イメージと物質を分離させる。アーティスト・谷口真人が語る、「少女の絵」に込めた意味

キャンバスに絵の具で描かれた絵画を、「イメージ」と見るか、「絵の具のかたまり」と見るか。谷口真人の作品は、キャラクター的な少女といったエモーショナルなモチーフが強調されがちだが、実は、そういった近・現代の多くの画家たちが目を向けてきた「絵画とは何か」という問題、あるいは存在や認知に関する問題をするりとかわすような作品でもある。

現在、神宮前・NANZUKA UNDERGROUNDで開かれている個展では、“鏡を用いた箱型絵画”の新作を展示。箱の手前側の面に透明なアクリル板を、反対の面に鏡を設置し、透明アクリル板の表面に置かれた絵の具とそれが後ろの鏡に反射したイメージとが、ふたつ同時に見える。「通常、絵を描く時、描くものと描かれるものが一致している状態にある。つまり同じものとして感じられます。そのふたつを分離させて、それぞれ別々に、かつ同時に見えるような状態を作ろうとした」と谷口。そして、「なぜ絵というものにその構成要素そのもの以上の何かを人は見出すのか。その不思議にも興味があった」と続ける。新作について、谷口の創作、関心の向かう先について、展示会場で本人に話を聞いた。

「物質とイメージを分離させて同時に見せる」

――アクリル板と鏡を使って少女のイメージと塗られた絵の具を同時に見せる作品。今回の個展で発表された新作は、箱型で、絵の具の滴りなどを見ると箱にした状態でアクリル板に絵を描いているように見えます。実際にはどのように制作されているのでしょうか?

谷口真人(以下、谷口):アクリル板だけの状態で描くこともありますし、箱の状態にして描くこともあります。初期の2006年頃のものは、アクリル板と鏡は箱状にはなっていませんでした。箱にした状態で描く時は、反射する鏡のイメージとアクリル板の表面に置かれた絵の具を往復しつつ同時に見ながら描いたりしています。ですが、特にこれといった描き方の決まり、制作の仕方はありません。

――初期の作品では、アクリル板にもっと絵の具が厚く盛られ、アクリル板の絵と鏡に映る絵の見た目的な差がよりはっきり際立っていたような気がします。それもどこかのタイミングで自然と変わったことですか?

谷口:描いている本人としてはそこまで変えたという意識はありません。もともとこの一連の作品のインスピレーションになったものの一つは、例えば絵の具で絵を描いたとすると、それが絵の具であるに過ぎないのに、なぜ人はそこに絵の具以上の何かを見出そうとするのか――その不思議さです。「絵の具」であることとそこに見出す「何か」を、分離させ、かつ同時に提示するというのはずっとあります。その上で自然と変わっていっているのかもしれません。

――箱型という形態も印象的です。お墓だったり、ブラウン管のテレビだったり、映画『2001年宇宙の旅』のモノリスだったりと、この箱状のものからはさまざまなものが連想できます。初期から箱状の作品を制作されていたのですか?

谷口:2006年に、この作品の原型になるものを制作していますが、その時は箱状ではありませんでした。脚の上に透明な板を置き、床に鏡を置いていました。その後に、額を用いたものを制作することになります。それらのもっと前、そもそもこれはあるパフォーマンスの構想から始まりました。絵を描いていく時、絵の具を重ねていったり、あるいは削ったり、描きなおしたりして、近づこうとすればするほど、描きたいものからはどんどん離れていってしまうという感覚があり、その行為をそのままパフォーマンスとして見せられないかと。実際に、パフォーマンスはやらず、構想で終わったのですが、そのパフォーマンスの「最初の状態と最後の状態を同時に見せる」というアイデアから始まって、今のかたちになりました。アクリル板の一番表面に見えるものが絵の「最新の状態」、アクリル板の一番下層にあるもの(描画材の層として一番下にある部分)、つまり後ろの鏡に映り込むものが「最初の状態」だとしたら、それらを同時に見せようとしたのです。

――「箱型である」「絵画の最初と最後を同時に見せる」という点でも、絵画史的に独自性のある作品だと思います。ご自身としては、どれくらい絵画というものを意識されているのでしょうか。そもそも「これは、絵画作品だ」と思って制作されていますか?

谷口:絵画観とか絵画とは何かなどはいろいろ言われていたりいろんな人が考えたりしてきたと思うのですが、ご質問の「絵画」の意味がいわゆる絵画を指すものだとすると、絵画というよりは、絵について考えてきたところはあります。美術的な絵画の良し悪しといったことではなく、先ほど言ったように、なぜ人は絵に対してそこに何かを見出そうとしたり、作る人も何かを込めようとするのかということを考えたりしています。

「自分で描いたものが急に生き始めるような、存在感を感じる瞬間がある」

――モチーフについて教えてください。この少女は、アニメのキャラクターと比べて、描きかけのような状態にあります。その不完全さも鑑賞者の目を惹きつけるポイントだと思います。この少女は谷口さんにとってどういう存在ですか?

谷口:例えば、何気なく落書きしたりしてて、ふいに自分で描いたものが急に生き始めるような、存在感を感じる瞬間がある。描きかけであるとか、不完全であるというよりは、「そのような瞬間の絵」に近いかもしれません。また人間は、多くの場合、必ずしも目の前のものを全部はっきりと認識、記憶しているわけではないと思います。はっきりした部分とぼやっとした部分があるような。あと私自身、あまりこれが少女だと思って描いていなくて、記号的な造形というか、目があって、人っぽいかたちになっている、そういう存在。

――今回の展覧会は、新作を見せていますが、展示方法を含め、新たに試みたことがあれば教えてください。

谷口:今回、描かれている像が見る人と同じくらいのサイズの大きな作品が2つあります。それらは壁から離れて置かれています。空間に絵があるような、そこにいるような状態にしたいと考えました。

「変わる想像力と変わらない想像力に興味がある」

――今回の展示とは別の話になりますが、コロナ以降、ビデオコミュニケーション、ボーカロイド、Vtuberみたいなものが注目されています。物質と離れたイメージを、身体感覚的に受け入れられるようになった現在の状況をどう見ていますか?

谷口:それらが今後、実際にどのようになっていくのかはわかりませんが、それらの技術によって人間の想像力がどう変わるのか、あるいは変わらないのかということに興味があります。これまでもいろんな技術の広まりで、人間の想像力のありようが変わってきたと思うんですね。現代人は、例えば何百年か前の人たちとはまた違った想像力を働かせていると思うし、また逆に持たなくなった想像力もある。そのような変わる想像力、あるいは変わらない想像力に興味があります。

今回の個展のタイトルには♡が使われています。これらの作品そのものが心をテーマにしているかというとそういうわけではなく、もっと広範囲についてのものなのですが、ちょうど現代の今という時期に、心を入り口としてみたらどうなるか、と思い、タイトルを“Where is your ♡?”としました。「♡」は単にheart、心、というだけではなく、それらを含むいろいろな意味合いが含まれています。「あなたの♡はどこにあるのか?」ということです。この文はさまざまな意味を想起させます。

「心」のあり方は時代を経て変わっていってると思いますし、心という概念のない時代も人間は生きてきたはずです。♡型は心臓の形からきているとかいろいろ聞いたことがありますが、現代ではそれが例えばかわいい感じのイメージを持っていたり、はたまたSNSではいいね!を表す記号として使われていたりします。誰かの投稿に対して、ハートをするとか、そういうのを繰り返していくことでも人の心は少しずつ変わっていっているのかもしれないと思います。大げさに言うなら。

以前、古い肖像画を見た時に、今の人と違う顔をしているなと思ったことがありました。それは描き方、技術の問題ではなくて、本当にそのような顔つき、表情なので、そのように描かれたのかもしれないと思いました。心といわれるもののありようだったり、あるいは人の想像力が変化することで、人の顔つきも変わってきたのかもしれない。

アバターとかVtuberとか画像フィルターとかが、後年、今の時代の顔をしていると捉えられるようになるかもしれないし。それは興味深いことだと思います。

■Where is your ♡?
会期:~9月4日
会場:NANZUKA UNDERGROUND 2F
住所:東京都渋谷区神宮前3-30-10
時間:11:00~19:00
休廊日:月曜・祝日
入場料:無料
公式サイト:https://nanzuka.com/ja/exhibitions/makoto-taniguchi-where-is-your-heart/press-release

谷口真人
1982年東京都生まれ、東京藝術大学 大学院美術研究科 先端芸術表現専攻修了。これまで、「美少女の美術史」(青森県立美術館、青森/ 静岡県立美術館、静岡 / 島根県立石見美術館、島根 / 国立台北教育大学北師美術館、台北、2014-2015、2019)、「Takashi Murakami’s Superflat Collection – From Shōhaku and Rosanjin to Anselm Kiefer-」(横浜美術館、神奈川、2016)、「TOKYO POP UNDERGROUND」(Jeffrey Deitch、NY / LA、2019)など、国内外の展覧会に参加。

オフィシャルサイト:http://makototaniguchi.com
Twitter:@makototaniguchi
Instagram:@makototaniguchi

Photography Kousuke Matsuki

author:

松本 雅延

1981年生まれ。2004年東京藝術大学美術学部卒業、2006年同大学院修士課程修了。INFASパブリケーションズ流行通信編集部に在籍後、フリーランスに。アートやファッションを中心に、雑誌やカタログなどの編集・ライティングを行う。

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