芸人ラジオのニュースタンダード『ハライチのターン!』をめぐる、ラジオとハライチの絶妙な距離感——後編 鼎談:岩井勇気 × 澤部佑 × 宗岡芳樹

毎週木曜日、深夜24時からTBSラジオで放送されている番組『ハライチのターン!』が、6月23日に300回を迎えた。2014年4月にはじまった前身番組にして、ハライチ初のラジオレギュラー番組となった『デブッタンテ』を経て、2016年9月に『ハライチのターン!』がスタート。番組開始当時と比べると、大きく活動の幅を広げたハライチの岩井勇気と澤部佑が、ラジオと芸人をテーマに、現在までの8年間を振り返る。後編では、ハライチの2人に加えて、番組を裏で支えるラジオディレクターの宗岡芳樹にも同席してもらい、担当スタッフから見るハライチのラジオの魅力について語ってもらった。

前編はこちら

裏話もエピソードトークもするつもりはない

——宗岡さんから見て、ラジオパーソナリティとしてのハライチはいかがですか?

岩井勇気(以下、岩井):お、やっと宗岡さんの順番がきましたよ。

澤部佑(以下、澤部):何もしゃべらないで終わるかと思いきや、まわってきましたね。

宗岡芳樹(以下、宗岡):そもそも僕は『ハライチのターン!』を担当するまでは、芸人さんのラジオで1時間の番組ってやったことなかったんです。しかも収録で。前にいたニッポン放送の時に担当していた『オールナイトニッポン』は、2時間で、基本は生放送でしたから。『ハライチのターン!』は、最初から今も変わらず、冒頭に2人で話すトークゾーンがあって、次にコーナーが来て、最後に1人ずつのトークという構成。これを作った宮嵜さんはすごいなと思います。芸人さんのラジオ番組は、最初にフリートークがあって、コーナーは後半に持ってくるのが一般的なので。

それと、岩井さんはフリートークとは言わず、「トークゾーン」って言うんです。僕はそれがすごい好きで。岩井さんは、10分間なり15分間なり、音が出ていればいいんでしょっていう考えなんです。フリートークって言っちゃうと、いわゆるフリがあってオチがあって、みたいな、芸人さんのおもしろいエピソードトークを期待しちゃいますけど、そうではなく、とにかく音が出ていればいいと。

岩井:エピソードを話そうとはまったく思ってないですからね。説を唱えてもいいし、なんなら嘘ついてもいいし。

澤部:嘘はついちゃダメですけどね。

岩井:ラジオはエピソードトークをしなくちゃいけないって、誰が決めたんでしょうね。誰も決めてないと思いますよ。

宗岡:そういう考え方が、一般的な「深夜の芸人ラジオ」とは大きく違うんですよね。だからこそ、初めて聴くような人も入ってきやすい。それこそ僕が『オールナイトニッポン』を担当していたときは、まさにザ・内輪受け的な深夜ラジオをいろいろやってきたので、そのギャップは大きかったです。

——一方で、内輪受けのほうが熱狂を生みやすかったりはしませんか?

宗岡:う〜ん……どうなんでしょうね。一部そういうリスナーもいるかもしれませんが、初心者でも聴きやすいことを意識して間口を広げたところで、ヘビーリスナーを突き放すわけでもないですし、おもしろければ熱狂はしてくれるはず。それよりも、今のラジオは、とにかく新規のリスナーを獲得することが絶対的な使命なので、ハライチのやり方も正しいと僕は思います。

——テレビの裏話とかも、ほとんどしないですよね。

澤部:何かすごいおもしろいことがあったらしますけど、そんなにないですから。『平野レミの早わざレシピ!』くらいですね。

岩井:単純に自分自身が、テレビだったり芸能界の裏話とかを聴きたいって思ったことないんですよ。聴いてうれしかったこともないですし。ラジオだけじゃなく、テレビもあんまり見てこなかったんで。そもそも自分のこと芸能人だと思ってないですから。なので、普通の感覚として、仕事の裏話を他人にしようとも思わないし、特別な存在っていうか、芸能人のハライチ岩井としてしゃべるのも気持ち悪いって思っちゃうんです。あくまで1人の人間としてしゃべってるだけなので。

『ハライチのターン!』が新しいスタンダードを作った

——岩井さんのTwitterのプロフィール欄には、「大体のことはTBSラジオ『ハライチのターン!』を聴けばわかります」と書かれていますよね。

岩井:いろいろ書いてた時期もあったんですけど、あそこに情報をいっぱい書いてると、なんかガツガツしてるやつに見えていやだなと思って。仕事ください!って感じがするじゃないですか。

澤部:そういうふうに使ってる人もたくさんいるからね。

——このたび放送300回を迎えましたが、感慨はありますでしょうか。

澤部:まったくありません。通過点に過ぎないので。思い入れもないです。ただの通過点なので。

岩井:僕は感慨深いですよ。ついに300回か〜って。

澤部:ほんとに!? そんなこと思ってる?

岩井:『デブッタンテ』から数えると、もっと長いですからね。ラジオを聴いてこなかった人間のラジオがこんなに続くとは。非常に感慨深いです。

澤部:嘘くさいな〜。

——印象的なコーナーや思い出に残る回はありますか?

岩井:そういうのはないです。

澤部:それはないのかよ。

岩井:ないというか、まったく覚えてないです。

——長く続いているコーナーが1つもないのは、やはり珍しいですよね。

宗岡:固定のコーナーが全然ないのは珍しいですけど、『ハライチのターン!』以降、そういう流れにはなってきているのかもしれません。少なくとも、新しいスタンダードを作ったとは思います。ほかの番組では、いちいちコーナーの説明をしない場合もありますけど、『ハライチのターン!』では毎回必ず丁寧に説明してますからね。それでも2回とか3回で終わって、長くは続かないんですけど。

岩井:ちゃんと説明しないと、自分達でもどういうコーナーだったか覚えてないので。するしかないですよね。

澤部:ようやく覚えかけた4週目くらいになると、コーナーのはじまりに音が付いたりして、またわかんなくなっちゃうんですよ。で、音にもなれてきた頃には終わるっていう。

——宗岡さんは印象的な回ありますか?

宗岡:自分のことで大変恐縮ですが、僕の結婚式にハライチの2人が来てくれて、そのことを話した回ですね。僕の話とかは関係なく、同じ出来事を2人が体験して、それを2人がそれぞれ別の視点から語るって、まずないじゃないですか。そういう意味で貴重な放送だったなと思います。今でもたまに聴き返してます。

岩井:あの日はいろいろトラブルもありましたからね。

宗岡:2人とも披露宴から来てもらう予定が、呼んでない挙式から来ちゃったりとかね。

岩井:呼ばれてないのに誰よりも早く着きました。

澤部:僕は遅刻しましたし。2人とも招待状ちゃんと読んでないんですよ。

ラジオディレクターの特殊な能力

——ハライチのお2人から見て、ラジオディレクターとしての宗岡さんは、どんな人ですか?

岩井:宗岡さんって、ハライチのしゃべりを1回も滞らせたことがないんですよ。絶対に勢いを止めない。話を広げるとか、そういうことじゃなく、流れを遮らない能力っていうのがあるんですよね。

澤部:三四郎の小宮さんとたまに話すんですけど、ラジオディレクターってほんと異常な能力の持ち主なんです。僕らがしゃべっている時に、ぼそっとほんの一言だけ何か言ったりするんですけど、その速度だったりタイミングだったりが絶妙で、その能力何?っていう。

宗岡:収録でも生放送でも、現場におけるディレクターの仕事って、SEの音を出したりはしてますけど、それよりも大事なのは、滞りなくしゃべってもらいつつ、必要があれば何か一言入れることなんですよね。それだけが仕事と言ってもいいくらいで。

澤部:一言入れるときって、楽しいなぁって思ったりするんですか?

宗岡:すっごい楽しいです。

澤部:楽しいんだ!

宗岡:でも、こわさもありますよ。自分の一言で「え?」とかって流れが止まって、振り向かれたら一発で終わりなので。

澤部:それはそうですよね。

宗岡:だから『ハライチのターン!』の担当になった最初の頃は、ほとんど何も言ってないはずです。収録前とか後の楽屋で、ちゃんと関係性を作ってから、ようやく言えるようになりました。

——たとえばディレクターが一言も発しない、というのはダメなんですか?

宗岡:もちろん芸人さんは、それでも十分におもしろいしゃべりをしてくれます。でも、ディレクターの発言によって、1でも2でもプラスになることが必ずある。そのプラス1やプラス2をしなかったら、いる意味ないですからね。それこそ、ハライチのお2人だけでYouTubeやPodcastをやったとしても、絶対におもしろくなるのはわかっていますが、じゃあラジオでやる意味はどこにあるの、っていう。

——では最後に。かつてと比べて、ラジオ全体が盛り上がっているような動きは感じていますか?

宗岡:それこそ1980年代の『ビートたけしのオールナイトニッポン』みたいに、多くの若者が夢中で聴いていた時代のほうが盛り上がっていたとは思いますが、10年前と比べたら、いくらか盛り上がってるかなと思います。でも、その程度ですね。ものすごい盛り上がっているとは言えないでしょう。

澤部:雑誌とかウェブの取材は増えましたよね。なので、注目してくれている人はいるのかなって。

岩井:今の時代には合ってると思いますよ。何か作業しながら聴けるじゃないですか。みんな損したくないし。ラジオは耳だけなので得ですよね。あとは、たしかに「ラジオ聴いてます」って言われることは増えたんですけど、おれはそれも疑っていて。タレントとか「いつもラジオ聴いてます」って言っておけば芸人に好かれると思って、すぐ言うんですよ。なので、ラジオが好きとかじゃなく、「聴いてます」って言うためだけに聴いてる層が一定数いて、さらに、その「聴いてます」によって、盛り上がってる風の空気ができている。だから「ラジオ聴いてます」って言われても、おれは常に警戒してますよ。

ハライチ
幼稚園からの幼馴染だった岩井勇気と澤部佑が2006年に「ハライチ」結成。結成後すぐに注目を浴びる。
岩井勇気
1986年埼玉県生まれ。ボケ担当でネタも作っている。アニメと猫が大好き。特技はピアノ。
Twitter:@iwaiyu_ki
澤部佑
1986年埼玉県生まれ。ツッコミ担当。趣味はNBAとロックフェス巡り。特技はバスケットボール。

宗岡芳樹
1980年大阪府生まれ。2002年にニッポン放送入社。『ナインティナインのオールナイトニッポン』や『オードリーのオールナイトニッポン』を担当。ニッポン放送を退社後、2017年4月からTBSグロウディアでラジオディレクターを務める。『ハライチのターン!』のほか、『赤江珠緒たまむすび(木曜)』、『土曜朝6時 木梨の会。』などを担当している。
Twitter:@yoshiki_muneoka

■『ハライチのターン!』
毎週木曜日24:00〜25:00にTBSラジオで放送中
TBSラジオの深夜の入口をバッと盛り上げる、お笑い芸人による60分のトークバラエティ!
https://www.tbsradio.jp/ht/
Twitter:@tbsr_ht

■ハライチライブ『けもの道』
開催日:2022年10月23日
場所:LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)
※詳細は追って発表

Photography Takahiro Otsuji(go relax E more)

author:

おぐらりゅうじ

1980年生まれ。編集など。雑誌「TV Bros.」編集部を経て、フリーランスの編集者・ライター・構成作家。映画『みうらじゅん&いとうせいこう ザ・スライドショーがやって来る!』構成・監督、テレビ東京『「ゴッドタン」完全読本』企画監修ほか。速水健朗との時事対談ポッドキャスト番組『すべてのニュースは賞味期限切れである』配信中。 https://linktr.ee/kigengire Twitter: @oguraryuji

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