無機質な名を持つブランドが見せる新世界

メンズモードの隙間に位置する「GmbH」

ジョナサン・ウィリアム・アンダーソンの登場によって、世界は急速にジェンダーレスの方向へ流れていった。今では女性的ニュアンスを含むデザインを男性が着るのは珍しいことではなくなり、逆に女性の中にカッコよさを生む服へのニーズを高めたように思う。

これまで「カッコいい」と「カワイイ」は男性と女性に分かれて表現される形容詞であったが、現代においてそれらの形容詞は性別で使い分けられるものではなく、人間という個人単位で使うべきものだろう。カッコいい女性の服があってもいいし、カワイイ男性の服があってもいい。それが普遍となることはファッションの楽しみと可能性を押し広げていく。

しかし、一方で女性には女性の、男性には男性の、それぞれの性別が持つ固有の特徴があるのも事実だ。例えば、体型の違いはその最たるものになる。ジェンダーレスの流れによって、女性的ニュアンスの服がメンズウェアにも登場してきたが、男性が持つ肉体的強さにフォーカスされたメンズウェアもある。今回その1つとしてフォーカスしたいブランドが、ベルリンを活動拠点に置く「GmbH(ゲーエムベーハー)」である。

ここで「GmbH」について簡単に紹介したい。

ブランドの始まりは2016年で、ファッションフォトグラファーのベンジャミン・アレクサンダー・ヒュズビーと、メンズウェアデザイナーのセルハト・イシックの2人が、ベルリンのナイトクラブのダンスフロアで10人ほどの友人たちと出会ったことがブランド設立の発端となった。

ブランド名の「GmbH」はドイツ語で「会社」を意味する。英語の「INC.」や「LTD.」と同じ意味を持つ単語になり、ヒュズビーとイシックは可能な限り多くの人達がブランドに参加してもらいたいと考え、ブランド名を2人の個人名ではなくグループを意味する単語を選んだ。

私は「GmbH」を見ていると、何か独特の感覚を持ち、その感覚は最新2021-22 FWコレクションを見ても変わらなかった。いったい、このブランドのどこに私は独特の感覚を覚えるのか、ここではそれを探っていきたい。

「GmbH」が起用する男性モデルは、昨今のジェンダーレスの流れに反して首が太く胸板に厚みがあり、肩幅も広い筋肉質タイプの体型が多い。その体型を強調するように、コレクションに登場するシルエットも肩幅が広く、力強いタイプが多く登場し、それはビッグシルエットとは異なって、マッスルシルエットと評したいシルエットだ。

モデルの体型とアイテムのシルエット、2021-22 FWコレクションでは特に色使いが黒を中心としているために、いっそうマッスルな印象が強くなっている。そこで、次のルックを見ていただきたい。2021-22 FWコレクションの代表的ルックと言っていいだろう。

カマーバンドを思わせる、太幅のベルトが上半身を拘束するように巻かれている。このベルトアイテムと拘束をイメージするスタイリングが、いっそう「GmbH」のマッスルシルエットを強調するように私は感じられてきた。

しかし、ここからヒュズビーとイシックは別角度から「GmbH」の新解釈を試みる。

女性のトップスやワンピースに見られるベアトップのディテールが、メンズウェアに用いられている。男性モデル達は左右の肩と胸元を露わにし、「GmbH」のマッスルシルエットが色気を伴って表現されているが、色気の取り入れ方がウィメンズウェアのディテールを用いるという女性的角度からアプローチされている。

かつてアンダーソンも筋肉質な男性モデルを起用して、スカートやフリルなどウィメンズウェアのアイテムやディテールを、男性用にアレンジすることなくそのままストレートに着用させてインパクトを生み出していた。

2021-22 FWコレクションで「GmbH」が用いた手法もアンダーソンと同じだと言える。しかし、現在のアンダーソンはウィメンズウェアをそのまま筋肉質な男性モデルに着用させるストレートな手法からは離れており、「GmbH」のアプローチには現時点においては独自性が生まれている。

また、かつてのアンダーソンとの違いを言えば、それはやはりブランドの背景から生まれたデザインにある。例えば「JW アンダーソン」2013-14 AWコレクションで披露されたジェンダーレスデザインは、グレーやキャメルといった色を用い、チョークストライプの素材や無地素材を用いて、複雑なディテールやカッティングは控えた美しいクラシックファッションが土台となっている。

だが「GmbH」はテーラードジャケットやコートを多く取り入れたクラシックながらも、ベルリンのクラブカルチャーを背景に生まれているためにアンダーグラウンドの匂いが強く、ファスナーを多用したディテール、ワークウェアやバイカーズウェアを連想させる素材とアイテムがインダストリアルな空気を生み出し、ダーク&カジュアルなスタイルが完成している。

このように「GmbH」はアンダーソンが生み出したコンテクストを引き継ぎながら、現代では希少となった男性の筋肉質な魅力にフォーカスしたマッスルシルエットをベルリンのクラブカルチャーを通して表現し、最新2021-22 FWコレクションではベアトップを用いて女性的色気の見せ方でアプローチするという手法を披露した。さまざまなコンテクストの重なりとズレが、私に「GmbH」の立ち位置を独特なものに感じさせ、ヒュズビーとイシックがデザインする「GmbH」スタイルを現在のメンズモードで特殊な場所に位置付けていると私は感じている。

私にとって「GmbH」は、私自身の消費者的趣向とは別の観点からとても興味深いブランドになっている。

地味な労働着をモード化させた「OAMC」

2021-22 FWシーズンにおいて、私の消費者的趣向を大いに刺激したブランドが、ルーク・メイヤーのシグネチャーブランド「OAMC(オーエーエムシー)」だった。

世界でも指折りのデザイナーとして存在感を発揮してきたルーク・メイヤー。現在、ヴァージル・アブローやマシュー・ウィリアムズ、ヘロン・プレストンなどストリートから派生し、活躍するデザイナーは多くいるが、ルークのシグネチャーブランド「OAMC」はストリートとモード、両方の特色を備えるがモード成分がより強く感じられる。

特に2018 SSシーズンに発表されたコレクションが印象深い。グラフィカルな要素を衣服の表面にパッチワークしたデザインやハーフパンツを用いたスタイリングはストリートを思わせるが、黒と白をメインカラーに適度なボリュームを含んだシルエットが実にシャープかつクールで、特に1stルックに登場したテーラードコートの左胸に白いエンブレムが施されたスタイルは、スクールボーイスタイルを連想させるイメージと、少年が成長を経て青年になったスタイルの融合感が迫るファッションが誕生していた。

しかし、ルークはストリートを抑制したモードスタイルを徐々に変化させていく。その兆候は2019-20 FWコレクションから現れ始める。従来のストリート色がありながらも、グレーを基調にした渋みのある色展開、ワークウェアを連想させるジャケットを纏うモデルたちの姿は、ある偉大なフォトグラファーの写真集を私に思い起こさせた。それはアウグスト・ザンダーの『20世紀の人間たち』である。

この写真集は、ザンダーが20世紀初頭に当時のドイツの人々を「農民」「職人」「女性」「職業と社会的地位」「芸術家」「大都市」「最後の人たち」といった7つのグループに分類し、各グループの人々のポートレイトを撮影したものになる。モノクロのポートレイトが並ぶこの写真集に、地味な印象を持ったとしても不思議ではない。

しかし、ザンダーの写した人々がカメラをまっすぐに見つめる眼差し、凛々しい佇まいにはエレガンスが滲み、私は写真集のページの向こうにいる人々の表情に惹きつけられていく。被写体となった人々が仕事時の服を着用して写されたポートレイトには、人々の記憶や感情が刻まれたような深みが衣服の表面にあふれている。

2019-20FWコレクションは、現代に蘇ったザンダーが「青年」「労働」という新たなグループを作り、現代版『20世紀の人間たち』、いや『21世紀の人間たち』を撮影したような印象を覚え、その体験が私にワークウェアに潜むカッコよさを教えた。そしてそれは、先月のパリ・メンズファッションウィーク期間中に発表された2021-22 FWコレクションにも感じられる。

今、私が「OAMC」から真っ先に感じるイメージは労働着のような泥臭さである。ワークウェアの香りがとても強く匂ってくるのだ。シーズンを重ねるごとにワークウェアの香りは強くなっていき、現在では2018 SSコレクション当時よりもモード成分は薄れ、アイテムそのものには地味な印象を受けるようになっている。

しかし、地味に見えるはずの現在の「OAMC」に、私は以前よりも圧倒的魅力を感じているのだ。それはワークウェアのモード化が見られたからだと言える。本来なら新時代の新ファッションを競うモードの舞台とは縁遠いと思われる地味で泥臭いワークウェアに、ルークのセンスとスキルが注入され、そこにテーラードジャケットやコートといったクラシックアイテムも混ざり合い、古典的で泥臭く、けれどストリートマインドも根底に感じる秀逸なコレクションに仕上がっている。

「ワークウェアのモード化」という表現を用いた時、ここで再び私の個人的記憶が重なる。ワークウェアというものに私は、これまで特別なカッコよさなど微塵も感じていなかった。それは私が小学生の頃に過ごした川崎駅周辺にあった工場を連想させるもので、また亡くなった私の父が内装の職人であったために建設現場も思い浮かべ、私の記憶の中でワークウェアとは同じ服であっても美的高揚感をもたらすファッションとは別の、労働のための服だと認識していた。

しかし、「OAMC」は私がワークウェアに抱いていたイメージを崩す。ああ、ワークウェアをこんなにもカッコよく見せることができるのか、と。その感覚は心地よく、胸の高鳴りを覚えるものであり、CDジャケットやレコードジャケットに見るようなグラフィカルなアプローチを用いたデザインは、新時代のザンダースタイルとも私は呼びたくなる。

ワークウェアのモード化という私が渇望するファッションを叶えながら、新たなるコンテクスト的価値も実現させたメンズウェアが私にとっての「OAMC」だった。

ルック写真を繰り返し見るたびに思う。やはり私はルークのデザインする「OAMC」へ強く惹きつけられるのだ。モードを生きるデザイナーは、ミラノ編でも触れたように突如スタイルを変更するケースがある。特にここ数シーズンはその傾向が散見される。しかし、私は「OAMC」にはまだしばらくは現在のスタイルを継続し、さらなる深みにまで到達することを希望したい。

大きく変貌する時代の中で

全3回にわたり書き綴ったミラノ&パリ2021-22 FWメンズ・コレクションも、今回で終わりとなる。現在は新型コロナウイルスという想像もしなかった脅威によって、ファッション界はクリエイティブにおいてもビジネスにおいても大きな変化を強制的に迫られている。しかし、こういう混乱の時期にこそ、新時代のクリエイティブを生み出してきたのがファッションだ。

今こそは新しいファッションが生まれるチャンス。きっと、いや、必ず新しいファッションが生まれる。いったい誰が、どこから生み出すのか。もしかしたら、現在は想像もできない場所や人物から生まれる可能性だってある。私はその高鳴りを期待し、今後のモードシーンを観察していきたい。

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AFFECTUS

2016年より新井茂晃が始めた“ファッションを読む”をコンセプトに、ファッションデザインの言語化を試みるプロジェクト。「AFFECTUS」はラテン語で「感情」を意味する。オンラインで発表していたファッションテキストを1冊にまとめ自主出版し、現在ではファッションブランドから依頼を受けてブランドサイトに要するテキストやコレクションテーマ、ブランドコンセプトを言語化するテキストデザインを行っている。 Twitter:@mistertailer Instagram:@affectusdesign

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