短期連載「今また出会う、レイ・ハラカミの音楽」 第3回:音楽評論家・原雅明 × 音楽家・Tomggg――聴く者に何かを残す独自性はどこに宿っていたのか

昨年末にリリースされた故レイ・ハラカミの初期作品集『広い世界 と せまい世界』のリリースに寄せて、希代の音楽家の歩みを始まりから改めて見つめ直すべく、全3回の短期連載企画を実施。最終回となる今回は、音楽ジャーナリスト/レーベルプロデューサー・原雅明と、音楽家・Tomgggの対談をお届けする。

生前のレイ・ハラカミと親交をもち、自身がプロデューサーを務めるレーベルringsでハラカミ作品の再発を手掛ける原(『広い世界 と せまい世界』も同レーベルからのリリースとなる)。そして、先行世代であるレイ・ハラカミからの影響を公言し、独自のエレクトロニック・ミュージックを紡ぐTomggg。そんな両者が交わし合う言葉から、レイ・ハラカミの音楽が持つ魅力を浮かび上がらせていく。

ゼロ年代のエレクトロニカと、レイ・ハラカミの音楽との出会い

原雅明(以下、原):早速ですが、レイ・ハラカミの初期テープ作品『広い世界 と せまい世界』は聴いていただけました?

Tomggg:聴かせていただきました。

原:率直に、聴いてみていかがでしたか?

Tomggg:僕は、『Unrest』(1998年)以降のエレクトロニック作品しか知らなかったんですよ。いわゆるSC-88 PROの音ですよね。でも、『広い世界 と せまい世界』はモンドミュージックっぽいというか。少し意外だったんですけど、やりたいことはすごくわかるし、とても楽しんで聴かせていただきました。ここからどういう軌跡をたどって、(『Unrest』以降の)レイ・ハラカミさんの音になっていくのか、とても興味が湧きましたね。

原:この連載の1回目でも出てくる話なんですが、もともと彼は、ギターやベースを弾いてバンドもやっていて。逆にコンピューターミュージックや電子音楽を好まない人だったんですけど、宅録などをしていく中でコンピューターなどに興味を持ってという流れだったと思うんですね。このカセットテープが作られたのが90年代前半ですけど、当時って楽器をやっていた人達の中には、「楽器ってダサいよね」と転換していく流れもあった時期だったんですよ。

Tomggg:なるほど。

原:楽器を売っ払って、ターンテーブルを買ってDJを始めたり、そういう時代でもありました。それは、80年代にテクノやハウスというジャンルが出てきたり、ヒップホップが出てきたりしたタイミングで、アンダーグラウンドだったものが少しずつメジャーになってきてDJも少しだけ市民権を得た状況だったんです。

Tomggg:そっちのほうがかっこよく見えるみたいな感じですか?

原:そうですね。特に、ニューウェイブのバンド出身のDJやトラックメイカーがわりと多かったと思います。レイ・ハラカミの「転向」は、そんな時代背景もあってのものだったとも思いますね。ところでTomgggさんは、初めから1人で曲作っていたんですか?

Tomggg:いや、僕も高校時代はコピーバンドをやっていて。いわゆるロックミュージックに興味を持って、父の影響でレッド・ツェッペリンやディープ・パープルとかコテコテの音楽をかいつまんでいくうちに70年代のロック、プログレッシブ・ロック、特にキング・クリムゾンにハマっていったんです。そんな中で、タンジェリン・ドリームとかシンセを使ったバンドが出てくるんですよね。電子音の感じがおもしろいと思い始めた最初のキッカケはそこかもしれないです。

そこから、大学生になると国内のエレクトロニカブームがやってきて。その時にいろんなアーティストを聴いていく中で、レイ・ハラカミさんに出会うことになるんですけど。

レイ・ハラカミ『広い世界 と せまい世界』(2022/7/6より配信が開始に)

原:エレクトロニカって、90年代後半からどんどん前衛化していって、ノイズとも近接してくるようなものまで出てきたんですけど、そこから反動のように急に柔らかい、メロディを主にして歌も乗っかるようなものが出てきた。それ以降、エレクトロニカは歌のプラットフォームにもなったり、他ジャンルと結びついたりと多様化していきますが、Tomgggさんはその過程でエレクトロニカに触れたんですね。

Tomggg:そうですね。その時に海外作品から国内作品までいろいろと聴いていた中で、レイ・ハラカミさんは少し「色」が違ったんですよね。当時はハイファイなサウンドが流行っていたと思うんですけど、ハラカミさんはどちらかというとローファイめな感じで独特の質感があって。それがすごくいいなと思ったんです。いちばん衝撃的だったのが、くるりの「ばらの花」のリミックス。原曲が好きだったのもあるんですけど、「リミックスでここまでやってもいいんだ!」と自分の中で新しい扉が開いた感覚はありましたね。

原:ちなみにご自身の音楽はハイファイ・ローファイのどちらの方向を向いていたんですか?

Tomggg:もともとはハイファイなほうを向いていました。エッジが効いたものがカッコいいなと思っていたんですが、それとは別に、小さいものをかわいがる、懐かしさをかわいがる感じのトーンも好きで。作っていたものはエッジが効いたものではあるけど、かわいらしいものも好きみたいな。そのかわいさっていうのは、アプリなどで手間をかけて作っていくかわいさではなく、おもちゃで遊ぶとかキャンディを美味しく思うみたいな、そういった意味でのかわいさなんですけど。竹村延和さんの音楽やレイ・ハラカミさんの音楽には、そんなかわいさを感じたんです。

原:確かに、竹村延和がChildiscを始めた時、「子ども」という視点・コンセプトを打ち出していて、レイ・ハラカミのtomokochin-proによるアートワークもそうですけど、それまでの硬質的なエレクトロニカにはなかった文脈が出てきましたよね。Tomgggさんはわりとそのあたりに影響を受けている気がしますね。

Tomggg:もろに受けていると思います。

「レイ・ハラカミの音色の独自性、トラックと歌のバランス感に影響を受けた」

原:その時はエッジが効いたものを作っていたとのことですが、今のスタイルになるまでにはどんな過程があったんですか?

Tomggg:(エッジの効いたものは)すごく好きだったんですけど、目指す先が尖りすぎていて、その先が見えなくなったというか……。どんどん「細く」なっていく感じがしたんですよね。僕が目指す音楽的豊かさはこっちじゃないという気がしたんです。そんな中でレイ・ハラカミさんの音楽を聴いた時、音が視覚的に見えるような感覚を覚えたというか、音が空間を動き回っているイメージが浮かんで。

原:その感覚はわかりますね。

Tomggg:自分がやりたいのはそっちの方向性だと思って、だんだん変わっていったんです。あと、ハラカミさんの音楽でなおかつすごいと思ったのは、音の記名性の高さですね。一度聴けばハラカミさんの音楽とわかる。SC-88 PROってたくさんの人が使っていた機材だと思いますけど、それでも「ハラカミさんの音」が出ている。電子音楽をやるからには自分もそこを目指さないといけないなと思ったんです。

原:なるほど。僕は彼が普通にエレクトロニック・ミュージックをやっていた人だとは思っていなくて。彼の音楽にはミュージシャン的な視点を感じさせるところがあるというか、音の取り入れ方や音色へのこだわり方が、いわゆるエレクトロニカ系のアーティスト達とは異なっていたように感じます。そういうシーンとも関わりはあったんだけど、やっぱり違う嗜好性があって、それもあり多くの人に伝わったのかなと。

音色というところでいうと、Tomgggさんの音楽でもすごく特徴的なものがあると感じますが、ご自身の中で何か基準というか、こういう音色がいいとか、そういうものはありますか?

Tomggg:さっきお話ししたように、「空間を動き回るような音」というのが自分の音楽の中で1つキーワードになっていてるんですけど、それを聴いている人に感じてもらうには、「知覚しやすい音」を使うことが大事で。シンセパッドみたいな持続している音よりは、打楽器的なプツッと切れる音の方が基本的に人は聴き取りやすくて、ウワモノではグロッケンとかそういった音色を使い、空間的に動かしていくことが多いですね。

原: 確かにTomgggさんの音楽ではマリンバのような音が多く使われていて、どこかミニマル・ミュージックのように聴こえてくるところもあります。こういうところに忍ばせているのかなって(笑)。音大を出ていらっしゃいますが、実際、ミニマルだったり現代音楽だったりはお好きなんですか?

Tomggg:そうですね、(スティーヴ・)ライヒの影響はあると思います。現代音楽方面で言うと、クセナキスの存在も大きいですね。あの人の曲も映像的だなと思っていて。それこそ「音の雲」という考え方を彼は提示していましたけど、音がたくさん集まって形が変わっていくような感じの音楽の在りようには、すごく影響を受けていると思いますね。あと、僕、抽象的な形態がどんどん変わっていくような、ノーマン・マクラーレンのようなアート文脈のアニメーション作品が好きなんですけど、自分の音楽にはそこからの影響もあります。

原:Tomgggさんの音楽っていろいろなレイヤーがあって、どこを聴くかで印象が違ってきますよね。ある人はすごくポップに感じるけど、ある人はちょっと変な音楽と感じるかもしれなくて、振れ幅の大きい音楽だと感じます。

Tomggg:変って思ってもらえるのは嬉しいんですよね。2015年にEP『Butter Sugar Cream』を作った時、マスタリングエンジニアの方にジャンルがわからないって言われて、とても嬉しかったというか。カテゴライズされない状態の良さって多分あると思うので。

原:レイ・ハラカミも「エレクトロニカって呼ぶな」って言ってました。

Tomggg:そうなんですね。カテゴライズされるとムっとしてしまうというのはわかりますね。そのEPを作っていた時、フューチャーベースというジャンルが盛り上がっていて、僕もその中の1人みたいな感じで思われていて。そのカテゴライズに抗うというか、「そう見えないためにはどうすればいいか」なみたいなことを意識していた時期がありました。

原:ジャンルってますます細分化されていると思うんですけど、カテゴライズって常に作り手の人を悩ますじゃないですか。ジャンルにうまく乗る人もいるけど、ジャンル分けされることをすごく嫌う人もいて、後者のタイプの人はすごく考えちゃいますよね。多分レイ・ハラカミもそうで、彼は『lust』(2005年)を作った後にオリジナルの作品は出さなかったんですけど、それはブレイクしてその後どうするのかっていうのを考えつつ、次のアプローチを模索していたんだと思うんです。Tomgggさんは、今ではそういった意識から抜けられた感じなんですか?

Tomggg:そうですね。見え方とかも気にせず、自分の好きなものをやっていけばいける感覚が持てたというか、これをやっていたらいいんじゃないかと思えるものが固まりつつありますね。

原:それはとても良いことですね。ところで、Tomgggさんがご自身でキャリアを積んでから、改めて気がついたレイ・ハラカミの魅力って何かありますか?

Tomggg: yanokamiを聴き直した時に、歌とトラックのバランス感のすごさを感じました。周波数的にも空間的にも、いわゆる「歌の領域」みたいなものがあって、「ここに重ねると音がかぶって埋もれてしまう」ということがあるんですよ。だから歌とトラックのバランスをプロデューサーやビートメイカーはめちゃくちゃ考えるわけですけど、yanokamiの音楽は、そのバランス感が頭抜けている気がして。ハラカミさんの音がちゃんと主張していながら、矢野さんの声もちゃんと立っていて、とてもリッチな空間が成立している。それは僕自身も歌ものを作るようになってから、改めて気がついたことですね。

原:さっきTomgggさんが挙げていた「ばらの花」のリミックスも、いわゆるエレクトロニカやクラブ系のアーティストがリミックスした感じではなく、ちゃんと歌も生かしつつ、原曲を作り替えている。彼は歌もののフィールドにも無理なく入り込めている感じがするんですよね。

Tomggg:本当にそう思います。

つくりたいのは、聴く人に何かを残す音楽

原:Tomgggさんが今後やりたいことは?

Tomggg:ハウス・ミュージックを自分が作ってみたらどうなるのかなということに興味が出始めていて。

原:それはなぜですか?

Tomggg:ハウスの背景にある「性別も人種も関係なく踊っていこう」「この瞬間が永遠に続いてほしい」みたいな理念、感覚に改めて共感を覚えるところもあって。僕は音楽を時間芸術だと考えているので、「このメロディを覚えてもらうためには、こういう風な順序で組み立てて……」みたいなことをすごく意識して構築的に楽曲を作ってきたんです。「ちゃんと始めて、ちゃんと終わらせる」ことが大事で。だからその逆というか、永遠を感じさせるようなループベースのトラック、フロアでダンストラックとして機能するものを1度きちんと作っておきたいという気持ちがあるんです。

原:でも、今ってダンスフロアを意識するのってすごく難しいところがありますよね。クラブはあるし、シーンは続いていくと思うんだけど、コロナ禍で一度シャットダウンしたことでマインドがリセットされていった。そこからどうもう1度、ライブやクラブという場が持っていた力を回復させることができるのか、みんな探ってる感じがするんです。レイ・ハラカミの音楽は、個人のマインドのリセットから生まれた音楽として、今聴かれることもあるのかと思います。

Tomggg:今、メタバースのダンスフロアやイベントもあるみたいですけどね。VRなどを用いたものが。

原:それはTomgggさんから見て可能性を感じますか?

Tomggg:どうでしょうか。僕のクラブの原体験は、ボディソニックなんですよ。聴いたことのない低音や振動で持ってるビールが揺れちゃうみたいな、あの感覚が憧れであり、すごく衝撃を受けたので。VRを家でヘッドフォンを着けて見たところでちょっと冷めた感じではありますね。ただ、ボディソニックのような音楽の原体験としてはかなり弱いものにはなると思いますが、知らない音楽と出会って、友達と喋るコミュニケーションの場として機能するとは思います。

原:若い人達が強度ある原体験をどこで得られるのかっていうのは、少し心配っていうのはおこがましいですけど、ちょっと考えてしまいます。でも、知らない音楽に出会って、初めはそのよさが分からなくても、聴いてるうちにおもしろみを感じてくるとか、そういうことはどんな形であれ続いていくんでしょうね。

Tomggg:そう思います。

原:Tomgggさんが作る音楽にはそんな要素があるというか、「聴いていくと謎解きができる音楽」じゃないかなって思っているんですよ。さっきも言いましたけど、一聴してポップなんだけど、その中には色々と仕込まれていて。聴いた人に何かを残しそうな音楽だって思うんです。

Tomggg:ありがとうございます。確かにそういうものであってほしいとは思います。

原:レイ・ハラカミの音楽も、何かを残す音楽でした。それを受け取ったTomgggさんが、そうした音楽を作り続けていることを、とてもうれしく思いますね。これからの作品も楽しみにしています!

原雅明  Tomggg

原雅明
音楽の物書き。レーベルringsのプロデューサー、LA発のネットラジオdublab.jpのディレクター、DJやホテルの選曲も務める。早稲田大学非常勤講師。単著『Jazz Thing ジャズという何か』など。
dublab japan: https://dublab.jp
rings:https://www.ringstokyo.com
Twitter:@masaakihara

Tomggg
千葉県生まれ。国立音楽大学大学院修士課程作曲専攻修了。「劇的な展開」「キラキラした音」を駆使し、“ものすごく楽しくなる楽曲”を制作する。台湾の人気デュオ好樂團 GoodBandのWen Hsu、マレーシア出身のラッパーAirliftz、カナダ人プロデューサーのRyan Hemsworthなど、国内外で多彩なコラボレーションプロジェクトを手掛てきた。2020年には4年ぶりとなる配信EP『Unbalance』をリリース。Spotifyの月間リスナーが10万人を超えるなど、国内外のエレクトロニックミュージックシーンに存在感を示している。
オフィシャルwebサイト:https://www.tatsuyafujishiro.com/
Twitter:@Tomggg

Photography Kosuke Matsuki
Construction Shunsuke Sasatani
Edit Takahiro Fujikawa

author:

藤川貴弘

1980年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、出版社やCS放送局、広告制作会社などを経て、2017年に独立。各種コンテンツの企画、編集・執筆、制作などを行う。2020年8月から「TOKION」編集部にコントリビューティング・エディターとして参加。

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