大人も深読みしたい、多様性や社会問題を考えるノルウェーの絵本

日本人にとって、ジェンダーやDV等あらゆる社会問題に関する気付きが描かれているノルウェーの絵本はいろいろな驚きに満ちた世界かもしれない。中でも子どもの視点から親のDVを捉えた『パパと怒り鬼−話してごらん、だれかに−(以下、パパと怒り鬼)』、ヤングケアラーの存在を社会が認知する前に表面化させた『水族館(原題、AKVARIUM)』(未翻訳、以下、水族館)等がある。

『水族館』は母親が金魚という設定で、主人公の少女の日常を立体的に描写している。少女はいつも水槽の近くで寄り添いながら母親の世話をしている。友達に母親が金魚と言っても信じてもらえず、ある日、学校から親に保護者会の案内が配られると、母親を水の入った袋で連れて行こうとする。途中でカバンの中で水がこぼれてしまい瀕死の状況になってしまった母につきっきりで看病した結果、少女は満足に食事も摂れず、不登校になってしまう。後日、その状況を見かねた先生が食料を持って少女の家を訪ねて、2人で食事をしながら「あなたのママ素敵ね」と声をかけて、物語は幕を閉じる。

同書が出版された2014年当時は、ヤングケアラーの認知が低かったため、子どもを育てられない親を金魚に置き換えて物語は進む。読み進めれば、ヤングケアラーという存在を描きたかったことが明確に伝わるキャラクター設定だ。シリアスな題材ながらも、最後に希望や救いを感じられるのは温もりのある挿絵といった、絵本ならではの表現によるところも大きい。

日本では扱われることの少ない社会問題や多様性に真正面から向き合う絵本がノルウェーを中心に世界中で注目が集まってきている。同作の著者で絵本作家、グロー・ダーレとアカデミー賞短編アニメーション賞の受賞監督であり、絵本作家のトーリル・コーヴェの絵本『うちってやっぱりなんかへん?』『わたしの糸』の翻訳を手掛けた翻訳家、青木順子にノルウェーの絵本の魅力と制作へ懸ける思いを聞いた。

青木順子

青木順子
ノルウェー語講師・翻訳・通訳・講演会講師。ノルウェー国立ヴォルダカレッジ、オスロ大学に留学。2000年からノルウェーの情報提供を目的としたコミュニティー・サイト「ノルウェー夢ネット」を運営。著書に『テーマで学ぶノルウェー語』『ノルウェー語のしくみ<新版>』『ニューエクスプレスプラスノルウェー語』『「その他の外国文学」の翻訳者』など。訳書に『うちってやっぱりなんかへん?』『わたしの糸』ほか。

グロー・ダーレ

グロー・ダーレ
1962年、ノルウェーのオスロで生まれの詩人兼作家。オスロ大学卒業後、テレマーク大学カレッジで創作を学ぶ。1987年に詩集『Audiens』でデビューし注目を集め、作詞家兼小説家になる。夫のスヴェイン・ニューフスと一緒にヴェストフォル、ショーメ在住。

もしも、の物語の世界が想像力を膨らませてくれる

--トーリル・コーヴェさんの絵本の翻訳を手掛けた経緯を教えてください。

青木順子(以下、青木):コーヴェさんの短編アニメーション『王様のシャツにアイロンをかけたのは、わたしのおばあちゃん(以下、王様のシャツ)』を日本のテレビ番組で見たことがきっかけでした。この作品は、1905年に独立したノルウェーの国民投票で君主制が選択され、デンマークのカール王子とマウド王妃がノルウェーの国王であるホーコン7世になったエピソードが、フィクションとして描かれています。まだ、召使いが存在しない当時のノルウェーの王室の悩みは誰もシャツにアイロンをかけられないこと。そこへ“アイロン掛けのプロ”のおばあちゃんが登場し、王様のシャツにアイロンをかけることになるものの、第二次世界大戦でドイツがノルウェーを占領します。

イギリスへ逃亡した国王一家はラジオでノルウェー国民に「ドイツへの抵抗」を呼びかけ、王様を愛するおばあちゃんと仲間達がドイツ軍の軍服にアイロンで穴を開けたり、シミを作ったりして抵抗します。最終的に、ドイツ兵は撤退、王様一家が無事にノルウェーへ戻ってくるという物語です。

実際は、レジスタンス運動だけでナチスが撤退したわけではなく、先頭に関わったのは主に男性達です。ただ、おばあちゃんやそのクリーニング仲間の女性達がナチスに一矢報いようと自分なりのやり方で抵抗した姿を作者は描きたかったのだと思いますし、たとえ歴史に残されていなくても、名もなき女性達がレジスタンスに加わった事実があります。この絵本を読んで、原作を超えるほど秀逸で驚きました。以来、ノルウェーでコーヴェさんの作品が刊行される度に読んでいました。

--日本の読者にも人気のある『わたしの糸』は、赤い糸で巡り合った大人と子どもの関係を描いています。少女が空から垂れている糸をつかみ取り空を飛び、幼児と巡り合ったことで母になり、親子として二人は成長していきます。最後は主人公の娘が糸を辿って自立していく様子をほぼイラストのみで表現しています。

青木:この作品は、主人公が手をのばしてつかまえた1本の糸から冒険がはじまる物語で、アニメーション版は広島国際アニメーションフェスティバルで優秀賞を獲得する等、評価が高いですね。コーヴェさんが、アジア人の養子を迎えられたことが作品の発端になっており、血縁に関係ない人と人の繋がりをテーマにしています。子どもが遊ぶ場面にはいろんな肌の人がいますし、国籍や人種を限定せず、世界中の誰が読んでも感情移入しやすくなっています。コーヴェさんは、「この本では設定を母と娘にしたけれども、それに捉われずに読む人が自由に想像して欲しい」と言っています。性別や人種を超えて人と人が繋がれる可能性を感じさせてくれる物語です。

--日本では絵本に対象年齢を設けることが多い一方で、ノルウェーの出版社は絵本の読者対象を「0〜100歳」としており、大人同士が絵本をプレゼントし合う文化もあるそうですね。

青木:ノルウェーの書店では、絵本を年齢で分類しておらず、子どもから大人まで絵本を楽しんでいる印象があります。また、子どもの自立心を育むため、絵本を読んだ後に感想を求める環境もあります。

--子どもの視点から親のDVを描く『パパと怒り鬼』は、日本でも深刻化するDV(家庭内暴力)がどのように起こっているかを伝え、子どもに助けを求めることを喚起しています。この作品は、DVを受けて育ったノルウェーの子ども達が国王ハーラル5世と会うことができたエピソードがもとになって作られたそうですね。『王様のシャツ』にも言えることですが、公人と国民の距離がとても近いように感じられます。

青木:そうですね、何年か前に国王が「ノルウェーには男の子が好きな男の子もいるし、女の子が好きな女の子もいる」という心に残るスピーチをしました。国王に限らず、外務大臣が「ウクライナのことで心を痛めてる」と手紙を送ってきた子どもの学校を訪問しています。人口が少ないという環境もありますが、国民が公人を身近に感じられる活動は盛んです。

性暴力は日本でもとても大きな問題になっていますが、ノルウェーでは何年も前に国営のテレビ放送で政治家が「あなたはペニスを触られましたか?」と具体的な行為を挙げて被害者や支援を必要とする子ども達に呼びかけていました。30代の若い大臣も多いですし、ロールモデルが大勢いると政治に興味を持つだけでなく、政治家になることを身近に感じる子ども達が増えていきます。

まだ見えていないものを書き伝える絵本作家の力

--最近は、ヤングケアラーという言葉が日本でも浸透していますが、ノルウェーではそういった状況に置かれている子どもを主人公にした絵本が出版されていたそうですね。

青木:はい。ダーレさんは学校訪問をしながら、女子生徒が“女らしく”いることを強要されるような、家庭や社会における性別役割分業意識が固定化されている状況を伝えるという、子どもが直面する社会問題を題材にした作品を多数描いています。また、作中には暴力シーンや性的な描写等ショッキングな内容が含まれるのですが、子どもは物語を受け止める潜在能力があると信じています。

一方で「子どもに刺激的過ぎる本を読ませていいのか」と警戒して遠ざけようとする親もいます。ただし、絵本を子どもに買い与える存在は親なので、こういった物語を子どもに届けるために大人達の意識を変えてもらうことも重要です。

--ノルウェーでは、著名なミステリー作家が子ども向けの小説を書くことも珍しくないと聞きました。どのようなものがあるのでしょうか?

青木:日本語訳の小説も多数出版している著名なミステリー作家、ジョー・ネスボさんは、子ども向けの小説も多く手掛けています。ネスボさんに限らず、ノルウェーの作家達は小・中学校や図書館で朗読会をする機会を積極的に設けています。子ども達に本物の芸術に触れてもらいたい、読んでもらいたいと自然と意識しているのかもしれませんね。国の文化支援が充実していることもあり、子ども達が良質な物語の世界に触れる機会は多くあります。

子どもの豊かな読書体験は大人次第である場合が多いですが、日本の読者には翻訳という形でノルウェーの物語に触れてもらい、多様な社会や考え方があることを知ってもらいたいですね。

著名ノルウェー人作家が絵本を手がけた理由

--ダーレさんはどのような経緯で絵本を作り始めたのでしょうか?

グロー・ダーレ(以下、ダーレ):私は詩人として、あるいは短編小説や詩的な散文を書く作家として活動していたのですが、書籍を出版していたノルウェー最大の出版社「カッペレン・ダム」から、児童虐待の物語を書かないかと誘われました。物語の中心となるのは、刹那的で身勝手な母親と、生活維持のために家事をやらざるを得ない真面目な娘です。出版社からの支援があったものの、このような物語を作るのはとても困難でした。4冊の児童書を発売した後、5〜19歳までの子どもたちに物語を通して伝えたいことが明確になりました。

それは、自分の言語力と創造力を生かして、心の中にある、誰にも言えない秘密や危険な体験といった影や暗部を照らすような本作ることです。

物語の登場人物と同じような状況で困っている子ども達に寄り添い、支えとなること。作中のキャラクターと友だちになり、孤独ではないと伝えられることを願っています。私の本が、読者の心のドアを開ける光や導きとなって暗い影を解き放ち、消せるといいですね。

--『水族館』について、母親を魚にするというアイデアはどのようにして生まれたのですか?

ダーレ:私の物語の特徴は、寓喩と隠喩です。11〜12歳くらいまでの子どもは、物語を純粋に理解します。年上になるに連れて、登場人物の感情や人間関係といった心的な思考、倫理感、価値観や行動規範等も考察するようになります。大人は、現実の社会構造と権威、権力、自己のアイデンティティや自尊心と比較し、言葉から想像を膨らませてあらゆる情報を認識しようとします。

『水族館』も、読者の年齢や経験値によって異なる解釈や発見があります。例えば、この物語の主人公のモアとガラスの水槽に入った気まぐれな魚の母親が表面的には奇抜でおもしろく描写しているように見えます。しかし、13〜19歳の子ども達には、日常生活を送る上で必要最低限のことを提供できない母親と暮らすことの困難さを感じ取るようです。社会的、倫理的にも物語を読み取れるので、水の中にいるという状況をアルコール依存症患者の生活と置き換えてイメージし、解釈することもできるのです。

育児放棄をされた子どもは、物語の描写から苦しかった実体験や思い出がフラッシュバックするかもしれません。まだ、過酷な現実に直面していない読者には間接的に、過酷な状況を強いられている子どもの存在を伝えられます。寓喩と隠喩を用いることで、1つの話の中に多様な解釈と発見を生むことができます。

--執筆における課題はありますか?

ダーレ:課題は、大人と子どもの視点をバランスよく保つことです。過度に大人目線になったり、複雑過ぎないようにすると同時に、簡単で平凡ではないように言葉を選んでいます。また、芸術性に加えて、心理学と教育学の要素も盛り込んでいます。

そのためにスイスの心理学者、ピアジェが提唱する7、8歳以下の認識を特徴づける前操作期の心の発達特性に着想を得ています。この年齢の子ども達は、魔法を信じたり物や生き物を外界と認識して、体験と空想を交えながら理解していきます。ですので、子どもが興味を惹く比喩を取り入れながら、年少には親しみやすさを、10代には詩的にも楽しめるように意識しています。

さらに心に響く物語を追求するために心理学者や研究者といった専門家へのインタビューに加えてリサーチもしています。セラピストからは、DV家庭で育った子や虐待された子ども達の状況を共有してもらっています。子どもは感じたことを自由に言葉で表現するのですが、タコは性的虐待者のようだと具体的に描写したこともありました。

実際に子ども達が発した言葉を引用して物語に組み込むと、絵本に登場するキャラクターのセリフに真実味と信憑性が生まれます。結果的に物語の理解を深め、読者の子ども達とより直接的に繋がることができます。このような手法を取る理由は、私自身、心に暗い影を落とすような経験をしていないからです。『怒り鬼』や『ドラゴン(未翻訳)』『タコ(未翻訳)』を読んだ子ども達は、主人公と自分を重ね、「どうして私のことを知ってるの?」と驚いた様子で聞くことも多々あります。

author:

NAO

スタイリスト、ライター、コーディネーター。スタイリスト・アシスタントを経て、独立。雑誌、広告、ミュージックビデオなどのスタイリング、コスチュームデザインを手掛ける。2006年にニューヨークに拠点を移し、翌年より米カルチャー誌FutureClawのコントリビューティング・エディター。2015年より企業のコーディネーター、リサーチャーとして東京とニューヨークを行き来しながら活動中。東京のクリエイティブ・エージェンシーS14所属。ライフワークは、縄文、江戸時代の研究。公式サイト

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