若手アーティスト・沼田侑香 作品制作で追求する、リアルとヴァーチャルの狭間で生じる“違和感”

ドイツのラグジュアリーアクセサリーブランド「モンブラン」は、アーティスト支援アプリ「ArtSticker」の運営やアートキュレーション事業などを行うThe Chain Museumと協業して、銀座本店で若手アーティストの作品を展示するプロジェクトを2020年3月に開始した。

第3回として、沼田侑香の作品を4月中旬(予定)まで展示している。現在、沼田は東京藝術大学大学院に在籍しており、作品の特徴はVRや精巧なアニメ・ゲームがさらに発展してリアル(現実世界)とヴァーチャル(仮想世界)の境界線が曖昧になった世界において、現実でも“バグ”が起こるのではないか、という考えが元になっている。その感性は“デジタルネイティブ”というよりもむしろアナログからデジタルへ移り変わる時代を生きてきたからこそ育まれたものであり、作品からはその転換期の様相を反映させようとする気概がうかがえる。今回、沼田の経歴から現在の制作に対する想いなどを聞いた。

――沼田さんがアートやデザインに興味を持ったきっかけはなんでしょうか?

沼田侑香(以下、沼田):高校生の途中までは理系だったのですが2年が終わった頃に飽きてきちゃって、違うことにチャレンジしたくなりました。そんな時にふと当時自分が使っていた“メディアスキン”というガラケーを見たら、私もこういう誰かを喜ばせられるデザインをしたいって思ったんですよ。今は多くの人が同じ種類のスマートフォンを使っていますが、ガラケーが主流だった頃はスライド式とか開閉式とかいろんな種類があって、何を持つかで個性を出していたんです。当時はプロダクト・デザイナーになりたいと思っていました。

――作品制作はいつ頃始めたのでしょうか?

沼田:予備校入学当初はデザイン科に在籍していたのですが、私は細かい作業が苦手で、先生にも「受験課題的にはデザイン科に向いてない」と言われちゃって。そこで油絵科を勧められたのですが、美術館などでさまざまな作品を鑑賞するうちにプロダクト・デザインとは違った“アートの世界”があることを学びました。

大学に入学してからは油絵も少し描いていましたが、現在のような立体作品を作るようになったきっかけはニューヨークへの旅行だと思います。ギャラリーを巡ってたくさんの現代アートに触れるうちに、「アートってこういうものなんだ」って気付くことが多くて。作品コンセプトやそれに合わせた素材選びだけでなく、文化を継承しながら新しい価値観を提示する作品に感動しました。

ヴァーチャルとリアルの狭間で生まれる“違和感”を残す

――沼田さんは制作を通してリアルとヴァーチャルの境界を追求していますよね。ただ、先ほどもガラケーという言葉が出たように、1990年代前半生まれは必ずしも“デジタルネイティブ”ではないと思います。現在と比べると、幼少期や多感な中・高生の時にヴァーチャルな世界に触れる機会は家庭環境などによって大きく左右されていたのではないかと。ヴァーチャルがリアルを侵食している状況や、境界線の曖昧さを意識するようになったのはいつ頃でしょうか?

沼田:親と連絡を取るためくらいにしか使っていませんでしたが、習い事をやっていた関係で小学生から携帯電話は持っていたんです。そのあとに日本で最初に発売されたiPhoneを買ったんですが、周りで誰もやってないのになぜかTwitterのアカウントを作りました。Instagramも開設された頃にアカウントを作って。結局どちらも使わずに放置していたのですが、みんながスマホを持ち始めたことでSNSも普及して情報や物事が広がりやすくなっていく状況を目の当たりにした時に、リアルとヴァーチャルの関係性に対する意識が芽生えたと思います。

――現実世界でツールを持つことによってヴァーチャルな世界も広がっていった様子を見たということですね。作品に反映するようになった経緯はなんでしょうか?

沼田:今のアートシーンはVR系やゲーム系の作品も主流になっていて、展示会場でも彫刻や絵画と同じスペースにモニターがあるみたいなことも普通になっています。特にゲームがヴァーチャルな世界に触れやすいものだと思うんですけど、最新技術も日常に組み込まれることで文化として後世に残っていくから、それをアートに昇華することも理にかなっていると思います。

――沼田さんは普段からゲームで遊ぶことも多いのでしょうか?

沼田:熱心にするタイプではないですが、ウィーンに留学していた時に日本の友達と遊ぶためにオンラインゲームを始めたんです。ネット環境が悪かったりすると現実世界ではありえないようなバグがゲーム上で起こるんですけど、その様子を俯瞰すると自分は「どちらの世界にいるんだろう」って感覚に陥るんですよ。私や友達は現実世界にいるけれど、ヴァーチャルな空間を通してコミュニケーションしている。その状態がおもしろくて。そして、VRやプロジェクションマッピングのような、二次元で作ったデータを三次元で再現する技術がもっと発展したら、現実世界でもゲームのようなバグが起きる可能性もあると思うんです。ただ「どちらの世界にいるんだろう」という感覚は私がアナログの時代を知っているからで、もっとヴァーチャルがリアルに侵食した世界に生まれる人達にとっては、リアルとヴァーチャルの境界線がなくなった世界は違和感がないかもしれないじゃないですか。

――今がまさに転換期であると。

沼田:私は時代が変わることに対しては正直無関心でむしろ変化を受け入れていますが、作品としては今の時代の“違和感”を残したいという思いが根本にあります。そういう“違和感”を残していくことが、私達の時代性とか文化を継承していくための1つのきっかけになったらいいなと。

――加えて、情報伝達の際に起こる“ズレ”もテーマにしていますよね。

沼田:ネットで情報が連鎖した結果フェイクニュースになることがありますが、情報がズレていくことは人間同士でも起こるじゃなですか。ウィーンに住んでいた時に、友達がある飲み物を「安いし本物のコーラの味がするよ」って勧めてくれたのですが、私は「本物のコーラ」がわからなかったんです。相手が考えていることを理解はできても、それは100%共感しているわけではないんですよね。その時に「情報のズレ」をテーマにしたらおもしろいんじゃないかと思い、現実世界でもバグが起こって情報のズレていく様を友達に勧められた飲み物の写真を使って視覚的に表現した作品を作りました。

デジタルなテーマとアナログな素材

――今回の展覧会のテーマは「Sampling Theorem(標本化定理)」。難しい単語ですが、作品ではパソコンなどのモニター上の画像を構成するピクセル(画素)を表現していて、作品名も「JPEG Drawing」ですよね。

沼田:モニターに映るものはだいたいピクセルで表現されていますが、その密度によって画質が決まります。そのピクセルを三次元で再現することで、作品を二次元やモニターに映るものだという認識にできるのではないかと思いました。そういう考えをキューレターの方と相談して、「標本化定理」というタイトルになりました。

――素材に懐かしいアイロンビーズを使っているのがおもしろいです。

沼田:大学3年生の頃に初めて使いました。その時は今とは違うコンセプトで、平面のアニメキャラクターを立体に置き換えたいと考えている最中に見つけたのがアイロンビーズなんです。たまたまビッグカメラのおもちゃ売り場に立ち寄った時に発見しました。古いアニメのイメージとアイロンビーズのドットが合うんじゃないかと。

それに、アイロンビーズで大きい作品を作ったらもっと高画質なものができて、逆に小さい作品を作ったら低画質になるんじゃないかとか考えるようになって、アイロンビーズがすごく使える素材だと気付いてから積極的に使い始めました。

――ピクセルを表現するのはもちろん、平面のものを立体で表現するにもうってつけですね。

沼田:それに、遊んだことがある人はわかると思うのですが、アイロンビーズを並べるのは結構時間かかるんです。大きい作品は最初にいくつかのプレートを用意して、それをつなげながら作品を作っていきます。しかもアイロンがけも大変で。多くの人が知っているおもちゃだから、作品を見たら制作にどれくらいの労力が必要なのかがわかるじゃないですか。その時にアナログな人間の手の動きが想像できるんじゃないかと。絵画の筆のタッチみたいに人の手が入っていることを見せながら、平面(二次元)と立体(三次元)の境界も表現できると思ったんです。

「アートを楽しむ」ということ

――ギャラリーではなく店舗で展示することで、より幅広い方が作品を鑑賞するきっかけになりますが、沼田さんは「アートを楽しむ」ことはどのような意味があると思いますか?

沼田:現代アートについては、作品を“見た”という経験が大事だと思っています。私もニューヨーク旅行で現代美術を見た時は全く理解できなかったし英語の作品説明も読めなかったんですけど、いろいろな経験をして今ふと振り返ると「あの作品ってこういう意味だったのか!」って腑に落ちる瞬間があります。それに作品を調べていくと自分の身の回りに通ずることもあれば、制作当時のアメリカの文化や時代の流れや歴史にも触れられる。アートが別の言語やコミュニケーションに昇華されていくんです。

今回の展示には高校の同級生や美術をやってない友達も来てくれたのですが、「現代アートを初めて見る」とか「おもしろい」とか言ってくれたのはとても嬉しかったです。ただ、自分自身は作品をどのように見てほしいという思いはあまりなくて、それよりもいつか「あんな作品あったな」とか「あの作品ってこういうことなのか」って思い出してくれたら嬉しいです。作品を鑑賞することよりも、1つの経験として蓄積させていくことが重要だと思っています。

――今後やってみたいことはありますか?

沼田:以前、海外で作品を展示した時に日本の方とは違うコメントをもらうことが多かったんです。その経験は糧になったし、また海外で展示する機会があればやってみたいですね。

沼田侑香
1992年、千葉県生まれ。東京芸術大学美術研究科絵画を専攻し現在も在籍中。2019年~2020年石橋財団奨学金奨学生に選出されウィーン美術アカデミーに留学。情報が簡単に手に入ることで起こる認識のズレをテーマにインスタレーションや絵画、写真などの手法で表現し、現代アーティストとして精力的に活動している。2018年西武渋谷アートスペースにて「シブヤスタイルVol.12」に出展。その後、2019年には「A-TOM ART AWARD 2019」でグランプリを受賞
https://artsticker.app/share/events/detail/388

■「Sampling Theorem(標本化定理)」
会期:2021年1月14日〜4月中旬(予定)
会場:モンブラン銀座本店
住所:東京都中央区銀座7-9-11
時間:11:00〜20:00
入場料:無料

TOKION ARTの最新記事

author:

等々力 稜

1994年長野県生まれ。大学卒業後、2018年にINFASパブリケーションズに入社。「WWD JAPAN. com」でタイアップや広告の制作を担当。『TOKION』復刊に伴い、同編集部に異動。

この記事を共有