対談:俳優・夏帆 × 写真家・石田真澄 2人の記憶を写した写真集『おとととい』への想い

4月9日に出版された俳優・夏帆 と写真家・石田真澄による写真集『おとととい』(SDP)。本作は夏帆が30歳になるまでの約2年間、時間をじっくりかけて撮影が行われ、撮影をしていくごとにお互いの距離が近づいたという。その絶妙な距離感は収録された写真にも反映されていて、そこには余分なものをそぎ落とした、純粋な存在としての夏帆が写し出されている。今回、2人に写真集『おとととい』への想いを聞いた。

——まずはお2人の出会いから教えていただけますか?

夏帆:最初は「RiCE」(No.9 2018年12月発売)という雑誌の撮影で会いました。その時は編集の方がフォトグラファーとして(石田)真澄ちゃんをブッキングしてくれて。もともとその編集さんは私の友人で、真澄ちゃんの話を聞いていたので撮影の前からすごく楽しみにしていたんです。

石田真澄(以下、石田):その編集さんとは別の仕事をずっとしていたので、何度か夏帆さんのお話は聞いていて、私もとても楽しみにしていました。

夏帆:でも、その撮影現場でそこまでたくさん話をするとかではなかったんだよね。

石田:そうですね。店舗での撮影だったので、時間もあまりなくて。撮影自体は楽しかったのですが、特に話が盛り上がったとかではなかったですね。

夏帆:でも、撮ってもらっていて、私もすごく楽しかったんです。そのことがすごく印象に残っていて。あと、フワーと写真を撮る人だなって思って。

石田:スタートとか終わりが決まった撮影が苦手で、「今から撮ります」という瞬間があるといい意味でスイッチも入ると思うんですが、私の作風だとそれはちょっと違うかなと思っていて。スーッと自然に撮り始めることが多くて、夏帆さんはそれを感じ取ってくださったのかな。

夏帆:こんな仕事をしている私が言うのもなんですが、実は写真を撮られるのが苦手で……。苦手というか構えてしまって、撮影の時に「他所行きの自分」になってしまうところがあるんです。それが嫌だなと自分でも思っていて、なるべくフラットにいようとは心掛けているんですけど、やっぱりクセみたいなもので、どうしても撮影になると構えちゃうんですよね。でも真澄ちゃんに写真を撮ってもらっている時はその感じがなくて。撮影中もずっと心地良かった。

私は本当に撮られる人によって、顔が変わるというか。その辺が不安定で、だから写真が苦手っていうのもあるんですけど、真澄ちゃんの写真を見て、「この自分はすごく好きだな」って思ったんです。そういうことって普段はあまり思うことがないんですけど。

石田:それはすごく嬉しい!

夏帆:真澄ちゃんの写真も好きだったんですけど、写っている自分にそう思うことが本当に少なくて。だからあまり自分が写っているものは残しておかないんですけど、その時の「RiCE」は今も家にあります。

——それで今回の写真集は石田さんに撮影をお願いしたいんですね。

夏帆:はい、ぜひ真澄ちゃんと一緒に写真集を作りたいと思って声をかけさせていただきました。

——写真集の撮影はその「RiCE」で会って以来だったんですか?

夏帆:そうですね。

石田:私からしたら、その時の撮影ではあまりコミュニケーションも取っていなかったので、依頼があった時は「私……?」って驚きました(笑)。正式に連絡が来る少し前に、友人から夏帆さんの写真集の話は少し聞いていて。2、3日で撮影するとかではなくて、30歳に向けて長期間撮影するということだったので、仕事を超えた関係になるだろうなと想像していました。それを私に託してくれるというか、名前を挙げてくださったのは、すごく嬉しかったですね。

悩んだ末に『おとととい』にタイトルが決定

——実際に撮影を始めたのはいつ頃でしたか?

夏帆:いつ頃だったかな……。確か2019年の秋頃でしたね。

石田:そうですね。最初の撮影はそれぐらいでした。

——それから夏帆さんが30歳になるまで撮影していくんですね。

夏帆:ちょうど28歳の時に動き始めて、2年後に30歳という切りの良いタイミングだったので、当初は30歳の誕生日のタイミングで出版する予定だったんです。でもコロナ禍になって、撮影するのが難しい状況が続いてしまって。それで少し発売を伸ばしてもらって、30歳になるまで撮ることになりました。

——写真集のタイトル『おとととい』(「一昨日の前の日」の意味)は石田さんの造語だそうですが、このタイトルはすぐ決まったんですか?

夏帆:タイトルはぎりぎりまで悩みました。

石田:決まったのは、「写真集が出版される」っていうリリースを出す直前でしたよね。

夏帆:そうそう。リリースを出すからタイトルを必ず決めてくださいと言われて。

石田:それまでもいろいろとお互いに案を出しあっていたんですが、これっていうのがなくて。

夏帆:私も真澄ちゃんもタイトルをつけるのが苦手で(笑)。ちゃんと想いを込めたタイトルにしたいなと思いつつも、その想いを受け取り手に押し付けすぎてしまうのも違うなと思ったりもして。悩みましたね。

石田:温度感が難しかったですね。

夏帆:響きも字面もちょっととぼけた抜け感があるものがいいなと思っていて。だから柔らかい印象のひらがなにしようということまでは決めていたんですが、なかなかいい言葉が見つからなくて。たまたま編集の上田さんが「前に真澄ちゃんが『おとととい』って言っていたよね」って言っていて、「それいいな」ってなったんです。

石田:『おとととい』は最初の頃に1度タイトル案として提案していたんですが、私はあまりしっくりきていなくて、1回流れたんですよね。でも上田さんの記憶には残っていたみたいで。それで、リリースを出すタイミングで『おとととい』って前に出てたよねってなって。すでに表紙のカットは決まっていたので、それと文字を合わせてみたら、3人ともこれがいいねと一致しました。そこからは、はやかったですね。

——表紙のカットはすぐ決まったんですか?

夏帆:真澄ちゃんから撮影した写真のデータを毎回送ってもらっていて。この写真を見た時に、「表紙はこの写真がいいな」ってビビっときたんです。悩むことなく、これでいこうってすぐ決まりました。

会話を重ねながら作った写真集

——2年ほど撮影して、膨大な数の写真の中からセレクトはどのようにして行ったんですか?

夏帆:デザイナーの佐々木(暁)さんとの初めての打ち合わせで、どうやってセレクトを進めていこうかという話になった時、すべてお任せするという方法もあったのですが、佐々木さんが「やりとりを重ねながら、徐々にみんなで形を作っていきましょう」と言ってくださったんです。

まずは私と真澄ちゃんでセレクトして、それを佐々木さんにお渡ししてレイアウトして頂きました。

石田:それで1回目は200ページ想定くらいであがってきて。

夏帆:ページ数は最初から120ページと決まっていたので、そこからまた減らさないといけなくて。私と真澄ちゃん、上田さん、そして佐々木さんの4人でデータをプリントしたものを並べながら、120ページまで絞っていきました。そこで選んだ写真から、佐々木さんにレイアウトを組み直していただいて、修正して、というのを何度も繰り返して、だんだんと形ができあがっていきました。

石田:こういう写真集にしたいって決まった形が最初はなかったので、みんなでやりとりしながら作れたのはよかったですね。時間の余裕もあったので、ゆっくり作りながら少しずつ完成図が見えてきました。

——みんなで作った、その空気感は写真集に表れていますよね。

石田:俳優の方が企画からセレクトまで関わるのって、時間的な問題もあったりして、難しいと思うんですよね。でも、今回は夏帆さんがしっかりと関わってくださいました。

夏帆:初めての経験ばかりだったのでわからないこともたくさんあったのですが、その都度皆さんが丁寧に話を聞いてくださって。企画の立ち上がりから仕上げまで参加できることってなかなかないので、とても楽しかったんです。

石田:一から話しあいながら、夏帆さんも「こうした方がいいよね」とか「やっぱりあっちの方が良くないですか」と意見を言ってくれて。こっちに任せっぱなしではなく、1回立ち止まってちゃんと考えてくださったことが本当に心強かったです。

夏帆:私、相当悩んでたよね(笑)。

石田:悩むことをしてくれるって、本当に真剣に向き合ってくれている証拠でもあるから。夏帆さんのそうした想いも伝わってきたので、一緒に作っているスタッフも「良いものを作ろう」って気持ちがより高まっていきました。

記憶を思い出すようなレイアウト

——写真の掲載は時系列ではないですよね?

石田:バラバラですね。記憶を思い出す時って、時系列に思い出すわけじゃなくて、「昨日はこれした」「1年前はこれした」とかバラバラに思い出しますよね。それを表現したくて、佐々木さんにこの案を伝えました。4枚ずつでシーンを変えるとか規則性を持たせずに、ランダムに並べてもらうような。

夏帆:出来事によって、一瞬だったり、ちょっと長かったり、思い出す長さがバラバラだから、そんなイメージでお願いしましたね。

——最初のカットとラストカットはどう決めたんですか?

石田:それは少し時系列を意識して、最初のカットは掲載されている中では最初に撮影した写真で、ラストカットは最後の撮影の日のカットですね。

——そう言われてみると最初のカットは、なんとなく距離感がありますね。撮影は2人で行ったんですか?

夏帆:2人で撮影したのと、ヘアメイクさんやスタイリストさんに入ってもらって撮影したものもあります。本当にいろいろですね。

石田:買い物に行った帰りに撮影したものもあれば、ロケに行ったものもありますね。

——最初は2人の距離感って少しあったと思うんですが、それがこの撮影を通して、縮まった感じですか?

石田:そうですね。最初の撮影だけだと夏帆さんがどういう距離感を取る人かわからなかったので、夏帆さんの友達とかと一緒に会って、普段はこういう感じなんだってこっそり見てたりして(笑)。

夏帆:そうだよね。私も写真集を作るにあたって、自分のことを知ってもらいたいなっていう気持ちがあって。だから写真を撮ってもらうとかではなく、知ってもらいたいっていう気持ちで、自分が普段遊んでいる友達と一緒に会ってもらったりしました。

石田:私にだけ見せる顔だけでなく、他の人と会っている時の全然違う表情が見れたりして。それが新鮮で楽しかったですね。

——難しいと思うんですが、2人のお気に入りのカットを教えてもらえますか?

夏帆:難しい……。

石田:もう1つ要素があると選びやすいです。

——ではお互いに、石田さんは夏帆さんっぽい、夏帆さんは石田さんっぽいと思うカットでどうですか?

夏帆:私、後ろ姿のカットが好きだな。この歩道橋のカットとかは真澄ちゃんぽいよね。

石田:恥ずかしいからつい後ろ姿撮っちゃうんですよね。こっち向いてくださいとかなかなか言えなくて。

夏帆:そのシャイな感じが出てるよね。

石田:私はこのカットですね。夏帆さん、この笑い方をよくするなって思います。

夏帆:これの横のページのカットは普段の自分っぽい。

石田:パンをかじっているカット、私も大好きな写真です。この2カットの見開きの感じいいですよね。

——確かにこの見開きは目にとまりますね。撮影に関しては、この日に撮影するって決めたらずっと撮っているんですか?

夏帆:真澄ちゃんはずっと撮っている感じではなかったよね。

石田:撮りたいと思った時に撮るっていう感じで。あとは、いい意味で撮られるのがわかっている時とか。長い期間撮影していると夏帆さんもこの光は私が好きそうだなとかわかってくれているので、構えるとかではなく、その瞬間に気を許してくれる。だからこそ私も、今撮ってもいいんだなってわかるようになってきて、そうした時に撮るようになりました。

「20代はしんどくて、30歳になって楽になった」

——今後は展示会とかグッズを作る予定はありますか?

石田:150%くらいやりたいです!

夏帆:もうほんと200%くらいしたい!(笑)。泣く泣くカットした、お見せしたい写真がまだまだたくさんあるので、機会があれば展示ができたらいいなと思ってます。

石田:どこで展示をしようか、実際にギャラリーに行きながら考えているところです。

夏帆:このギャラリーいいよっていう情報もあればぜひ教えてほしいです(笑)。

——最後に夏帆さんは30歳になって心境的に変わったことはありますか?

夏帆: 20代は浮き沈みが激しくて、嵐のようでした……。

石田:言ってましたよね。

夏帆:よく「30歳になったら楽になる」って言うじゃないですか。「ほんとかな」って思ってたんですけど、本当にそうなんだなって実感してますね(笑)。今の方が楽しいし、なんでも楽しんだもん勝ちだと、楽観的な視点を持てるようになってきたんだと思います。20代はとにかく我武者羅だったので、この先はもう少し肩の力を抜いて、今回の写真集作りのような、ワクワクすることをたくさん見つけていけたらいいなって思ってます。

夏帆
1991年6月30日、東京生まれ。2007年『天然コケッコー』にて映画デビュー。第31回日本アカデミー賞新人俳優賞をはじめ新人賞を総なめに。 以降、映画、ドラマを中心に活躍。2015年『海街diary』では第39回日本アカデミー賞助演女優賞に輝く。主な出演作に『箱入り息子の恋』(2013)『ブルーアワーにぶっ飛ばす』(2019)『Red』(2020)など多数。

石田真澄
2017年に初の個展「GINGER ALE」を開催し、2018年に初写真集『light years -光年-』を刊行。写真集発表後、さまざまな雑誌媒体にて活動。ドラマや映画のスチール撮影でも幅広く活躍中。大塚製薬の「カロリーメイト」2018年夏季キャンペーン『部活メイト』やソフトバンクの2019年広告「しばられるな」シリーズ卒業編など、広告撮影も手がけている。

夏帆 写真集『おとととい』

■夏帆 写真集『おとととい』
撮影:石田真澄
発売日:4月9日
価格:¥3,520
サイズ:A4 変形
ページ数:120 ページ
発行:SDP

Styling(夏帆) Naomi Shimizu
Hair & Makeup(夏帆) Hiroko Ishikawa
(夏帆)シャツドレス¥85,800(ライト/ブライト ライト03-5486-0070)

author:

高山敦

大阪府出身。同志社大学文学部社会学科卒業。映像制作会社を経て、編集者となる。2013年にINFASパブリケーションズに入社。2020年8月から「TOKION」編集部に所属。

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