服を通じてドイツの歴史に思いを馳せる フランク・リーダーが貫く生地とヴィンテージボタンへのこだわり

フランク・リーダー。一度も彼が手掛ける服の袖を通したことない人でもこのブランドを知る人は少なくないだろう。1999年のコレクション発表から、自身のルーツであるドイツの歴史に向き合う中で、高い評価を受けてきた。日本では「1LDK」や「インターナショナル ギャラリー ビームス」等を中心に取り扱われている。さまざまな歴史的背景に焦点を当てながら、ジャーマンレザーの開発等ワークとファッションの垣根を取っ払うようなデザインで人々を魅了してきた。20年以上にわたりコレクションを発表してきたが、今なおその勢いとクリエイティヴィティはとどまることを知らない。

2022年秋冬ではヴェルナー・ヘルツォーク監督の『ヴォイツェック』をインスピレーションにチェコのシュレジエン(シレジア)地方にある繊維工房のウール生地を手に入れたことをきっかけに、モールスキン、オーストリア軍やドイツ矯正刑務所のヴィンテージブランケットを手に入れたという。

ここまで長年にわたりヴィンテージブランケットやアンティークボタンに執着し、製造工程をハンドメイドにこだわりながら活動するフランク。彼を突き動かす熱源はどこにあるのだろうか。ベルリンはシャルロッテンブルクにあるアトリエ兼ショップにて話を聞いた。

フランク・リーダー
1974年、ドイツ生まれ。セントマーチンズでファッションを学ぶ。1999年、ロンドンでコレクションを発表。その後2002年に拠点をベルリンに移し、活動を続ける。
http://www.frank-leder.com/

ボタンや生地に込められた歴史的背景に思いを馳せて

――今回秋冬のコレクションにWerner Herzogの「ヴォイツェック」をピックアップした理由はなんですか?

フランク・リーダー(以下、フランク):実は映画というよりもむしろ19世紀の劇作家ゲオルク・ビューヒナーの戯曲がそもそものモチーフなのです。彼の作品が世界中で知られるきっかけとなったのが映画『ヴォイツェック』です。高校時代に作品を見た頃の思い出がふと蘇り、「ドイツの歴史」という私が毎回重きを置くテーマとしてこの作品をインスピレーションにコレクションを描きたいと思っていました。

『ヴォイツェック』のあらすじは実在の事件に基づいています。クラウス・キンスキー演じる元兵士が精神を病み殺人に至るまでの物語です。作中では悪意に満ちた医者に服従するなかで起きた猟奇的なプロセスを上手く描いています。そのため神経症的な演出が何度も執拗に繰り返されます。

小話としてクラウス・キンスキーが1つ前の作品で疲労困憊の状態にあったみたいで、その役者としての彼自身の精神状態が「ヴォイツェック」にぴったりだと思った監督のベルナー・ヘルツォークが起用したという裏話があるようです。

――いわゆる負の遺産として捉えられがちなドイツ文化や歴史からアイデアが生まれ、常にコレクションに注ぎ込んでいますよね。なぜテーマとしてそうした暗くて重たい要素がそんなにもあなたを惹きつけるのですか?

フランク:重いテーマに魅かれるのは学生時代にドイツ文学を勉強していたことに起因します。私のコレクションは常に服とそのコレクションに向けた写真を通じて物語を語っています。

――どのようにアイデアをコレクションに落とし込んでいくのでしょう?

フランク:まず文化的な背景を掘り下げます。その背景を辿るために旅にも出ていきます。例えば、今回でいえば「ヴォイツェック」のイメージとして軍の毛布が必要でした。なので、ドイツの矯正刑務所(Justizvollzugsanstalt)に行き、実際に使われていた軍用ブランケット(以下同)?の素材を手に入れました。ストーリーのアイデアを掘り下げる段階で出合ったこともあり、運命的だと感じました。

――確かにそれは運命的なものを感じてしまいそうですね。どのようにして出会ったのでしょう。

フランク:友人のアーティストのアトリエを訪れたとき、あるブランケットが絵画のキャンバスを覆うために使われているのを見たんです。それが政府関係の友人から譲り受けたものと聞き、軍用毛布だとわかりました。「これが欲しい!」とその場で生地の持ち主である彼に説得しました。そのおかげで幸運にもそのブランケットをコレクションのために手に入れることができたのです。

このように生地を追い求め、選択するプロセスは常に冒険と発見に満ちています。私は素晴らしいヴィンテージ生地を手に入れたら、すぐにでもジャケットを作りたい衝動に駆られます。なぜなら、この種の小さな幸運は常に起きるわけではないと知っているからです。

――今回のこだわりを教えてください。

フランク:今回に限らずですが、僕がコレクションを作る時、最初は「布地」と「ボタンの選定」を徹底的にこだわるところから始まります。ボタンの産地やそれらが生まれた背景にこだわり抜いていくのです。適当に安価なボタンを選ぶのではなく、声を大にして言いたいのが「ボタンのような細部こそが大事なんだ」ということです。

――それはなぜですか?

フランク:ボタンこそが毎日服を身に付けたり、脱いだりしたときに手に触れるアイテムです。そういう細部にこだわることこそがファッションを決定づけると思います。今回は1960年代のチェコやドイツのヴィンテージボタンを使っています。今回のコレクションではセパレートボタンになっているジャケットもあるし、毎回気にかけています。つまり、どれにも歴史的な物語があって貴重な一点ものと言えるんです。

――今回のコレクションのなかでお気に入りのアイテムはなんですか?

フランク:お気に入りの生地は焼けたモールスキンです。ドイツの老舗ウール生地メーカーの機械は、ウール生地をスチームとアイロンで縮めてから、ウール生地をプレスして作られています。その熱を加える工程で、生地との間に挟んで使うモールスキン生地を見つけることができたんです。

――代名詞とでもいうべきジャーマンレザーが今回のコレクションでも用意されていますね。

フランク:はい。でも残念ながら新作発表は今回が最後になってしまうかもしれません。というのも、生地を?作ってくれていた会社が倒産し、工房も閉鎖されたため、貴重な衣服を織る機械がすべて解体されてしまったからです。すべてが一期一会だから仕方ないですけどね。

――アップサイクルという言葉が取り沙汰される前から、そうしたマインドセットでずっとブランドを作り上げてきたんですね。

フランク:そうです。全てのコレクションが出合いと選択の連続なんです。もし、いいものを作っている工房があって、そこが世界に対してアプローチする機会を持ってなかったら、僕が機会を作ることができる。今回のコレクションのアイデアはロシアのウクライナ侵攻の前から考えていたことですが、不思議と時代の流れと一致していきました。創作しているとそういう時代性との一致を感じることもあるんですよ。

――どのようなものがクリエイションのインスピレーション源になるのでしょうか?

フランク:ありとあらゆるタイプの人々に出会うことや環境についての本を読むことです。私は常に、自分と異なるジャンルの友人や出来事に対してオープンでいることが大事だと考えています。私の興味は当然「ファッション」です。でもその上でさまざまなジャンルの人と交わることが多くのインスピレーションを与えてくれます。

――日本のファンにメッセージをお願いします。

フランク:まず、言いたいことはここまで長きにわたって本当にどうもありがとう、ということです。ブランド設立から20年というのは本当に長いです。働き方やライフスタイルが変化している時代にブランドを継続できるのは稀なことだし、毎シーズン顧客がコレクションを購入してくれていることに感謝しています。シーズンごとに自分自身の想いを服を通じて表現できているということがみなさんへの贈り物です。

Direction Kana Miyazawa
Photography Emi Iguchi
Special thanks to: MACH55 Ltd.

author:

冨手公嘉

1988年生まれ。編集者、ライター。2015年からフリーランスで、企画・編集ディレクションや文筆業に従事。2020年2月よりドイツ・ベルリン在住。東京とベルリンの2拠点で活動する。WIRED JAPANでベルリンの連載「ベルリンへの誘惑」を担当。その他「Them」「i-D Japan」「Rolling Stone Japan」「Forbes Japan」などで執筆するほか、2020年末より文芸誌を標榜する『New Mondo』を創刊から携わる。 Instagram:@hiroyoshitomite HP:http://hiroyoshitomite.net/

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