アート連載:境界のかたち Archives - TOKION https://tokion.jp/series/アート連載:境界のかたち/ Thu, 20 Apr 2023 01:29:07 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.2 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png アート連載:境界のかたち Archives - TOKION https://tokion.jp/series/アート連載:境界のかたち/ 32 32 アート連載「境界のかたち」Vol.13 「インビジブル」のアートを触媒に社会を彫刻し続けるという挑戦 https://tokion.jp/2023/04/24/akio-hayashi-x-hiroko-kikuchi/ Mon, 24 Apr 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=179600 これからの社会におけるアートを識者達の言葉から紐解く本連載。第13回は、コミュニティエンゲージメントを取り入れながらプロジェクトを展開する「インビジブル」の2人に話を訊いた。

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ビジネスからサイエンスに至るまで、アートの必要性を説くシチュエーションが激増している。見える世界はすぐに変わらないものの、人々の心情が変容していく中で、その心はアートに対してどう反応するのか。ギャラリストやアーティスト、コレクター等が、これからの社会におけるアートを対象として、次代に現れるイメージを考察する。

第13回は、アートを触媒にしたプロジェクトを展開し、「見えないものを可視化する」をコンセプトに活動するNPO法人「インビジブル(inVisible)」。日常におけるアートを探究し、コミュニティエンゲージメントの手法を取り入れながら、社会に変化をもたらすようなプロジェクトを展開してきた。今回はメンタルヘルスをアートの視点から捉え直すプロジェクト「MINDSCAPES TOKYO」の活動報告の会場で理事長の林曉甫と、副理事でアーティストでもある菊池宏子を訪ねた。

林曉甫
「インビジブル」理事長、マネージング・ディレクター。1984年東京都生まれ。立命館アジア太平洋大学在学中からNPO法人「BEPPU PROJECT」の活動に携わり、アートプロジェクトの企画運営を担当。2012年「混浴温泉世界」事務局長を務める。2013年に退職し、2015年にNPO法人インビジブルを設立。その他「MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館」(2020)キュレーター等。

菊池宏子
「インビジブル」副理事、アーティスト、クリエイティブ・ディレクター。東京都生まれ。ボストン大学芸術学部彫刻科卒業、タフツ大学大学院博士前期課程終了。20年の米国生活を経て、2011年、東日本大震災を機に帰国。MITリストビジュアルアーツセンター、ボストン美術館、あいちトリエンナーレ2013、森美術館などでコミュニティエンゲージメント戦略・開発に携わる。

見えないものの中に価値を見出していく

――「インビジブル」はこれまでさまざまなプロジェクトを展開してきていますが、そもそもの立ち上げの経緯からお伺いできますか。

林曉甫(以下林):僕は個人で宮島達男さんのパブリックアート「Counter Void」を再点灯させるプロジェクトのお手伝いをしていて、それが「Relight Project」というアートプロジェクトになっていくんですけど、いろいろな事情でもともと運営していた団体の活動の継続が難しくなり、この事業を引き継いでほしいということになって。個人でやるのもな……と考えていた頃に、インターネットで菊池のことを知ったんです。

彼女はアメリカでコミュニティエンゲージメントのさまざまなプロジェクトを手掛けているアーティストで、面識はなかったんですけど、連絡を取って会ってみたらいろいろ共感できる部分も多かった。じゃあ法人をつくって一緒にやってみようか、という軽い感じで2015年にスタートしたんです。

ただ、特定のプロジェクトや課題のための法人ではなくて、もう少し広く継続的に社会とアートという切り口を探しながら活動していけたらと思いました。見えないものの中に価値を見出していくということで、「インビジブル」。他にも素晴らしいメンバーに恵まれて、今に至るという感じですね。

いろいろなプロジェクトを手掛けていますが、僕等はアートが触媒になって、人とコミュニケーションが生まれたり、新しい視点で発見があったり、そこから何か次のことが生まれるということに主眼を置いています。もちろん、作品やプロジェクトのクオリティを上げるということもあるんですが、クオリティの高さを目指すだけでなく、それがあることでコミュニケーションが生まれるかどうかというところを大切にしています。

時間がかかることかもしれないけれど、それを体験した人や参加した人が変化していくものにつながるかどうか。また不特定多数の人に変化を与えるのも大事だけれど、同時に1人の人生に深く影響を与えられるかどうかが大事だと思っています。

プロジェクトでは、僕は主に企画や全体のコーディネート、マネージメントを担当することが多くて、アーティストのディレクションやプロジェクトの具体的なハンドリングは菊池がやることが多いです。

――具体的なプロジェクトについてもお伺いします。地域の人達と時間をかけて協働するようなアートプロジェクトを展開していますね。

林:僕等は東京と、福島県富岡町の2拠点で活動しています。だいたい月の半分くらいは富岡町で、小中学校でアーティストインレジデンスのような「プロフェッショナル・イン・スクール・プロジェクト」(通称「PinS」)というプロジェクトを2018年から続けています。

アーティストインレジデンスは作家が制作するのが主たる目的だと思いますが、PinSもアーティストが制作をする点では同じですが、アーティストとしてではなく転校生として入学してもらうんです。日々そこで自分の仕事をしてもらい、子ども達は自由に出入りできて話もできる。そうやって子ども達や先生が、「自分の知らない世界」と出会うきっかけになっています。

これまでに、大工の林敬庸さんや、宮島達男さん、画家の加茂昴さん、大友良英さん、デザイナーの小池晶子さんが転校生としてやって来て作品をつくったり、大友さんは小学校中学校の新しい校歌をつくってくれました。クリエイティブな能力を持ったプロフェッショナルが学校にいるということで、アートやアーティストが1つの触媒となって、子ども達や先生達の価値形成に何らかの影響を与えるんじゃないかと思っています。

菊池宏子(以下菊池):もう1つ、継続的に行っているプロジェクトに「つむぐプロジェクト」があります。六本木ヒルズと森美術館が連携して六本木で展開している「まちと美術館のプログラム」の一環で、まちと一緒に歩んできた人達の思いを丁寧に拾い集めながら表現していくもので、当初から私がディレクションを担当しています。

私の役割としては、見えないものを開放するというか、見えない部分や聞こえてこない声にすごく大事な物語があると信じていて、そこを掘り下げていくことで、今まで見えなかったまちが見えてくるんじゃないかと思っています。

それは地域の人と一緒にまちの文脈を紡いでいくような活動で、そこには中心になるアーティストがいるけれど、あくまでアーティストは触媒であって、地域の人がコミュニケーションをしていくプロセスの中で出てくるものを語っていく。おもしろいのは、そうやって緩やかにコミュニティができあがってくると、必然的にアートというものを自分達の言葉で語るようになっていくんです。そんな小さな物語を紡いでいくようなプロジェクトです。

私はアートは本来、社会の中にあるべき仕組みだと思うので、このプロジェクトもそういうところがあると思っています。私達の活動は「社会彫刻」というものにひも付いているんですけど、どうやったらクリエイティブの力を発揮しながら社会をつくっていくのか。それも、大きな変化をつくるのではなくて、たくさんの小さな変化をつくることで、できることがあると思うんです。

ゴールを大きく持ちすぎると、そこに行き着くのは大変だけれど、ハグするような幸せをどうやって自分自身が生み出すのか。個人とか感情のレベルに下げて考えると、途端にやれることがたくさんあるような気がするんです。そういう人と人との関係やコミュニティをつくれたらいいなということを考えながら企画をつくっています。

コロナ禍で探究した、「メンタルヘルス」って何だろう?

――「MINDSCAPES」はイギリスの公益信託団体「ウェルカム・トラスト」が、メンタルヘルスに関する理解や議論を深めたり、根本的に問い直すような文化プログラムで、アメリカやインド、ドイツでも行われている国際的なプロジェクトですね。日本におけるパートナーとしてインビジブルがプロジェクトを一任されているのは、まさにインビジブルの活動とマッチしていると思います。

林:「MINDSCAPES TOKYO」は、ウェルカム・トラストとインビジブルが共同主催者として2022年にスタートしました。東京と富岡町を舞台に、メンタルヘルスを多角的な視点で考える対話集会「コンビーニング」と、角川ドワンゴ学園N高等学校・S高等学校のユース調査員が、アーティストとともに都市部におけるメンタルヘルスを調査する「UI都市調査プロジェクト」を展開しました。その活動報告と交流イベントとして、2月20日から28日まで、有楽町のYAUで開催したのが「MINDSCAPES TOKYO WEEK」です。

菊池:これは決して答えを出すことが目的ではなくて、いかにメンタルヘルスを語るか、根本的な解決の糸口はないか探究するというプロジェクトです。メンタルヘルスって、科学的な探究には限界があるのではないかという見方もあります。もちろんいろいろな議論はあるけれど、現代においては芸術文化の側面から考える必要があるということなんです。それはとても重要なメッセージだと思いました。

この数年は、コロナのためオンラインでプロジェクトを行った国もあるんですが、私達日本人はやはり心の話をするときにオンラインだと難しい。リアルに心がぶつかり合うような、手触りのある場所でやりたいということはウェルカム・トラストに交渉して、了承してもらいました。実際に、今回関わってくれたユースや学生達と話していると、どれだけリアルな関係を欲していたんだろうと思いました。やはりオンラインやバーチャルのつながりって限界があるんですよね。

このプロジェクトはコロナに特化しているわけではないのですが、少なくともこの数年間、誰しも心の揺らぎがあったと思うんです。そんな中でアートや文化の視点があるからこそ見えてくるものを大切にしながら、メンタルヘルスってなんだろうということを探究できればと思いました。

林:「MINDSCAPES TOKYO WEEK」は毎日会場でトークイベントをやったり、スナックというかたちで交流会を開いたりしたんですが、このプロジェクトで僕等がやってきたことや考えたこと、それをここで見たり体験してくれた人達が、自分自身にとってメンタルヘルスってなんだろう?って考えてくれることが大事だと思っていて。世界の25%の人がなんらかのメンタルヘルスの問題を抱えているという時代において、75%の人が「自分に関係ないこと」ではなくて、そういう人が近くにいるかもしれないとか、人の痛みを想像できるかということが重要だと思います。

コンビーニングでは、「アートプロジェクトやミュージアムがメンタルヘルスクリニックになりうるのか」という問いを立てて、答えを出すということではなく、いろいろな職種の専門家達と議論を重ねました。プロジェクトとしてはいったん一区切りですが、議論の中ですごく重要な言葉も出てきたし、そこで出たアイデアやコンセプトを今後どう実践していくのかということは継続していきたい。社会の中でアートをどう機能させていくかというのが、われわれが考える1つの責務だし、チャレンジだと思っています。

「社会彫刻家」が生まれるような活動

――そもそも、どうしてこういう活動を始めるようになったのですか。

林:僕はそもそも美大出身でもなくて、アートに関わるようになったのは偶然でした。どちらかというとまちづくりや、地域がどうしたらよくなるかということを考えていて、例えばつぶれそうな温泉旅館の前でテンポラリーなカフェを開いて話題づくりをしたり、いかに自分達が媒介となって社会に変化を与えたりするかということばかりやっていたんです。そのときにアートというものを知って、自分がやろうとしていたことをもっと違うかたちでできるんじゃないかと思いました。

僕はアートにもアーティストにもすごくリスペクトを持っていて、軽々しくアーティストという言葉も使いたくないんですが、アートがもっと身近にあったらいいし、みんな何かクリエイティヴなことをやったらいいと思うんです。

例えば草野球をやっている人にはプロ野球選手は憧れの存在ですよね。だから「MINDSCAPES」に参加したユース達のように、アートに関わることで、アーティストって作品だけじゃなくて考え方も含めてすごい人なんだと思ってくれたら、もしかしたらその中から後世に名を残すアーティストが生まれてくるかもしれない。それは必ずしもアーティストではなくても、整備工かもしれないし、主婦かもしれない。ヨーゼフ・ボイスが言う「社会彫刻」というのはそういうことかもしれないと思います。

菊池:私自身はずっとアートの世界で生きてきたんですが、もともとコミュニケーションが得意ではなくて、実は林とは真逆。そんな人生を生きてきた中で、答えのないことをやっていいよと言われて救われたんです。私はアートがないと生きていけない。アートは社会に必要だけど、私1人だけでは何もできないので、コミュニティや創造性というものに期待してくれる人を1人でも多くつくっていきたい。そうでないとアートなんて権威的になっていくばかりでおもしろくない。アートがもっと多くの人にとって身近な存在になってくれるといいなと常に思っています。

――「MINDSCAPES TOKYO」を経て、今後の「インビジブル」の活動はどうありたいですか。

林:具体的なことでいうと、これまで「PinS」はアーティストに作品を1つ残してほしいとお願いしているので、10年やれば10作品できますよね。福島の浜通り全体が1つの美術館のようになって、それをめぐる展覧会のようなことができたらいいなと思っています。どんなルートで作品や場所に出会っていくのかを設計して、1つのメタファーといえるような体験をつくれたらと思っています。

今回のプロジェクトをやってみて個人的に思ったのは、こういう発表の仕方も含めて、“現代美術”みたいなところからどんどん離れていくようなやり方でアートを考えたいということ。コンビーニングでアーティストの飯山由貴さんから、「アート」の訳を芸術や美術だけではなくて「表現」という言葉で捉え直したらという提案があったんですが、表現ということからできることがあるんじゃないかなと思います。

僕等の存在は触媒のようなもので、いろいろなところに水を撒いていくようなことになったらいいなと思います。願わくば、プロジェクトに関わったアーティストが、あそこでやったプロジェクトは作品だけじゃなくてコミュニティも含めて自分の代表作の1つだと思ってくれたらいい。それは僕が思い描くアーティストというものに対して、何か貢献できたということかなと思います。

Photography Hiroto Nagasawa

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アート連載「境界のかたち」Vol.12 NFTの可能性を実例とともにひもとく 山峰潤也×施井泰平×スプツニ子!によるクロストーク -後編- https://tokion.jp/2022/06/29/junya-yamamine-x-taihei-shii-x-sputniko-vol2/ Wed, 29 Jun 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=120155 ポストコロナにおけるアートを識者達の言葉から紐解く本連載。第12回は、NFTについての後編。美術館でキュレーターを務めてきた山峰潤也と「スタートバーン」の施井泰平とアーティスト・スプツニ子!による鼎談から、その可能性を考える。

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ビジネスからサイエンスに至るまで、アートの必要性を説くシチュエーションが激増している。コロナ禍で見える世界は変わらないものの、人々の心情が変容していく中で、その心はアートに対してどう反応するのか。ギャラリストやアーティスト、コレクター等が、ポストコロナにおけるアートを対象として、次代に現れるイメージを考察する。

第12回は、 “NFT”についての後編。仮想通貨の世界だけではなく、アート業界においてもブロックチェーンの技術を活用したNFTアートがマーケットの新風になっているのは言わずもがな。でも、NFTの実態と機能を的確に理解している人は少ないのではないだろうか。当然の話で、ブロックチェーンもNFTも成熟の途中にあるからだ。今回は美術館キュレーターの経験からメディアや企業とアートの社会的可能性を実証実験する山峰潤也と現代美術家でアートにおけるNFTの活用を事業化したパイオニアの施井泰平、2月に代表作「生理マシーン、タカシの場合」のNFTが50ETH(約2000万円)でコレクションされた、アーティスト・スプツニ子!とのクロストークが実現した。後編はNFTアートの可能性を実例をもとに語ってもらう。

非中央集権的な状況が生まれて、価値の文脈がリゾーム型に出てくるおもしろさ

山峰:現代アーティストのサイモン・デニーがブロックチェーンを使った作品を2016年に発表したんですけど、興味深かったのは権威という軸で別の誰かが利益を獲得していくような構造にも両義性があることを説明しながら見せていくような、アイロニックなメッセージが込められていたこと。NFTもそうですけど、開かれている印象の一方で、例えばGAFAが世界経済の中心になっていくような疑問もある。今NFTがその現状を更新して、新しい価値を作っていく場と考えた時に経済系だけの話にならないように日本で発信するにはどうしたら良いのかということが重要なポイントだと思います。具体的には、プッシー・ライオットのような活動を見てもらうことと、使い方の提案が必要。キュレーターとしても関心がありますね。

施井:日本はテクノロジーに対して社会課題解決ツールとしての希望が少ないと感じることが多いですね。例えば、Wikipediaの編集用語ランキングで、ドイツでは「ホロコースト」が上位にあるけど、日本の場合は「名探偵コナン」とか「ONE PIECE」だったかな、アニメが上位を占めていることが過去に話題になりました。ある意味、テクノロジーは現実社会とは別の軸や用途で扱われているように感じます。一方で西洋社会では、テクノロジーの下剋上じゃないですけど、今までできなかったことを成し遂げる道具であるという考え方があるように思える。民族性も関係していると思いますけど、テクノロジーの活用が課題解決につながるという考え方に至っていないことが、日本の残念なところだし、ならではだとも思うんです。

スプツニ子!:そういう文化の違いもあるのかな……。最近出てきたNFTコレクションで「アストロガールズ」っていうweb3.0にもっと女性を増やそうっていう目的のプロジェクトがあるんですけど、このNFTを購入した人は女性エンジニアのコミュニティの中でウェブ3.0を学べる仕組みがあります。さっき施井さんが仰ったように、テクノロジーを使ってどう下剋上するか、これまで白人男性中心だったテックワールドをどうハックするかっていう思想はウェブ3.0に根強い。現状はウェブ3.0やクリプトの世界ってまだ白人男性が圧倒的に多いんですよ。だからこそ、マイノリティをもっとエンパワーメントしようっていう動きが強まっています。アメリカは、今アートやカルチャー全体で、白人男性中心の歴史を反省して見直す構造ができつつある。だから「アストロガールズ」等のようなアクションがあるんですが、日本のNFTはどうかなと。

施井:国際的なアートの世界から見たら日本人男性も少なくともマイノリティだと思うんです。そこで、DAO(分散型自律組織)とかメタバース、NFTが完璧にその問題を解決するとは思っていないんですけど。例えば、LGBTQの人達が精子バンクにいくと白人男性の精子を選ぶ傾向にあるというデータもあり、マイノリティの人達もどこかで権威に対する欲望があったり、それが最適解になってしまう構造から抜け出せない状況に陥ってる。DAOに関してもそうですけど、例えば非中央集権組織を真剣に実現しようとしても、完全に非中央集権化するには無理がある。例えばどっかで誰かが意思決定をしたり、責任をとらなくちゃいけないから、そこにどうしても中央集権的な権威が宿ってしまうような。イタチごっこですし、人間の本質に1歩迫るとは思いますが、まだ何も解決しておらず、そこがテーマの時代になっただけなのだと思います。

山峰:その二面性があらゆるところで語られていますよね。僕も美術館の展覧会でアクティビズムやソーシャルに結びつくような事例を取り上げてきましたけど、美術館は象徴的かつ権威的な場所で、ラディカルに活動してきたアーティストを権威付けしていき、「ラディカルであること」自体が美術の価値の構造に吸収されていく状況に矛盾を感じたんですよね。

もう1つは前回のヴェネチア・ビエンナーレにいった時に世界のセレブリティが集まりますよね。加えて、世界有数の観光地であるヴェネチアに来ることができるのは限られた人達です。ビエンナーレを見るようなカルチャーエリートが、各地から集められた作品を通して世界の悲惨を嘆き、慈しむ、という状況に違和感を感じたんです。こういう欺瞞の世界に陥ってしまっているのではないか、社会を変革するアクションのためではなくて、世界の富裕層の同情心や自己満足をくすぐるために何かをしていることに「おかしくないか?」と。その答えがあると思って美術館の仕事から離れてしまったんです。

もちろんDAOがすべてではないと理解しています。権威活性する中間的な存在、野菜で言えばJAみたいな中間団体って、美術館やキュレーターのような存在が権威を作って、搾取してるんじゃないかっていう話がありますよね。ブロックチェーンの話をすると、ウォレットを難民の1人ひとりに配布することで中間業者を排除することができて、適正なマーケットにすることができるけど、実装の問題点は山積みです。ただ、直接構造になっていくことで、非中央集権的な状況が生まれて価値の文脈がリゾーム型に出てくるおもしろさがあると思うんです。僕の立場だと混乱しますけどね(笑)。

施井:NFTはあくまでインフラだから、みんなにとって良いものになるだろうけど、どう進むべきか、最終的にどんな世界になるのかは、まだわからないですよね。この間、アップルペイがメタマスクに対応して、日本でもクレジットカード等から直接イーサリアムが買えるようになりました。これまで日本でNFTを購入するには、ビットフライヤーなりコインチェックなりでKYCを経た上で口座開設して、仮想通貨を買った上で別に用意したメタマスクアカウントに送金してやっと購入準備が完了する、みたいな複雑で時間のかかるプロセスを経なければいけなかったのに、ウォレットへのアクセスが簡単に得られるようになったのは、「アップル」という巨大資本が対応するデバイスを広げてくれたから。今後も世界は、パーソナルコンピューターで個人がエンパワーされたり、個人が組織から独立する力を持つようにさらに進んでいくと思います。最近の戦争問題等を見ていますと、国家に縛られて国民が命を落とすような社会構造に違和感を感じている人も多いと感じます。

山峰:ウクライナの問題は、批評家がメッセージしてそれが世の中に広がって、政治が動き始めたパワーが見えてくるような状況と、ナラティヴ(物語)に牽引されてそういう考え方が立ち上がったことが、これまでとは決定的に違いますよね。「助けたい」というDAOが生まれて、最終的に経済系の民主化が生まれる時にようやく環境が整ったと考えられる気がするんですよね。

DAOとNFTとリアルなカルチャーを結びつけて、根っこにある文化的価値を守る仕組み

スプツニ子!:ファンドレイズして、みんなで作品をコレクションするっていうDAOは実際にあるんですけど、山峰さんもDAOをやってみてほしい。

施井:確かに、それおもしろい。「山峰DAO」。

スプツニ子!:もうそれを作っちゃうか、海外のアートコレクション系のDAOに入っちゃおうよ。現状のアートコレクション系DAOのメンバーは、テクノロジー系の人が多くてアート史に詳しい人はまだ多くないので、山峰さんのような人の知見が必要なんじゃないかな?

山峰:チャットコミュニケーションに途中で心が折れるっていうのがあるんですけど(笑)。やりたいことはいくつもあって、今までマーケットに乗りづらかったタイプの作家がソーシャルアクションできる場を作りたいので、DAOを媒介にして、作品のプロセスで出てくるNFTコンテンツやプロジェクト、そこから生産される副産物をNFTコンテンツ化して販売することで彼等の行動を支援したいです。

もう1つ、日本の建築遺産とか工芸はIP化できるものが多いですよね。刀とか鎧でもいいですし、それを使ってクリエイターがスピンオフで作品を作る。そのNFTが異なるメタバースでも使えるように整備さえすれば、日本の文化が世界に発信できて、かつアレンジされるという、インターネットならではの二次流通のおもしろさが生まれる。DAOとNFTとリアルなカルチャーを結びつけて、根っこにある文化的価値を守りたい。

施井:ものすごく重要ですよね。現状、DAOの運営って法的にグレーなものも多いんです。ブロックチェーン関連のファンドレイジングに切り込むスピード感がある人の中にはマネーロンダリング目当てだったり、反社会組織が関わっていたりする場合もあるので、どうしても規制に向いてしまう。これだけ社会を良くしていく可能性がある仕組みにも関わらず、社会的意義のある事例がまだまだ少ないんですね。でも、真面目な人は先行者にならない傾向にあるし、結局、怪しいものとして規制される。なので良い社会課題解決案を思いついたらみんなどんどんやってほしいです。

山峰:アイデアはあるんですけど、実装後の問題もあるので。このメンバーでやれたらおもしろいですよね。スプさんはアーティストとして実践しているし、情報も入りやすいのではないでしょうか?

スプツニ子!:実践のコツというか、英語力は大事だと思います。ニューヨークやロンドン、東京に住んでるっていう地理的な障壁はなくなっているけど、日本では言語の壁があるので、英語でコミュニケーションしていかないと、プロジェクトが大きくなりづらいんですよね。友達の草野絵美さんが1980年代の日本のアニメをテーマにした「新星ギャルバース」っていうNFTを作っていて、私の今のアイコンも「新星ギャルバース」なんです。

施井:僕「ゾンビーズーキーパー」持ってます(笑)。

スプツニ子!:すごくかわいいし、「NFT発のアニメを作る!」というビジョンも独特でアメリカのインフルエンサーがSNSのアイコンを「新星ギャルバース」にしてるんです。絵美ちゃんは英語ができるので、アメリカのインフルエンサーの新星ギャルバースアイコンを作ったり、プレゼントもしているから、これからすごく広がっていくと思います。日本にいても、英語ができればプロジェクトは大きくなりますよね。絵美ちゃんのような新しい時代のコミュ力が重要。

山峰:アーティストとして成立すると思う一方で、誰もが作品について語れるわけじゃないですし、チャット空間にも長時間いられない現状もありますよね。

スプツニ子!:私はずっとチャットするのはしんどいタイプ(笑)。

山峰:フルタイムコミットメントですからね。アートオークションでオークショニストがハンマー役として盛り上げることと同じで、誰かがコミュニケーションを代替してあげることで言語問題を解決できたらいいなと思います。あと、文化財のIPみたいな話になると作者は生きていないので、誰かが代わりに語ってあげなきゃいけないし、インターネット空間における盛り上がりを理解していることが大前提。

スプツニ子!:私も英語はできるけど、ディスコードのマネジメントは無理だな……。日本だと「TART」っていう会社がアーティスト支援に力を入れていて、作品について英語で発信したり、インフルエンサーに作品を届けてマーケティングをサポートしていますよね。

施井:彼等はすごいです。2016年くらいからブロックチェーン関連事業をやっていて、作品も作っています。ジェネラティヴマスクを広げたマーケティングとか、おもしろい活動をしていますよね。過疎村の地方創生NFTプロジェクトとかもそう。

山峰:知人からマンションの住民が組合のコミュニケーションとしてDAOを使って、価値が下がらないようにするっていう話を聞いた時はおもしろいと感じましたね。共通の問題を抱えている人達が互いにインセンティヴを交換できる状態を作るプロジェクト。以前、北海道出身の著名人の方から「アートを使って町おこしをしたい」という相談を受けた時に、町の自然は美しいし、食べ物もおいしいから、そこにアーティストがレジデンスして勝手に広がっていく可能性で構造化ができると考えていました。ただ、ファンになった人達をどうつなげるのかが問題で、過疎化していく場所に対して「セカンドホームDAO」みたいな、居住者以外もそこをセカンドホームタウンって思える人が参加できるやり方を考えたんです。そこから生まれるコンテンツをメディア化していく。過疎村のプロジェクトの考えにも共通すると思いました。

スプツニ子!:過疎村のプロジェクトもNFTでコミュニティ化できるでしょうし、メタバース上のイベントが実現できるかもしれない。それに、先程のアップルペイがメタマスクに対応した話も「アップル」にはそういう力があるなって。デバイスとかアップルペイとかでNFTが突然身近になるような。

施井:いろいろなものが作れますよね。しかも個人情報を秘匿化する「アップル」のブランディングに即している。

スプツニ子!:そうすると日本人も近づきやすいし、ウェブ3.0のハードルも下がる。

環境問題に関する議論の必要性

山峰:あと、美術館の展覧会であらゆる環境問題のことを話しても、展覧会自体が象徴主義で、たくさんのエネルギーコストをそこに費やしているのか? という矛盾があって。暫時的にやっても象徴的に見せることが次のアクションによって解決に結びつくのかという疑問が湧きます。美術もポストモダンと言いながらモダニズムから脱却できなかったじゃないですか。変革というよりも“変革のイメージがある革命者”でありたいっていう、ある種のプレイの部分だけに注目が集まるような、方法論やプレイヤーの細分化、ステレオタイプを作ってフォローさせていくのではなくて、何ができるのかという話。その意味で環境問題について解決への議論のDAOが作られること等議論が進んでほしいです。

スプツニ子!:私は外から否定や批判をするだけではなくて、その中に入ってエコフレンドリーなシステムになるように変えていきたいなと思います。でも、批判はあるべきですし、そのおかげでNFTやイーサリアム全体も更新された部分もある。イーサリアムも「PoS(プルーフ・オブ・ステイク)」にすることでエネルギー消費量が劇的に少なくなる「イーサリアム2.0」に年内に移行すると言われています。他にもNFTプラットフォーム「Rarible」で、購入したNFTの生成したカーボン・フットプリントをリムーヴするためのボタンが作られたように、システム設計でエコフレンドリーなものを作ろうっていう動きがある。

施井:僕等もガス代が高騰した時に「ポリゴン」に移行したんですけど、一方で資産性のあるNFTを発行したい人はイーサリアムベースにしたいっていう要望が多くて、しかもポリゴンってプルーフ・オブ・ステイクとかいろいろな処理を減らす努力をすることによって、結局ダウンしやすくなったり、信頼性に関してはイーサリアムと比べると低くなることもある。そもそも自分達が「ポリゴン」を使っているから良いってわけじゃないし、「ポリゴン」もイーサリアムの土台と信頼があるから、みんなが使っている状況もあります。人類全体の問題と思いますし、向き合い続けることでより良い解決策を生み出していくしかないですよね。

山峰:そうですよね。みんな動物の肉を食べているわけだし、大量の廃棄物を出しながら生きているわけですから。美術館も含めて“生きる”以上、多少のグレーゾーンは存在する。ただ、無意識化されているものと意識化されているものだけに分類して議論することには疑問があります。コンテンツやビジネススキームの話をする人は多いですが、実は、エネルギー効率の良いハードウェアや、エンジニアリングの効率化等、インフラの議論も進む必要があります。

施井:もちろんそうですよね。ソースコードを少しでも減らすことでトランザクション(取引)コストを減らしていくこともできます。収穫加速の法則というのがあって、そこでは世界が何かの目標に向かって技術力を高めていく時には必ず天才が現れて、結果、指数関数的に技術進化が行われると言われているんですけど。インターネットの拡大が教師データ収集を加速させて、結果、人工知能の進化をスピードアップさせたこともあるし、ハードウェアレベルももちろんですし、プロトコルレベルでもきっとそうなっていくんだと思います。

スプツニ子!:いずれにしても、変革の時期って絶対的におもしろいと思うんです。大どんでん返しが起きやすいからこそ、カオスな中に入って、動いてみるのが楽しい。「ユニコーンDAO」のようなNFTの世界に女性やLGBTQの視点をもっと増やそうっていう動きもを応援したいし、加速していってほしい。山峰さんのDAOも期待してます。

山峰:NFTのインフラに関しては、国内でマーケットプレイスも出てきています。ただ、文化財や建築、アニメ等のIPは日本の文化をおもしろがる海外層と結びつかなければならないと考えています。SNSでは日本からmixiが出てきたけど、結局Facebookが主流になっていったように、プラットフォームはグローバルに勝負できるところが強い。だからどうしても日本初のプラットフォームは厳しい。ただ、コンテンツでは日本も世界で勝負できる。その時にどうやってマーケットプレイス等のプラットフォームに対して、コンテンツホルダー側が強くいられるのかが重要で、メタバースコンテンツを作ってもメタバースそのものがなくなってしまったら、コンテンツもなくなくなるのではなくて、別のメタバースで使えるようなユニバーサルな状況があるべきですよね。言語問題で、ベースのインフラでは日本は世界に勝てないだろうと感じた時、一方で文化的アセットは豊富なので、それをどう生かせるかはポイントだと思うんです。

スプツニ子!:任天堂は理想的な日本のカンパニーって思いました。コンテンツの力で世界を席巻するようなイメージ。

施井:大きな質問だと思うんですけど、村上(隆)さんのアート活動にはそういう要素があるように思えます。日本のカルチャーって大衆からボトムアップで盛り上がっていく側面があって、逆に海外はトップダウンで、売り出し方にも「エリザベス女王が認めた」とか「MoMAの永久展示」という枕詞がつきますけど、村上さんはボトムアップカルチャーとトップダウンカルチャーの翻訳者的な活動をしています。彼が掲げている“スーパーフラット”というコンセプトも、情報社会における優劣のない社会的もさることながら、NFTの“スーパーフラット”をも示唆している。ある意味において日本のクリエイティヴが世界に挑戦していく時のキーワードになるだろうから、これまで村上さんが続けてきたことを理解することが重要なのかなと思います。同時にNFTマーケットのトレンドセッターはアメリカに多いけど、中心が必ずしもアメリカにしかないわけではないですし、ワールドワイドでマーケットが広がっています。日本のマーケットプレイスがあまり盛り上がっていないと言われますが、広くまとめると、NFTを1つのテクノロジーのムーブメントではなくて、新しいインフラの革命と考えた時に、情報社会と真剣に向き合うべき。どんなに情報社会が発展しても国家もコミュニティも存在するし、自身の身体性も切り離せるわけじゃないので、どう折衝していくかが論点になると思います。

明確な答えはないんですけど、最初に話した情報社会に生まれたミッシングピースが生まれたという感覚は、ようやくクリエイティブ領域も本格的なインターネットの時代に突入したということ。例えば、昔アーティストが作品を売る際にはコミュニティを醸成していたと思うんですけど、物理的にアクセスできるのがせいぜい30人くらいだったとして、情報社会で物理的制約がなくなって、世界中からアクセスできる分母が増えただけなのかなと。そう考えると、本質的なことはほぼ変わっていないし、情報ツールがこれまでの物理的な障壁を排除していくだけなのだと思います。ただし、そのダイナミズムを推し進めるのはとても重要なことですし、今後も向き合いたい。今日話した話はこの2、3年でどんな対談でも話していなかったので、かなりおもしろかったです。

山峰潤也

山峰潤也
キュレーター、NYAW代表取締役。東京都写真美術館、金沢21世紀美術館、水戸芸術館現代美術センターで、キュレーターとして勤務した後、六本木にあるANB Tokyoの企画運営に携わるほか、エイベックスが主催する「MEET YOUR ART FESTIVAL」等、メディアや企業によるアート事業の企画・監修を行う。主な展覧会に「The World Began without the Human Race and It Will End without It.」(国立台湾美術館)等。
Photography Ittetsu Matsuoka

施井泰平

施井泰平
現代美術家。スタートバーン、アートビート代表取締役。少年期をアメリカで過ごす。東京大学大学院情報学環・学際情報学府修了。2001年に多摩美術大学絵画科油画専攻卒業後、美術家として「インターネットの時代のアート」をテーマに制作、現在もギャラリーや美術館で展示を重ねる。2006年からスタートバーンを構想、その後日米で特許を取得。大学院在学中に起業し現在に至る。2020年にアートビート代表取締役就任。講演やトークイベントにも多数登壇。

スプツニ子!

スプツニ子!
アーティスト、東京藝術大学デザイン科准教授。ロンドン大学インペリアル・カレッジ数学部を卒業後、英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)で修士課程を修了。2013年からマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ助教としてデザイン・フィクション研究室を主宰。RCA在学中から、テクノロジーによって変化する社会を考察・議論するデザイン作品を制作。2018年より東北新社フェロー。著書に『はみだす力』。共著に『ネットで進化する人類』(伊藤穣一監修)等。

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アート連載「境界のかたち」Vol.11 NFTがもたらしたアート界のミッシングピースとは? 山峰潤也×施井泰平×スプツニ子!によるクロストーク -前編- https://tokion.jp/2022/06/18/junya-yamamine-x-taihei-shii-x-sputniko/ Sat, 18 Jun 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=120132 ポストコロナにおけるアートを識者達の言葉から紐解く本連載。第11回は、「NFT」について美術館でキュレーターを務めてきた山峰潤也と「スタートバーン」の施井泰平とアーティスト・スプツニ子!による鼎談が実現。

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ビジネスからサイエンスに至るまで、アートの必要性を説くシチュエーションが激増している。コロナ禍で見える世界は変わらないものの、人々の心情が変容していく中で、その心はアートに対してどう反応するのか。ギャラリストやアーティスト、コレクター等が、ポストコロナにおけるアートを対象として、次代に現れるイメージを考察する。

第11回は、“NFT”について。仮想通貨の世界だけではなく、アート業界においてもブロックチェーンの技術を活用したNFTアートがマーケットの新風になっているのは言わずもがな。でも、NFTの実態と機能を的確に理解している人は少ないのではないだろうか。当然の話で、ブロックチェーンもNFTも成熟の途中にあるからだ。今回は美術館キュレーターの経験からメディアや企業とアートの社会的可能性を実証実験する山峰潤也と現代美術家でアートにおけるNFTの活用を事業化したパイオニアの施井泰平、2月に代表作「生理マシーン、タカシの場合」のNFTが50ETH(当時約1,500万円)でコレクションされた、アーティスト・スプツニ子!とのクロストークが実現した。前編はNFTアートの可能性を実例をもとに語ってもらう。

情報時代に即した巨大なミッシングピースの爆誕

スプツニ子!:施井さんから今のNFTの状況を聞きたいです。

施井泰平(以下、施井):ある意味、暴力的な意見、あまりに抽象的で上から目線の話になってしまうんですけど、情報時代に即したマーケットや流通がアートの世界にも求められるだろうと思っていたし、その気配は感じていたものの、ずっとメインストリームになっていかない状況にここ15年くらい、ヤキモキしていたんですよね。だから、いきなりまとめから入りますけど、NFTの一連の盛り上がりについては情報時代に即した巨大なミッシングピースが爆誕したみたいな感想を持っています。「NFTをなんで買うの?」と言う人はそもそもアートを買うという行為に疑問を持ってる人で、普段からアートを買ってる人からすると、NFTは比較的理解しやすいかと思います。開口一番言っちゃいますけど、来たるべき情報時代のアートっていうのが今来ていると。もちろん、アートが急速に大衆化してしまったことによっていろいろ違和感を感じることもあると思いますが。

山峰潤也(以下、山峰):ちょうど僕が美術館から離れたのがコロナのパンデミックの始まりの頃で、その後、日本のコレクターが急増するという現象があったと思うんですけど。そこで美術館ではなくてマーケットとアカデミーとのつながりを考えた時に、アートがコモディティ化する部分と一方で市場が生まれることでアートを支える、ベースの力が育つことが同時にある。社会的にアートの注目度が増していくことによって多様化する作品への期待が膨らみ過ぎることで、ある種の混乱も起こっているけど、時間とともに適正化されていくと思っています。

NFTに関しては客観的に見ていたり、いろいろな相談も受けますけど、実践的なことはこれから。今の単体ではなく、もともとリアルにあったコンテクストと接続していくように、点ではなく面のアクションというか、そういうサイクルを生み出していくんじゃないかということと、そう期待しています。

スプツニ子!:私はこれまで作家として「なんだかアート界に何かが足りない」という気持ちをずっと抱えていたんですよ。今はインターネットで私の作品を知ってたり、観てる人が増えているし、実際にオンライン上で仕事したり、コミュニケーションする機会が現実の世界より多いですよね。なのに、これまで私が作品を売ろうとするとデジタルではないリアルな世界、トラディショナルなギャラリーやアートフェアの物理空間を必ず通さないといけない、ということにモヤモヤした違和感を感じていたので、NFTによって“ミッシングピースが爆誕”っていう言葉が本当に正しいと思う。NFTは2021年に突然やってきて嵐のようにすべての問題を解決していきました。

昨年の秋に施井さんの「SBIアートオークション」で《THE MOON WALK MACHINE》のNFTを販売したんですが、自分にとっては革命が起こった感覚がありました。山峰さんが言う通り、今のアート界はカオス期でもあると思うんです。“.comバブル”の加熱のような、得体の知れないものが突然やってきて、あらゆる憶測が行き交うところはあるけど、“ミッシングピース”は確実にありました。でも、オンライン上でアートをコレクションして、メタバース上で展示するインフラが現れたことで、今後のアートの在り方が変わるのは間違いないです。今のNFTマーケットの不安定さは確かにありますけど、確実にドットコムバブルを乗り越えてインターネットは成長しましたよね。ただ、日本は始まっていない状況なので、アメリカと比較するとキュレーターもアーティストもこれからっていう印象かな。お互い様子を見ている感じですかね。自分で失敗したくないっていうアーティストやギャラリーもいると思いますけど、私は逆にどんどん進んでいきたいですね。

施井:僕もSBIアートオークションを通じて、スプさんのメンタルに触れるっていうか、アーティストが作品を発表する場に立ち会わせていただいたことが本当に貴重な体験でした。時代を切り開いていくのは、こういうメンタリティの人なんだなって改めて気付かされました。スプさんは慎重なところがあって、ものすごくリサーチするけど、あるタイミングで「エイッ!」と突き進むようなたくましさも感じました。

スプツニ子!:ありがとうございます。施井さんはいろいろなアーティストと仕事をしているし、客観的に見られているので、話をしたいなとずっと思っていました。これまでのアートを取り巻く状況とNFTにどんな違いがあるのかとか。ちなみに私はリスクっていう言葉に疑問があるんです。慎重でありたいしリサーチもするけど、NFTはリスクではなく重要な判断という。

施井:そうですよね。

スプツニ子!:リスクを取ってる感覚ではないっていう。

施井:イノベーターって言う方が正しいですね。切り込み隊長。

スプツニ子!:切り込んでみないと何もわからないから。

施井:ちなみに僕等が最初にNFT発行を手掛けた最初のデジタル作品は池田亮司さんなんです。彼は全くマーケットの人じゃないし、バブルに興味はお持ちでないけど、現状のテクノロジーのパラダイムシフトを見て「みんなが使うようになる前に自分が先導して始めようと思った」って仰った時に、すごく意識的だなと感じたんですよね。あと、プッシー・ライオットっていう、ロシア人の反プーチンアクティビスト集団がいて、口座が凍結されてたんですが「FOUNDATION」というNFTマーケットプレイスでNFTの販売を通して活動資金の調達をして注目を集めたんです。池田さんはプッシー・ライオットの活動を見た時にNFTの可能性を感じたとも仰っていたんですけど、その辺がスプさんの活動にも重なると言うか。そのような感じで心あるアーティストのNFT活用事例が重なっていくと土台ができていくと思います。

スプツニ子!:私ももともとプッシー・ライオットが好きなんです。フェミニストパンク集団、ミュージシャンでもあるし、かっこいいですよね。最近、プッシー・ライオットは「ユニコーンDAO」っていう女性やLGBTQのアーティストを支援するDAO(分散型自律組織)を立ち上げたんですが、私が彼等のキュレーターの1人に就任することになって、ちょうど明日も「ユニコーンDAO」と話をします。彼女達って今はNFTアーティストの中心的、シンボリックな存在ですけど、以前はマーケットとは程遠いアンダーグラウンドでクールな存在でした。

施井:有名になったのってワールドカップの決勝に乱入した時ですよね(笑)?

スプツニ子!:そうそう! 私は反プーチンのパフォーマンスで逮捕された時からファンだったけど、もしかして日本ではあれで有名になったかも。さっきお話ししていた、「FOUNDATION」で高額で作品を販売することでファンドレイズして、一部をDV被害者女性のためのシェルターに寄付していました。彼女達のインタヴューでも「ポリティカルなステイトメントを持っているアーティストが資金調達できる」って話してました。NFTってビジネスっぽい感じでしょ! っていう偏見を持ってる人がいるなら「違うよ」って伝えたい。

施井:むしろアナーキズム(無政府主義)的な要素も大きいですよね。

山峰:日本ではまだ、そういった部分が認知されていない。日本だとバブルなイメージ、アートシーンだと経済系と強く結びついているような見え方があって、そこが二の足を踏ませているんだと思うんですけど、僕は可能性を感じています。DAOとアナーキズムでいうと、美術の世界は権威的な構造によって守られているので、そのラインがあることで価値が決まったり、流通してきたわけですよね。あとは、海外での売買がベースになるので、映像出身の僕としてはマーケットの中で社会的なアクションをしているアーティストは生きづらいと感じてはいました。

スプツニ子!:わかってくれる側で嬉しいです(笑)!

山峰:特に、アナーキズムっていう中央集権から自由になる思想からコミュニティを立ち上げて、経済圏を作れるようになったことは、アーティストから見るとチャンスですよね。自分達でコミュニティを作っていく意味でも素晴らしいことですけど、そこに到達するまでの事例がもっと国内で発信できるといいなって思います。

スプツニ子!:そうそう。「ユニコーンDAO」の事例を共有すると、NFTの有名アートコレクター達がトークンを買う形でDAOを立ち上げていて、プッシー・ライオットがコアファウンダーの1人なんです。このDAOはテクノロジーやクリプトの世界が白人男性中心という事に警鐘を鳴らしていて、女性やLGBTQのアーティストの作品をみんなでコレクションしてプロモーションするというミッションを持っています。コレクションしている作品の一つに、粘土で女性器のようなオブジェを作ってOpenSeaに投稿してるコレクションがあるんですけど、おもしろいですよ。

施井:これ、いいな。買おうかな。

スプツニ子!:こういう作家を見つけてきて、DAOでコレクションするとコレクターの注目が高まって価値が高くなるんですよね。アジア圏だとスプツニ子!の活動も注目してくれていて、「ユニコーンDAO」の新しいコミッションや作品の話をしています。彼女達はNFTでお金が集まるようになったけど、私腹を肥やそうと思っているわけではないんです。むしろ利益を分配しようとしてる。

施井:仕組みとしてはファンドレイズする時にDAOを使って、ヴォーティング(投票)で何を買うか決めていく感じなんですか?

スプツニ子!:DAOのメンバーで何を買うかを決めます。DAOとして買うことで作品の価値が上がって、ファンドみたいにもなるんですよ。自分達で買えば、価値も上がるしコミュニティもエンパワーできる、という考え方です。

山峰:陶芸作品のようにリアルで作っているアーティストとか、リアルなアクティビスト、パフォーマンスをやってるようないろいろなタイプの方がいるんですね。

スプツニ子!:私もこのDAOにどんな人が集まってくるんだろうという気持ちで見ています。こういう流れをもっと知ってほしいですね。

地域性を超えた、共感だけで人が集まる場所が作れる可能性

山峰:この事例もそうなんですけど、施井さんに聞きたいのが、コミュニティを作る過程で、売りづらいけど社会的な意義のあるアーティストってすごくいたと思うんです。ただ、生息ができなかった。でも、そういうアーティストこそ語られるべきだと思っていたんです。ヴェネチア・ビエンナーレに出てくるようなアーティストでも、社会的な発信力はあるけど、マーケットだと売りづらいので、なかなか難しい状況が続いていた。それが価値観ベースで思想やスタンスに共感している人達が集まれる、共感的なナラティヴ(物語)を共有するためにNFTを買っているような気がするんです。これまで生きづらかったアーティストが出ていく場所になると感じています。あと、文化財がデジタルコンテンツ化していくことでリアルに存在するものを守れる状況が作れるでしょうし、あらゆる解決策になるような可能性をすごく感じます。その上で、DAOとNFTとメタバースをどう考えているのか、その関係性の中でできることは何なのかということ。

施井:マイノリティのアートというか、もともと市場で評価されにくかった作品がDAOやメタバースで押し上げられる状況はあると思います。最初に、情報社会に対する課題の解決策としてNFTが爆誕したと話したんですけど、そもそもコロナがトリガーになってるんですよね。最初に情報社会と話した理由はNFTってただの技術ですけど、何を価値化するかというところが重要です。情報社会は、ダイバーシティを共有するリゾーム型の社会を実現できるものだと思うんです。でも、コロナ前のアートマーケットのデータでは、黒人アーティストの取引内訳が80%近くが(ジャン=ミッシェル・) バスキアでしたし、草間彌生さんも女性でなければ取引額の桁が違ったという話も聞きます。

間接的な話になるんですけど、コロナが発生して間もない時にある識者が、差別が大きな社会問題になると予見していた通り、BLM(ブラック・ライブズ・マター)の運動が起きました。その後はグッゲンハイムのチーフ・キュレーターに黒人が就いたり、何でもかんでも黒人を採用したら良いのかという話になって。#me too運動もそうですけど、差別反対運動なんかは情報社会と密接に関係しているんですよね。だからコロナで情報社会が大きく前進したと同時にそれとシナジーのある社会構造も表出したと。そういった状況の中でちょっとおもしろいと思ったのが、クリプトパンクス。10,000個のキャラクター画像の6割が男性、4割が女性で、9体だけエイリアンパンクがいたり、数体だけ帽子をかぶっていたり。リアルな世界とは異なり、クリプトパンクの経済圏では、マジョリティな男性キャラクターの価値が一番低いんです。DAOにしてもその考え方を推し進めるというか、メジャーじゃないもの、つまり“レア”なものに価値や力を与えるのかなと。SBIアートオークションで初のNFTセールをする時にスプさんに声をかけた理由としては、当時、世界中の男性起業家が月に行ったり、企画をしていた時に、月にハイヒールの足跡を残す《THE MOON WALK MACHINE》はすごく時代に即している感覚もありましたし、何よりセールのステイトメントにも合う。ポストヒューマン的な思想もタイムリーでした。NFTが注目される前から、作品のコンセプトの中心にNFTのポテンシャルが潜んでいたスプさんが適切というか、グッときたっていうか。全体的な答えを言うとDAOもNFTもメタバースもそういう世界観と相性がいいのかなって思います。

山峰:言語の問題はありますけど、英語が使えるコミュニティだと地域性を超えた、共感だけで人が集まる場所が作れると思うんですよね。国や地域、分野とか、これまでできなかった垣根を越えられるのはおもしろいと感じます。そこに経済がついてくるという期待値はあると思います。

スプツニ子!:これまでもアートやカルチャーをパトロンする人達って、ルネッサンスも産業革命時代も、それぞれの時代の富裕層だったわけで。でも、ここ20年はテクノロジー・ビリオネアの時代だったにも関わらず、テックビリオネアがアートをパトロンするためのインフラが十分になかったんですよね。NFTは彼等がアートやカルチャーを支援するために相性がいいシステムだと思います。でも、従来のアート業界側から見るとテクノロジー界が搾取しにやってきているように見えるのかな……ナップスターとかSpotifyみたいなプラットフォームがCD中心の音楽業界を衰退させた歴史もありますし、そういったテクノロジーによるパラダイムシフトがアート業界にも起きる感覚はありますね。

山峰潤也

山峰潤也
キュレーター、NYAW代表取締役。東京都写真美術館、金沢21世紀美術館、水戸芸術館現代美術センターで、キュレーターとして勤務した後、六本木にあるANB Tokyoの企画運営に携わるほか、エイベックスが主催する「MEET YOUR ART FESTIVAL」等、メディアや企業によるアート事業の企画・監修を行う。主な展覧会に「The World Began without the Human Race and It Will End without It.」(国立台湾美術館)等。
Photography Ittetsu Matsuoka

施井泰平

施井泰平
現代美術家。スタートバーン、アートビート代表取締役。少年期をアメリカで過ごす。東京大学大学院情報学環・学際情報学府修了。2001年に多摩美術大学絵画科油画専攻卒業後、美術家として「インターネットの時代のアート」をテーマに制作、現在もギャラリーや美術館で展示を重ねる。2006年からスタートバーンを構想、その後日米で特許を取得。大学院在学中に起業し現在に至る。2020年にアートビート代表取締役就任。講演やトークイベントにも多数登壇。

スプツニ子!

スプツニ子!
アーティスト、東京藝術大学デザイン科准教授。ロンドン大学インペリアル・カレッジ数学部を卒業後、英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)で修士課程を修了。2013年からマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ助教としてデザイン・フィクション研究室を主宰。RCA在学中から、テクノロジーによって変化する社会を考察・議論するデザイン作品を制作。2018年より東北新社フェロー。著書に『はみだす力』。共著に『ネットで進化する人類』(伊藤穣一監修)等。

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アート連載「境界のかたち」Vol.10 現代美術家のサイモン・デニーが語るブロックチェーンがもたらすアート界の未来 https://tokion.jp/2022/06/12/contemporary-artist-simon-denny/ Sun, 12 Jun 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=122037 ポストコロナにおけるアートを識者達の言葉から紐解く本連載。第10回は、デジタル社会における思想や価値観をとらえた作品で知られるサイモン・デニーが登場。

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ビジネスからサイエンスに至るまで、アートの必要性を説くシチュエーションが激増している。コロナ禍で見える世界は変わらないものの、人々の心情が変容していく中で、その心はアートに対してどう反応するのか。ギャラリストやアーティスト、コレクター等が、ポストコロナにおけるアートを対象として、次代に現れるイメージを考察する。

第10回はハンブルグ美術大学でも教壇に立つアーティスト、サイモン・デニーが登場する。彼は技術的な実験をマルチメディアのインタラクティブなインスタレーションに変換させた作品で知られている。今回は「ブロックチェーン」という概念や、アートの役割と未来について話を聞いた。

「2021年に行ったNFTの実験は、歴史や過去についての考え方や過去の作品を技術的、芸術的にどのように現在に生かすか」

−−まずはNFTについて教えていただけますか?

サイモン・デニー(以下、デニー):NFTとは「Non-Fungible Token(非代替性トークン)」のことで、独自の金銭的価値を、公開レジストリ内にあるデジタルファイルに恒久的にリンクさせることができる暗号通貨トークンです。NFTは、どのウォレットアドレスがデジタルオブジェクトを作成、販売、所有するかを記録していて、アーティストはネットワークにアクセスして、デジタルファイルを作品として販売することが可能になりました。このフォーマットの普及により、それ以前には困難だったデジタル作品のための市場が生まれました。

−−NFTアートは、単一のデジタルファイルの形でコレクターの手に渡るのですか? ビデオやgifの他にどのような種類のファイルがあるんでしょうか?

デニー:NFTになるかどうかは、ファイルをどのようにブロックチェーンに接続するかによって異なります。ブロックチェーンやプラットフォームによって、フォーマットは変わります。ですので、NFTは実際のファイルが保存されている場所へのリンクを含む、公開スプレッドシート上にまとめられた情報項目と考えた方がいいかもしれません。ほとんどの場合、ファイルは、ブロックチェーンではない別のプラットフォームにあります。技術的には、リンクが可能なあらゆる種類のファイルが対象になるので、ファイルによっては、現在普及しているプラットフォームの範囲内で閲覧や取引がしやすい作品もあります。「jpg」や「png」、「svg」、「mp4」やシンプルな「html」ファイル等は、既存の一般的なNFTの販売プラットフォームでうまく機能する、一般的で人気も高いファイル形式です。また、ブロックチェーン自体のレジストリシステムの限られたコードスペースの中で動作するNFTもありますが、あまり一般的とは言えませんね。

−−買い手はどのようにNFTの代金を支払うのですか? NFTと暗号通貨の関係についてよく目にしますが、どのような関係なのかを教えてください。最先端の技術に興味がある人達がこの2つを一緒に考えているのでしょうか?

デニー:NFTそのものが暗号通貨の一種ですし、どちらの資産もブロックチェーンをベースにしています。ビットコインやイーサなどの暗号通貨は、「Fungible Token (代替性トークン)」で、レジストリが価値を持っています。しかし「Non-Fungible Tokens」とは異なり、それぞれのトークンの価値は同等です。よく例に挙げられるのは、1ドル札と絵画の比較ですね。どちらも金銭的な価値を持つものですが、あなたと私がそれぞれ手に持った1ドルを交換しても1ドル札の価値自体は変わりません。1ドル札は実質的に他の1ドル紙幣と同じ価値を持っていて代替性があるからです。一方で、あなたがピカソの作品を、私がカーロの作品を持っていて、交換したとするとそれぞれの絵画の金銭的価値も交換されることになります。この場合、作品の資産は「非代替性」と見なされます。唯一存在する作品として、価値が上がったり下がったりするんです。

また、NFTはイーサのような代替性トークンを使って売買されます。これらは同じインフラの一部で、価値が同じブロックチェーンで管理されているため、それらの通貨で売買をすることが簡単なんです。一部のセカンダリープラットフォームでは、ドルなど特定の国の通貨を使ってNFTの売買が可能ですが、このようなプラットフォームのほとんどは、NFTを購入する時にドルを暗号通貨に変換するサービスを提供しているにすぎません。現状では、NFTの最大のブロックチェーンはイーサリアムであり、プラットフォーム内で使用されている代替性トークンあるいは暗号通貨であるイーサで、一番多く売買が行われています。

−−NFTの作品にはどのようなテーマがあり、どのような内容で表現されているんでしょうか? また、NFTは一点ものなので作家と買い手しか見ることができないと推測しますが、それは正しいのでしょうか?

デニー:まず、NFTの作品は作家と買い手しか見ることができないというのは正しくありません。むしろその逆です。NFTは、暗号通貨やそれを保管するウォレットと同様に、インターネットにアクセスできれば、誰もがいつでも閲覧することができます。これは、ブロックチェーンの重要なメリットの1つです。また、誰もがいつでもNFT作品が購入、保有、作成し、その価格も閲覧することができます。興味深いのは、NFT作品の所有権を得るために高額な対価を払う人がいる一方で、NFTを閲覧したり、そしてNFTの画像を複製したりすることが誰でもできることです。例えば、誰もが閲覧できるということは、個人や国家が所有するパブリックアートと大して変わらない側面があります。大規模な公共文化財のために資金提供をした人の名前は、プレートに記されていることが多いですよね。これは、NFT作品の所有権の仕組みに少し似ています。誰でも作品を閲覧できますが、誰が所有しているかもはっきりわかるのです。

私はこれまで、NFTをベースにしたさまざまなプロジェクトを手掛けてきました。さまざまな形態や素材を通して価値が移り変わる様子に着目したり、インターネットの歴史や美学、時間について考察した作品等があります。2021年に行ったNFTの実験の多くは、歴史や過去についての考え方、過去のものを技術的、美学的にどのように現前させるかといったことに取り組んでいました。作品はレジストリに永久的にタイムスタンプされますが、それ自体がイベントとして、プロセスとしての持続性を保っています。ブロックチェーン上の取引とエントリーを承認するには、われわれが主導するコミュニティと自動化されたシステムによる社会的な承認プロセスが必要です。これは複雑ですが詩的な部分もあると思っています。そこで、私はこのメディアの過去を見直そうと思いました。

Dotcom Séance」というプロジェクトでは、媒体としてのインターネットについて熟思しました。インターネットを通じて浮き彫りになったアイデアと、インターネットの使用によって広まった美学の両方を再解釈して、再構築を試みたんです。インターネット上のビジネスアイデアは、時間とともに変化していく技術的、社会的枠組みの中で、しばしば繰り返されます。2001年にうまくいかなかったことが、2010年には別のチームと技術的パラダイムで、うまくいったかもしれない。例えば、「Ecircles.com」(1998~2001年)は、ユーザーが非公開のグループ内で、写真をシェアできる画像共有ソーシャルネットワークでした。当時は、非公開のグループであったことと、携帯電話にカメラが付いてなかったことを除けば、インスタグラムにかなり類似したビジネスモデルでした。私は、「Ecircles」のように、2001年に倒産した企業20社を選び、AI画像メーカー「Cosmographia」の“Clip”を使って、企業に関する説明に基づいて独自にロゴを作成しました。それらのアウトプットを、ERC721(NFT)トークン・プロジェクトとしては、最も早い段階で大規模に成長した「クリプトキティ」を支えたアーティスト、ガイルに渡しました。彼は私が作り直した各企業のロゴをひとつずつ選び、自分のお気に入りのAIアウトプットに基づいて、彼なりのバージョンを制作してくれたんです。中でも「Pets.com」は最も有名な企業で、2001年の“ドットコム・バブル”崩壊の象徴的な存在でした。特にガイルの作品と組み合わせることで、インターネットにまつわる歴史の興味深い合流点が生まれると思ったんです。言ってみれば、ゾンビのように今なお生き長らえている過去のインターネット(Web1.0時代)上のアイデアを、最先端の機械学習画像生成ソフトを駆使して、暗号通貨やブロックチェーンに対応したWeb、つまりはWeb3.0時代のアイコンとして、再構築しているわけですから。

−−NFTアートを美術館や博物館で展示することはありますか? また、どのように一般公開するのでしょうか?

デニー:私は、NFTや暗号通貨の作品を美術館やギャラリーで展示するだけでなく、オンラインでも公開しています。僕が協力したプラットフォームやマーケットプレイスの一部は「Dotcomseance」「folia」「SuperRare」等です。ネットワーク上のデジタルファイルとして、市場の側面も媒体の一部を成しているため、このようなプラットフォームを使うことが、最も理にかなっていますし、NFTに興味を持つ多くの人々が閲覧をするわけです。もちろん、こうしたサイトには、美術館の集客よりもずっと多くの人々が集まりますが、私は美術館やギャラリーで取り組むことにも価値を感じているんです。これらの作品を空間的、物質的な形に変換していくことは、これまでも行ってきました。私が制作したNFTの中には、実物と結びついているものもあります。コレクターがNFTを購入すると、作品の実物が送られてくるシステムです。例えば「Voice」では、私が制作したラグマットとそのイメージのシリーズがありますが、ホワイトハウスのギフトショップで販売しているラグマットをスクリーンショットで撮影し、そのスクリーンショットをジャカード織りのラグマットに仕上げ、再び写真に撮ってNFTとして販売したんです。NFTを購入したコレクターには、現物のラグマットも送りました。また、ローマの美術館とデンマークの美術館のために、前述した「Dotcom Séance」の一部をキャンバスにプリントした作品を制作していて、美術史を連想させるようなプリントの仕方、展示方法を考えています。

また、NFTに取り組む他のアーティストの作品のキュレーションも行っています。2018年にはシンケル・パビリオンで「Proof of Work」という展覧会を開催しましたし、昨年はハンブルクの「クンストフェライン」で、NFTや暗号通貨の特別プロジェクトを含む、資産やテクノロジーに取り組んだ過去40年の芸術作品を集めた展覧会を開催しました。この2つの展覧会は、アートと暗号通貨を、モノとデジタル作品の間で扱うプロジェクトも含まれていたので、物質性が非常に高く、観客の空間体験を重視していました。1つには、文字通り現金を燃やして暗号通貨を発行する作品が展示されていましたし、もう1つは研究者たちにテクノロジーに関連するオブジェクトを選んでもらい、それをトークンの要素を使って販売する市場を提示するものでした。

他にも、美術館でデジタル作品がスクリーンに映し出されることがあります。この場合、私は特注の正方形のスクリーンを使うのが好きです(私のNFTデジタル作品のほとんどが正方形であるため)。このような場合、多少おもしろみに欠けることが多いのは事実ですが、うまく機能することは間違いないですし、ギャラリーや美術館ではスクリーンベースのNFTの展示も増えています。

「コンセプチュアル・アートの歴史をNFTの現在地を説明する基準につなげたい」

−−NFT作品の価格帯はどのくらいですか? ギャラリーが作品の提示価格を設定するのでしょうか?

デニー:僕はこれまで、伝統的な画廊やオークションハウスと協力して高額な作品のオークションから、NFT専用のプラットフォームやウェブサイトでの直接販売等、比較的手に取りやすい価格帯でのコレクションも行ってきました。どの手法にも可能性やメリットがあります。その中でより自然と感じるのは、「Dotcomseance」で用いたモデルです。このモデルでは、数百点のシリーズ作品の初期価格を、数百ドル程度に低く設定しました。これによって予算が少ない新参のコレクターや、アーティストも作品を購入することができますし、プロジェクトの周辺に生まれるネットワークを利用することもできるようになります。そして、プロジェクトを支援する幅広いネットワークが形成されやすくなりますし、プロジェクト全体の物語や他のコレクター、そして個々の作品にも関心を持つ人たちが集まりやすくなります。このシリーズでは、作品が小さなグループにまとめられ、そのグループの一部が、作品に関するアイデアを基にしたプライベートチャンネルや他のプロジェクトを立ち上げるきっかけになりました。こういうことは、オークションを通じて1人のコレクターに作品を売るよりもおもしろいですよね。NFTでしか起き得ないことですし、集合的な作品群とブロックチェーンの取引記録、つまりは関連性によって可能になる、他にはない繋がりあった所有のあり方なんです。

−−NFTは一点ものである限り、他の芸術作品と同様の条件と言えます。とは言ってもNFTはデジタルファイルでもあるため、容易に複製される可能性があります。購入者以外の人に複製され、流通するのを防ぐにはどうしたらよいでしょうか?

デニー:端的に言えば、作品の出自に関わる話ですね。ブロックチェーン上の取引記録は、誰でも閲覧可能なので、どれが芸術的、金銭的価値につながるファイルなのかは簡単にわかります。これらのレジストリに繋がっていないファイルはその価値を持ちません。ただし、誰でも、スクリーンショットやコピーで、作品の芸術性や美的価値を楽しむことはできます。絵画や版画の写真を印刷するのと同じですね。芸術的な『アウラ』は、社会的な価値、ネットワークの中での位置付けによって変化します。ネットワークというメディアのために作られた作品は、ネットワークから削除されると、それはもう作品ではなくて、記念品や土産品のようになってしまいます。

−−将来性は感じますか? それとも、短期的な流行に過ぎないんでしょうか?

デニー:未来を予見することはできないですが、暗号通貨は、NFTを通じて多くの新しい人々をアートに導いています。コンセプチュアルかつネットワークベースのアートは、私達の世界においても今日的な意義を持ち、重要な価値があります。暗号通貨が構築したインフラは、今後も存続する可能性が高いでしょう。また、暗号通貨に価値を置く既存の富は、すでに一般経済にかなり統合されてしまったので、そのまま消えてしまうことはないと思います。つまり、それ自体でNFTの価値がある程度維持されることになるでしょうね。金銭的な価値はデジタルであれなんであれ、アートに関心をもつことへの緩衝装置になると思います。

−−まだ、NFTの歴史は浅いですが、NFTを通じて取り上げられたり、検証されたりしている共通のテーマにはどのようなものがありますか?

デニー:まず、美術史がどこから始まるのか、誰が定義しているのかによって変わってきますよね。コンピューターを使って作られたアートを起点にすれば、少なくとも70年以上の歴史があります。1990年代のインターネットアートは、現在NFTでも活躍している作家のものを含む、素晴らしい作品群が存在していました。私は、コンセプチュアル・アートの歴史を、抽象画や機械に触発された初期モダニズムのアヴァンギャルドと同じように、NFTの現在地を説明する規範につなげたいと考えています。NFTを使ったアートが扱うテーマやアイデアに関しては、その枠組み自体がそれほど役に立つとは思えません。NFTは他のアートと同じように、すべてであると同時に無でもあるんです。

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アート連載「境界のかたち」Vol.9 アートを中心に女性年表を作成し俯瞰する「Timeline Project」の2人が語る、女性アーティストの歴史の可視化と領域横断 https://tokion.jp/2022/06/08/timeline-project/ Wed, 08 Jun 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=116229 2019年にアーティストの長倉友紀子と渡辺泰子が立ち上げた、女性アーティストの年表を制作する「Timeline Project」の試みに迫る。

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ビジネスからサイエンスに至るまで、アートの必要性を説くシチュエーションが激増している。コロナ禍で見える世界は変わらないものの、人々の心情が変容していく中で、その心はアートに対してどう反応するのか。ギャラリストやアーティスト、コレクター等が、ポストコロナにおけるアートを対象として、次代に現れるイメージを考察する。

第9回は歴史からこぼれ落ちてきた「女性アーティスト」と呼ばれる人々の年表を制作する「Timeline Project」。既存の年表をもとに「欧米と日本のフェミニズム運動および女性アーティストの通史」を作成し、そのタイムラインに追記したい女性アーティストの情報を募集することで、「大きな物語」に個人の経験を加えていく。視座を広げ、自分自身の語彙を増やし、自らの視点で文脈を見出していくためのソースを作り出すことを目指して始まった。

2019年にアーティストの長倉友紀子と渡辺泰子が立ち上げ、トーキョーアーツアンドスペース本郷(以下、TOKAS)で2日間のイベント「Timeline Project WOMEN Artist & History」を開催。現在も、推薦したいアーティストを誰もがウェブ上で入力でき、幹から枝葉が伸びるように更新されている。

ベルリンを拠点としてエコロジーとジェンダーをテーマに制作を行う長倉と、他世界や他者との接触、その境界の解明を目的として旅と地図をテーマに制作を行う渡辺。運営する2人に、アートの見方をも変える「Timeline Project」の試みについて聞いた。

美術史のタイムラインを作りパブリックに拡張する

――お2人は2018年11月にご友人を通じてサンフランシスコで出会ったそうですね?

渡辺泰子(以下、渡辺):はい。私は海外研修の機会を得て、自身のテーマに沿ってアメリカ東海岸〜イギリス〜アメリカ西海岸をリサーチしていました。そんななか、ジェンダーやマイノリティーを主軸とした展覧会をいろいろ見る機会があり、アートシーンの変化と同時に日本の美術状況とのギャップを感じていたところでした。

長倉友紀子(以下、長倉):私はベルリンに移住してから6年が経っていて、その年にはちょうど「第10回 ベルリン・ビエンナーレ」がありました。南アフリカ出身のキュレーターでアーティストのガビ・ンコボがディレクターを務め、運営するキュラトリアルチームが全員世間一般に言われる“ブラック”になったことでも話題になっていました。その展示会場の1つに展示されていたいわゆる西洋画風の油彩画で“ブラック”を主題モデルにした作品等に触発され、私自身も欧米中心の文脈でつくられた美術教育を受けていたのだなと、ジェンダー以外にもさまざまな視点からアートを見たいと思っていたところでした。アメリカには一年間滞在したのですが、やはり多様な人々が共存していて、表現の在り方にもさまざまなレイヤーがあるなと感じましたね。

渡辺:私自身はジェンダーをテーマに制作活動をしたことはなかったのですが、学生時代、美術のシンポジウムで男性ばかりの登壇者の中に女性もいたらいいなと思うことがあって、4、50代になったら女性だけで美術を語るカンファレンスをしたいなと思い描いていたんです。授業で「ジェンダー」が議題に上がることはなかったですし、卒業後も、展覧会での男女比はアンバランスでハラスメントもあったりして、女性であることは不利だと思わされてしまう環境にあったと思います。

長倉:日本でも1997〜98年にジェンダー論争があったこと等も知識としては知っていたんですけど、後続の世代にきちんとその議論の背景や意義が教えられることなく立ち消えになってしまったという印象を受けていました。2012年に東京からベルリンの大学院に移り、私より若い世代の同級生が「ホワイトフェミニズムがね……」と普通に話しているのを目にして驚いたことを覚えています。フェミニズムって「生きること」から派生するものだと思いますし、日本でもそれについて気軽に話せたらいいなと思ってきました。渡辺さんから「日本はまだまだ女性作家の発言の場が男性に比べると少ない」という状況を聞く中で、私にも海外にいながら日本で何かできることはないかなと考え始めて。

渡辺:長倉さんに「どんな本から読んだらいい?」なんてことから聞いて、フェミニズムについて学んでいく過程をプロジェクトにしてしまおうと思ったんです。知らないことを強みとして公開しシェアしていこうと。

長倉:本を読むだけではプライベートな行為にとどまってしまうので、その行為自体をパブリックに広げるために「Timeline Project」が生まれました。私も渡辺さんももともとタイムラインをつくっていた、という共通点がきっかけとなりました。

パブリックな美術史に個人の視点を加えていく

――プロジェクトはどのように進めていったのですか?

渡辺:2019年3月に私が帰国し、TOKASの「OPEN SITE 2019-2020」公募プログラム「OPEN SITE dot部門」の採択を受けてスタートが切れました。長倉さんが一時帰国するタイミングで12月6・7日に2日間のイベントを行ったんです。

長倉:アート、フェミニズムアート、フェミニズム思想、世界史を、既存の資料から集約して、1つの「大きなタイムライン」としてアーカイブすることと、一般公募で「あなたが個人的におすすめめしたい・タイムラインに加えたい女性アーティストの情報」を集めること、これら2つの方法で、今までにない多種多様で非限定的な視点から女性アーティストの歴史を把握しようという試みをしました。

渡辺:作成してみて、まず女性アーティストはもちろんのこと、いわゆる大文字の美術史から取りこぼされてきたたくさんのアーティストがいることを改めて実感しました。また当初、日本の女性の美術史を作成するために、専門書よりも現実を映し出すだろうと思い、一般に手に入れやすい日本の文献や雑誌の年表を参考にしたところ、ほぼ「女性アーティストは誰もいません」みたいな空白状態になってしまったんです。それで急遽ルールを変えていきました。キュレーターの小勝禮子さんの展覧会カタログ等、専門的なアーカイブも参照させていただいて、やっと女性アーティストもしっかり活動し存在していたんだという元気がもらえる年表になりました。

長倉:西洋のフェミニズムアートの方が日本では紹介される機会が多かったからか、私自身も海外作家からの影響が強いのですが、日本の女性アーティストだけの年表も見てみたかったんです。日本の女性アーティストはどう語られてきたのか、語られるべきなのかに興味があります。

渡辺:公募も行ったのは、大きなタイムラインでは「1945年〜1999年」「主に英・米・日」と制限を設けざるを得ず、私達自身も取りこぼす側に立ってしまうことを自覚したからです。イベントでは、壁に大きなタイムラインを展示し、その上下に公募で集めた情報を貼りました。そこからたくさんの会話が生まれたんですよ。

長倉:公募は、「大きな物語」で語られにくい個人的な視点をいかに追加していくか、歴史に対してどう民主的に関われるかという試みでもあるんです。ジャンル・時代・国籍は問いません。小さい頃に読んだ絵本とかいろいろな分野から影響を受けてクリエイティビティはできていると思っているので。漫画家、染色家等も推薦されています。

渡辺:私達は研究者ではなくアーティストだから少し変化球を出せると思ったんです。俳優のエマ・ワトソンもいますよ。

――お2人が挙げた人物を教えてください。

渡辺:私は、SFからの影響が強いので、まずは代表的なところで小説家のジェイムズ・ティプトリー・Jrを。男性中心のSF小説界で女性であることを隠して執筆活動をしたアメリカの女性作家です。女性だと公表する前に「こんなSFはジェイムズにしか書けない!」と言わしめて大どんでん返しをした(笑)。『ゲド戦記』等で知られるアーシュラ・K ・ル=グインも入れました。どちらも、彼女達が作る物語から影響を受けています。

長倉:私は版画家の小田まゆみさんを。1992年に日本政府のプルトニウム輸送に反対して、団体「プルトニウムのない未来、Plutonium Free Future」をカリフォルニアと東京に設立し、環境平和活動をされています。今はハワイに住んで自給自足の生活をしながら制作を続けているようです。また、ランドアートを手掛けるアグネス・ディーンズも入れました。

――「こんな人もいるんだ」等の発見があって楽しいですね。

長倉:海外では領域を横断する人がいっぱいいて、様々な肩書きや専門を持っている人が多いですし、それが良しとされます。科学者とアーティストのコラボも普通にありますし、環境運動とアート活動も密接に結びついています。そもそも環境に関する運動は社会全体に根づいていますね。タイムラインが、マクロな視点で分野と分野とを身軽に飛び越えるきっかけになれば嬉しいです。

ビッグデータとは異なる歴史の編み方、ハブとしての「Timeline Project」

――TOKASのイベントではトークもあったのですね。

渡辺:1日目は近代日本美術史、ジェンダー史がご専門の吉良智子さんに日本の戦中戦後の女性作家の話をお聞きしました。2日目は社会学がご専門の竹田恵子さんと5つのコレクティブを招きました。「シスターフッド」に対して私達が提唱している、性別に関わらず連帯を示す「シブリングフッド」の可能性等についてディスカッションをしましたね。

長倉:昨今の日本の女性コレクティブは、フェミニズム、クィア理論、女性アーティスト等、緩く繋がりながらも興味のあり方がそれぞれに違い、それぞれに発信しているので、いい共存状態にある気がします。「Timeline Project」も、Back and Forth Collective等と、イギリス在住の美術批評家Hettie Judahを中心に執筆された文化施設やレジデンスのためのガイドライン『子育てするアーティストを排除しないために』の日本語翻訳をしました。私は、そこから派生したプロジェクトに今も参加していて、「子育てをするアーティスト」達の話を聞いています。

――協働するにはどうしたらいいか、さまざまな形を見せていただいている気がするんですよね。どうしたら新たな競争やヒエラルキーを生むことなく友好的に運営できるか、コレクティブはその実験でもあるのではないかと。

渡辺:EGSA JAPAN代表の竹田恵子さんも、どうしたらハラスメントが起こらない組織運営ができるか、ジェンダーの問題だけでなく、人と人が社会生活や協働するといったときにどういう仕組みが最適解になり得るのかという話をされていましたね。

長倉:今年の「ドクメンタ15」(ドイツ・カッセルで開催される国際展)では、インドネシアのアーティスト・コレクティブ「ルアンルパ」がアジア初のディレクターとして選ばれ、いわゆる勝ち抜きとかスターアーティストにスポットを当てるのではなく、公益やケアの精神等をベースとして共同作業を重視するアートシーンへの移行を説いていますね。個人的には、ドクメンタはその時代の旬な思想が出てくる場所でもあると感じているんですが、そういう意味で、世界のアートシーンでも昨今は「協働」の在り方やその可能性が注目されている気がします。

渡辺:さまざまな人が発言の機会を得て、コーディネーターにも多様性が出てくるといいなと思います。英米でみたアートや科学のイベントでは、あたりまえのように女性がトークのコーディネート等を行っていました。また、日本のトークでは同意・共有しながら進んでいくことが多いですが、欧米のトークでは、考え方も背景もみな違って当然なのでまとめることを目的としていない印象がありました。日本でも「違うということ」を前提として、美術が話される現場が増えたらと思います。

長倉:ベルリンの大学院で私の教授である女性アーティストが、大学や展覧会によく子どもを連れてきていたんですね。日本にいる時は自分のロールモデルにできる女性アーティストが見つからなかったのですが、彼女のように「これもありなの?」ということがどんどん行われて、社会もそれを自然に受け入れる機会が生まれていけばいいなと思います。

渡辺:子育てしながらどのようにアーティスト活動を続けていくのか、どうしたら長倉さんがやりやすい環境を得ていけるのか、私自身も自然と考えているんですよね。これまでは誰もが家庭の事情や介護等いろいろ抱えながら調整しているのに、平気なふりをして仕事していたじゃないですか。ようやくこれまで工面していた部分を話せるようになってきているのかな。

長倉:アーティストも一市民ですしね。

――頑張り過ぎないことも継続の秘訣ですよね?

長倉:そう、ムリしない(笑)。私達の運動も持続可能でこそ意味があると思っています。流行で終わらないよう、細くても次のジェネレーションにつなぎたい。

――「自由にやりましょう」と言いながらアート界内で入り口を狭めていることもあるので、「Timeline Project」の間口の広さはいいですね。

渡辺:すでにあるものを可視化する、いいと思ったものを紹介したい、学んでいくことをさらけ出しながらがいいと思っていますね。社会が分断する大きな理由として、ビッグデータに左右されているということがあると思うんです。インターネットによって世界が狭められていくなかで何かに偏っていることを自覚し、ウェブの力を信じつつも、フィジカルなコミュニケーションも大切にしていきたい。

――「Timeline Project」のハブやブリッジの在り方って、古書店に似ているかも。古書店ってビッグデータとは異なるオルタナティブな在り方なんですよね。探しに行った本の隣に自分の好みに関係なく知らない本がある可能性が高いし、お客がどんな本を売りに来るかもわからないながら、見知らぬ客の間に「交換」が生まれる。

渡辺:わあ、私、古書店で働いていたことがあるんですけど(笑)。一番端に眠っていた本が、ある日突然遠くの街に住む人から注文を受けて息を吹き返したりして、確かに地殻変動的なつながりをしますよね。私自身は、美術という言葉の器を大きく見ていて、やりたいことを多面的にやるための生き方として美術作家が一番適していると思っているんです。オルタナティブ、コレクティブ、領域横断が可能であることの証明も「美術」だからこそできると思っています。

――確かに「Timeline Project」はビッグデータとは一線を画しています。今後はどのように活動していきたいですか?

渡辺:今は大きなタイムラインのβ版PDFをダウンロードすることは可能で、公募はデータベースを更新し続けています。将来的には両方をドッキングしたい。コロナ禍がなければ、作家同士のつながりを頼りに旅をしながら女性アーティストを探したいとも思っていたんですよ。昨年から毎月26日配信でのポッドキャスト「Good Night Limpet」も始めました。「気ままに・真面目に・心のままに」をモットーにした番組で、時にはゲストを呼んだり、テーマも多岐にわたりますが、あくまでおしゃべりを軸にしていますので、ジェンダーやフェミニズムを扱う対話番組として新鮮に感じてくれる人が多いようです。    

長倉:ポッドキャストは家事や育児、作業等をしながら聞けるのもいいんですよね。

――今もウェブ上で公募は続いているので、いろいろな方が参加してくれるといいですね。

長倉:アートにもフェミニズムにも詳しくなくてかまいません。勉強しなければ発言できないという構えを取り払いたいので、気軽に参加してくれたら嬉しいですね。

Edit Jun Ashizawa(TOKION)

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アート連載「境界のかたち」Vol.8 「NEW AUCTION」ディレクター・木村俊介がイメージするアートオークションの新形態 https://tokion.jp/2022/01/15/new-auction-director-shunsuke-kimura/ Sat, 15 Jan 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=86504 ポストコロナにおけるアートを識者達の言葉から紐解く本連載。第8回は、アーティスト還元金制度を導入した「NEW AUCTION」ディレクターの木村俊介が登場。

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ビジネスからサイエンスに至るまで、アートの必要性を説くシチュエーションが激増している。コロナ禍で見える世界は変わらないものの、人々の心情が変容していく中で、その心はアートに対してどう反応するのか。ギャラリストやアーティスト、コレクター等が、ポストコロナにおけるアートを対象として、次代に現れるイメージを考察する。

第8回は、アーティスト還元金制度を導入した新たなオークションハウス「NEW AUCTION」ディレクターの木村俊介が登場する。東京・原宿に誕生した「NEW AUCTION」は従来のオークションの概念に縛られず、新しい体験や価値観の提供とアートマーケットの持続的な循環を促すことを目的に運営されている。国内初の売上金の一部をアーティストに還元する制度を導入し、原則として制作・発表から2年以内の作品は、アーティストか取り扱いギャラリーの承認をもって出品するという。11月に第1回となるオークション「NEW 001」が、原宿の「BA-TSU ART GALLERY」で開催された。「NEW AUCTION」設立の背景から、オークションの反響までの話を聞いた。

日本のオークションは未開拓の領域も多く可能性も高い

――「NEW AUCTION」を立ち上げたきっかけは何ですか?

木村俊介(以下、木村):もともと国内のオークション会社で10年くらい働いていた時に、原宿という街をフォーカスした「Harajuku Auction」というオークションを企画したり、音楽にまつわるアートを集めた「ART+MUSIC」というオークションを行ったりしていました。その後、今のen one tokyoという会社に移ってからミヤシタパークにあるSAIというスペースの運営も手掛けるようになりました。SAIのディレクターという立場で展覧会を通してアーティストと協業していく中で、この場所の特徴を意識させられることが度々ありました。

以前、SAIで写真家の石川竜一さんがサバイバル・登山家の服部文祥さんに同行して撮影した写真の展覧会を開催しました。その写真展は石川さんが服部さんと一緒に山に入り、自給自足をしていく中で撮影された作品で構成され、展示作品は人の手の入らない自然と、食べるために狩猟した動物の内臓が中心でした。

動物の肉は、普段あたりまえのように僕達が口にしているものですが、今の社会ではそれが本当に見えづらくなっていて、ストレートに生々しい内臓を展示することに、クレームや抵抗やネガティブな意見も出てくるだろうと考えていたのですが、いざ始まってみると本当に多くの人が展示を見にきてくれました。その7割くらいはおそらく石川さんのことも服部さんのことも知らずに来てくれていて、女子高生が鹿の脳の前で写真を撮っていたり、外国人が涙を流すほど感動をしてくれたりと本当におもしろい反応をもらえました。その時に、ふらっと寄っただけの方が、この場所から何かを持って帰ってくれるような感覚を覚えました。

この経験から、SAIという場所は商業施設内にあるのでギャラリーや美術館よりも、ある意味では開かれていて、多くの人に影響を与えられる場所なのだなと思いました。また、SAIのチームで、どうしたらより多くの人にアートを所有することに興味を持ってもらえるかということをよく話しているのですが、その中で、オークションというのが1つの方法としておもしろいと思いました。誰でも購入ができて、価格もオープンになっている。展覧会は特定のアーティストの世界を伝えるものですが、オークションはより購入者目線で1つ1つの作品の説明が求められます。まだ、アートを購入するということに対してハードルの高い日本でイベント性を持たせたオークションは有効な手段だと考えました。しかもこのSAIという場所で、実際の作品を展示して見てもらうということに可能性を感じました。

――アーティストサポートの還元金制度を導入するなど、既存のオークションと比較したNEW AUCTIONの強みを教えてください。

木村:ヨーロッパでは追及権が存在しますが、アメリカや日本、その他の多くの国には作者への還元金に関する法律がありません。還元金に対する善し悪しは別としてマーケットには、そもそも作品を生み出すアーティストがいて、それをサポートするギャラリー、作品を購入するコレクター、批評家、作品を後世に残す美術館がある。

オークションはアートの循環を支える1つのポンプのような存在だと考えているのですが、今は、オークションが力を持ち過ぎたせいか、勢いが強過ぎてやや乱暴な印象も受けます。「NEW AUCTION」ではこの循環を今よりも、もう少し柔らかいものにしたいと考えています。還元金はその1つの仕組みとして実験的に導入をさせていただきました。

――オークションに関して、日本にはまだまだ可能性があると。

木村:そうですね。未開拓の領域とも言えるので、可能性は高いと思います。日本のアーティストは海外の評価も高いですし。アジアのマーケットでも日本の注目は高まっていると感じます。アーティストやギャラリーのクオリティーは高いものの、マーケットがそこまで成熟していない。まだ、アートを購入できる場所としての認識は百貨店が一番強いですから、その意味ではオークションで透明性のあるマーケットを見せるということは重要なことだと思います。

――カタログも作り込まれて豪華でしたね。

木村:短い文章でもいいので、それぞれの作品のストーリーを伝えることを意識しました。同じ作品でも鑑賞してきれいと感じるだけではなく、制作背景のイメージなどを共有できたら購買意欲も湧くでしょうし、そもそも所有者も説明したいと思います。作品について考えることは僕等もやっていて楽しいですし、必要なこと。あらゆるジャンルのアーティストが並列に観られることもポジティヴに考えています。

落札率が95.3%という高い基準を記録した理由

――11月6日に開催したオークション「NEW 001」を振り返って、まずは感想を教えてください。

木村:初めてのオークションでしたが、システムトラブルもなくスムーズに運営できたことにまずほっとしました。あとは、参加者も多かったですし、何より会場の雰囲気が素晴らしかった。オークションは参加者が多ければ良いわけではなく、盛り上がっていることが求められます。通常は会場に来ないで電話やオンラインだけで競っている人も少なくありませんが、今回は会場からの入札件数が一番多く、落札率が95.3%という高い数字になりました。

その中でおもしろかったのは、ある顧客がウォーホルやカウズのようなポップアートを購入すると想像していたら、ピカソの作品を落札したことがありました。マーケットが成熟してくると“みんなと同じ”ではなく、いろいろな作風のアーティストに興味を持つと思いますので、この体験もオークションならではと言えます。

――落札金額が合計5億5477万7250円(販売手数料込み)を記録しました。落札率も含めて、活気のあるオークションになりましたが、その原因は何だと考えますか?

木村:作品の魅力を上手に伝えられたことだと思います。また、エスティメートの価格も魅力的な数字に抑えられたことも大きいですね。これは出品者の協力があってからこそです。あとはいろいろな人が会場に来ていただいたので、予想以上に盛り上がったという印象ですね。

――出点作品は約130点で、美術史で目にする巨匠から日本でも人気の高い現代美術家までのラインアップでしたが、アーティストのキュレーションはどのように組み立てたのでしょうか?

木村:まず、作品点数は展示場所や人員なども含めて限界が130点くらいと算出しました。その中で、アートに詳しい人も、まだアートを購入したことのない人も楽しめるようにできるだけ幅広く作品を集めました。

大まかに集めたい作家の時代と作品の傾向を決めて、そこから出品者と交渉を進めていきました。金額に関わらずできるだけ自分たちも欲しくなるような作品を意識して集めていきました。

――出品者の反応はどうでしたか?

木村:還元金制度については「必要なこと」と肯定的な意見が多かったです。また、カタログやブランディングに関しても出品者の方は喜んでいただけていたと思います。

――最高落札価格を記録したのが、ジョージ・コンドの《Little Ricky》(2004)で1億3800万円でした。今年国内で開催されたアートオークションで2番目の高額でしたが、この状況は想定していましたか?

木村:あれだけのジョージ・コンドの作品が国内のオークションに出ることは初めてでした。国内の所有者だったのですが、ご出品いただいたことに感謝しています。作品に関しては、世界的にもトップクラスの人気アーティストなので、当然入札はあるだろうと思っていましたが、それが国内の方かどうかが重要でしたね。落札者は海外の方でしたが、日本の方もかなり競ってくれていました。日本でも優れたアーティストの作品は入札されるという、日本の可能性を改めて感じることができました。

「NEW AUCTION」を通じた資金が、既存マーケットのサイクルに限らず循環する仕組み

――アートバブルの状況下で「NEW AUCTION」はどのような運営を考えていますか?

木村:帝国ホテルでスーツを着て行うオークションもありますが、「NEW AUCTION」は、できる限り原宿という街に根差したオークションを目指しています。ヨーロッパに行くと散歩がてらオークションに参加して、気に入った作品があれば購入する人が多くいますよね。カジュアルさだったり、買いやすさといった気軽に楽しめる場であることを意識しています。お客様も僕達も楽しめるようなことを考えて運営できれば一番良いです。

――2021年上半期に美術品オークションは2019年上半期と比較すると3%増加したという報告もあります(Artmarket.comより)。オンラインマーケットの活性化も大きな要因と考えますが、コロナ禍でのオークションマーケットとそれ以前ではどのような変化がありましたか?

木村:世界中から手軽に入札できる仕組みの確立で、オークションハウスも一気にオンライン化が進みました。作品を手軽に画像で判断し、購入する人は増えたと思います。生活が便利になることにはポジティヴですが、一方でフィジカルな鑑賞体験は不可欠です。オンラインでは良さが伝わりきらないことも多いですから。

――今、注目しているマーケットは何ですか?

木村:現状、社会的にマイノリティーなアーティストが活動の場としてアートが注目されていますよね。現在、「NEW AUCTION」のメンバーの川口は、元々ニューヨークを拠点に活動していましたので、黒人のアーティストをキュレ―ションする友人がいて、SAIでも展覧会を計画していましたが、コロナ禍でまだ実現はできていません。物理的な理由の他に、そのアーティストの作品を日本で展示して、制作背景まで理解してもらえるかを懸念しています。マーケットで売れているかどうかは別として、日本人が文脈をしっかりと理解できるのか、より深い意義が伝えられるのかなど、注目はしているもののもっと考えないといけない部分があると。それを考えた上で、どういう反応があるのかわからないけどチャレンジするのがギャラリーの使命だとは思います。

――今後のNEW AUCTIONの展望を教えてください。

木村:他者に流されず徐々に輪を広げ、オークション文化を日本により根付かせていこうと考えています。今回の「NEW 001」は、ファッション業界の方々からもポジティヴな意見を頂きましたし、「NEW AUCTION」のロゴの“NEW”の“W”にもう1本、斜線を加えているのは、コミュニティーを広げる、次につなげるというメッセージも込めています。

また、例えば、海外のアートブックの日本語翻訳版を出版したいという考えがあれば、オークションを活用した資金調達を提案したり、その仕組みとして稼働するような役割も担えたらいいですね。「NEW AUCTION」を通してアートが循環し、その収益の一部がアートマーケットの隅々まで行き渡るようなイメージ。そういうことができるといいなと思っています。

木村俊介
ミヤシタパークのアートスペース・SAIディレクター、「NEW AUCTION」ディレクター。国内のオークション会社に勤務し、原宿にフォーカスしたオークション「Harajuku Auction」の企画や音楽にまつわるアートを集めた「ART+MUSIC」というオークションを開催。その後、en one tokyoに移り、SAIのディレクターとして運営も手掛ける。11月に「NEW AUCTION」を発足し第1回となるオークション「NEW 001」を開催した。

Photography Kazuo Yoshida

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アート連載「境界のかたち」Vol.7 編集者・アートプロデューサー後藤繁雄が挙げる、次代のアートシーンを生き抜くための3つのキーワード https://tokion.jp/2021/10/14/editor-art-producer-shigeo-goto/ Thu, 14 Oct 2021 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=65109 ポストコロナにおけるアートを識者達の言葉から紐解く本連載。第7回は、編集者・アートプロデューサーの後藤繁雄が登場。

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ビジネスからサイエンスに至るまで、アートの必要性を説くシチュエーションが激増している。コロナ禍で見える世界は変わらないものの、人々の心情が変容していく中で、その心はアートに対してどう反応するのか。ギャラリストやアーティスト、コレクター等が、ポストコロナにおけるアートを対象として、次代に現れるイメージを考察する。

第7回は、編集者でアートプロデューサーの後藤繁雄が登場。主宰する「G/P+abp」では、日本の新進気鋭の写真家を世界に発信し、近年のヨーロッパで広がる「ジャパニーズフォト」ブームに一役買った。京都芸術大学やCAMPFIREでのオンラインスクールA&Eでは、「アート思考」「アート戦略」や「価値生成」といった現代アートシーンを生き抜くためのエッセンスをいち早くテーマ化し、若手の育成、コーチングも行ってきた。「僕は一貫して、人間の才能というものに興味がある。世界はすべての才能によって動いているのだから」とは後藤の弁だ。グローバルなアートシーンの現在を独自に考察し、その先へと作家達を導いてきたビジョナリーである後藤は、これからのアートシーン、くるべきアートをどのように見据えているのか。3つのキーワードを挙げながら、答えてもらった。

新しいコレクターやパトロンに瞬時にアクセスするインフラやネットテクノロジーのスキルの必要性

――まず、新型コロナウイルスによるパンデミックは、アートシーンに大きなショックを与えたと思います。同時にアートシーンが抱える問題や矛盾も浮き彫りになったと思いますが、後藤さんは現状をどう見ていらっしゃいますか?

後藤繁雄(以下、後藤):まずマーケット的なことから話を始めると、確かに、新型コロナウィルスが蔓延し、リアルスペースを一時的にクローズしたギャラリーもたくさんありました。ただ、デイビット・ツヴェルナーやハウザー&ワースといった海外のメガギャラリーは、それでも売り上げを落としていないですね。なぜか? 実は数年前から、彼等は先を見越してオンラインの開発に力を入れてきたからです。リアルスペースを閉じても、オンライン上で作品をプレゼンテーションしたり、作品の売買を行ったりする独自のプラットフォームを構築できた。一方、日本のギャラリーの多くは、そのイノベーションの準備をしてこなかった。アートワールドの流動化、社会のインフラシフトに対応した、自らの業態変成ができていない。問題を挙げるとするならば、そのことでしょう。というのも、これからのアートシーンを考えた時に、1つキーワードになるのは「ネットテクノロジー」。オンラインでの取引やSNSによるコミュニケーション、セールスチャンネルの拡大は、コロナ以前からの流れですが、コロナによってその動きは明らかに加速した。オンラインテクノロジーの波に乗るアーティストは、コレクターに直接セールスできる時代になった。ギャラリーの再戦略化が問われると同時に、これからアートシーンで何か成し遂げたいという人の必須条件の1つになった。

端的には、NFTアートだったり、ARやVR、ヴァーチャルな価値形態のアートというものがますます進化しているという局面もある。すでにアートマーケットはグローバルネットワークとして広がって地図が変わっているし、中国や香港、アジアにはさらにお金が集まり、コレクターが生まれ、新しいアートワールドが形成されていく。香港の「クリスティーズ」などオークションも沸騰しています。コロナ禍によって、今まで「リアル」なセールスに頼っていたギャラリーやアートフェアは、迷いがある。業態を進化させるか、ニューノーマルの回復を願うか。しかし、そうこうしている間に、新しい若いコレクターやパトロンは積極的にプレイヤーとして振る舞うし、確実に価値のエコシステムは変わっていく。新たなプレイヤー達は、前の世代と違って瞬時にアクセスするインフラやテクノロジーへの抵抗は全くない。よくビジネスに「アート思考」をいかに導入するかという話がありますが、その二元論ももはや通用しないですね。ギャラリーもアーティストも新しい「価値生成」という実践を目指さないと、全く新しいプラットフォームにとって代わられるでしょう。2020年代のアートワールドは、新しい「アート思考」「アート戦略」「実践」なしには立ち行かない。

――ギャラリーもそうですが、日本のアーティストも、あまりSNSやデジタルツールを活用していないようにも思えます。

後藤:積極的にやらないと全滅だと僕は思いますね。村上、奈良、杉本博司など、世界のトップにいる作家はすでにグローバルヴァリューに到達しているけれど、このコロナ禍で、ずいぶん皆、逆にガラパゴス化、内向化しているように見えます。しかし、大学で教えていて感じるのは、うんと若いアーティスト達は危機感もあるので優秀です。かなり自己防衛的にもSNSや動画、新しいテクノロジーを積極的に使って、コレクターやパトロンを獲得し始めている。彼等は旧い「批評」よりも、「ネットテクノロジーのもつ批評性」を信じている。ちょうどケビン・ケリーが『インターネットの次にくるもの』や、『テクニウム』などで分析したようにね。セルフブランディングや自己プロモーションの戦略に長けて、作品は完売してしまうし、グローバルなコネクションも既存の仕組みを飛び越えて行っていく。とにかくスマートです。「価値生成」に必要な作品のクオリティーも判断できるから、外注もするし、TED並にプレゼンテーションできる。ルックスやファッション的な振る舞いも巧みです。ギャラリーシステムや今までのアートの文脈を作ってきた人からすれば、歓迎できない現象だと思います。しかし、「ディスラプション」というコトバが示すように、「破壊的創造」を起こすものが、常に時代を塗り替えていったことを忘れてはなりません。それはビジネスワールド以上に、アートの十八番だったわけじゃないですか。ダダイズムや岡本太郎からストリートアーティストまで、常にアートワールドは、周縁にいる反逆者によってアップデートしてきたわけですから。

――そういう若いアーティストは、単にツールの使い方やプレゼンテーションが上手なだけでなく、いわゆるファインアートの文脈で見ても、良質な作品を作っている?

後藤:コンテキストの作り方も上手くなっています。美術大学の先生より、強かな生徒が生まれていますよ(笑)。彼等は授業中でもわからないコトバやアーティスト名はすぐに検索するし、海外のテキストもDeepLでチェックする。グローバルなコンテキストや批評性がないと、現代アートのシーンではやっていけないことも知っているから、高速でかつ深くアプローチしようとする。「私は絵画をやっています。私は絵が好きで上手なんです」ではまるでダメなことを知っていますよ。絵画は、もはや絵画全体に対する批評性を持ってないと基本的に、コンテンポラリーアートになりません。「メタ思考」ができないと、日本画であってもグローバルには通用しない。そのことを、強かな若手は知っている。批評力のルールが、高速で更新されているんです。僕はそのための「アート思考」や「戦略力」を大学でずっとプログラム開発して、教えています。古いアカデミズムではもう全く立ち行かない。上から目線で若手アーティストを扱うような教育は弊害あるのみですね。それから、社会人を対象にした通信大学院GOTOラボのようなトライは、他の美術大学でもまだ取り組んでいません。それだけでなく、同時に私塾であるSUPER SCHOOL online「A&E(ART & EDIT)」というオンラインサロンも立ち上げてやっているのは、コーチングを重視しているからです。例えば、ジェフ・クーンズやブルース・ナウマンなど全く制作スタイルは違うが、共にグローバルなアートワールドのトッププレイヤーです。しかし、アーティストが、どうしてトップにいるのか? どんなプロセスを踏んで、価値生成を行い、そのポジションにいるのか。アートを価値づけるマーケットと批評の根本には何があるか。そんなことをきちんと教える授業がある美術学校は、実は他にあまりありません。

――具体的に、どういう例を出しながら、「アート思考」や「戦略力」を学生に教えているのでしょうか?

後藤:ビジネスより、アートプロジェクトのほうが、実は進化した価値生成のものだということを事例を挙げて教えることです。わかりやすい例は、去年、亡くなったクリストですね。個人としてのクリストは去年80歳で亡くなりました。しかし、「クリスト」とは実は2人のユニット名です。今の時代、未来を先取りしたプロジェクトユニットだったんです。奥さんのジャンヌ=クロードとの2人で、建築や海岸を梱包するなど、巨大なスケールのプロジェクトで歴史に残るアーティストです。彼等は亡くなりましたが、今年の9月には、パリの凱旋門を梱包するというプロジェクトが50年を経て実現して世界的な話題になりました。興味深かったのは、日々のメイキングがインスタ動画で世界中にあたりまえに配信されていたことです。総体を新しい価値形態としてプレゼンテーションしようとしていることが伝わってきます。クリストは、死ぬまでの約60年の間に、20本のプロジェクトをやりましたが、1つにかかっている予算はだいたい2億〜3億円から始まり、ニューヨークのセントラルパークでやった《THE GATE》は22億円、今回の凱旋門のプロジェクトには18億円かかっていると言われます。何よりすごいのは、彼等が自分達のポリシーとして、企業や公的機関、プライベートなパトロンなどの金銭的なサポート、助成金など一切受けずにやり続けたことです。では、どうやってマネタイズしていたのか。奥さんが中心になり、プロジェクトのために、作った模型やリトグラフを、セールスしてすべて予算を集めてきたんです。

彼等のプロジェクトは、ある意味、ビジネスよりしっかりしたストラテジーや社会性を持っている。例えばアメリカの牧草地や砂漠を横断するように、約40kmにわたって布でできたフェンスを設置した「ランニングフェンス」という作品がありますが、クリスト達は、作品を置くことによる環境への影響を自腹できちんとリサーチし、レポート集も制作します。企業よりももっとシビアに、戦略的かつ意義のある事業形態を作り、価値生成を行ってきたわけです。オラファー・エリアソンなど、巨大なスタジオを自ら抱えてプロジェクトベースで活動する現在のトップアーティスト達に、クリストのようなパイオニアは実に大きな希望を与えてきたと思います。

次代に必要な「テクノロジー」「ソーシャリー」「生命」3つのキーワード

――実際、大学やオンラインサロンには、どのような人が集まるのでしょうか? アーティストやキュレーターの卵でしょうか?

後藤:いろんな人が来ます。アーティストを志す人や、アートシンキングを学びたいというビジネスマンやコンサルタント、実際にキュレーターとして活動している人もいます。また、障害者の福祉施設の現場の人や、TVの番組作りとして子どもの教育でアートはどう使えるのかを研究したいという人も。特に、ソーシャリーに、社会のなかでアートはどのような価値を持つか、また価値を生むことができるかに関心を寄せる若者は増えていますね。それは彼等がどう未来を捉えるかというリアルな反応です。ビジネスワールドは、それを知る必要があるでしょう。

この「ソーシャリー」という言葉は、これからますます重要になってくるキーワードです。以前から、グローバリズムによる弊害のような社会の同時代的なテーマに向き合う作家もいましたが、今回のコロナでも、改めて現代社会に潜む歪みや矛盾が露見しました。そういった矛盾をエネルギーにしたり、課題解決を目指したりするようなアートは今後さらにどんどん生まれてくる。

すでに世界的に知られる作家の多くは、ソーシャリーな活動も展開し、アート以外のシーンにも影響を与えています。今挙げたオラファー・エリアソンは、エチオピア難民のための充電式のライト《リトルサン》を作ったり、地球温暖化の危機を訴えるようなプロジェクトを行ってきました。ウォルフガング・ティルマンスも、民主主義やLGBTsなどの理解を促す「Between Bridges」というオルタナティブスペースを作ったり、またコロナで世界各地の文化施設やクラブが閉鎖された時には、「Between Bridges」を主体に「2020Solidarity」というプロジェクトを行いました。これは、アーティストが作ったポスターを施設に配布し、施設はそのポスターを自分達のウェブサイトで販売し、収益を得るというドネーション型のアートプロジェクトです。またトーマス・ヒルシュホルンは、いわゆるフランスの難民エリアで、パリのポンピドゥーセンターに収蔵されているアート作品を借りてきて、住民にキュレーションさせるという「教育的」なプロジェクトを行っています。アートに関心がある人は、単にアートに美を求めているだけではなくて、ソーシャリーな課題をいかに解くか。その力に期待しているのです。そのような人々が、僕の通信大学院などには参加して来ていますね。

――それぞれにビジョンがあり、アートを使って、独自の方法とアイデアを開発していく。イノベーティブとも言えますね。

後藤:アーティストは、ただ妄想的なビジョンを提示するのではなく、実践的。資本主義的なかたちの中で、ソーシャリーな提案を行う人もいれば、いわゆるアンチ資本主義的にその裂け目を作ろうという人達もいます。ソーシャリーといっても、すごく幅があり、さまざまなやり方があるわけです。もちろん、日本のアーティストでも、そういう視点で活動する人もいますが、今のところはレンジが狭い。そこは僕もイラだっているところです(笑)。

もう1つ、新しいアートの傾向としてキーワードを挙げるとすると「生命」ですね。バイオアートみたいなかたちもあるけど、生命や命というテーマについて自ら哲学し、アートで提示する作家がやはり今おもしろいんですね。生命を描く、とかいう間接的な表現ではなく、生命現象としてのアートです。

――生命をテーマにする、生命を考えるアートとは、具体的に?

後藤:例えば、フィリップ・パレノという作家は実におもしろい。彼は自分の家でイカを飼育していて、そのイカの体表を大きく撮影した映像をインスタレーションに使います。これまで、人間は、人間中心主義的なやり方(とりわけデカルト流の還元主義)で、結果的に地球環境を破壊し、異常気象のもとを作ったりしてきてしまったわけですが、タコやイカから世界をみたらどうなるか、とパレノは生命を相対化して考えるわけです。そういうビジョンは、近年注目されている「マルチスピーシーズ」や「コンパニオンスピーシーズ」という概念ともつながる。ダナ・ハラウェイがイギリスの『ARTreview』誌のトップ3に選ばれたりもしているのもそのような先見性からです。人間だけの幸福のかたち、コミュニティーの在り方、持続可能性を考えるのではなく、多種多様な生命の共生状態を中心にして物事を発想した方が価値生成になることを示している。

さらに言えば、2021年のコロナ禍で、世界の注目を集めた展覧会の1つに、オラファー・エリアソンが、スイス・バーゼルの「ファンデーション バイエラー」で行った『ライフ』展があります。これは実に象徴的な事例ですね。ファンデーション バイエラーは、エルネスト・バイエラーというアート・バーゼルを始めたアートディーラーのプライべート美術館です。過去には、ゲルハルト・リヒターやジェフ・クーンズ、フランシス・ベーコンとジャコメッティのコラボレーション展など極めて「特別」な展覧会を開いてきた。言わば、現代美術の“奥の院”です。『ライフ』展では、大胆にもレンゾ・ピアノの設計した美術館のガラスのファサードを全部外し、美術館の中とその前にあった池をつなげてみせています。本当にオープン。これもやはり生命や共生がテーマでした。アートならではの発想による戦略的プロジェクトで、ビジネスの人はできない進化形です。この「作品」によってオラファーが、社会にどれほどの影響を与えたか。彼のアーティストとしてのブランディング、価値生成もさらに高まったといえます。

――「テクノロジー」「ソーシャリー」「生命」と3つのキーワードが挙がりましたが、次代を見据えて、アートシーンに関わる人は、マインドをシフトしていったらよいと思いますか?

後藤:「アート思考」や「アート戦略」を身に付けることは前提ですが、重要なのは、その過程の結果として、どのような価値の「実現」「実践」を行うか、ということです。大抵の場合、ビジネスの人は「美意識を鍛える」とか「アートコレクターになる」というエビデンスの獲得に向かいます。しかし、アートによって得られる「価値」は多様なわけですから、いかにうまく「接続」できるか、という「戦略」が適正でなければならない。起業家としてスティーブ・ジョブズに「なる」のか、一枚の絵のコレクションで、アールドヴィーヴル(生活のアート)を目指すのか。その戦略の明確化が必要です。重要なのは、インディペンデントなアティチュードでしょう。金がなくても辺境からであってもアートなら、コトを立ち上げられ、才能で未来を作れる。その信念と態度。キュレーターのハンス・ウルリッヒ・オブリストは、世界的なトップキュレーターですが、彼がいつも口にする「活動の原点」は、自宅を会場に使った「キッチンショー」という最初の展覧会です。そこにフィッシュリー&ヴァイスなど、世界的なアーティストがおもしろがって参加した。最初は誰もが無名。キャリアがなくても、ローカルであっても「アート思考」ができ「アート戦略」をつかめば、類稀な価値生成ができることの証しですね。昔と違い、われわれは、SNSのような強力な発信ツールを持ってるわけだから、インディペンデントにできることもアップデートしています。AIの時代ですが、僕は少しもシンギュラリティとかに不安はありません。人間の能力の「速度」「深度」そして「オープンネス」でいること、それをトレーニングするマインドシフトの場としても、アートはますます重要になっていくからです。

僕はこの秋に新著『アート戦略2/アートの秘密を説きあかす』を出版しました。これは3年前に出した『アート戦略/コンテンポラリーアート虎の巻』のシリーズになるわけですが、前著と違って、2000年以降に、僕が雑誌で続けてきたアーティストへのインタビューが46本収録され、それを文脈化する最新の書き下ろしテキストによって構成したものです。普通なら、「アーティストインタビュー集」となるところを、「アート思考」「アート戦略」の本としてリエディットしたのです。アートワールドは、もはや大きなイズムやセオリー、ヒストリーでは動いていない。だからカオスだ、なんでもありだ、ルールなんてないから好きにプレイすればいい、なんて言う人がいるけれど、大間違い。「アート思考」は、アーティストの頭の中で動いているリアルなもので、実にイノベイティブです。それに、時代におもねることのないインディペンデントで、オルタナティブなものです。サバイバルし、価値生成し続ける優れたアーティスト達をリサーチすることは、基本です。ぜひ手に取ってほしい本になりました。

最後になりますが、僕は「才能」が好きです。若手写真家であろうが、篠山紀信のような巨匠であろうが、そのアーティストの才能を社会的に増幅させることをミッションにしてきた。それは、クライアントワークの機会であろうが、あるまいが、関係ありません。インディペンデントが基本だからです。だから若い時から、才能を世に出すための自分の出版活動をやり続けてきた。ブックレーベルとか、おしゃれな言い方がない時代からね(笑)。小山泰介、細倉真弓、横田大輔や小林健太等を世界的に売り出したG/P galleryも、基本的にはartbeat publishersという編集制作会社のコマーシャルギャラリー部門としてスタートさせたものでしたし。2019年からは、「フジ ゼロックス」と組んで、『NEOTOKYOZINE』という写真集のシリーズを発行しだして、1年ちょっとで30アーティストぐらい作った。コロナ禍ですし、オンラインセールスを重視するチャンスになった。そして、この冬から来春には、ファッションブランドの「ミハラヤスヒロ」と組んで、「新しいアート雑誌」も始めます。

DXはアートの発想、制作システム、プレゼンテーションの形式、ビジネスの在り方までも大きく変えている。シフトできない者は、アートワールドでも、あっという間に淘汰されるでしょう。昨今話題のNFTアートは、不可避的な事態です。コンサバティブになってはなりませんね。恐れず進むことです。かつて革命家の毛沢東は、「泳ぎながら泳ぎを覚える」と、今からすれば創発的な実践論を説きましたが、まさにそのアティチュードが必要です。

「アート思考」「アート戦略」「実践」のさらなる継続的な作業を行っていきたいと考えています。

後藤繁雄
大阪府生まれ。編集者、クリエイティブディレクター、アートプロデューサー、京都芸術大学教授。「独特編集」をモットーに、坂本龍一、細野晴臣、篠山紀信、蜷川実花、名和晃平等のアートブック、写真集も数多く手掛ける。また自ら主宰する G/P+abpをプラットフォームとして、150 を超す展覧会をキュレーションしてきた。直近のプロデュースの仕事として、GINZA SIXにおける名和晃平の巨大なインスタレーション「Metamorphosis Garden」のアートプロデュースがある。また、京都芸大大学院GOTOラボ、SUPER SCHOOL online「A&E(ART & EDIT)」 を主宰。近著に『超写真論 篠山紀信 写真力の秘密』(小学館)、9月に新著『アート戦略2/アートの秘密を説き明かす』(光村推古書院)が出版される。

Photography Nina Nakajima
Edit Jun Ashizawa(TOKION)

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アート連載「境界のかたち」Vol.6 NYの新鋭アートメディア「ホワイトホット・マガジン」編集長ノア・ベッカーが称賛する日本人アーティストと音楽とアートの関係値 https://tokion.jp/2021/09/05/noah-becker-favorite-japanese-artists/ Sun, 05 Sep 2021 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=57899 ポストコロナにおけるアートを識者達の言葉から紐解く本連載。第6回は、NY最高峰のコンテンポラリー・アートメディアと評される「ホワイトホット・マガジン」編集長ノア・ベッカーが登場

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ビジネスからサイエンスに至るまで、アートの必要性を説くシチュエーションが激増している。コロナ禍で見える世界は変わらないものの、人々の心情が変容していく中で、その心はアートに対してどう反応するのか。ギャラリストやアーティスト、コレクター等が、ポストコロナにおけるアートを対象として、次代に現れるイメージを考察する。

第6回はニューヨーク発のアート系ウェブメディア「ホワイトホット・マガジン」の編集長ノア・ベッカーが登場。「ホワイトホット・マガジン」は多くのメディアがニューヨークにある現代アートを扱うメディアの最高峰と評価。ニュ―ヨークのコンテンポラリーアートをベースにしながらも、“ホワイトホット・シティーズ”では世界各国のアートライターと連携し、現地の新鋭アーティストの発掘やアンダーグラウンドなムーブメントも扱っている。日本からはポップ・アーティストのKAORUKOやお笑い芸人で野性爆弾のくっきー!等のインタビューも公開している。

自身は、ペインターとして活動しNYやロサンゼルス、トロント、スイスなど欧米で個展を開催するアーティストであり、「アート・イン・アメリカ」「ハフポスト」など、伝統的なメディアに寄稿を続ける美術評論家でもある。さらには、ジャズサックス奏者として、アルバム『Where We Are』をリリース。現代ジャズシーンのギタリストとして名を馳せるカート・ローゼンウィンケルやジャジー・ローファイサウンドの代表的トラックメイカーでラッパーのモカ・オンリー等が参加している。2018年にはジャズクラブ「ヴィレッジ・ヴァンガード」でサックス奏者、デヴィッド・マレイとの共演も果たした。音楽と美術、アーティストと評論家の世界を横断し、常に新しい表現の可能性を追求しているノアの目には、アートの現状がどう映っているのか。

圧倒的な知見と文章力のライターをディレクションする仕組み

−−現代美術家、ジャズ・ミュージシャンとして活動をしていますが、2005年に「ホワイトホット・マガジン」を創刊するきっかけは何だったのでしょうか?

ノア・ベッカー(以下、ノア):当時のアートの世界では、それまでと異なるタイプのメディアを必要としている流れを感じていました。かなり野心的なアイデアだったので、スタート当初は、ここまで成長するとは思っていませんでしたね。

−−「ホワイトホット・マガジン」の特徴を教えてください。

ノア:アートの世界で本当に何が起きているのかを的確に把握するようにしています。コロナ以前は、NYで開催されていたほとんどのアートイベントに参加していました。現在は世界中で少しずつ活動が再開していて、バーチャルのトライアルも増えてきていますが、もう少し時間はかかるはず。その中で9月にニューヨークで開催される「スプリング・ブレイク・アート・ショー」にはアーティストとして作品を出展しますし、他にもいくつか展覧会を開催する予定があります。

−−多くのメディアが、「ホワイトホット・マガジン」をニューヨークで最も重要なアートメディアの1つと評価しています。新鋭のメディアとしてこだわりはなんですか?

ノア:世界中のアートに興味のある読者に「ホワイトホット・マガジン」を、アートについての情報を得るための最良のメディアだと感じてもらうことです。それに関しては、ライターの力が不可欠。現在、寄稿していただいているライターは、アートについての文章力はずば抜けていると思います。彼等の記事を読み、新たなライターが応募してきます。「ホワイトホット・マガジン」の知名度が上がり、日々多くの人からのポジティブな反応を得られるまでに、しばらく時間がかかりました。ただ、今起きていること、見るべきアーティストや作品にフォーカスしているだけなんです。ライターの深い考察こそが強みだと思います。

−−アーティスト、ミュージシャンとしてのキャリアは、エディターやライターとしての仕事にどのような影響を与えていますか?

ノア:複数のキャリアを持っていることで、知名度は上がったと思います。最近は、活動の幅を広げることが、自身のキャリアの可能性を高めることに直結していると考えるようになりました。

−−世界中のネットワークを活用した“ホワイトホット・シティーズ”は、各国のアーティストに関するコンテンツを集約しています。“ホワイトホット・トーキョー”も含まれていますが、日本人で気になるアーティストと可能性について教えてください。

ノア:これまでに、アーティストとして大きな可能性を秘めているコメディアンで野性爆弾のくっきー!とポップアーティストのKAORUKOをインタビューしました。KAORUKOの日本の伝統的な美術をミックスした様式のファンですし、くっきー!は素晴らしいユーモアのセンスを持っています。彼は作品を作りながら、一見、恐ろしいとさえ思えるユーモアを表現していますよね。大好きなアーティスト達です。日本人アーティストは、ポップアートを理解しています。村上隆が良い例。日本の版画も気に入っていますし、奈良美智はクールですよね。

ジャズミュージシャンの活動から考えるアートと音楽の関係

−−今特に注目をしているアーティストやムーブメントはありますか?

ノア:ニューヨーク市内のコンテンポラリーアートは、ウォーホルやバスキアの歴史でもありますが、現在のアーティストが、ニューヨークの著名なアートの歴史をどのように解釈するかに興味があります。

−−「ホワイトホット・ギャラリー」で、アーティストを紹介する際の視点は何ですか?

ノア:特に決まった方針はなく、純粋に自分の関心事やおもしろいと感じたアーティストを紹介しています。

−−ジャズ・ミュージシャンとしてのキャリアについて教えてください。

ノア:絵を描き始める前から、サックスの演奏はしていたんですよ。始めたのは11歳から。ジャズサックスはこれまで一貫してやってきたこと。今までに多くの有名なジャズクラブで演奏をしましたし、大勢の有名なジャズ・ミュージシャンとも共演をしました。

−−カート・ローゼンウィンケルとアルバム『Where We Are』をリリースし、2010年に公開されたニューヨークのアートシーンを描いたドキュメンタリー映画『New York Is Now』の、サウンドトラックにも楽曲を提供しています。 2018年には、ヴィレッジ・ヴァンガードでデヴィッド・マーレイと共演されました。自分の人生に影響を与えたミュージシャンは誰ですか?

ノア:昔から、チャーリー・パーカーが大好きです。実はチャーリーと僕の頭蓋骨の形がよく似ているんです。レントゲン写真で見比べるとよくわかります。そのためなのか、常に彼の作り出すバイブレーションに共感してきました。音楽は純粋に美しくて、作曲も自然発生的なんですよね。

−−ジャズ・ミュージシャンとしてのキャリアは、現代美術の作風にどのような影響を与えていますか?

ノア:人によっては、影響はあると聞きますが、個人的にはないと思っています。

−−アートと音楽の関係性についてどう考えますか?

ノア:音楽は時間の経過を装飾することができます。同じ意味でヴィジュアル・アートにもその可能性がある。ヴィジュアル・アートとは、絵画という意味です。両方とも制作する際のプロセスはかなり異なりますが、時間の流れの中に存在し続けます。

−−ポスト・コロナのアート・シーンにはどんな変化が起きると思いますか? 可能性も含めて教えてください。

ノア:コロナのパンデミックが収束に向かっているのでうれしいですし、ワクチンの力ですべてが“通常”に戻ることを望んでいます。ジャズ・クラブやアート・ギャラリーが少しずつ再開していることもうれしいニュースです。また、今、デジタルアートとフィジカルアートの作品を同時に制作しているところです。NFTアートももちろんですが、できる限りクリエイティブなツールは駆使するべきでしょうね。

ノア・ベッカー
ペインター、ジャズミュージシャン、アート評論家、編集者。オハイオ州クリーブランドで生まれ、15歳の時にブリティッシュコロンビア州のビクトリアに移住。サックス奏者、ペインターとしての活動を始める。2004年に拠点をニューヨークに移し、2005年にニューヨークのコンテンポラリーアートをメインに扱うメディア「ホワイトホット・マガジン」を立ち上げる。以降は編集長として活動する傍ら、「アート・イン・アメリカ・マガジン」や「ハフポスト」などのメディアにアート評論家として寄稿を続ける。2012年には「NYArts」誌で注目すべき30人のアーティストに選出される。2014年には自身の作品がグレーター・ビクトリア美術館のパーマネント・コレクションに加えられる。
Whitehot Magazine
Instagram:@newyorkbecker

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アート連載「境界のかたち」Vol.5 「NANZUKA UNDERGROUND」の南塚真史がファインアートとコマーシャルの壁を壊し、新解釈を求める理由 https://tokion.jp/2021/07/03/shinji-nanzuka-of-nanzuka-underground/ Sat, 03 Jul 2021 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=41059 ポストコロナにおけるアートを識者達の言葉から紐解く本連載。第5回は、6月5日にオープンした「NANZUKA UNDERGROUND」のオーナー南塚真史が登場。

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ビジネスからサイエンスに至るまで、アートの必要性を説くシチュエーションが激増している。コロナ禍で見える世界は変わらないものの、人々の心情が変容していく中で、その心はアートに対してどう反応するのか。ギャラリストやアーティスト、コレクターらが、ポストコロナにおけるアートを対象として、次代に現れるイメージを考察する。

第5回は、6月に「NANZUKA UNDERGROUND」(以下、NANZUKA)を原宿にオープンした、ギャラリーオーナーの南塚真史が登場する。2005年にギャラリーをスタートして以来、田名網敬一をはじめ、既存のアート文脈にとらわれずあらゆる世界で活躍する才能を見出してきた。最近では「ディオール」と空山基、ダニエル・アーシャムとポケモンのコラボや2019年、渋谷パルコにオープンした「2G」なども記憶に新しく、これまでファインアートとコマーシャルの壁を壊し、新しい解釈を求め続けてきた。

南塚はどのような意識でギャラリーをオープンし、世界が注目するまでに成長させてきたのか? ポストコロナにおける日本のアートシーンの可能性をどのように考えているのか?

“アンダーグラウンド”が持つ言葉の意味

——2005年に「NANZUKA UNDERGROUND」を渋谷にオープンして、2009年に白金に移転、2012年に再び渋谷に「NANZUKA」を。そして、今回、原宿にオープンするタイミングで「NANZUKA UNDERGROUND」に名称を戻した理由は何でしょうか?

南塚真史(以下、南塚):そもそも“アンダーグラウンド”という名称は、大学の先輩で、香港のMILL6でチーフディレクターをしている高橋​瑞木さんにつけてもらったんです。僕が始めようとしていたギャラリーはメインストリームではないし、プログラムもアンダーグラウンドと呼ぶべきものだったという理由です。

オープン当初から、田名網(敬一)先生がギャラリーの幹となるアーティストでしたが、世間では「グラフィックデザイナーなのでアーティストではない」という評価でした。しかし、2011年にはスイスのアート・バーゼルにおける個展が実現し、その流れでMOMAにも作品が収蔵され、美術館の展覧会にも呼ばれるようになりました。世界のアートシーンで田名網先生の評価が進んだタイミングで、“アンダーグラウンド”と名乗り続けることは逆にアーティストにとって不利益になるかもしれない、と思い直しました。また、単純にギャラリーの名前としては長いなと(笑)。

今回、改めてパルコに「2G」ができたこともありましたし、地上のギャラリーになったことで、逆説的に戻しました。質問をいただいたように、“アンダーグラウンド”の言葉の意味を、それとなく考えてもらう狙いもあります。

−−田名網敬一さんは、「NANZUKA」を語る上で、欠かせないアーティストだと思います。それまで所属ギャラリーもなく、作品を売っているイメージもなかったアーティストにはどのようにアプローチされたのでしょうか?

南塚:2000年代初頭に、ギャラリー360°で開催した個展を、宇川直宏さんやボアダムスのヤマタカアイさんが掘り起こした“第1次田名網敬一再評価運動”を僕が追随した形でした。実際に、田名網先生の信用を得ることができたのは、宇川さんの存在が何よりも大きいです。

田名網敬一の重要性は、戦後日本のアメリカに対する政治的なコンプレックスや文化的な愛憎などあらゆる混沌を含んでいる作品が、グラフィックデザインではなく、現代アートとして語るべき文脈や価値があるということです。キャリアや肩書などにとらわれずに、ストーリー(文脈)を掘り起こしさえすれば、きっと欧米のアートシーンでは認められるはずだと思っていました。田名網敬一の持っている歴史的な背景や特異性は、今後20世紀の歴史を俯瞰して振り返る際に、とても重要になるという確信がありました。

−−日本と世界での評価が異なるアーティストですよね。

南塚:そうですね。本人は幼少期に戦争を経験しているので、高度経済成長後の恩恵を受けて育った戦後の日本人が考えるアメリカと日本の関係性とは根本的な認識が違います。しかし、だからこそ民主主義の根幹にある自由思想や公平・平等性の価値を誰よりも理解しています。その中には、パンクやヒップポップ、ヒッピーといたカウンター・カルチャーを理解し、育もうという考えも存在します。そして、その文脈こそが、現在の田名網敬一の評価に直結しています。大事なことは、そのような田名網先生の持っているストーリーを、美術史のルールに基づいて説明することなんです。

受け手側の意識でアートの価値は変化する

−−南塚さんは正式な美術史学の教育を受けた上で、卒論がアウトサイダー・アートと聞きました。

南塚:アウトサイダーというか、アカデミズムから外れた表現です。人類の祖先が狩猟民族の頃に洞窟で生活の様子を描いていたような時代まで遡ると、美術史論は関係なくなって、むしろ“衝動”や“必然性”が重要だったのではないかと。そこからスタートして、近代的な学問として制度化されたアートに対するカウンター的な立場で人間の表現を捉え直すことが僕の根底にある立ち位置です。独学の芸術家や子供の創作活動、アウトサイダーアートに興味を持った理由はそこにあります。これは、私たち受け手の側が「アート・美術・表現」を、私達が今生きている社会の中でどのように捉えるのか、むしろ社会人類学に近いアプローチです。

ギャラリーを始めた経緯は、美術史の基本であるアーティストが亡くなって50年とか生誕100年といった過去の研究よりも、現在生きている人と仕事がしたいと思ったからです。美術作品をマネタイズする行為に懐疑的な立場を取り、他界したアーティストだけを研究対象とする美術史の構造的な弱点は認識されるべきですし、現在の高速情報化社会における日本の保守的な美術界に対しては、村上隆さんも構造的な部分で戦っていますよね。

−−アート・バーゼルに受かるまでは、「NANZUKA」のプログラムはアートではないという声もあったそうですね。

南塚:実のところ、今でもそういうアゲインストな風は常に吹いています(笑)。2011年にアート・バーゼルに受かった時は驚きましたけど、遅かれ早かれ田名網敬一は世界で評価されると確信していました。前年の2010年には、ロンドンのフリーズに入っているのですが、その選考過程でキュレーターを務めていたセシリア・アレマーニが、田名網敬一の個展をチェックしに、お忍びでギャラリーに来ました。おそらく、彼女のバックアップがその後の「NANZUKA」の評価の過程では大きかったと思います。当時のヨーロッパには、既にロウブロウ・アートやカウンターカルチャーのスペシャリスト的なキュレーターがいたことにもアートに対する懐の深さを感じました。それでも、2015年のバーゼル・香港や2018年のバーゼル・マイアミでは、空山基の作品発表をNGとして申し込みを却下されたりしていますし、“アンダーグラウンド”を自称しているだけのステップ(バトル)を、ちゃんと踏んでいるんですよ(笑)。

−−「NANZUKA」はプライマリー・ギャラリーとして、ファッションやアニメなど、いわゆる芸術とみなされない文脈の作家やジャンルの作品をアートシーンにのせてきました。アートとその他のカルチャーを縦横無尽につなげられたのは自然の流れだと感じますか?

南塚:それははっきりしています。アーティストが望むことだからです。田名網先生は1967年に「美術やデザインといった1つのメディアに限定せず、いろいろな方法でやっていこうと思う」というステイトメントを残しています。ウォーホルはいわずもがな、先駆的な河原温の「印刷絵画」もそうですが、プロパガンダ戦略を含めた大量消費社会へのリクアクションとしてのポップアートは、ダダの概念を更に簡潔に推し進めて社会への影響力を重要視しました。そのことが基礎知識としてありましたので、コマーシャル・アートやファイン・アートといった選別は最初からナンセンスだと思っていましたし、当然しなかったです。ギャラリーの特色でもある、メインストリームに属さないアーティストを扱うという骨格は、自然と異端児達が集まることで肉付けされてきたんだと思います。

−−アートとファッションや音楽、ストリートカルチャーなどが交錯するようになり、新しいコンテンポラリーアートが成熟していくような流れは、今後どのように変容していくと考えますか? 

南塚:ストリートカルチャーが全盛の時代に育てばストリートと親和性の高いアートを手に入れたいと思うのが自然で、今は単純にその時代が来たということでしょうね。「NANZUKA UNDERGROUND」がオープンした2005年の時点で、すでに裏原ブームは落ち着いていましたけど、1990年代の渋谷・原宿カルチャーが作ったスタイルの影響は、当時学生だった僕達にとって、とても大きかった。当時、カウズやバンクシーのようなアーティストの作品はファインアートとして認められていませんでしたが、現在の評価を見ればその是非は明らかです。これも受け手の側のボリュームの問題で、今まさに、その価値を理解する人達が主流になった、というだけなんですよね。これから先10年後には、現在のグローバル規模のストリートカルチャー全盛に対するカウンターから生まれるアートが間違いなく出てきます。ストリートの意味はもっと希釈化されるでしょうが、そこに含まれる多様性やカウンターの精神は、別の文脈と融合しながら引き継がれると予想します。

アーティストマネジメントとコンサルティング、プロダクション開発までのフルサポート体制

−−ポストコロナでのプライマリー・ギャラリーの在り方や、「NANZUKA」が進む方向性について教えてください。

南塚:作品を販売するだけのギャラリーはどんどん淘汰されると思います。人気のあるアーティストは、やろうと思えば自分のSNSを使って直接作品を販売できるようになりました。その一方で、メガギャラリーは、世界中に支店を展開し、そのブランド力とネットワークを駆使して、売れているアーティストの引き抜きを盛んに行っています。今後、その競争はますます激しくなるでしょう。その中で、「NANZUKA」は、作品を販売するという部分の優先順位を下げて、アーティストのケアをするマネジメントの仕事を強化してきました。同時に作品の制作サポート体制も充実させています。言ってみれば、作品の販売は「NANZUKA」よりも力のあるギャラリーにやらせれば良い、というスタンスです。ジェフリー・ダイチと組んだ企画展「Tokyo Pop Underground」などは、そのような僕の戦略を反映しています。

−−オンライン・アートフェアの有効性を肯定する一方で、リアルなイベントの重要性は失われていないという声も多いです。オンラインのプラットフォームが成熟していないことも理由に挙げられると思いますが、そもそも役割の違いなのでしょうか?

南塚:オンライン・アートフェアの展示は、鑑賞済みの作品しか有用性はありません。アートはナマモノですから、フィジカルな体験があって初めて育まれていく。コロナが落ち着いて、世界を行き来できる状況になれば、作品鑑賞のプライオリティは引き戻されるでしょうね。

−−アート・バーゼル香港が、今年からライブ配信の「アート・バーゼル・ライブ:香港」に切り替わりました。実際にオンラインで参加されてみて感じたこと、可能性を教えてください。

南塚:うちは香港に「AishoNanzuka」というパートナーギャラリーがありますので、リアルなブースも同時展開しました。正直に言って、オンラインでのコミュニケーションには深さとスピードという点で限界を感じました。一方で、フィジカルなブースの良さをアーティスト達が喜んだことで、再認識できました。

複雑な構成の漫画から次代のアートが生まれる可能性

−−今、南塚さんが注目しているマーケットを教えていただけますか?

南塚:若い参加者(プレイヤー)が多い点でアジアにポテンシャルを感じますが、信用していたコレクターが、数年後に悪質な転バイヤーになってしまったことも多々ありました。欧米のマーケットと違って、文化に対するエチケットが根付いていない印象を受けます。作品が転売されること自体は否定するものではないですが、アーティストにとって作品がどのようなものか、もっと飛躍して言うと私達人類にとってどのような意味を持つものなのかという基礎知識、共通認識がその社会の文化レベルを表していると思うのです。日本も決して威張れるレベルではないのですが、最初から作品を転売する目的で買いに来る人には、他の投機をオススメしております。

本当の意味で優れたコレクターは、作品を預かっているというような気概を持っているタグチ・アートコレクションや高橋コレクションのように、広く鑑賞の機会を人々に提供する目的で収集している人です。もちろん、予算があってのことですが、結論から言うと、そのようなところに一番良い作品が集まります。中国ではそのようなコレクターがものすごい勢いで増えていますが、日本も今後そのようなコレクターがどれだけ育っていくか、制度側のバックアップも含めて期待したいです。なにせ、日本の公的な美術館は収蔵予算がまったくありませんので……(苦笑)

−−コレクターの教育も重要なんでしょうね。

南塚:本当にそうですね。日本のアートマーケットは1990年のバブル崩壊時にゼロどころかマイナスになりました。“悪徳画商“という言葉は、真贋の責任を負わない美術商や、互助会的なマーケットを守るために存続してきた画壇とデパートが一体化した日本のアートマーケットへの不審に基づいています。しかし、現代アートは、まずマーケットがグローバルでオープンなので、少し勉強すれば、公平性がわかる程度には可視化されていることが理解できます。また、基本的にすべての作品が、アーティスト本人ないしはギャラリー関係者の証言によって真贋が担保されています。まず、その違いを知るところから、日本のコレクターは始める必要があります。

また、新興のコレクターは、有名なアーティストの作品をオークションで買うケースが多いですが、人気のアーティストは、どうしても高額になる。良いコレクターとして認められれば、プライマリーギャラリーから作品を買えるようになる。それが一番安く早いルートです。では、どのようになれば、ギャラリーの重い窓を開くことができるのか。

最近、僕は岡田斗司夫さんの“評価経済社会”に関心があって、その応用について勉強しています。人の評価は数値化できないですけど、先の作品販売の裏事情について少し説明をすると、特定の顧客には、自然と優れた作品が渡るというシステムがギャラリーのセールスには常に作動しています。つまり、その人の評価が作品へのアクセス権となって還元されるようになっているのです。では、何がその評価の基準となっているのか。それは単純にアーティストが喜ぶ“行き先“かどうかです。NYの「MOMA」のような著名な美術館に収蔵されることを望まないアーティストはまずいません。美術館でなくとも、自分の家族のように作品を愛してくれるコレクターであれば、アーティストは安心して作品を譲るでしょう。作品をモノとしてではなく、生み出したアーティストの側に立って、このクローズドな流通システムを透視すれば、自ずと理解してもらえるはずです。

アートはその価値が容易に説明できない、数値化されない、という意味でやはり特別な存在だと思います。世界に1つしか存在しない作品の価値を認めるか認めないかという点は、究極的には人間が存在する理由にも結びついているのではないでしょうか。コロナ禍でも美術品の価値が落ちなかったことは、文化が人間の存在意義の拠り所になっているという仮説と決して無縁ではないと思います。

−−文化の転換期直前には、歴史的な飢饉や世界規模のアクシデントが発生していた歴史背景もありますね。似たような今の状況で、今後注目する都市はどこですか?

南塚:コロナ以前から、アメリカを筆頭に保守的で排他的な政治指導者が台頭したことへのリアクションとして、ローブロー的、カウンター的なアートの再評価が進みました。「NANZUKA」でも2019年に展覧会を行ったピーター・ソールのようなアーティストは、その筆頭株です。他にも黒人や女性のアーティストの評価が上がってきました。

うちも、今年のアート・バーゼル香港で、ワハブ・サヒードという20代のナイジェリア人のアーティストの作品を発表しました。ファッションや音楽といった流行に敏感で、しかし独自の感覚を持つアフリカの若い世代を代表するアーティストになると思います。顔の構造的な描き方とかは(エルンスト・ルートヴィヒ・)キルヒナーのようなドイツの20世紀初頭の表現主義の影響が見て取れます。コンゴで誕生した“サプール”のように、ヨーロッパのカルチャーをリメイクして、独自のスタイルを開拓する若者がアフリカにはたくさんいて、ファッションから発生したムーブメントが周辺のカルチャーを巻き込んでアートにまで影響を与えている状況に興味があります。

このように、どの都市というよりは、世界的に新しい潮流が見て取れますが、ターゲットポイントとしては、やはりアメリカのNY、LAあたりの底力がすごいです。

−−最後に今後の日本のアートシーンにはどんな可能性がありますか? 課題も含めて教えてください。

南塚:最近、日本の漫画を読んでいると複雑な構成の作品が多いと感じます。これまで日本人が苦手としてきた、自分の内面や文化をグローバルな視野で掘り下げて解釈し、文脈化しながら、表現に変えることのできる若い作家が増えてきたのではないでしょうか。それこそ、『鬼滅の刃』は、SF設定の『北斗の拳』などと違って、一定の史実を反映している内容の重さや、表現の残酷さの比重からして、僕が子どもの頃には、老若男女巻き込んでこれほどまでの人気作品にはなりえない漫画だったと思います。子ども向けの設定として、もっと簡略化したパッケージにする必要があった。でも、今は『進撃の巨人』のように、歴史的な教訓も含めた設定の作品に、小学生から大人までが夢中になっています。

これからの日本では、強固なストーリーと複雑な構成、深い文脈設定の漫画が、たくさん生まれてくる予感があります。漫画の文法から応用した新しいアートの形が生まれてきたらおもしろいでしょうね。まだ、長編漫画を描いた後に1枚の作品を凝縮して作るようなアーティストはいませんから。

南塚真史
1978年東京生まれ。2005年、コンテンポラリーアートギャラリー「NANZUKA UNDERGROUND」を渋谷に設立。田名網敬一をはじめ、空山基、山口はるみ、佐伯俊男ら日本のファインアート以外で評価をされてきたアーティストを再評価し、現代アートの可能性を広げる。2019年、渋谷パルコにファッションを軸にしたショップ「2G」をオープン。2021年6月、原宿に「NANZUKA UNDERGROUND」オープンし、現代美術と周辺のカルチャーを組み合わせた実験的な挑戦を続ける。

Photography Kazuo Yoshida

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アート連載「境界のかたち」Vol.4 「VABF」ウェブ・ディレクター萩原俊矢が考える、ポストコロナにおけるアート表現のオルタナティブ性 https://tokion.jp/2021/04/12/vabf-web-director-shunya-hagiwara/ Mon, 12 Apr 2021 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=26266 ポストコロナにおけるアートを識者達の言葉から紐解く本連載。第4回は昨年開催されたVABFのウェブディレクターを務めた、萩原俊矢が登場。

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ビジネスからサイエンスに至るまで、アートの必要性を説くシチュエーションが激増している。コロナ禍で見える世界は変わらないものの、人々の心情が変容していく中で、その心はアートに対してどう反応するのか。ギャラリストやアーティスト、コレクターらが、ポストコロナにおけるアートを対象として、次代に現れるイメージを考察する。

第4回は昨年11月にバーチャル空間で実施されたアートブックフェア「VIRTUAL ART BOOK FAIR(VABF)」のウェブ・ディレクションを担当した萩原俊矢が登場。年に一度アートブックの祭典として2009年から開催されてきた「TOKYO ART BOOK FAIR(TABF)」は昨年、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡⼤防⽌の観点から東京都現代美術館での開催を見送り、新しい試みとしてバーチャル空間での開催を実現した。

「POST」「Utrecht」「twelvebooks」らをはじめとするアート専門のショップ、レーベルが約230組参加した今回の「VABF」において、萩原は何を意識し、どのようにウェブサイトを作り上げたのか。また、これまで多くのウェブディレクションを手掛けてきた経験から、ポストコロナ時代の表現の1つとなるであろうデジタルメディアにどんな可能性を見ているのだろうか。

どうしたら来場者が「VABF」でディグりたくなるだろう?

――まずは、昨年開催された「VABF」の設計について伺いたいと思います。「TABF」の会場をデジタルで再現したということですが、UX設計において意識した点を教えてください。

萩原俊矢(以下、萩原):「VABF」ではたくさんの関係者と協業をしていて、僕はウェブディレクターとして全体の取りまとめを担当しました。3D空間でやりたいというのは「TABF」メンバーからの発案なんです。むしろ、これまでウェブ制作を専門でやってきた僕としては、Web 3Dは大変だぞと(笑)。ウェブの導線をどうすれば使いやすいかという観点では僕はプロですが、3Dのサイトを作るというのはもはや空間設計だと思ったので、デザイナーの田中義久さんにご紹介いただいて、ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展にも参加している建築家の砂山(太一)さん、木内(俊克)さんにもご参加いただきました。

3Dを用いた情報表現はどうしてもゲームに近くなります。フォートナイトというゲームの世界でトラビス・スコットや米津玄師氏がライヴをやったのは有名ですが、コロナ禍でこういったゲームを始めたお客さんも多いと思うので、そのクオリティで勝負しても勝てないだろうと感じました。だから、「VABFはゲームではない」、ということはすごく意識しました。その上で、デジタル空間では重力すらもプログラミングしなきゃいけないので、「そもそも重力いるんだっけ?」「会場って建物である必要ある?」みたいな話を時間のない中で繰り返して、何を作るべきかをゼロからみんなで考えました。

また、ブックフェアで大事なことって、「偶然発見する楽しみ」だと思うんです。自分自身の興味としても「ディグる」という行為が気になっていたので、どうすればお客さんがこの会場でディグってくれるか、をすごく考えました。今の時代、情報は向こうからやって来るので、なかなか人々は能動的にディグらないですし、スマホサイトなんて気軽に閉じちゃえますから。

――今回のVABFでは閲覧環境としてGoogle Chormeブラウザを推奨されていましたが、あれは意図的ですか。

萩原:痛いところですね(笑)。基本的にグラフィックデザイナーはデザインをする際にまず用紙サイズを決めてデザインを始めるわけですが、ウェブは完成して見る瞬間にサイズやスペックが決まります。それがおもしろさでもあるのですが、そんな環境で Web3Dをやろうとすると、かなり最適化しなければいけない。しかも、スマホって負荷がかかるとすぐ落ちちゃうんですよ。今回もスマートフォンで閲覧するユーザがたくさんいるという前提があったので、最後までちゃんと動くわからなくてドキドキしました。3DパートのエンジニアのAMAGIさんがかなり工夫をしてくださって、最終的にはほとんどの環境で閲覧できるようにできましたが、やっぱりある程度はお客さんの閲覧環境を限定できるとありがたいですね。

――「TABF」をデジタル・プラットフォームにしたことで、良かった点はなんですか?

萩原:やっぱり、会場にわざわざ行かなくて良くなったことは大きいですね。開催を決めた当時はコロナの第2波が来るんじゃないかという深刻な雰囲気もあって、自宅で楽しめるコンテンツを求めている方も多かったので、バーチャルでも遊びに行けるんだという前向きなコメントをたくさんいただきました。また、今回はオランダにフィーチャーした企画がありましたが、オランダにいる友達がサイトを見たと連絡をくれたのも、バーチャルならではだったなと思います。

――一方で、バーチャルにすることで消えてしまったものは?

萩原:人々が一堂に会する熱量であったり、清澄白河まで行く道中で知り合いに会ったり、本をたくさん買ってカバンが重たくなる感覚、出店者がどんな表情をしているかなど、バーチャルではできないことがたくさんありました。ウェブというのは、基本的に誰かがアップロードしたものしか存在しないので、間違ったもの、変なものは上がらないんですよね。あらためて、そういう情報こそ大事だよなということを痛感しました。

デジタルの課題は演出を感じさせない“エラー”

――道を歩いていて石ころに目がいくような、エラーというか、偶発的に得られる情報ってどうしてもフィジカルの方が強いですよね。

萩原:まさに、そうなんです。今回の会場でも出店者がブースの中で自由に本をレイアウトできるとか、余白があって気配が漏れ出るような構造を意識はしたんですが、偶発性には限度がある。「石ころ」は「道端」というプラットフォーム上に存在しているコンテンツで、道路や都市という空間がない限りは存在できない。「つぶやき」というコンテンツがTwitterなくして存在しないように、石ころは現実にしか存在できない。

岸政彦さんが『断片的なものの社会学』という本の冒頭で石ころの話を書いています。路上に転がっている無数の石ころのうちどれでもいいからひとつ拾い上げる、と、「その瞬間」にこの広い世界で「その石」と出会えた偶然に強烈に感動するというような話です。それをウェブ用語に置き換えると「“エンゲージメント”の状態」だと思うんです。ウェブ業界では「いいね」したり、リンクを「クリック」したりする行為を「エンゲージメント」と言ったりします。コンテンツとユーザが結びついた状態のことですね。たしかに、ウェブ上でも、誰かが投稿したなんてことのない写真を気に入って何度も見てしまうような、運命的な“エンゲージメント”は存在するもので、こうした感動をどうしたらデザインできるのだろうかと思います。まったくおこがましい話なのかもしれませんが。

あと、石ころはそのものを家に持ち帰ることができますが、気に入ったウェブ上の写真をキャプチャしてjpegとして保存したり、プリントアウトして部屋に貼ったときに、その写真とユーザはエンゲージされていると言えるのか、ということをちょうど昨日考えていました(笑)。

――もし実空間と仮想空間の両方で同じ展示をしたとして、それらははたして「同じ」ものになるのでしょうか。

萩原:最近VRゴーグルの「Oculus Quest 2」を買ったんですけど、目の前すべてがバーチャル空間になると、かなり現実っぽいなということを感じます。卓球をやっても、現実の体験に感じます。これをマウスとカーソルでやってももどかしいだけですからね。ただ、例えば、「絵の具で描かれた絵画作品を見る」というような行為は、VRでは限界があると思います。作品のマチエールやオブジェクトそのものを見ることはできないので。一方で作品がインスタレーションやパフォーマンスであれば、それはバーチャル空間でも成り立つものだと思います。小泉明郎さんの「縛られたプロメテウス」というVR演劇作品があるんですが、非常にユニークな VR の使い方を試みられています。今後もいろんなジャンルの方がVRや仮装空間を用いた展示をやると思うのですが、そういったバーチャルな世界では、重力すらもあらかじめプログラミングすることになるので、「作品」と「環境」の違いや、そもそも何を持って「展覧会」と呼ぶのかとか、その境界線はどんどん曖昧になっていくと思います。

――現実の展覧会では時間によって光の入り方が変わって作品の見え方も変わりますよね。

萩原:確かに、自然照明に近い環境にあるギャラリーだと、時間帯によって作品の感じ方は違います。これを仮想空間でやろうとすると、光量などをすべてプログラムで記述する必要があって、いちいち「仕立てる感じ」になってしまうんです。全部が演出っぽくなってしまうのは、ある意味でデジタルの課題ですよね。

新しいカウンターはデジタル作品をNFTで売るようなアートと経済の両立

――以前「ルイス・バラガンの家」をデジタル上に再現している人がいたのですが、どうしても本物とは違うものになっていました。

萩原:ジェームズ・タレルの作品とかもおもしろくなさそうですよね。いや、むしろタレルが演出とわりきってそんな作品を作ったら楽しいか(笑)。でも実空間の作品がもつ「ありがたさ」みたいなものは失われそうですね。今回の「VABF」では、ラファエル・ローゼンダールがバーチャルな公園内に彫刻作品を大規模に展示したのですが、彼も「いつか実際の公園でこれをやりたい」と言っていて。やっぱりバーチャルだから攻められるところと、リアルの「ありがたさ」みたいなものはお互いあるよなあ、と思いました。

――そうした話を聞くと、デジタルとリアルという場所において、やる側も見る側も自由を求めていて、オルタナティブでやっているという印象があります。アートにおいてオルタナティブな場を探る動きは今後も活発になっていくと思いますか?

萩原:リアルでしかできないことはたくさんあるので、これまでの制度が簡単に崩れることはないでしょう。今はまだ「仕方なく」オンライン飲み会をしていると思いますが、「むしろオンライン飲みのほうが楽しいよね」という感覚が広まると、さらにオルタナティブな動きは活発になるでしょうね。最近は友人と「Among Us」というゲーム・プラットフォームでゲームをしながら飲んだりもしてるのですが、それはそれで楽しいんです。そんなふうに、オルタナティブな場は活発にはなると思いますが、Kindleが出てきたから紙の本がすべてなくなるかというとそうでないように、全部がデジタルに置き換わることはないと思います。その比率は変わるかもしれないですが。

――デジタルとリアルという点では、ウェブ上から「ダウンロード」できる本のみを取り扱う「TRANS BOOKS DOWNLOADs」を昨年の12月に武蔵小山の「same gallery」で開催されました。

萩原:「TRANS BOOKS」の主旨は、本をデジタルやアナログを超えたメディア、表現を考えるきっかけを提供してくれるプラットフォームであると捉え、本を題目にこれからのメディアの在り方について探求することにあります。「本」といっても電子書籍やオーディオブックなどいろんな形があって、コンテンツが同じだとしても、その見せ方や形態はいろいろとあります。だから、VRで本と呼べる体験はなにかとか、ツイートをまとめただけでも本になりえるのかとか、どこまでが「本」と呼べるのかといったことを考えてきました。

そんな中で、コロナによっていろんな人がインターネットにやってきた。これまでリアルな世界で行われていたことをどうにかしてオンライン化しようとする「アップロード」の流れがやってきたんです。先ほどの飲み会もそうだけど、もしかすると、このアップロードという行為によって、もともとの大事な部分が失われてるんじゃないかと考えました。だったら、そのこぼれ落ちたものを探るために、反対にある「ダウンロード」をテーマにして、データを手元やスマホに落として体験する「本」を提案するプロジェクトを企てました。

データ化された「本」を見ていて気付いたのは、立ち読みができないということ。ちょっと読もうとしても、データを複製してしまったら、それは立ち読みではなくて、もはや本物と変わらない。立ち読みって、簡単には複製できない紙の本だからこそできる行為なんだと気付いたんです。そこで、データを立ち読みできる会場として「same gallery」を使わせてもらって、展示をしました。参加作家の皆さんに「ダウンロードするとは何か」ということを考えてもらった作品を会場で立ち読みできるようにして、気に入ったらデータを買ってもらうという流れを作りました。

――今後もアートフェアやフィジカルなイベントを大体的に開催できるまではしばらく時間がかかりそうです。最後に、デジタル化が当たり前に進んでいく中で、萩原さんが感じる新たなカウンター的な動き、挑戦したいことはありますか?

萩原:これは展望ではないんですが、NFT(Non Fungible Token:非代替性トークン)が流行ってますよね。あるデジタルデータの所有者を証明するような技術のことで、例えば、世界最初のツイートがNFTで数億円で売買されるようなことがあったり、アート作品をNFTで売るギャラリーも出てきて、ある種のバブルみたいになっています。僕自身はそれほど期待しているわけではないのですが、経済との両立ができるようになると、この流れは活発になるのかなと感じています。

個人的な話だと、ポリコレなどの話題もありますが、最近のソーシャルメディアに限界がきているように感じています。それらは基本的にはユーザの感情を外部に漏れ出させて成り立っているメディアだと思うんです。情報発信を誰にでもオープンにしたという良い面もたくさんあるけど、根底には嫉妬や焦燥感がある。だから、自分の感情を外に出さなくてよいメディアを作ってみたいなと思っています。静かに情報楽しむ体験というか、プロダクトというか、そういうことに挑戦したいという気持ちがあります。

萩原俊矢
1984年生まれ。ウェブデザイナー。2012年にセミトランスペアレント・デザインを経て独立。ウェブデザインやネットアート分野を中心に活動する。2020年には「VABF」のウェブディレクションや東京都写真美術館で開催された「エキソニモUN-DEAD-LINK展」のインターネット会場を担当したほか、「twelvebooks」や「skwat」などのウェブも数多く手掛ける。文化庁メディア芸術祭新人賞や東京TDC RGB賞などを受賞。

Edit Jun Ashizawa(TOKION)

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