「個人が社会の単位になる」アーティスト・山田梨詠が見つめるこれからの家族像

家族という活動は時にわずらわしく、型にはめることができない。ドイツ・ベルリン在住のアーティスト・山田梨詠は、そんな家族の物語を過去、現在、未来の三部作で描いている。2017年に発表された1作目の「Familie werden(家族になる)」では、日独10組の家族を1人で演じ、ドイツ写真新人賞を受賞。2作目となる「Familie suchen(家族を探す)」は、日本の婚活サービスに参加した彼女自身の経験に基づいて制作された。イベントを介して知り合った男性63人を自演したセルフポートレイト作品と鏡を用いたインタラクティブなインスタレーション作品は、私達に本当の自分とは何か?を問いかける。「家族から目を逸らし、あまり介入しないように生きてきました。そんな見て見ぬ振りをしてきた物事を清算するために作品を制作している」と語る彼女に、今作とこれからの家族像について話を聞いた。

徹底したリサーチと実践の日々

−−新作「Familie suchen」を制作したきっかけについて教えてください。

山田梨詠(以下、山田): 私は結婚適齢期と言われる年齢を超えましたが、新しく家族を築きたいという願望が少なかったし、結婚もしていません。家族を考察したり、家族を築こうとしたりすると「結婚」というキーワードが出てきます。現代の人々の家族の価値観をはじめ、家族を築くきっかけや行動が気になり、結婚相手を探す婚活(結婚活動)が盛んな日本に焦点を当ててリサーチを始めました。

−−リサーチとして日本の婚活パーティに参加されていますが、このために準備したことはありますか?

山田:一般的な感覚を得るために、婚活をしている女性が努力していることをリサーチ、実践しました。まず2019年の元旦にジムに入会。元旦に行動しないとやらないなと思って(笑)。プロフィールカードに書く特技のために着物の着付けを習いましたね。歯のホワイトニング、コンタクト、美容室でゆるふわな髪型にして外見を変えたり、タロット占いや縁結びの聖地である出雲大社へ行って神頼みをしたり。クラス会や相席居酒屋へ行ったりと、みんながしていることを1年ほど実践したんです。このことは「婚活日記」として、インスタレーション用の冊子にまとめています。

−−生活スタイルもガラリと変わりそうですよね。

山田:自分がいろんなことをサボっていたんだなと思いました。自分はこれでいいと思っていたけど、世の中的にはそうじゃないんだなと。これが普通とは思いませんが、しなくても大丈夫だったんですよね。制作後も継続していることは、ジムとデンタルケアとコンタクト。あと日本文化を学びたいと思っていたので、着物が着られるようになったのは一石二鳥でしたね。

婚活パーティから見えてきた「本当の自分」

−−そんな準備を経て、いざ婚活パーティに参加することに。

山田:2019年は日本に1ヵ月滞在、ドイツへ帰国を4回繰り返しました。短期間でより多く、いろんなジャンルの人達に出会いたかったので、参加者の多い週末メインで参加、1日2〜3本ハシゴしてたんです。これは結構普通みたいで、次の会場で前と同じ参加者の方にお会いすることもよくありましたね。地元の名古屋から関東、関西、九州まで4都市50回以上のパーティに参加して、20代前半から50代半ばの方々に会いました。あと参加者の口コミを聞いて、イベントを選びましたね。

−−印象に残った人はいましたか?

山田:婚活2年目のスーツを着た30代男性。婚活疲れのループに入っていて、「決めるんだったら最初の3ヵ月で決めた方がいいよ」と助言されました。会いすぎると判断できなくなって、どんな人に出会いたいのかも分からなくなる。でも相手が決まらないし、週末やることがないから参加し続けているそうです。あと、女性の参加者とよく友達になるという女性。その女性が合コンに誘ってくれたり男友達を紹介してくれたりすること により新しい出会いが生まれるという理由を聞いて、これが世にいう結婚活動してる人なんだなと思いました。リスペクトですね。一番印象に残っているプロフィールは30代の副住職。愛車が原付でした。

−−短期間でたくさんの人々に会って、作品や問いへの理解を深めていく。 ご自身にも変化があったのではないでしょうか?

山田:コミュ力が上がったと思いますし、相手や自分を観察する能力も鍛えられました。最初はプロジェクトとしての思考が先行していたのですが、回を重ねるごとにこの人が求める女性像とか、こう見られた方がいいんじゃないかという方向性に変わって。次第にアイデンティティ・クライシスに陥るような感覚が増えて、相手の目に映る私と「本当の自分」について考えるようになりました。

−−「本当の自分」というと?

山田:相手の目や評価を気にして、立ち居振る舞いや今までの自己像をしまい込んで、自分の感情をコントロールしたから「偽っている自分」が際立って。「本当の自分」を失ったような錯覚に陥ったんです。ただ「本当の自分」に答えなんてないことはわかっていて。自己像には他者の影響や自分の思い込みが関係しているし、そこに自由と他者からの承認が足されてこそ「本当の自分」を実感する。婚活市場でも社会の中でも相手に受け入れられることによって、私達は「本当の自分」を見出しますよね。私は自分自身や感情に制限をかけすぎたし、相手の目や表情、反応を鏡として自分を見すぎたんです。ただそのおかげで、自分が家族をテーマに制作する意義や自分の存在価値を、今一度考えることができたと思っています。

鏡をメタファーとしたインスタレーション作品

−−そんな婚活イベントを介して知り合った男性63人を演じていますが、すべて1人で制作したのでしょうか?

山田:そうですね。記憶から描いたスケッチとメモを元に、ベルリンで制作しました。衣装は古着屋で購入したり、友人から借りたりして、ウィッグは60個ほど所有しているので足りないものを買い足して。大学のスタジオで、1日3〜4人分の撮影をしてたんですけど、たまに知らない生徒が入ってきてびっくりされたこともありましたね。演じた顔をより本人に近づけるためにPhotoshopを使って加工もできるんですが、メイクと表情でカバーできる自信があったので、修正しないことを前提に。カメラの横に姿見を用意して、セルフタイマーで撮影しました。

−−今作は展示ではなく、インスタレーションとして発表されていますよね。

山田:自分の体験により近づけるため、インタラクティブなインスタレーションにしました。鑑賞者はまず鏡に映った自分を目にするところからスタートするんですが、実はこれマジックミラーなんです。人が座ると内蔵されたセンサーが反応して、机上のタブレットが起動。マッチングアプリのようにスクロールしていくと、鏡がモニターへと変わり、男性のポートレイトが映し出されるという仕組みです。鏡に映る自分を見て、相手の目に映る自分を見る。鏡はメタファーであり、アウトプットするときのポイントとして取り入れています。VIVITA株式会社よりプロトタイピングツール「VIVIWARE Cell」を提供していただき、同社エンジニアの山森文生さんに制御プログラムの開発をお手伝いしていただきました。

−−実際に海外での反応はどうですか?

山田:制作途中の段階で一度展示はしたんですが、それからコロナの影響で発表できなかったんです。オンラインですが、大学の卒業プレゼンで発表しました。まず、婚活を理解してもらうのが大変でしたね。ドイツでは「スピード・デーティング」という出会いのパーティが開催されていますが、結婚目的ではないので、婚活サービスについて理解はできても、「なんでそんなことするの?」と納得できなかったり、文化の違いに驚いたりする人もいました。一方で、メタファーとして使用した鏡の点と点を結びつけて考えてくれる人が多かったですね。校外で発表した際にどんなフィードバックがあるか、今年の展示を心待ちにしています。

−−日本の婚活とドイツのスピード・デーティング。参加目的など日本との違いはありますか?

山田:日本は結婚相手を探すのが大前提であるのに対して、ドイツは結婚するために相手を探すわけではないんです。ベルリンでは「Fisch sucht Fahrrad(魚が自転車を探す)」や「Topf sucht Deckel(鍋が蓋を探す)」というスピード・デーティングがあるんですが、クラブで週末の夜に開催されています。集団お見合いのような日本の婚活とは違いますよね。今回はコロナの影響でドイツでのリサーチはできませんでしたが、次回作へ向けて参加できたらいいなと思っています。

自分らしく、型にはまらない家族のあり方

−−日本とドイツでは、結婚や家族についての考え方にも違いはありますか?

山田:日本では戦後に家制度が廃止されたにもかかわらず、結婚や家族にこだわる人達が多いのは、戸籍制度と日本人の思想の根本に「家」的な考えが残っているから。ドイツには家族簿は存在しますが、日本でいう戸籍というシステムがないので、家族単位ではなく個人単位で管理されています。結婚するという選択も、結婚しないという選択も、それぞれの家族やパートナー同士が話し合って決断していて、社会の中でも多様な価値観が認められているんです。

−−制作を通して、山田さん自身の結婚・家族観に変化はありましたか?

山田:前作「Familie werden」の時は、結婚したくないと思っていましたが、今はしてもしなくてもどちらでもいいと思っています。ドイツでの生活を経て、結婚してもしなくても変わらないということをたくさん見てきたので。あとプロジェクトを通して、人は家族のどのパートにもなれるということに気づきました。特にドイツに来てから年齢や性別に左右されない生き方をしている人たちと出会い、1人であっても複数のパートを自分で担えるのではと思えるようになりました。

−−決まった役割分担もなければ、家族の形も1つではないという。

山田:この先家族を築く上で、1人の家族も選択肢の1つ。結婚しなきゃダメとか負け組とか、結婚して一人前だと思わせる世の中の風潮は、今でも疑問に思っています。家族像はその時代にマッチしたもので、その時代に適合するために変容していくもの。今はいろんなことを自分達で選べる時代になりました。21世紀は自分らしい、自分にあった家族の形を探求できる時代。社会の変化によって家族外での活動領域、関心、生活時間が多様化し、家族に属する必要性が減って、そして家と家族が社会の単位でなくなった今、個人が社会の単位になるんだと思います。

−−型にはまらない、新しい家族のあり方ですね。そして、今年はいよいよ第3部の制作に取り掛かるとお聞きしました。

山田:そうなんです。第3部の「Familie gründen(家族を築く)」は、また日本とドイツの2ヵ国でのプロジェクトにしようと考えています。自分がどのように、どんな家族を築くかをテーマに制作する予定です。

山田梨詠
愛知県生まれ、ベルリン在住。2011年に渡独し、ベルリン・ヴァイセンゼー美術大学に入学。「Familie werden」でドイツ写真新人賞をはじめ、これまでに数々の賞を受賞。2020年に修士課程修了、現在同校のマイスター課程に在籍している。2021年はドイツ・ケルン、2022年はセルビア・ノビサドで個展を開催予定。ファッションやカルチャー分野とのコラボレーション作品の制作も行っている。 www.rieyamada.com Instagram:@rie_bergfeld

Picture Provided Rie Yamada

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author:

山根裕紀子

エディター、ライター/『RISIKO』編集長 広島県生まれ。2012年よりベルリンへ移住。主にファッションやカルチャー誌を中心に企画、取材、執筆をしている。今年、ドイツのアンダーグラウンドな音楽シーンの”今”を紹介するインディペンデントマガジン『RISIKO(リジコ)』を創刊。「WALL(壁)」をテーマとした創刊号では、クラウトロック、ノイエ・ドイチェ・ヴェレ、ハンブルガー・シューレ、 そして現代を生きるドイツ在住のミュージシャン30組 をピックアップ。彼らの言葉から今のシーンを紐解く。 www.yukikoyamane.com   Instagram:@risikomagazine

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