「TOKION Song Book」Vol.4 BLM運動と共鳴し、公平な世界を強く訴求するソーの「Wildfires」

スマホ片手に検索すれば欲しい情報は大体手に入る。そんなネット社会において、情報をコントロールし、ミステリアスな存在であることはメッセージを発信するアーティストにとって有益に働くだろう。ジャイルス・ピーターソンが、自身のラジオ番組でマーヴィン・ゲイの名をあげて彼らの曲をプレイしたことでも話題となったSault(ソー)が発したメッセージとは? ニューヨーク在住の作家・新元良一がその歌詞からBLM運動との関連性などを読み解いていく。

わずか一年足らずの話である。ここアメリカだけでなく、世界中をのみこんでしまうかのような大きなスケールの出来事が立て続けに起きた。言うまでもなく、コロナの感染がその1つだ。さらに今年初め首都ワシントンで合衆国議会議事堂が襲撃された事件に象徴される、政治不信による民主主義の揺らぎも、アメリカに限らず国際社会で随所に見受けられる。そして、ブラック・ライヴズ・マター(BLM)運動である。

2020年5月に米中西部の都市ミネアポリスで起きた、白人警官による黒人男性の殺害は、周辺にいた人間が撮影した映像がネットに流れるや、瞬く間に大きく報道され、衝撃をもたらした。犠牲者の名前に由来するこのジョージ・フロイド事件がきっかけとなり、人種差別によるその他の犠牲者達にも注目が集まり、国内の至るところで警察機構の抜本的改革を求める抗議活動へと発展した。

それ以前にも米社会で認知されていたBLM運動だが、マスメディア、ソーシャル・メディアを通じ抗議運動の様子が伝えられると勢いが加速した。筆者が関心を持ったのは、そのソーシャル・メディアなどにおいて、日本でBLM運動を支持する声が広がったことである。無抵抗の人間に、いくら警察といえども死に至るほどの暴力を振るうことは許されるべきではない、という考え方には確かに説得力を感じる。しかし、ニューヨークのように黒人コミュニティが形成されているアメリカの大都市と比較すると、日本に居住する黒人は多いわけではない。日常で黒人と接する機会がさほど頻繁でない状況で、なぜ少なからず我がことのように日本人は感じたのか。いや、それは日本人だけでない。米国外の大多数の人々が、対岸の火事にすぎないと知らぬ顔をせず、アメリカの黒人達に思いを寄せたのかが個人的に気になった。

社会に根づく人種差別に疑義を唱える

そんな激動の年ともいえる2020年に、アルバム『UNTITLED (BLACK IS)』を携えて突然疾風のごとく現れたのがイギリス出身のSaultというバンドだった。初耳のバンド名だったが、個人的に信頼を置く、米ラジオ局NPRが年間ベストアルバムのトップに選出したのを始め、数多くの音楽メディアで高い評判を得ていた。ネットでメンバー構成やキャリアなど、このバンドについて調べようとしたところ、ほとんど情報が得られず、わかったことと言えば、どうやら黒人のソウル・グループであることくらいしかない。しかし自分達の素性を明かさない匿名的なアプローチが、逆に彼らの音楽を引き立てているとも言える。

華々しいステージや巨大なアリーナでの、誰もが知るスーパースターによる演奏や歌と違い、男女混合の、時にはささやき、時には叫びとなる声が、すぐそこにいるかのような親和性を発していた。アルバムのいずれの収録曲にもメッセージ性があり、今なお社会に根づく人種差別を否定する正義のあり方を訴えている。中でも高い人気の「Wildfires」には、平明な歌詞でありつつも、聴く側の心を揺さぶる訴求力が見出せる。

夜の盗人
真実を語れ
白人の生命
広める嘘
恥を知るべき
その手が血まみれだというのに
別の男
そのバッジをはずせ
人殺しだったとみんなわかってる
人殺しだ、人殺し
人殺しなんだ
みんな死にかけてる。だから泣いている
みんな泣いている
でもみんな怖がる風では絶対ない
わたしから見ても
いつでもわたしは立ち上がる
自然火災のなかで
わたしはこわくなんかない
たとえ涙のなかでも
いつも見据えていたい
(拙訳)

冒頭の「夜の盗人」というフレーズは聖書からの引用で、「予測できない」の隠語だという。肌の色によって不公平な扱いを受ける、つまり、生まれながらにして、いつ災難が自分の身に降りかかるかわからないという不条理な日常や社会の仕組みに触れている。

では、その災難とは何かと言えば、あとに続く警察権力のことを示す。前述したように、ミネアポリスでジョージ・フロイド氏が拘束されたとき、地面にうつ伏せにされ、身動きできない状態のまま、白人警官は彼の首に膝をあて窒息死させた。これ以外にも、ケンタッキー州ルイヴィルでは、無実であるにもかかわらず、踏み込んだ警官数人の発砲を受け死亡した黒人女性ブリオナ・テイラー氏の事件など、近年発生した同様の事件には枚挙にいとまがない。

「そのバッジをはずせ」とは、相手が黒人だからという理由だけで、過度な捜査や拘束を目的に暴力を振るう。そんな人間がコミュニティの安全を守るべき警察を名乗る資格はあるだろうか。公平な裁きが行われるべき法の場で、こうした誤った警察権力が罪に問われず、今もって野放しにされている現状が、歌詞の「広める嘘」という言葉に集約される。

ステレオタイプな見方に勇敢に立ち向かう

しかしいかに不当な扱いや差別という困難にさらされようとも、彼らはひるまず、絶望せず、自分達の主張を社会・世界に届けようとする。その姿勢が、曲の後半部分で展開する。そこに人種、民族、宗教などへのステレオタイプな見方に対し、勇気をもって立ち向かう姿勢を感じさせる。これこそが今の時代への返答であり、国内外からの支持を集めるに至ったのではなかったか。それはまた、「魂の抵抗」と定義できるかもしれない。

一方で、コロナの感染により世界のさまざまな地域で多くの犠牲者が出て、現在も苦悶の日々は続いている。政治家やマスメディアがこれを取り上げるとき、数字を用いるケースは少なくない。亡くなった人達というグループに組み込まれ、そのうちの1人に仕立てられるシステムは、情報データが重要視される現代社会ではほかにも見つかるだろう。

人種への偏見、そして数字によるグループ化など、個人の存在が粗末に扱われ、埋没させられ、消し去られる。この現状に断固として抵抗する。それがこの曲にパワーをもたらし、個が尊重される社会を切望するリスナー達の心を震わせた、そう思えてくるのだ。

Text Niimoto Ryoichi
Illustration Masatoo Hirano
Edit Sumire Taya

TOKION MUSICの最新記事

author:

新元良一

1959年神戸市生まれ。作家。1984年に米ニューヨークに渡り、22年間暮らす。帰国後、京都造形芸術大で専任教員を務めたあと、2016年末に再び活動拠点をニューヨークに移した。『WIRED』日本版にて「『ニューヨーカー』を読む」を連載中。主な著作に『あの空を探して』(文藝春秋)。ブルックリン在住。

この記事を共有