LEXと3ブランドのクリエイションから考える「ドメスティックの逆襲」/連載「痙攣としてのストリートミュージック、そしてファッション」第16回

音楽とファッション。そして、モードトレンドとストリートカルチャー。その2つの交錯点をかけあわせ考えることで、初めて見えてくる時代の相貌がある。本連載では気鋭の文筆家・つやちゃんが、日本のヒップホップを中心としたストリートミュージックを主な対象としながら、今ここに立ち現れるイメージを観察していく。

第16回の主役となるのは、今年もっとも輝かしい活躍ぶりを見せた国内ラッパーの1人であるLEX。同時代の海外のクリエイションからの影響を独自のアウトプットに昇華するその卓越したクリエイティビティの在りようを、先に開催された東京ファッションウィークにおいて優れたコレクションを展開した3ブランドの分析を糸口に論じていく。

「ヨシオクボ」「ホワイトマウンテニアリング」「カラー」のコレクションに見る、「海外」と「日本」の関係

LEXが、2021年有数の話題作となった『LOGIC』をリリースしたのは9月末のことだった。熱狂をもって迎えられながらもなぜかあまり論じられずにいるこのラッパーについて考えるにあたり、同じく9月上旬に異ジャンルでどこか近しい動きを見せていた表現者たちがいたことをまずは指摘しつつ、ゆっくりと本題に入ることにしよう。とはいえ、これはただの迂回ではない。本稿は、LEXの魅力をあぶり出すべく、遠く離れたトピックから歩みを進めていく。

異ジャンルの表現者とはつまり何人かのファッションデザイナーであり、LEXの『LOGIC』から先立つこと約1ヵ月、長引く緊急事態宣言下で開催された2022年SSの東京コレクションを指している。いくつかの興味深いプレゼンテーションの中で目立ったのは、世情の変化もあり改めて東京の地に戻ってきたドメスティックブランドの動きであった。例えば、5年ぶりにミラノから帰ってきた「ヨシオクボ」は、“Warrior”=“戦士”を切り口に和服のさらなる再解釈に挑んでいた。

yoshiokubo 2022 Spring/ Summer Collection Film Directed by Oudai Kojima

9年ぶりにパリから帰ってきたブランドもいる。「ホワイトマウンテニアリング」は、珍しく女性のモデルを起用し新宿御苑という自然の中で颯爽とショーを披露していた。これまで同様にモダンなハイテク素材を駆使しながらも、“黒”という、ファッション史においてドメスティックブランドが極めて大切にしてきた色使いへの挑戦は注目を集めた。

White Mountaineering | 2022 Spring-Summer collection

昨シーズンに続き、「カラー(kolor)」もパリではなく東京でショーを行った。そして、こちらもまたハイブリッドなパッチワーク的手法でブランドの個性を尖らせながらも、京急電鉄の車内をジャックすることで私たちが生活を営む日常の風景を付加してみせた。

kolor Spring Summer 2022 Runway Show

「ヨシオクボ」も、「ホワイトマウンテニアリング」も、「カラー」も、海外でのショーで磨いてきた高い技術を、国内のショーで新たな“国内らしい”捌きで料理することによって鮮やかな空気感を創出している。徐々に賑やかさを取り戻すファッションシーンの躍動感を感じながら、中でもドメスティックブランドによるルーツを見つめ直すような手法に見惚れながら、その新たな風を噛みしめているうちに、秋が到来し『LOGIC』はリリースを迎えることとなった。

USトレンドを独自の母音捌きへと昇華させる、LEXの革新性

絶賛も批判も浴び続けるLEXに関して、ひとまずは言及されているいくつかの特徴を並べてみよう。“若くして溢れるソングライティングの才能”、“SoundCloud発アーティストの代表”、“国内でも群を抜いて多様なフロウを持つラッパー”、“USラップトレンドとの共振”、“lil uzi vertの影響”……そのどれもが恐らく正しい。もう一歩踏み込んで、“USの最先端のラップを日本語にトレースする技術”について次のような指摘もなされている。

“例えば LEX の『!!!』にしても、OZworld の『OZWORLD』にしても、英語にちゃんぽんされている日本語含め、海外の人が聞いても、この曲って英語も聞こえてくるけど別の言語も少し入ってるよね、くらいの感覚で聞けるというか。”

“曖昧母音を多用したり、あるいは開音節から母音を引いて閉音節にしてしまったりと、子音や母音のレヴェルで発音を英語的なものに近づけているわけですよね。5lack や冒頭で触れた LEX もそのような系譜にあると思います。”

ele-king 日本語ラップ最前線 ──2019年の動向から占う日本のヒップホップの現在(前編)吉田雅史の発言より

キャリアハイのヒットを記録した「なんでも言っちゃって feat.JP THE WAVY」ではLEXらしからぬ極めてニュートラルなラップを聴かせることとなったが、それもまた彼の多種多様なフロウの1つに過ぎない。上記で触れられている通り、LEXが基本的には“曖昧母音”や“開音節から母音を引いて閉音節”にする技法を尽くしながら、時にUSのトレンドにも接近しつつ日本語を崩していくアプローチに賭けているのは間違いないだろう。

LEX – なんでも言っちゃって (feat. JP THE WAVY)

「なんでも言っちゃって」同様、TikTokで人気を得たLEX, Only U, Yung sticky womの「STRANGER」では特に日本語の崩し方が顕著であり、たとえば「服を脱がす/ていねいにていねいに」というラインは「い」が抹殺され「服を脱がす/て(い)ね(い)にて(い)ね(い)に」と発音される。ロンドンのBEXEYと組んだEP『LEXBEX』収録の「V.I.P.」では「携帯が鳴る」が「け(い)た(い)がなる」と崩されることでここでもまた「い」が失われ、さらに「Loyalty」では「お前が寝てるタイミング/俺は元気」の「お前が」に対し明確に「Oh My God」という発音があてられる。

LEX, Only U, Yung sticky wom – STRANGER

「V.I.P.」も「Loyalty」もLEX特有のザラザラ/ガラガラした――どこかニワトリやガチョウなどの家禽が鳴いているような――粗い声が披露されることで、その凹凸の網目からボロボロと母音が落ちていくさまがあらわになる。限りなく英語に擬態した日本語や強引な母音省きは、コントロールされた言語の取り扱いとして加速度的に巧みさを増し、現行の日本語ラップシーンにおいても革新性を先導しているように映る。

コントローラブルな局面が、エモーションに傾く時に見せる煌めき

ところが、LEXの日本語に対する距離感は、『LOGIC』で新たな局面を迎えてもいるだろう。例えば、相変わらず「俺の」を明確に「Oh No」と、「ノリであける」を「ノリだけ」と崩して歌う曲「Venus」において、激しい吐息とともに母音が延ばされる演出を聴き逃してはならない。ワードをつなぐリアルな息継ぎが録音されるこの曲では、いつものコントロールし尽くされたフロウを畳みかけるLEXにはないフィジカリティが顕在化し、加えて「Woah, woah, uh, uh, yeah, yeah」というリピートによって執拗に母音が強調される。

LEX『LOGIC』

いや、むしろアルバムのオープニングを飾る「GOLD」から、母音を印象的に操る態度が堂々と展開されていた。いつにも増して力を込めた歌唱が表現されるこの曲において、LEXは「もっと行きたい上」と繰り返し歌う。そう、驚くべきことにここでは英語に擬態し母音省きを追求してきた技術鍛錬の先で、「もっと上に行きたい」という願いとともに、実にシンプルな形で「上」=「うえ」という母音がはっきりと、力強く、何度も繰り返し発されるのだ。

実は、「GOLD」で見せたその萌芽はすでに近作で姿を現しはじめていたと言えよう。2021年を代表するナンバーになった、KM「STAY feat.LEX」を聴いてみたい。あなたは、この曲のヴァースを忠実にヒアリングできるだろうか?LEXは冒頭で次のように歌っている。

「ランウェイを歩くモデルとのデート/すぐにさかけてiPhone/台湾 South Americaの/友達と遊ぶ/モデル撮影しないと/そんなの平気平気/たまにget high一人/誰かのせいにせいに/して弾けたRain」

KM – Stay (feat. LEX)

もはや全くと言っていいほど日本語の原型を留めていない本ヴァースで、ひと際目立って聴こえてくるのが「iPhone」というワードだが、この「iPhone」をキーワードとしながらLEXお得意のコントロールされた“英語に擬態した日本語”はスリリングな展開を遂げていく。KMによる、音の粒子を膨張させ弾けさせるようなノイジーでエレガントな処理に乗って、LEXはいつになくエモーショナルに日本語を発していくのだ。

「好きなもんだけを着せたい/たまにあるよ仕方ない/事とかも越えてく愛/そんなの平気平気/たまにGet high一人/誰かのせいにせいに/して弾けた/Rain」

「着せたい」「仕方ない」を「愛」で受け、そこからさらに「平気」「high」「せいに」「Rain」と押韻を畳みかけていくこのフックでは、見事なまでに母音がクライマックスとして設定され、感情の爆発を誘発する。中心に位置するのは「愛」=「あい」であり、「iPhone」とも接続する形で母音の応酬を仕掛ける本曲のある種のベタさは、これまで閉音節を繋いできたLEXのディスコグラフィーにおいて、大きな意味を持っているように思えてならない。

ゆえに、こう述べることもできるだろう――慣れた手つきで英語を日本語にトレースし続けるLEXの技術は素晴らしいが、コントローラブルな局面を超えてエモーションへと傾く瞬間に、彼の魅力は一層際立つ。例えばそれは、感情に乗って伸びる母音や突然入る吐息にこそ宿っており、それらせめぎ合いが極めて美しい形で披露されたのがKM「STAY feat.LEX」であって、見事に結実したのが「GOLD」であろう。ある意味では、Sound Cloudで繊細な歌声に乗せて「Flower」を感傷的に歌っていた過去のLEXのルーツが再起動されていると言えるかもしれない。

LEXは時に批判される。USのラップ、そのフロウを日本語に変換しているだけだと揶揄される。しかし、母音を抹殺することで独自の日本語の響きを生み出した彼は、今、母音を誰よりも感情に乗せて身体性を表出させる息づかいを聴かせながら、現代口語の最先端の実験を遂行している。私は、それら母音のベタベタした、生々しい発音を聴きつつ、いくつかの国内ファッションブランドが挑んでいる創意工夫を思い出していたのだった。ドメスティックの逆襲は、至る所で着々と進んでいる。その先頭で、LEXは体を張って戦っている。

Illustration AUTO MOAI

author:

つやちゃん

文筆家。音楽誌や文芸誌、ファッション誌などに寄稿多数。著書に『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』(DU BOOKS)など。 X:@shadow0918 note:shadow0918

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