対談〈佐久間裕美子 × Z世代〉「余白を埋めるホテルを目指して」龍崎翔子 前編

カルチャー、ライフスタイル、ファッション、社会運動など幅広いジャンルの執筆活動をし、著書『Weの市民革命』では若者が率先する「消費アクティビズム」のあり様を描いたNY在住の文筆家、佐久間裕美子。キラキラした世代と描かれることも多い一方、高齢化、気候変動や所得格差など緊急の社会イシューとともに生きるZ世代(1990年代後半〜2010年代前半の生まれ)についての解説を求められる機会が増え、それなら本人達の声を聞き、伝えたいと考えるに至ったことで持ち上がった〈佐久間裕美子 × Z世代〉の対談企画。

第4弾の対談相手は19歳でホテルを起業し、現在は「HOTEL SHE,」などをプロデュースする株式会社水星の代表、龍崎翔子。前編となる今回はホテル経営を志すようになる原点となった幼少期の経験や、起業当時のペンション経営について聞いた。

龍崎翔子(りゅうざき・しょうこ)
株式会社水星 代表取締役CEO。ホテルプロデューサー。2015年、L&G GLOBAL BUSINESS(現 株式会社水星)を設立。「HOTEL SHE,」ブランドや金沢のホテル「香林居」など全国でブティックホテルを経営し、それぞれの土地の空気感を生かした世界観のあるホテルを世に広める。2022年、日本初となる産後ケアリゾート「HOTEL CAFUNE」を首都圏にて開業。
https://www.suiseiinc.com
Twitter:@shokoryuzaki

ラスベガスで受けた衝撃

佐久間裕美子(以下、佐久間):龍崎さんがホテルの仕事をしようと思ったのは、子供の頃にご家族で行かれたアメリカ大陸の旅がきっかけだそうですね。私も何度かアメリカ国内を横断してきましたが、どこに行っても宿のオプションが均一的でがっかりする、という体験にはなじみがあります。

龍崎翔子(以下、龍崎):アメリカを旅したのは8歳の頃で、父が運転し、母が地図を読み、私は後部座席でひたすら次の目的地に着くのを待つという感じでした。外の景色は少し草が生えた砂漠が続くばかりで、あまり変化がない中、1日の最終目的地はホテルなんですね。唯一の楽しみは「今日はどんなホテルだろう」と考えることなんですが、いざホテルに着いて客室のドアを開けた時に見えるのは、昨日のホテルとも、一昨日のホテルとも変わらない景色。一体、自分がどこにいるのかもわからないし、子供ながらに同じものが続くいらだち、満たされない気持ちを漠然と感じていました。

そんな中で、今の仕事につながったのはラスベガスでの体験かもしれません。『地球の歩き方』を読むと、「サーカス サーカス ホテル」や「フラミンゴホテル」が載っていて、どこも面白そうで、ラスベガスに着くのを楽しみ待っていたんですが、私達が泊まったホテルが家族経営のモーテルで、客室や接客が衝撃的なほどにひどく……。逆に、有名なホテルに行ってみると、ホテルとしての圧倒的な世界観に衝撃を受けました。ラスベガスでの1日の中で最高と最低の両方のギャップを体験したんです。

それまで泊まったホテルから受け取ってきたのは、「スタンダードであることが価値」という印象だったのが、ラスベガスではホテルとしての総合空間演出というか、いかに総合的な体験を作り込み、お客さんを楽しませるかに主眼が置かれている。子供ながらにも、ラスベガスは娯楽の街であって、エクストリームな1例であるとはわかってはいたけれど、それを見たからこそ、ラスベガス的なホテルと普通のホテルの間にある余白に気が付けたんですね。その余白を埋めてゆけたらいいな、と漠然と考えていました。

佐久間:小学生でホテルに注目するとは早熟ですよね。

龍崎:ホテルをやろうと思うきっかけになった本が、『ズッコケ三人組』の35巻で、3人がハワイに行くというお話の回があるんです。主人公達が商店街の抽選に当たって、ハワイに行った先でいろんなトラブルに巻き込まれ、そこで助けてくれるのがハワイに住む日系人のホテル経営者のおじいさんなんです。それで初めてホテル経営者という仕事があると知りました。子供の頃は消防士さんやケーキ屋さんといった表に見える仕事しか認識しないですよね。ホテルのお仕事だったら、ホテルマンやベルボーイしか知らなかったのですが、ホテル経営という仕事があると知って、自分が将来やりたいのはホテルだ、と直感でピンときたんです。小学校と中学校の卒業文集にも「ホテルをやりたい」と書いていたので、そこから大きく道をそれることなく今に至ります。

「HOTEL SHE,」 へ行き着いたのは、家族で泊まるホテル選びから

佐久間:子供の龍崎さんが体験したアメリカのホテルに比べると日本には民宿から高級ホテルまで幅があるようにも思います。日本において龍崎さんがやりたいホテルの方向性はどうやって見つけていったのでしょうか。

龍崎:日本で家族旅行や父の出張に付いて行く時に泊まるのは、基本的にビジネスホテルか、よくてシティホテルだったんです。客室のドアを開けるたびに「またこれか……」という残念な感じは、アメリカで体験したものと同じでした。

仮に、自分が幼少期にハワイの「ハレクラニ」のような素敵なホテルに泊まった経験があれば、ホテル経営をやりたいとは考えなかったと思います。一定の型にはまったスタイルのホテルばかりに泊まってきたからこそ、フラストレーションを感じたし、「もっとこういうホテルがあってもいいのでは」という気持ちはずっと変わらずに持ってました。

中学生か高校生の頃からは、家族で泊まるホテル選びを任せてもらえるようになったのですが、実際に選ぶとなると、数多くのホテルがあるのに、それぞれにあまり違いがない。こっちは駅から近いからいいだとか、天然温泉があるから、朝食の品数がちょっと多いからこっちがいいかな……と定量的な違いの中からしか選ぶことができなかったんですね。もちろん、ある程度の金額を出せば、素敵な温泉旅館やリゾートホテルに泊まれますが、普通の出張やちょっとした旅行で訪れるような地方政令都市にあるホテルの選択肢には悲しいくらいにバリエーションがない。自分が予約する係だったからこそ、問題意識を感じていました。それで、都市エリアの旅行先で、価格帯が1〜2万円位で泊まれる素敵なホテルが作りたいと思うようになりました。

加えて、何かを消費するという行為は自己表現の一環でもあると考えていて。例えばこのブランドの価値観が好きだから服を買う、このカフェの雰囲気が好きだから行くというように。そう考えると、ホテルは値段がそこそこするのに、自己表現の余白がない消費だとも感じていました。そういった課題意識が相まって、「HOTEL SHE, 」に行き着いたのかなと。

ただ、大学在学中の2015年に北海道の富良野のペンションを初めて事業としてスタートした時点では、自分の中でも明確に言語化されてはおらず、引き継いだペンションの運営形態をトレースする形でした。

北海道で母とのペンション経営

佐久間:ペンションとホテルは求められる要素もかなり異なる形態だと思いますが、ペンションから始めたのには何か縁があったのでしょうか。

龍崎:ペンションは不動産売買のサイトで見つけました。そこを見つけるまで富良野についてあまり知らなかったのですが、北海道は夏か冬だけの1シーズンのみの営業が普通だけど、富良野は2シーズンともオープンできるということがわかって。それならば他のエリアよりも売りやすいだろうし、大都市圏よりも少ないコストで始められると考えて、母と一緒に起業しました。

私は接客、予約管理、コンシェルジュ、マーケティングといった業務をやり、母は清掃スタッフさんのマネジメントや料理などの担当でした。ちょうど中華圏での北海道ブームで、インバウンドのお客さんがこぞって富良野に来ていた時期でした。夏は108連勤して、お客さま全員の対応をしました。朝は6時頃から朝食の準備、夜寝られるのは12時過ぎ、という生活が続いて大変でした。

佐久間:日本では年齢が若いと、なめられたり、本気に取ってもらえないことも多く、起業をする上で若さはどちらかといえばマイナス要素だと感じます。そういった想定はしていましたか?

龍崎:そこは自分の中で割り切っている部分もあります。母と一緒に起業しているので、学生だからなめられるという時には母に前に出てもらったりしていました。若さや女性であることを理由になめられたり、ものすごく理不尽な人も中にはいますが、想定よりは親切で良心のある方々は多いと思います。

中編へ続く

Photography Kyotaro Nakayama
Text Lisa Shouda 

author:

佐久間裕美子

文筆家。1996年に渡米し、1998年からニューヨーク在住。出版社、通信社などを経て2003年に独立。カルチャー、ファッション、政治、社会問題など幅広いジャンルで、インタビュー記事、ルポ、紀行文などを執筆する。著書に「Weの市民革命」(朝日出版社)「真面目にマリファナの話をしよう」(文藝春秋)、「My Little New York Times」(Numabooks)、「ピンヒールははかない」(幻冬舎)、「ヒップな生活革命」(朝日出版社)、「テロリストの息子」(朝日出版社)。慶應義塾大学卒業、イェール大学修士課程修了。2020年12月に「Weの市民革命」を刊行したのをきっかけに、コレクティブになったSakumag Collectiveを通じて勉強会(Sakumag Study)、発信(Sakumag Stream)などを行っている。Twitter:@yumikosakuma Instagram:@yumikosakuma

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