MCUから考えるポップミュージックが映画にもたらす影響とは 対談:添野知生 × 高橋芳朗 前編

映画「マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)」シリーズとそこで使用されているポップミュージックの関係性について解説した『マーベル・シネマティック・ユニバース音楽考 映画から聴こえるポップミュージックの意味』(イースト・プレス)が出版された。本書は、映画評論家の添野知生と音楽ジャーナリストの高橋芳朗による対談をメインに、MCUシリーズのフェーズ1〜3の23作品で使用された140曲以上のポップミュージックの背景や選曲意図を徹底的に考察しており、映画と音楽の関係性についてより理解が深まるとともに、映画の楽しみ方を拡げてくれる1冊となっている。

今回、映画におけるポップミュージックの役割、そしてMCUが映画界に与えた影響など、著者である添野と高橋に語ってもらった。前編では、2人がMCUの音楽に興味を持ったきっかけから、その使われ方の妙について。

MCUが起こした「サントラ革命」

——お2人がMCUのサントラのおもしろさに気付いたのはいつ頃だったんですか?

添野知生(以下、添野):僕は『映画秘宝』という雑誌で映画の挿入歌について書く連載をしていたんですけど、そこで音楽の使い方がおもしろかったので『アイアンマン』(2008年)を取り上げたんです。その後、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(2014年)を観て、これは革命的なことが起きてるぞ、と思ったんです。

高橋芳朗(以下、高橋):自分にとっては『キャプテン・アメリカ/ザ・ウィンター・ソルジャー』(2014年)から『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』へと続く流れが大きかったです。特にスペースオペラであるにもかかわらず既存のポップミュージックをふんだんに使った『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』はあまりに衝撃的で。しかも単にドラマを盛り上げるためだけではなく、ちゃんとストーリーにリンクする歌詞の曲が選ばれている。実は、劇中で使用されている曲自体はさほど多くないんですよ。例えばクエンティン・タランティーノの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019年)が約60曲、マーティン・スコセッシの『グッドフェローズ』(1990年)が約40曲も使っているのに対して、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』はたった11曲。でも、1曲1曲にしっかりとした意味があるからポップミュージックの存在感がものすごく大きいんですよね。添野さんもおっしゃっているように、本当に革命と言っても大げさにならないのではないかと。

——サントラ革命、というのもすごいですね。

高橋:『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』はオープニングから度肝を抜かれましたね。始まってすぐ、マーベルのロゴが映し出されるよりも先に10ccの「I’m Not In Love」が流れてきた時はシアターを間違えたと思ってチケットを見直してしまったぐらいで。一生忘れられない映画体験になりました。

添野:スペースオペラを観に来ているのに、10ccを聴くとは思ってもみなかった。完全に意表を突かれましたね。

——ソフィア・コッポラが『ヴァージン・スーサイズ』(2000年)で「I’m Not In Love」使った時はシチュエーションにぴったりな選曲でしたが、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』は変化球でしたね。

高橋:今ではスペースオペラにポップミュージックを使うことも珍しいことではなくなりつつあるので、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のインパクトを記録として残しておきたくて。それが今回の本を作る1つの動機になりました。

——『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』は選曲にコンセプトがあるのもおもしろいですね。1970年代の曲でまとめたりして。

添野:そういう選曲にする理由を、ちゃんと物語の中に入れ込んでいてプロットの組み立て方もうまい。ジェームズ・ガン監督の過去の作品も観ているんですけど、あそこまでコンセプチュアルなサントラは初めてでした。それができたのは、お金をかけられる映画だったからだと思います。この作品だったら自分がやりたかったことができる、と思ったんじゃないでしょうか。

高橋:『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』は、既発曲で占められたサウンドトラックとして史上初の全米チャート1位の快挙も達成していますからね。この成功が以降のMCU作品に及ぼした影響はとてつもなく大きいと思います。

——ジェームズ・ガンはキャラクターの視点に立って選曲をして、何百曲というプレイリストを作ったとか。すごいこだわりですね。

添野:そもそもジェームズ・ガンがミュージシャンだったっていうことが大きいと思いますね。彼は曲を決めてから脚本を書く主義で、映画を作った後に選曲するのは絶対に嫌だったそうです。ディズニーの大作であろうがそれは絶対貫く。『スリザー』(2007年)ではあまり知られてないオルタナ・カントリーの曲とかを使っていたんですけど、ディズニーだったら自分が使いたいメジャーな曲、知られてないような曲でも交渉してくれると思ったんじゃないでしょうか。ディズニー側は『ガーディアンズ〜』にあんまり期待してなかったので、「好きにやっていいよ」みたいな感じで干渉しなかったのも幸いしたんだと思います。

——ジェームズ・ガンにとっては、またとないチャンスだったわけですね。

添野:この本を作る中で、曲を使うにあたっていろんな障害があることがわかってきました。ほんとは別の曲を使いたかったのに、仕方なく別の曲になったこともあるし、エンドロールに曲の著作権クレジットまで出ているのに、その曲が聞こえてこないこともある。映画を作る段階でいろんな事情があるんでしょうね。

——映画関係者から聞いた話なんですが。ある日本映画で、脚本家が脚本を書いている段階で、劇中にいろんな曲を流す設定にしていたそうなんです。でも、プロデューサーから2曲以上は予算を超えるから無理だと言われたそうです。全部の曲を使ったら、もう1本映画が撮れる、と言われたとか。作品の規模や使いたい曲によって違うとは思いますが、そう簡単に曲は使えないみたいですね。

高橋:だとしたら、スコセッシなんて曲の使用料にいくらかけてるんだって話ですね。ローリング・ストーンズの曲をいっぱい使ってるじゃないですか。

添野:ミック・ジャガーは安くしてくれなそうだし(笑)。

——ジェームズ・ガンにとっては、またとないチャンスだったわけですね。

高橋:彼がSpotifyの自分のアカウントで『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』関連のプレイリストをたくさん作っているのは、その喜びの表れなのかもしれません。ちなみに、ジェームズ・ガンは『ガーディアンズ~』で約120曲、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』(2017年)では約500曲をあらかじめ選曲していたそうです。

添野:一気に4倍になった(笑)。宣伝とか関係なしに、好きでやってる感じがおかしいですよね。

『アイアンマン』のAC/DC「Back In Black」の驚き

——そこが音楽好きから愛されるところなんでしょうね。本の中で、添野さんは『アイアンマン』の冒頭でAC/DCの「Back In Black」がかかった時にサントラの新しい時代を感じた、とおっしゃっていました。それはどういうことなのでしょうか。

添野:アフガニスタンに武器商人のトニー・スタークが行っているんですけど、周りの連中が彼を喜ばせるためにAC/DCをかけるんです。その音楽の使い方が素晴らしくて。誰もが知っているけど、まさかそこでは流れないような曲を使う。しかも、そこにちゃんと意味があるんです。映画がポップ・ミュージックのことをちゃんとわかって使ってきたかっていうと、そうでもないところがすごくあって。特にロックについては、ロック世代の人が映画の作り手として重要な位置を占めるまでは、なかなかうまく使えてないところがあったと思うんです。だから『アイアンマン』でAC/DCが流れた時、こんなうまく使うことができるようになったのか!と驚いたんです。

——AC/DCの「Back In Black」が物語にしっかりと絡んでいる?

添野:そこは本で高橋さんが丁寧に解説してくださっているんですけど、それを聞いて、バンドの歴史と物語がこんなにも重なっているんだって感動したんです。そのことを知らなかった当時でも、AC/DCの曲をメジャーな映画がちゃんと扱ってくれたということが嬉しかったんですよね。

高橋:AC/DC側も製作者のバンドに対する愛情と理解を評価したのか、『アイアンマン2』の公開時には彼らの代表曲15曲で構成されたサウンドトラック『AC/DC: Iron Man 2』のリリースが実現しています。これはAC/DCの約50年に及ぶキャリアにおける実質的な唯一のベスト・アルバムですからね。

添野:AC/DCはこれまでベスト・アルバムを出してなかったんです。これだけキャリアのあるバンドなのに。あと、『アイアンマン』のサントラはわりとハードロック推しで、ブラック・サバスとかも入っているんですよね。

——作品ごとに音楽の方向性が違う、というのもおもしろいですね。

高橋:『キャプテン・マーベル』(2019年)ではオルタナティヴ・ロックやR&Bを軸にした1990年代のポップス、最新作の『ソー:ラブ&サンダー』(2022年)ではヘヴィメタル/ハードロック主体の選曲で。こうして音楽によって映画ごとのカラーを打ち出すような遊び心も、基本的には『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』の成功が呼び水になっていると思います。

添野:『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』の成功を見て、後続の作り手が「こんなことをしてもいいんだ」とか「自分もそういうふうにやってみたい」とか思うようになった。あと、作品の作り手の年齢が下がって、サブカルチャー全般とのなじみ度が高くなったのもあると思います。

「音楽とキャラクターが紐づいている」

——トニー・スタークといえばAC/DC、みたいに音楽とキャラクターが紐づいているところはプロレスラーのテーマ曲みたいなところもありますね。

高橋:『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(2018年)ではガーディアンズ・オブ・ギャラクシーが登場する際、まるで彼らのテーマソングのようにスピナーズのフィリー・ソウル・ナンバー「The Rubberband Man」が流れてきます。観客はイントロが鳴った瞬間にガーディアンズが現れることがわかるわけですが、終始緊迫した『インフィニティ・ウォー』の劇中、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズの2作で構築した選曲術とスペースオペラで既存のポップミュージックを使うことの威力を最大限に活かした実に見事な演出でした。

——高橋さんが本で、「パーラメントは絶対かかると思っていた」とおっしゃっていましたが、そういうところも外しませんね。パーラメントといえば、宇宙船に乗ってファンクを伝えるために地球にやって来た、という設定で作品を出してきたバンド。音楽好きに、しっかりと目配せしています。

高橋:デヴィッド・ボウイ「Moonage Daydream」やエレクトリック・ライト・オーケストラ「Mr. Blue Sky」など宇宙のイメージを打ち出していたアーティストの楽曲が続いたので、ひょっとしたらパーラメントやアース・ウィンド&ファイアあたりもくるのではないかと。この調子でいけば、いずれサン・ラが使われることもあるかもしれない(笑)。

——サン・ラはディズニー・ソングのカヴァー・アルバムを出してますから可能性ありますね(笑)。

高橋:『ブラックパンサー』シリーズでアフロ・フューチャリズムを背景に持ったアーティストの楽曲が使われる可能性は大いにあるでしょうね。

添野:アフリカ系アメリカ人をテーマにした物語ですからね。

——アフロ・フューチャリズムとスペースオペラがつながる。『スター・ウォーズ』(1977年)が公開された時には思いもしなかった展開です。

添野:MCUって、シリーズが進むにつれて社会問題を物語に取り入れるようになった。そういった社会性とサントラ革命が一緒になってシリーズを盛り上げているんだと思います。

高橋:シリーズ中に起きた#MeTooやブラック・ライヴズ・マターなどの社会運動が映画の選曲に与えた影響は少なくないと思います。『ブラックパンサー』のエンドクレジットで流れるケンドリック・ラマーとSZAの「All The Stars」は、公民権運動からブラック・ライヴズ・マターへと続くアフリカンアメリカンの闘いの歴史をつなぐような素晴らしいテーマソングでした。

後編へ続く

添野知生(そえの・ちせ)
東京都出身。映画評論家。『SFマガジン』『映画秘宝』『キネマ旬報』などに連載歴あり。SF映画を中心に劇場用パンフレット、文庫解説、ラジオ出演など多数。SFマガジン『SF映画総解説』監修。マイケル・ベンソン『2001:キューブリック、クラーク』監修。90年代、米国ギターポップとオルタナ・カントリーのファンジン『Jem』参加。2008年、レコード・コレクターズ誌のアラン・トゥーサン特集を監修。2012年、田中啓文『聴いたら危険! ジャズ入門』(アスキー新書)に寄稿。YouTubeの新作解説番組「そえまつ映画館」に出演中。
Twitter:@chise_soeno

高橋芳朗(たかはしよしあき)
東京都出身。音楽ジャーナリスト/ラジオパーソナリティー/選曲家。著書は『新しい出会いなんて期待できないんだから、誰かの恋観てリハビリするしかない~愛と教養のラブコメ映画講座』『ディス・イズ・アメリカ 「トランプ時代」のポップミュージック』『ライムスターのライブ哲学』『ラップ史入門』など。ラジオの出演/選曲はTBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』『アフター6ジャンクション』『金曜ボイスログ』など。Amazonミュージック独占のポッドキャスト番組『高橋芳朗 & ジェーン・スー 生活が踊る歌』も配信中。
Twitter:@ysak0406

■マーベル・シネマティック・ユニバース音楽考 映画から聴こえるポップミュージックの意味
価格:¥2,200
出版社:イースト・プレス 
発売日:‎ 2022年7月17日
ページ数:368ページ
https://www.eastpress.co.jp/goods/detail/9784781620961

Photography Kazuo Yoshida

author:

村尾泰郎

音楽/映画評論家。音楽や映画の記事を中心に『ミュージック・マガジン』『レコード・コレクターズ』『CINRA』『Real Sound』などさまざまな媒体に寄稿。CDのライナーノーツや映画のパンフレットも数多く執筆する。

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