かつての流行語を現代に蘇らせる 『戦前尖端語辞典』で知る言葉の粋な歴史

戦前の流行語をユーモアたっぷりなテキストとイラストで紹介する『戦前尖端語辞典』が発売され大きな反響を呼んでいる。大正8年から昭和15年にかけて発行された新語・流行語辞典およそ30冊より選出されたその言葉には生き生きとしたムードが漂い、聞き慣れた言葉にも新たな発見がある。歴史の授業では教わらないような当時の文化を知ることで、現代の流行語もまた違った視点で楽しめるだろう。文筆家で『戦前尖端語辞典』編者の平山亜佐子に尖端語が持つ魅力について聞いてみた。

――尖端語をテーマに書籍を作ろうと思ったのはいつくらいでしたか?

平山亜佐子(以下、平山):企画自体は7年前ごろでしょうか。その時から漫画家の山田参助さんに挿絵をお願いしたいっていうのも決めていて。企画書にも絵を描いていただいたんですが、その時には残念ながら企画は通らず、この本の案は長い間宙ぶらりんになっていました。3年前に出版社が決まって昨年夏まで進めていましたがこれも白紙になり、秋に左右社さんで出せることになったという経緯があります。企画が中断している間に参助さんもご自身の仕事が忙しくなっていたので、この本の制作期間は実質1年半くらいかもしれません。

――この本で初めて「尖端語」という言葉に出会いました。

平山:この「尖端」は今でいう「先端」と同じ言葉です。「尖」が当用漢字ではなくなったので、今は「先」が使われることが多いですが、どちらも間違いではありません。当時は新語、流行語などと同じ意味で使われていました。

――平山さんの手掛ける本はノンフィクションの読み物のイメージでしたが、辞典のアイデアはどこからきたのでしょうか?

平山:昔の辞書や辞典が好きで、収集していて。特に昔の「流行語辞典」などに見られる独特の言い回しというか、例文や説明の独自の表現がとても興味深く、強く引き込まれるうちに自分も辞典を作ってみたいなと。この本を通して多くの人にその魅力を知ってもらいたいなって思いました。

とことん調べ上げ、リサーチしたものを本という1つの読み物にするプロセスは今まで手掛けてきた本と共通しています。この本もタイトルは『戦前尖端語辞典』ですが、私自身、この本を「辞典風読み物」って呼んでいて。もともとはデザインを仕事としてきたので、自分が本を書くようになるとは想像もしてなかったのですが、元来いろんなことを掘ったり調べたりすることが好きでした。

前の本を制作している過程で興味を引かれるものを見つけ、次の本のテーマを決める傾向があるので、この時代のものが続いていますが、必ずしも戦前文化専門家というつもりはなくて。どちらかというと女性の生き方や評伝というか、そういったものへの興味が大きいですね。かなり昔ですが、アパレルの企画で「モダン新語辭典」というタイトルでTシャツのデザインを手掛けたのですが、すでにその時にはこの本のアイデアがあって、その頃から大正・昭和初期の流行語・新語がマイブームだったみたいです。

――辞典を制作するには時間も労力も必要かと思いますが、そのプロセスを教えてください。

平山:最初は、なるべくたくさんの流行語辞典を見て、気になる言葉をピックアップして、それをジャンル別にざっくり分けていきました。今読んでもおもしろいものを選ぶのに、はじめの直感は結構大事だったかもしれません。辞典に載せる言葉の候補はたくさんあったのですが、かなり削りました。普段、大学図書館に勤めていることもあって、資料は身近にありましたし、もともと検索魔なのもあって、その性格を活かすことができました。参考文献があまりにも多すぎて、すべてを掲載するのは不可能だったのが残念ですけど、とにかく膨大な資料を元にこの本が作られています。

当時の出版物の文章のニュアンスを変えずそのまま伝えたかったので、誤植などもなるべく修正せずに取り入れています。当時の辞書・辞典に掲載されている文章がとても独特で、その魅力をダイレクトに表現したい、それがこの本を作りたいと思うそもそもの動機だったので。今の流行語辞典は『現代用語の基礎知識』などがメインコンテンツになっていて、努めて客観的な記述がなされていますよね。かつての流行語辞典は編纂の主観や偏見が含まれていて読み物としてもとてもおもしろいので、それがこの本にも反映できていれば嬉しいです。

――当時の言葉と向き合ってみて発見などありましたか?

平山:言葉ってその時代の生活や空気感を含んでいて、世相や心の持ちようなどが垣間見られるのが興味深いなと。日本の近代史を授業で習ったとしても、その中心になるのは政治や経済じゃないですか。教科書に風俗史が載っていたとしても、ファッションや流行を紹介するスペースはとても小さいですよね。でも、当時の流行や日常で使う言葉からは、その隙間を埋めるような、学生やサラリーマンや若い女性など、さまざまなタイプの人達の人間味あふれる生活が感じられる気がしましたね。今を生きる私達と重なる部分も多いと思います。今でも言葉を省略しがちですが、当時の人達も省略する傾向があって、「もちろん」を「もち」って言ってみたりして。「了解」を「り」って言う今と変わらないですよね。この本でも「学生語」「女学生語」という章を設けて紹介していますが、今ならJKやアイドルオタクやいろんなカルチャーに精通している男子女子、大学生が流行語をたくさん生み出していて、そこも似ているなと。

――現代の流行語には関心ありますか?

平山:どんな流行語があるんだろうと、毎年興味を引かれてチェックします。わりと知らない言葉が選ばれていて、そこから意味を調べて新たな世界を知るきっかけにもなりますし。でも、今年は全く様子が違っていて、これは本のあとがきにも書いているのですが、2020年の流行語ってほぼコロナ関連の言葉で、私好みの真新しい流行語が残念ながらなくて、異例中の異例でしたね。コロナの脅威がここまで及んでるのかと。それはそれで時代が反映されているのかもしれませんが。

――これからも尖端語を使えればと思うのですが、どのあたりの言葉から使えばいいでしょうか?

平山:私の一押しは学生語の章で紹介している「イモキ(妹貴)」でしょうか。姉貴の妹ヴァージョンで、妹がいるシチュエーションでしか使えないので限定されていますが、ぜひこの機会に使ってほしい。あとは、ざっくばらんを略した「ざくばら」やもちろんとオフコースを合体させた「もちコース」や「とても素敵」を略した「とてき」などは、今も日常の会話に取り入れやすいかもしれません。この本のゴールというか、野望としては、ドラマなどの作品になったら嬉しいなと。尖端語縛りのコントとかもあったらぜひ見てみたいです。時代時代で、言葉のリバイバルみたいなものってあると思うので、皆さんに本書で掲載されている言葉を日常に取り入れて実用してみてほしいなと思います。

――最後に、「TOKION」読者にオススメの尖端語を教えてください。

平山:いろいろ考えてみたのですが、やはり「アップ・トゥー・ミニト」でしょうか。
「最新中の最新」って意味を持つ言葉なんですけど、「TOKION」のウェブサイトを拝見して、カルチャーやファッションに対して尖った印象を受けたので、例えば
「『TOKION』を読んでる彼ってアップトゥーミニトだね」みたいな感じで使ってもらえれば(笑)。
今の外来語ってほぼ英語だと思うんですけど、昔はわりとこれを見てるとフランス語とかドイツ語とか、いろんな国から影響を受けていて。この「アップ・トゥー・ミニト」や「インフルエンス」など、今でもすぐに理解できるような、英語の流行語があったことは驚きです。すでに知っている言葉などでも、時代の背景を知ることで新たな発見があります。ぜひこの『戦前尖端語辞典』からもいろいろな発見をしてもらえると嬉しいです。

平山亜佐子
文筆家、デザイナー、挿話蒐集家。戦前文化、教科書に載らない自由に生きた女性の調査が得意。その成果を『20世紀破天荒セレブ』(国書刊行会)、『明治大正昭和 不良少女伝 』(河出書房新社)にまとめた。2011年の震災で自分の目で見たり聞いたりしたことの大切さを実感、「自分中心主義」を掲げる『純粋個人雑誌 趣味と実益』を刊行する。また、唄のユニット「2525稼業」ではオリジナル曲のほか、明治大正昭和の唄、日本やアジアの民謡、口承伝歌などを演奏している。1月31日に『戦前尖端語辞典』(左右社)を出版、3日後に重版となるなど好評を得ている。
Blog: http://asakojournal.blogspot.com
Instagram: @achaco2

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author:

多屋澄礼

1985年生まれ。レコード&アパレルショップ「Violet And Claire」経営の経験を生かし、女性ミュージシャンやアーティスト、女優などにフォーカスし、翻訳、編集&ライティング、diskunionでの『Girlside』プロジェクトを手掛けている。翻訳監修にアレクサ・チャンの『It』『ルーキー・イヤーブック』シリーズ。著書に『フィメール・コンプレックス』『インディ・ポップ・レッスン』『New Kyoto』など。

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