対談〈佐久間裕美子 × Z世代〉「スタッフとお客さんが人間同士として関わる宿」龍崎翔子 中編

カルチャー、ライフスタイル、ファッション、社会運動など幅広いジャンルの執筆活動をし、著書『Weの市民革命』では若者が率先する「消費アクティビズム」のあり様を描いたNY在住の文筆家、佐久間裕美子とZ世代の対談企画。

第4弾の対談相手は19歳でホテルを起業し、現在は「HOTEL SHE,」などをプロデュースする株式会社水星の代表、龍崎翔子。中編は、引っ越しが多く自身をエイリアンと感じてきた生い立ちや、「HOTEL SHE,」の名前の由来などについて聞いた。

前編はこちら

龍崎翔子(りゅうざき・しょうこ)
株式会社水星 代表取締役CEO。ホテルプロデューサー。2015年、L&G GLOBAL BUSINESS(現 株式会社水星)を設立。「HOTEL SHE,」ブランドや金沢のホテル「香林居」など全国でブティックホテルを経営し、それぞれの土地の空気感を生かした世界観のあるホテルを世に広める。2022年、日本初となる産後ケアリゾート「HOTEL CAFUNE」を首都圏にて開業。
https://www.suiseiinc.com
Twitter:@shokoryuzaki

エイリアン、アウトサイダー、新参者として

佐久間裕美子(以下、佐久間):Z世代には、独立心が強い、起業に関心があるといった世代観があると思いますが、龍崎さん自身はそういった世代観にリンクするものはあると感じますか。

龍崎翔子(以下、龍崎):いわゆるメディアで取り上げられる「Z世代」の中心は自分より5〜6歳下で、自分はおそらくZ世代の長老にあたる年齢だと思います。自分の同世代の感覚でいえば、多分その世代観へリンクはしていないですね。自分の人生を振り返ると、ずっとエイリアンだったという感覚があって、世代観がこうだから私もこうだ、という感覚はないです。

一方で大きな流れを考えると、高校3年生か大学1年生の頃、ランジェリーのブランドを大学生の頃に立ち上げて著名になったハヤカワ五味さんの活躍を見て、スモールビジネスを経営するというキャリアパスもありなんだと可視化されたタイミングだったと思います。その意味で世代的な影響を受けている部分はあるかと思います。大学生時代は、周囲で起業に興味がある人はIT長者を目指している人ばかりで、わかり合えないと感じた記憶があります。

佐久間:ご自身がエイリアンだと感じていたというのはその辺りの経験から来ているのでしょうか。それとももっと以前から?

龍崎:その感覚はもっと前からです。アメリカにいれば言葉がわからず、逆に日本に帰ってアメリカの話をすれば自慢していると思われてしまう。その後、東京から京都に引っ越したら、私は「東京弁をしゃべるやつ」と受け止められて。東京で住んでいたのはわりと公営住宅が多いエリアで、生活保護を受ける家庭の子や、親が1人の子も多かったですし、近くに児童養護施設があって、虐待サバイバーの子達がクラスの4分の1以上という環境でした。でも自分の家庭はそうではなかったので、集団の中で、自分は異質な存在だとはすごく感じていました。

佐久間:さまざまな場所で異質な存在、あるいはアウトサイダーとして育つのは、子供にとっては厳しいことである一方、同時に強みになる場合もあるかもしれません。ご自身ではどう評価されていますか。

龍崎:自分としては、運がよかったのか、うまく適応したタイプだと思います。引っ越しは多かったけれど、その分よい経験もたくさんさせてもらえたし、その経験が、今自分がホテルをやっていることにも反映されています。一般的に、ホテルは地元の人がやるべきで、そうでなければ負い目がある、といった観念がある気がします。でも自分には地元がなく、どこに行ってもアウトサイダーであることは変わらないので、そういう意味でアウトサイダーとしての関わり方が自然にできる部分はあると思います。

佐久間:北海道や京都などさまざまな土地で事業をされていると、いわゆる新参者の立場になりますが、それぞれの土地ではどう受け止められているのでしょう。

龍崎:北海道は移住者が多い土地ですし、富良野の皆さんは親切でした。京都はトラディショナルで新参者に厳しいイメージがありますが、1000年以上も都だった歴史があり、人が集まる街なんです。そういう意味では、やり続けていればだんだんと受け入れてくれる懐の広さを感じます。実際に事業を進める中では、エリアによっては新参者を受け入れたくないような空気を感じることもありますが、若者がその街のために頑張っているとわかると、応援しようと言ってくださる方がいて、ありがたいです。

「SHE,」に込められた意味

佐久間:どうやって「HOTEL SHE,」というホテル名にたどり着いたのですか?

龍崎:まず、抽象的な名前は避け、聞いた時にイメージが湧くような言葉にしよう、と母と話し合いました。すると母が、「Sはサティスファクション=満足、Hはハートフェルト=心からの、Eはエモーショナル=感情的な」と、3つのアルファベットそれぞれに私達のサービスポリシーを入れられそうだと提案してくれて。私も母も女性ですし、人々の心の中にある誰か、「彼女/she」の姿を投影できるホテル名にしました。また、「she」だけではただの人称代名詞なので、そこにホテルと同じように、文章の中で少し立ち止まってまた歩き続ける役割を果たす「,(カンマ)」をつけました。このホテル名ではじめてみたら、「女性専用ホテルか?」とよく聞かれるので、そこは反省点ですね(笑)。

佐久間:女性が泊まりやすいホテルなのかとは思いました。働いている方が若いというイメージがあります。

龍崎:働いているのは男性のほうが多いので、名前からフェミニンなイメージを持った方にとってはギャップがあるかもしれないですね。私はカオスな環境が好きなんです。そうすると、荒波を乗りこなしてやろう、というメンタリティの人のほうが社風にはまるんです。それで比較的年齢の若い人が集まっているのだと思います。

佐久間:素人考えですが、ホテル事業で私達のような客側から見えるのはほんの一部で、見えない所でのさまざまなコーディネーションなど、実際はかなりのカオスなんだろうと想像します。

龍崎:本当にカオスですね。運営する中で大変な出来事はもちろんありますが、立ち上げの際も業者さんとのやりとりから、回避不可能なトラブルへの対処など、不確実性は高いと思います。というのも、私達自身もセオリー化されたホテルの運営をする方針ではなく、今までの世の中になかったけれどあってもいいよね、というスタンスなので、あらゆる取り組みはゼロベースで考えられ実現していくんです。破壊的創造を繰り返し続ける営みが求められると思っています。そうなると、予定調和的な仕事がしたい人には合わない環境かもしれません。

スタッフにとって持続可能なホスピタリティ

佐久間:「Sはサティスファクション、Hはハートフェルト、Eはエモーショナル」というコンセプトは、受け手の気持ちによるところが大きく、ホテル側でコントロールできる範囲が少ないように思いますが。

龍崎:原点はペンションのあり方です。普通のホテルは「サティスファクション/満足させる」までですが、私達はそこを超えて、一生の温かい思い出として振り返られるようなホテルづくりをしたいんです。感じ方はお客さま次第ではありますが、ペンションではそれが自然とできていた気がするんですよね。ホテリエをずっとやっていると、スタイリッシュにスマートに接客したいという欲が生まれますが、私は接客にはもっと心の温まる、隙というか余白があってもいいと思っていて。北海道のペンションでは、仲良くなったお客さんが、海外から夏も冬も来てくださったり。その方にとっての良い思い出になっていたのでは、と思います。方法論が明確にある訳ではないですが、ペンションで自然にできていたことをホテルでもできるように、方向性としては少なくとも掲げていよう、と。そんなマインドセットが「SHE,」のネーミングに表れていると言ってもいいですね。

佐久間:子供の頃のホテルへの満たされない想いがスタート地点になった龍崎さんが大人になり、さまざまなところに泊まってみて、ご自身のエモーションに訴えかけてくる宿とも出会えましたか?

龍崎:たくさんあると思います。エモーションの根源にあるのは、スタッフがいちスタッフというだけでなく、立体感を持った生身の人間であるという事実を実感する瞬間だと思います。

自社の例にはなりますが、具体的なお話をすると、私達のホテルでは、お客さんとスタッフの媒介となるようなコンテンツを意識的に置くようにしています。フロントの横にレコードラックを置いているのも、単純に「〇〇様、おはようございます」と正面から視線が合うとお客さまが引いてしまうから、お客さまとスタッフが同じ方向を見るコンテンツが必要。それがレコードだと思っています。レコードを一緒にディグしてお勧めしたり、話をする過程を通じてお互いが自己開示しやすくなる。また、スタッフにはお客さまとの会話のきっかけになる、「ツッコミどころ」になるようなものを意識的に散りばめるようにお願いしています。例えばネイルに力を入れているスタッフも多いです。おもてなしの際には手を使うことが多いので、ネイルに目が行きやすく「可愛いネイルですね」と会話が広がりやすくなっている。そういう時に生身の人間同士の関わりが垣間見える気がします。

佐久間:ホテル業を含め、サービス業はお客さま中心主義が行動指針であるのが当たり前の世界だと思いますが、龍崎さんのお話からはスタッフの幸福感やウェルビーイングのようなものが、お客さんに伝わることを前提にマネジメントされているように感じます。

龍崎:スタッフがよいバイブスを持てることは大事ですね。接客業ではお客さんには自分の最高の笑顔を見せるけれど、その反面、スタッフ同士では疲れた顔を見せてしまうということがあります。これはペンション経営の時も、ホテルでアルバイトしていてもそうでした。お客さんが大切なのは当たり前ですが、一緒に働いている仲間こそ大切な存在だと思っていて。少なくともスタッフ同士が信頼や尊敬し合えるコミュニティであるべきで、そこで得たハッピーなバイブスを、お客さんにお裾分けする。そういう考え方じゃないと持続可能でよいホスピタリティは難しいです。

後編へ続く

Photography Kyotaro Nakayama
Text Lisa Shouda 

author:

佐久間裕美子

文筆家。1996年に渡米し、1998年からニューヨーク在住。出版社、通信社などを経て2003年に独立。カルチャー、ファッション、政治、社会問題など幅広いジャンルで、インタビュー記事、ルポ、紀行文などを執筆する。著書に「Weの市民革命」(朝日出版社)「真面目にマリファナの話をしよう」(文藝春秋)、「My Little New York Times」(Numabooks)、「ピンヒールははかない」(幻冬舎)、「ヒップな生活革命」(朝日出版社)、「テロリストの息子」(朝日出版社)。慶應義塾大学卒業、イェール大学修士課程修了。2020年12月に「Weの市民革命」を刊行したのをきっかけに、コレクティブになったSakumag Collectiveを通じて勉強会(Sakumag Study)、発信(Sakumag Stream)などを行っている。Twitter:@yumikosakuma Instagram:@yumikosakuma

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