “かけ言葉” のようなものって、“ダジャレ” のようでもあると考えることができると思うんですよ。少しだけ話はズレてしまいますが、日本がテレビゲームの業界で最先端だといわれるように、実は「遊び心」というものが、日本人には通底しているのではないか、と。

この句集も、そうなんです。そもそも漢詩を翻訳して短歌や俳句で表現していたり、「7・7」の音だけで作られた俳句があったり、漢字だけで俳句を作ったり。都々逸という、「7・7・7・5」の音で作られたものがあったり。ここで思うのが、“定型” があるからこそ、遊べるのではないか、ということ。伝統的な「5・7・5」という音の組み合わせに限らずですが、すべてのルールめいた制限の中で、自由に遊ぶということ。いわば「定型と遊ぶ」といったような姿勢が、この本と小津さんから、感じられるんです。それこそが「日本らしさ」なのかなぁ、って。

−−どんな人なら、楽しめると思いますか?

熊谷:自分の中に、言葉にはなかなかしづらいけれど、確かに伝えたい何かがあるような人。きっと、そういう方には楽しんでいただけるんだろうなぁと感じます。「意味から自由になれる」というか。そんな感覚を覚える本ですね。「twililight」のカフェコーナーでのんびりお茶でも飲みながら、十分にサボりながら、ゆっくりと眺めていただけたらいいなぁ、なんて。言葉とダンスをするように、しっぽり愉快に楽しんでいただきたい1冊です。

Photography Masashi Ura
Text Nozomu Miura
Edit Dai Watarai(Mo-Green)

author:

mo-green

編集力・デザイン思考をベースに、さまざまなメディアのクリエイティブディレクションを通じて「世界中の伝えたいを伝える」クリエイティブカンパニー。 mo-green Instagram

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